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アトモス部屋IN大阪(その6) 【ファイル45】2007.09.29 

【ファイル45】2007.09.29 アトモス部屋IN大阪(その6)

夜の通天閣もなかなかのものだよ


 
 今回は前回訪れた通天閣の夜景です。

 道頓堀の夜景を写して、すぐに新世界に向かいました。

 村田英雄さんが『王将』で、


 空に燈がつく通天閣に

 俺の闘志がまた燃える♪


  って歌っていますからね。

  まず、昼間に写した場所から、写します。


 


 それから、別の角度で一枚パチリ。


 


 それにしても、昔来た時より、ずっと串カツ屋さんが増えて、さらに驚きなのは、この日は休日ということもあって、どこの店も満席で、行列ができているのです。

 まあ、せっかく観光で来たからには、本場の串カツを食べたいっていうのが人情ってものですからね。

 特に、元プロボクサー『浪速のロッキー』ことタレントの赤井秀和さんが、テレビで宣伝しまくっている『だるま』は凄い人気です。


 


 先代のご主人が引退して、この店が無くなるという時に、赤井秀和さんが高校のボクシング部の後輩に『この店を継げ』と命令して、存続を図ったという美談(?)が残っています。

 昔食べた時は、確かに美味しかったのですが、私としては、ここだけが特別に郡を抜いて美味しいという印象は受けませんでした。長時間並んでまでっていうのはどうかなあ?

 赤井さんは、子供の頃から、この味で育ってきたって言っているから、特別なんでしょうね。

 比較的空いている平日の3時ごろに話の種に入るのは良いと思いますけどね。


 大阪の商売繁盛の神様、えびすさんも串カツを持って輝いているねえ。


 


 パチンコ屋さんの通天閣のネオンサインと通天閣を写しました。
 

 


 あれえ?阪神のユニフォームを着てる人が並んでいるねえ。


 


 後でインターネットで調べたら・・・・。

 うへえ、阪神はこの日のデイ・ゲームで負けてたよお!

 こんな日はお家で大人しく、自棄酒飲んでたらいいのにねえ。どうして甲子園球場から離れたこんなところまで繰り出して、並んでまで、やけ酒飲みにくるのさあ!

 さぞかし暴れたり絡んだりするんだろうねえ。

 ここから結構離れている甲子園球場からユニフォームを着たまま阪神電車に乗って、梅田で地下鉄に乗り換えてわざわざ自棄酒飲みにここまでやって来て、串カツ屋さんの前で並ばなくてもねえ。

 ヤクルトファンが神宮球場での負け試合の自棄酒飲みに、浅草まで繰り出すみたいなもんだからねえ。

 いや、それより遠いねえ。

 甲子園の周辺は文教地区で飲み屋が少ないってこともあるのだろうけど・・・。

 阪神ファンは無邪気だねえ。

 でも、ここが阪神ファンの良いところだろうねえ。

 今は強いけど、弱いときも、分け隔てなく応援するからねえ。

 うーん。それにしても、この頃は阪神が強かったから、まだ負けてもファンに余裕があったんだねえ。

 負け数の関係や残り試合数で、巨人が一番不利で、阪神が巨人に勝ち越したときは、本当に強かったから、そのまま一気に優勝だと思ったんだけどねえ。

 ヤクルトは古田監督の退団発表で奮起したねえ。横浜も自力はあるしね。

 本当に野球って分からないねえ。

 大体、この時期優勝の目の無くなった下位チームって、のびのびやっているし、個人タイトルや、来期の契約更改でも、この時期活躍した方が球団の印象が良くなって査定が上がるから、それなりに必死なのですね。

 いくら下位チームでもプロなんだし、エース級が投げれば強いものねえ。

 工藤なんか、そのへんの帳尻はきっちり合わせてくるからねえ。

 だから、これから巨人も中日も楽な試合はないと思いますよ。

 どちらも怪我しないように頑張ってね。


 看板が氾濫して重なって賑やかだねえ。


 


 通天閣の最上階のアップです。


 


 てっぺんの2層の輪っかの色が、天気予報になってるんだよ。

 晴=白、曇=橙、雨=青、雪=ピンクだそうです。

 この場合、上が橙で下が白だから、明日の天気は曇りのち晴れです。

 よかったねえ!・・・・???


 あれえ?そもそも色の意味を知らないと、分かんないねえ。

 意味を知ってたとして、通天閣で明日の天気が分かって、何か意味があるのかなあ?

 天気によって串カツ屋さんの材料の仕込みの量でも変えるのかなあ?

 夕暮れの点灯後に明日の天気が分かっても意味無いと思うけどねえ。

 変なのお!


 道頓堀と比べて、独特の寂しさというか、哀愁が漂っています。

 そこがまた、風情があって、いいねえ。

 新世界の夜は本当に未知の世界で新世界でした。
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アトモス部屋IN大阪(その5) 【ファイル44】2007.09.26 

【ファイル44】2007.09.26 アトモス部屋IN大阪(その5)

通天閣はなかなかのものだよ


 ※)最初にお断りです。写真には、随分以前に撮影し季節が違うものが含まれていると思いますが、ご容赦ください。

 今回やってきたのは通天閣です。


 


 大阪を代表する建造物です。
 
 東京の人が東京タワーに登ったことが無いっていう人が多いのと同じで、大阪の人も登ったことが無いっていう人が多いみたい。

 西出さんったら地元のはずなのに、きょろきょろと珍しそうにあたりを眺めています。

『地元の人間にとって、こんな場所、普通に暮らしとったら、用なんかあらへんさかいになあ』

 今回の西出さんみたいに、よそからのお客さんを案内するために初めて登ったって人が結構いるねえ。


 札幌の人は時計台をどう思ってるのかなあ?広広した敷地に建ってれば感動的なんだろうけど、ビルの真中じゃ貧相に見えるものね。

 高知の人は播磨屋橋をどう思っているのかなあ?

 東京タワーはなんか最近変な人気が出ているねえ。

 なるほど、周りは観光客ばかりです。みんな携帯やカメラを構えて写真を撮りまくっています。

 大阪の観光地は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンから流れてきた若い人や、アジア系の外国人が目立ちます。

「通天閣」とは、「天に通じる高い建物」という意味で、命名したのは明治初期の儒学者、藤沢南岳さんだそうです。

 初代の通天閣はエッフェル塔と凱旋門を無謀とも言える強引な力技で合体させたキメラ・デザインで、はっきり言って笑っちゃいます。

 1903年(明治36年)に開催された第5回内国勧業博覧会の会場跡地に、初代通天閣が建てられたのは1912年(明治45年)7月3日のことです。

 実は大阪は第4回内国勧業博覧会に立候補したんだけど、京都との招致合戦に破れて第5回に回ったんだねえ。

 それで、1985年(明治28年)に勝ったほうの京都で開催された第4回内国勧業博覧会のパビリオンとして建ったのが平安神宮で、そのときに始まったイベントが時代祭りだったんだね。

 だから、博覧会って結構街の風景を変えたりするのです。

 平安神宮の記事はこちら。


 通天閣に飾ってあった、初代の写真。私はこのデザインがとても好きです。


 


 今の通天閣は二代目で、1956年(昭和31年)に建てられました。避雷針を含めた高さは103m(塔自体の高さは100m)です。

 設計したのは、ほぼ同時期にできた名古屋テレビ塔、東京タワーなどを手がけた『耐震構造の父』内藤多仲(ないとう たちゅう)さんだそうです。

 初代に比べて洗練されていますが、個性的なフォルムです。


 


 このへんは大阪の下町で、東京の浅草よりディープです。
  
 じゃりんこチエの世界ですねえ。私は、こういう雰囲気は嫌いじゃないねえ。

 通天閣真下の地下には『通天閣歌謡劇場』があって、NHK朝の連続テレビ小説『ふたりっこ』のオーロラ輝子さんのモデルで、キンキラ通天閣を頭に乗っけた叶れい子さんが出ていたねえ。

 どんなだろうねえ。公演は土日祝にしかやってないよお!


 


 王将の碑も建ってるよ。


 


 この碑は坂田三吉王将を顕彰したしたものです。

 坂田三吉王将は大阪が生んだ棋士です。


 村田英雄さんの歌った『王将』(西条八十作詞、船村徹作曲)に出てくる


 吹けば飛ぶような 将棋の駒に

 懸けた命を 笑わば笑え♪


 ってフレーズを、ナツメロ特集で聴いたことはありませんか?

 これは坂田三吉さんのことを歌った歌です。昔の大ヒット曲です。


3番の歌詞は


 明日は東京に 出て行くからは

 何が何でも勝たねばならぬ

 空に燈がつく通天閣に

 俺の闘志がまた燃える


 ってなっているものね。

 だから、通天閣に坂田さんの王将の碑が建ってるんだね。

 それにしてもかっこいい歌だねえ。

 近くのジャンジャン横丁には、将棋会所があって、息詰まるような真剣勝負が繰り広げられています。観光客やマスメディアの人は、無邪気に『さすがは坂田三吉の町だね』って感心しています。

『○け将棋』のような気もしないのではないのですが、本当のところどうなのか、怖いので分かりませんし、分かりたくもありません。

 写真を撮っていたら、会所のお兄さんがこっちを睨んでいたので、将棋の駒で隠しました。


 


 展望台行きのエレベーターでは長い行列が出来ています。ブログが無ければ登らなかったよお!名古屋のテレビ塔も登らなかったしねえ。

 スジャータちゃんは、みんなと並ぶのが珍しくって、嬉しくってしょうがありません。

 章子ちゃんとメリーさんと三人で、大はしゃぎです。

 長い時間並んで、やっとこさ乗ったエレベーターが古くて小さくて遅いよお!


 


 浅草花屋敷のジエットコースターの気分だねえ。あそこも古くてミシミシと別の意味で怖いらしいんだけど(私はジエットコースターが怖くて乗れません)今では花屋敷より、大阪エキスポランドの方がスリルがあるねえ。


 昔ならいざ知らず、今更ねえ。通天閣は高層ビルより低いしねえ。それでも登ったお目当てはこれです。


 


 ビリケンさんです。足の裏を撫でると幸運が訪れるという言い伝えがある幸運の神様なんだって。

 これは初代通天閣と一緒に作られた遊園地の「ルナパーク」が開業した1912年(明治45年)。当時、ビリケンさんが世界的に流行していたから、その人気にあやかって作られてパーク内に安置されていたんだって。

 当時のビリケンさんは、1923年(大正12年)にルナパークが閉園した時に行方不明になっちゃいました。

 うへえ!こんな大きなものなくさないでよお!

 それで、今のは1979年(昭和54年)に復元されたものです。

 みんなが撫でて、足の裏がえぐれています。

 よくお地蔵さんなんかで、『撫でると○○の病気が治ります』って効能(というよりご利益?)が書いてありますが、病人が触りまくった物なんて、気持ち悪くて触れないよお!いらない病気までうつるるよお!

 お線香の煙を頭にかけるぐらいならいいだろうけどねえ。

 幸(さち)薄い人が撫でまくったビリケンさんの足の裏なんか撫でたら、不幸がうつって、逆に幸せが逃げていきそうな気がするねえ。それでも、みんな嬉しそうに足の裏を撫でています。

『わーい。庶民が幸せを願うんだね!スジャータ、ビリケンさんの足の裏を撫でるよお!』

『お嬢さま、少しお待ちください』

 メリーさんは、ピンセットにアルコールを含ませた脱脂綿を挟んで、ビリケンさんを消毒します。

 少し感じ悪いねえ。

『ビリケンさんは、足の裏を撫でられてくすぐったくないかなあ?』
 
 スジャータちゃんはとっても嬉しそうです。ノレン君も一緒に撫でています。

 今回スジャータちゃんが撫でたから、ビリケンさんの足の裏を撫でたら幸せでお金持ちになれるかも!
 

 通天閣からの風景です。大阪城が小さく見えます。


 


 難波駅方面はこんな感じ。
  

 


 大概の観光客は、このアングルで写真を撮っているので、私もパチリ!
  

 


 ということで、通天閣は不思議な塔です。精一杯見栄を張った六本木ヒルズと対極にある、味わいというか懐かしさがあります。

 まあエグゼクティブというような人種とは間違っても縁がなさそうなところが安心できます。最初からそういう勝負を放棄したような潔さが心地よいのです。

 話の種に登ってみるのもいいかも!

京都祇園祭に行ってきたよ。その8 【ファイルT18】2007.09.24 

【ファイルT18】2007.09.24 京都祇園祭に行ってきたよ。その8


蟷螂山はカマキリの山


 祇園祭について最初から読まれる方はこちら。

 前回まで、鉾の紹介をしてきましたが、今回は山の紹介です。

 山(やま)と鉾(ほこ)の違いは、簡単に言うと、山には真木(しんぎ)が無くて、鉾には真木があるということです。ただし、鉾でも前回の船鉾のように真木(しんぎ)が無いものもありますけどね。

 山は更に2種類に分かれます。
 
①曳山(ひきやま)
  
 外見上は鉾と似ていますが、真木が無く、屋上に松が立っています。
  
 北観音山、南観音山、岩戸山の3基があります。

 南観音山の写真。大きな松が建っていますね。

 




 ②舁山(かきやま)
 
 胴組の上に舞台を作り、さまざまな趣向の人形等を飾ったものです。

 




 元来、轅(ながえ)という担ぎ棒を人力で担いで練り歩いていましたが、今は下に車輪をつけて担がずに押すだけで済むようにできています。
  
 今回ご紹介する蟷螂山(とうろうやま)も舁山(かきやま)です。
 

 蟷螂山(とうろうやま)は子供連れに大人気の山です。カマキリさんの山です。

『蟷螂の斧(とうろうのおの)』っていう言葉がありますね。格好だけは勇ましいけど、小さくて弱い者が、身のほどもわきまえず、強いものに立ち向かっていくという意味です。

 梁(りょう)の昭明太子(しょうめいたいし)の編になる『文選(もんせん)』には、曹操(そうそう)軍の劣弱な様を諷して『蟷螂の斧をもって降車(こうしゃ=大きな車)のわだちを禦(ふせ)がんと欲す』という叙述がありますからねえ。

 しかしながら、「韓詩外伝(かんしがいでん・げでん)」にはこんな話が記されています。

 斉(さい)の荘公(そうこう)が狩に出た時、カマキリが車に踏み潰されそうになり、怒って鎌を振り上げているのを見て「もし人間に生れていたら、きっと天下に並びない勇者になったことだろう」って感心して、轢かないように避けて通ったんだって。

 逆に『弱くっても勇気を持つのは偉いことだねえ!』って感心しているんだね。

 それにしても、カマキリをこれだけメインに据えた山車(だし)なんて、外国にはちょっとないだろうねえ。日本人は本当に虫が好きなんだね。

 



 かぁ~まぁ~きぃ~りぃ~
 カマキリ拳法の関根勉さんだねえ。

 これは、昭和52年から56年にかけて名古屋のからくり人形師玉屋庄兵衛によって復元新調されたものです。鯨髯(くじらひげ)をばねにし使用した木彫りです。

 日本のからくり細工は鯨が捕れなければ滅びます。

 巡行の時には、カマキリさんが、からくり仕掛けで動きます。でも今年は雨が心配で、ビニールシートがかけてあって動きが見えなかったよお!

 カマキリさんが可愛いね。こっち向いてるよ。前に飾ってある金のシャチより立派だねえ。

 




 水引の四隅には橘にとまって手鎌を振り上げるカマキリさんの鍍金(ときん)金具がつけられています。リアルだねえ。

 




 カマキリさんを乗っけた御所車(ごしょぐるま)。

 




 左胴掛は、鴛鴦(おしどり)が仲良く群れ飛ぶ『瑞苑浮遊の図』です。昭和57年羽田登喜男作です。

 




 見送は、『瑞苑飛翔図』友禅染、平成3年同じく羽田登喜男作です。

 




 あとは、巡行時に撮影した写真だよ。雨よけのビニールが邪魔だねえ。

 前掛けは『瑞祥鶴浴図』友禅染です。御所の池水に鶴が水浴し、まわりに桃や柘榴(ざくろ)などの吉祥果(きっしょうか)を配したものです。昭和56年羽田登喜男作です。

 




 先ほどの左胴掛

 




 見送は巡行のとき、こう見えます。





 それから、ここではかまきりさんのおみくじがあるよ。

 




 まず、かまきりさんが羽を動かしながら神棚に向かって回転します。

 




 神棚から玉が落ちてきます。

 




 玉を運んできてくれます。偉いねえ。

 




 玉に書いてある番号のおみくじをもらいます。

 いい卦(け)が出るかな?ドキドキするねえ。

 




 蟷螂山の粽。本当は折り紙のカマキリさんが付いた豪華なものが欲しかったんだけど、私が買ったときは、これしかなかったよお。

 




 ということで、かまきりさんかっこいいから、機会があったら見てね☆


 次回に続きます

 次回はこちら。

アトモス部屋IN大阪(その4)  【ファイル43】2007.09.21 

【ファイル43】2007.09.21 アトモス部屋IN大阪(その4)

道頓堀の夜景(その2)


 夜の戎橋は凄い人出です。

 道頓堀の夜景は、新宿や銀座、渋谷のそれとは全く趣が異なります。

 浅草とも違うしね。アジアン・テイストと言っても、横浜中華街や神戸南京町の派手さとも違います。

 同じ大阪の梅田、心斎橋、難波とも違うんですね。

 本当に独特だと思います。オレンジ系の暖色の灯りです。

 少し馴れ馴れしくて、押し付けがましくて、騒々しくて、それでもなんか暖かくて、ほっとしますよ。

 この灯りなら、『マッチ売りの少女』のストーリー展開も大きく変わってくると思うんですけどね。





 戎橋の東側です。夜の帳(とばり)で道頓堀川にネオンの照明が反射して、綺麗に見えます。『色が白いは七難隠す』ならぬ『夜が暗いは七難隠す』ってとこかな?






『道頓堀』のネオンサインも押さえとかないとね!

 うへえ、ネオンサインの『道』の字が切れてるよ!





 ここは大阪の一番の繁華街だよね?安井道頓さんが泣いてるよお。


 このあたりも、昼と違った風景に見えますね。

 それにしても、イチローさんは自分の写真がこんなところでエビスさんやカニさんや『くいだおれ人形』さんの看板と並べられて使われてるって知ってるのかな?

 イチローさんご本人はどっちかというと、自分のイメージをオリックス時代のハイセンスな神戸と重ねたいと思っているようなフシがあるんだけれどねえ。 





 風船のような張りぼてのふぐさんもいますね。









『かに道楽』も、夜の方が断然綺麗!深海で蠢(うごめ)いている感じがするねえ。





『くいだおれ人形』さんも一杯気分の赤ら顔で、昼間とは表情が違って見えます。なんか絡まれそうで、少し恐いよお!





 道頓堀極楽商店街って『Sammmy EBISU Plaza』っていうんですね。

 サミー・デイビス・ジュニア(Sammy Davis Jr)のもじりかな?





 赤鬼さんがかわいいね。お祭りの夜店よりずっと明るくて、この世じゃないみたいだね。





 たこ焼き屋さんを撮りました。撮ったときは全く気がつかなかったけど、お客さんのお兄さんの背中の魚河岸キティーちゃんがとってもかっこいいねえ。









 普通のお店も屋台っぽいですね。

 金龍ラーメンも、夜の方が美味しそうに見えます。





 こんな感じで夜も楽しいねえ

 みなさんも、大阪で時間があれば、夜の道頓堀を覗いてくださいね。面白いよ☆

アトモス部屋IN大阪(その3) 【ファイル42】2007.09.20 

【ファイル42】2007.09.20 アトモス部屋IN大阪(その3)

道頓堀の夜景(その1)


 道頓堀の夜景はとっても綺麗というより、毒々しくてケバケバシイねえ。

 誘蛾灯みたい!

 でも、それが何か麻薬のような蠱惑的(こわくてき)な魅力があるんだよ!ということで、前回道頓堀の記事をご紹介しましたが、やはりここの夜景は外せません。

 グリコおじさんの看板って昼間は煤けて少し情けないからねえ。

 でも、昼のロケハン(ロケーションハンティング=和製語で撮影場所を探すこと)でも、橋と川辺の親水スペースの整備工事で、いい撮影場所がありません。

 戎橋のたもとに、JRAの広報展示室みたいなところがあって、最初は喫茶店だとばかり思って入ったんですけど、なんか雰囲気が違うんです。2階は競馬の資料や騎手のサインとかが展示してあって、何の目的の建物か分かりません。

 競馬の結果とかも大型モニターに映し出されているんですけど、場外馬券売り場でもなさそうだし・・・。

 それにしても、グリコの看板を正面から写せる場所がほかに見当たらないので、ここで撮影することにしました。

 具合が悪けりゃ出てけって言われるだろうと思ってたら、別に何も言われないので、窓際の特等席で本を読みながら日暮れを待ちました。

 やっと日が暮れてきました。





 これが、昼間のグリコおじさん。背景に、大阪城、海遊館、大阪ドーム、通天閣が描かれていますね。雪印他の看板も色や模様が変わるよ!





 お次が夕日のグリコおじさん。





 夜空のグリコおじさん。通天閣がライトアップされていますね。





 夜明けのグリコおじさん。





 それにしても、グリコおじさんって、24時間ずっと走り通しだねえ。た~いへん。

 このキャラクターの歴史は古くて大正12年に描かれたのですが、その1年前の大正11年に開催された、第5回極東競技大会のマラソン競技で1位を獲得したフィリピンのカタロン選手がモデルだと言うことです。

 ただ、別に顔を似せて描いたわけではないみたいです。どうみても日本人の顔ですからね。

 グリコのホームページにこの看板の記事が出ていました。

 大阪道頓堀川、戎橋のそばに初めてグリコのネオン塔が立ったのは、1935年(昭和10年)。高さ33mを誇るネオン塔は、トレードマークのランナーとグリコの文字を6色に変化させ、同時に毎分19回点滅する花模様で彩ったものでした。

 当時としては型破りのネオンで、一躍大阪ミナミの名物となりました。

 今の看板は1998年(平成10年) 7月6日に改装された5代目だそうです。

 現在のネオンサインの看板自体の高さは20.00m、横幅が10.85mですから、かなり大きいねえ。


 それで、写真を撮り終えて、ここで撮影してよかったのか?顰蹙をかったのか?どうかも分からずに建物を出て、目の前のキリンプラザビルを写しました。





 レタッチで、『ブラック・レイン』というか『ブレード・ランナー』風にアレンジしました。か~っこい~い。





 写真が多いから、今回はこの辺で。次回に続きます。

アトモス部屋IN大阪(その2) 【ファイル41】2007.09.17

【ファイル41】2007.09.17 アトモス部屋IN大阪(その2)

大阪といえばここ。道頓堀


 ※)最初にお断りです。本記事の写真は以前に撮ったものが含まれています。季節が違うと思いますが、ご容赦ください。

 大阪城の次はここ。

 大阪観光で道頓堀はお約束。

 まあねえ、たいてい大阪というと、テレビなんかでは、ここの映像が流れるんですねえ。

 道頓堀は1612年、豪商、安井道頓(成安道頓)・安井道卜(どうぼく)、平野郷の安藤藤次(平野藤次)らが私財を投じて運河開削に着工、1615年に完成した運河です。

 新堀・南堀川・新川などと呼ばれていましたが、後に松平忠明が道頓の功績を評価し、道頓堀と名づけます。

 ですから、道頓堀を江戸の『八丁堀』のように平板イントネーションで読むのは間違いです。

『交響曲』と同じく『堀』で音が下がらなければなりません。

 東京の無知で愚かなアナウンサーが間違うのはまだしも、大阪のアナウンサーが平板イントネーションで読むのは犯罪ものです。プロ失格です。

 大坂(大阪)は江戸時代の商都で、水の都でした。昔は大型トラックやトレーラーなんか無かったので、全国から集まってくる年貢米等の大量の物資は水運を利用して輸送したのですね。

 だから、大坂は橋が多くて、江戸時代、「江戸の八百八町」「京都の八百八寺」と並んで、「浪華の八百八橋」と呼ばれています。

 水の都ヴェニスも商都ですからね。でも、ゴンドラは浮かんでいません。

 最近は水上観光船が就航しています。これは、もともとは、漫才師の横山やすしさんが、職場=難波グランド花月まで、川を遡上して、ボート通勤していたのを地元・行政がまねっこしたんだって・・・。

 グリコの看板だねえ。





 浅草の雷門の提灯みたいなもんかなあ?

 それはともかく、ここが『戎橋(えびすばし)』で通称『ひっかけ橋』って言うんだって・・・。

 戎橋にいたグリコのお姉さん。






 若い軟派のお兄ちゃんが、女の子に声をかけるんだねえ。

『ちょっとねえちゃん、ちゃーしばきにいかへんけ~(そこのお嬢さん。お茶でも飲みに行きませんか?)』

 女性の人は、無視して通り過ぎてくださいね。そうすれば、彼らはすぐ諦めて次のターゲットを探しますから。

 ここは阪神が優勝したら、川にファンが飛び込みます。

 みんな他人事だと思って、煽りますが、どぶ川なので、飛び込んだ後は臭くて汚くて悲惨です。
 
 近所の銭湯はあまりにも汚くて悪臭がひどいので入店を拒否します。電車にもタクシーにも乗れません。どうやって帰るんだろう?

 さんざん煽ったテレビや野次馬はもちろん面倒は見てくれません。世の中そんなものです。全くの飛込み損です。

 今は飛び込めないように、アクリル版で囲ってあります。景色が見にくいし、お金がもったいないねえ。

 危険だからねえ。だってね、川の中では酔っ払いに投げ込まれた放置自転車のスポークが剣山みたいになってたりするんだよ。



 橋の袂(たもと)には、1987年「キリン会館」の跡地に建設されたキリンプラザ大阪(きりんぷらざおおさか、KPO)通称、麒麟(キリン)プラザビルがあります。






 このビルは、建築家高松伸の代表作で、モダンでスタイリッシュなデザインがかっこいいねえ。

 リドリー・スコット監督の映画『ブラック・レイン』(1989年)の中で、竣工当時の姿が映し出され、とても有名になりました。

 出演は、マイケル・ダグラス, 高倉健, 松田優作, アンディ・ガルシアで、松田優作さんはこの映画が遺作になりました。

 正直言うと、この映画の松田優作さんの役って、冷酷なわりに、肝心なところですぐ逃げるので、もう少し良い役で使ってやれよ!って思いました。日本文化に対する偏見をキッチュにしたような映画で、B級に徹するなら、もう少しやりようがあると思うのですが・・・。

 とはいえ、彼にとってハリウッド進出の名刺代わりの作品だったので、長生きして欲しかったなって思えてなりません。

 かえって脇役の安岡力也とかガッツ石松の存在感の方が際立っていたような気がします。

 しかしながらこのビルも、2007年10月末をもって閉館し、解体され、土地は売却される予定なんだって・・・。

もう見納めだねえ。なんか淋しいねえ。



 麒麟さんの銅像も建っています。キンキラキンが大阪らしくて良いですね。





 天下の麒麟麦酒(キリンビール)も『ゴウに入りてはヒロミにしたがえ』という諺(ことわざ)を実践して、成金趣味の派手派手で大阪人に取り入っているのです。

 確かに、この辺の日本というより東南アジア・テイストあふれるネオンのけばけばしさは、リドリー・スコットさんの好みに合いそうです。


 キリンプラザビルの裏通りが宗右衛門町(そうえもんちょう)です。





 それにしても、とてもカッコイイ町名です。道頓堀川開削に関わった人物の一人である、山口屋宗右衛門の名前に由来します。

 行政上の地名としては「そうえもんちょう」となっていますが、地元では「そえもんちょう」と発音するんだって。

 このへんや道頓堀って、かつては高級なお店が並んでいた花街で、観光客とか若い人がうろうろする場所じゃなかったらしいのです。

 地元は嘗ての賑わいを取り戻す取り組みを続けているようですけど、決定打に欠けるようです。

 なんか淋しいねえ。


 カッコイイ信号機だねえ。こんな感じの信号の写真がマイルス・デイビスのレコードジャケットに使われていたねえ。





 戎橋の反対岸が、繁華街です。





 それで、かに道楽の看板です。これは全国にありますが、本場は違うねえ。周囲の環境に溶け込んでいるからねえ。よそでは完全に浮いているもの。





 有名な『くいだおれ』のお人形さん。みんな記念写真を撮ってるよ!





 このあたり一体に店舗が多い『金龍ラーメン』。博多風とんこつラーメンだよ。でも、冬は防寒用のビニールシートの中で食べるのが少し情けないねえ。





 有名なたこ焼きやさんの『大たこ』





 道頓堀川は、遊歩道を含めた総合的な整備が行われています。遊歩道に下りる階段にジベタリアンをして、景色を眺めながら『大たこ』を食べるおねえさんたち。

 美味しいし、眺めもいいし、あったまい~い!

『わーい。スジャータちゃんも混ぜてよお!一緒にたこ焼き食べたいよお!』





 別のたこ焼きやさんの看板。大阪の人はこういうのが好きだねえ。





 ということで、大阪はこれからまだまだ面白いよ。お楽しみにね☆

京都祇園祭に行ってきたよ。その7 【ファイルT17】2007.09.15

【ファイルT17】2007.09.15 京都祇園祭に行ってきたよ。その7


宵山(よいやま)のスナップ 豪華絢爛の船鉾(ふねぼこ)は出陣と安産の鉾


 祇園祭について最初から読まれる方はこちら。

 これも大人気の鉾(ほこ)です。豪華絢爛です。鉾ですが、真木(しんぎ)がありません。

 ところで、私の参考にしている『京都 祇園祭手帳』には『神功皇后(じんぐうこうごう)の行った外征説話を元に作られた』って書いてありますし、『写真で見る 祇園祭のすべて』には『神功皇后をめぐる説話によって鉾全体を船の形にしている』となっています。

 これについては、日本書紀に記載のある歴史的呼称の『三韓征伐(さんかんせいばつ)』ってきちんと書くべきだと思うのですが、どういうわけか、最近の日本の歴史書は『外征』とか『遠征』ってごまかします。

 神功皇后は住吉大神の神託により、お腹に子供(のちの応神天皇)を懐妊中にもかかわらず、陣中で崩御した仲哀天皇に代わって出陣。新羅の国を攻め、新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したといいいます。

 凱旋後(がいせんご)に無事出産されたことから、安産の守護としても霊験があり、御神体に50本もの腹帯を巻いて巡行し、巡行後、腹帯は希望者に授与されます。

 神功皇后は戦前まで、日本人にとって大きな崇敬の対象になっていて、明治時代に改造紙幣という政府紙幣にその肖像が用いられ、これが日本における最初の女性肖像紙幣となりました。

 現在、この紙幣はかなりの値がついています。それが戦後は神功皇后の存在そのものがタブー視されているのです。

 いくら進歩的文化人にとって気に食わないからっていって、祭りの由来を隠蔽(いんぺい)・改竄(かいざん)するのは歴史に対する冒涜(ぼうとく)です。

 そのくせこの人たちは、外国の人たちの唱えるおおよそ史実とは関係ない荒唐無稽な説には全く反論しないのです。一体どうなっているんでしょう?

 実は、この神功皇后は祇園祭でも大きな役割をもっていて、この船鉾(ふねほこ)が『出陣の船』なら、『凱旋の船』である『大船鉾(おおふねぼこ)』というのもあり後祭りの最後、すなわち巡行のオオトリを勤めていました。


『大船鉾(おおふねぼこ)』は元治元年(1864)の大火で消失して、いまだに復元されておらず、休み山(現在巡行に参加していない)になっています。しかしながら、神面や見事な刺繍の五爪龍の舵、金幣などの残された 懸装品は町内飾りで見ることができるそうです。


 船鉾(ふねほこ)は神功皇后と住吉(すみよし)明神、鹿島(かじま)明神、龍神安曇磯良(あずみのいそら)の4体の御神体人形を安置しています。

 神功皇后は神面をつけます。神面には『本面』と『写し面』があって、船鉾の宝物中もっとも重要なものです。宵山には本面が、巡行の際は写し面が使われます。

 このお面、能面以前の様式を持ち、文化史的にも貴重な文化財ですが、安産守護にも霊験がある呪具でもあります。

 そのため、皇室の御産に際してたびたび宮中におかれました、歴代親王や内親王をはじめ皇女和宮や明治天皇の誕生の際にも宮中に出仕し、現皇太子殿下ご生誕の際は、八坂神社でこのお面を用い、無事安産を祈願したということです。

 そこで、町屋でそのお面を見て、鉾の上に上がりたかったんですけど、人気がもの凄くて、長蛇の列です。

『60分待ち』って書いてあったので、上れませんでした。

うーん、残念!


 鉾の上ではしゃぐ女の子。気持ちは良く分かるよ。綺麗だものねえ!元気な女の子のための素敵な鉾だものねえ。

  


 

 青貝螺鈿(あおがいらでん)の大舵(おおかじ)は船鉾自慢の見所です。
 
  


 

 荒波から躍り出る飛龍はとても見事です。

 右舷の龍は上向き、左舷の龍は下向きで、狩野派の鶴沢探泉下絵、塗師田中次兵衛、青貝師佐々木吉兵衛で、龍と波雲の鍍金金具付舵竿がついています。 寛政4年(1792)に作られました。凄いねえ。
 
 
 船首には木彫り総金箔の『鷁(げき)』が飾られています。

  


 

  


 

 鷁(げき)は風に強く、鵜(う)に似るといわれる想像上の瑞鳥(ずいちょう=鶴や鳳凰のようにめでたい鳥)で、水難を避けるために船に乗っています。長谷川若狭の宝暦10年(1760)作です。


 下水引(したみずひき)は金地雲龍厚肉入繍(きんじうんりゅうあつにくぬいとり)です。豪華な立体シールみたいですね。

 円山応挙門下で当町生まれの西村楠亭(にしむらなんてい)下絵。龍の眼にはレンズ状の玻璃(はり)を埋めています。天保7年(1836)の作です。

  


 

  




 車輪は直径205cm、厚さ16 cmで明治25年に新調されました。波形文様くさび金具でとめられています。

  




 見上げると大迫力!

  




 それから、巡行の時の写真から。

 屋根の形はとっても複雑。神功皇后が安置されている主屋の屋根は入母屋(いりもや)造で、屋根上両側に長谷川若狭の金鯱(きんしゃち)が向き合います。

 屋根の前は大きな千鳥破風(ちどりはふ)、後ろは唐破風(からはふ)で、下に住吉大明神が鎮座します。天保5年(1834)に改造されたんだって。

  




  




  




 天井には、20種類の草花が円形文様で描かれているそうです。

 機会があれば、鉾の上にあがりたいなあ!



 次回に続きます

 次回はこちら。

アメ横のパイナップル 【ファイルS17】 2007.09.13 

【ファイルS17】 2007.09.13 アメ横のパイナップル


アメ横名物だよ!



 アメ横はいつも凄い人です。ここを冷やかして歩くのは結構楽しいねえ。それにしても若い人からお年寄りまで、各世代が来ているのが嬉しいねえ。不況知らずの人気です。





 沢山商品が並んでいるねえ。

 ということで、今回は兼ねてから食べたいと思いながら二の足を踏んでいたアメ横のパイナップルを立ち食いすることにしました。

といってもUPが大分おくれているけどね。
 
 昔テレビで、今は引退した飯島愛さんが、このパイナップルを子供の頃食べたのがとっても美味しかったっていう話をしていて、大いに盛り上がっていたのを観たことがあるんですけど、その時、当時の林家こぶ平師匠(現林家正蔵師匠)が一言、『うちは衛生上問題があるって、親に食べさせてもらえなかった』って言って、飯島さんに『こぶ平、きょうのアンタ、凄く感じ悪いよ!』って怒られていました。

 確かに、この埃っぽい人通りで、気温が上がってきたら、蛯名家じゃなくても子供に食べさせるのは少し怖いかも・・・。でも、私はここで紹介したいから、食べるよお!

 お兄さんが一生懸命パイナップルを切り分けて串にさして並べています。





 お客さんがいなかったので、100円を出して、色が良くって大きそうな串を選んで買いました。

 写真に撮るよお!





 一生懸命撮っていたら、『写真を撮っているよ!』って声が聞こえて、急に周りの人が、こぞってパイナップルを買い始めました。繁盛して良かったねえ。

 一眼レフで何回もしつこく撮ってたら、余程良いものに見えるんだねえ。

 わーい、宣伝しちゃったよお!

 ということで、食べます。

 冷えてなくて、ぬるいのです。でもねえ。すっぱさより甘さが勝る、とっても柔らかくってジューシーで美味しいパイナップルだよ。

 よく熟しているね。

 立ち食いして食べるのも嬉しいねえ。

 味としては、今回のように暑くて喉が渇いたとき食べると、とっても美味しくて絶品だけど、私としては、涼しい日の朝に食べたほうが安全だという気もしないではありません。
 
 繁盛するアメ横風景























京都のミニかぼちゃ『坊ちゃんかぼちゃ』  【ファイルF12】2007.09.11 

【ファイルF12】2007.09.11 京都のミニかぼちゃ『坊ちゃんかぼちゃ』


一人用のかぼちゃんだよ


京都の錦市場『やお屋の二階』で京野菜のお食事をしたあと、1階の売り場を覗いたらば、『坊ちゃんかぼちゃ』っていうのが売っていました。



【ファイルF11】2007.09.04 京都錦市場 『やお屋の二かい』の記事はこちら。↓



 夏みかんぐらいの大きさのかぼちゃさんです。かわいいねえ。『電子レンジで調理できます』って書いてあったよ。お客さんはみんなかわいいねえって興味津々。

 それで、ついつい買っちゃいました。かわいいがぼちゃんだから、写真のモデルさんになってもらえるし、話しの種になるしね。でも少し高かったねえ。

それで写真を撮って、食べるのを1日1日先延ばしにしていました。だって、煮るのが面倒くさいよお!






 さすがに1月ほどほったらかして、もうだめかなって思ったら、まだ、しぶとく大丈夫だったので、あきらめて食べることにしました。だから、かぼちゃんは冬の保存食になるんだねえ。

 適当に切って、適当に皮を剥きます。

電子レンジは、何分でセットしたらいいか分からないので、ミニ土鍋でぐつぐつ煮込みました。






小ぶりなせいか、味が濃くて、むらがないねえ。それに小さいから、熱が良く回ってムラ無く煮込めましたよ。






食べてびっくり、とろーりとまろやかで、あっさりした甘さだよ。素材の味がいいんだね。


普通のカボチャに比べてベータカロチンが 約4倍なんだって。


食べてよかったよ☆

章子ちゃんの詩 3 【ファイルSH4】2007.09.06 



【ファイルSH4】2007.09.09 章子ちゃんの詩 3

 しょうこと子猫

                作:しょうこ


 おつむりにツノが2本生えた子猫がしょうことにらめっこ

 子猫はみゃあみゃあ鳴きました
 ツノに可愛いおリボンを結んでほしいよお

 鳴いたってだめだい
 ツノの生えた猫なんか猫じゃないよお

 ツノは硬くってざらざらしていて気持ち悪い
 しょうこは紙やすりでごしごしごしごし

 子猫もしょうこもそのまま気持ちよくって眠っちゃった

 あくる日おきたら、子猫の背中に羽が生えていました。
 羽なんか生えたらますます子猫じゃないねえ

 しょうこは子猫に馬乗りにまたがって

 はいしどうどうはいどうどう

 子猫はしょうこをのっけたまま

 ふわりと浮かんだ空の上

 雲のお布団は年がら年中天日干し

 ふわふわしていてきもちがいいよ

 しょうこと子猫は雲の上でお昼寝しました

 きもちがいいから

 ご褒美に

 ツノと羽が生えた子猫ちゃんも

 ありにしてあげるね

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