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アトモス部屋IN大阪(その13)大阪天保山、決死の登攀! 【ファイル51】2007.11.29 

【ファイル51】2007.11.29 アトモス部屋IN大阪(その13)大阪天保山(てんぽうざん)、決死の登攀(とうはん)!

大阪天保山は日本一低い山!?!


 海遊館は大阪天保山(てんぽうざん)にあります。

 そして天保山は、標高4.53メートルの二等三角点(三角測量に用いる際に経度、緯度、標高の基準になる点のこと)がある日本一低い山だそうです。

 この場合の「山」の定義は「国土地理院発行の地形図に山名と共に載っていること」で、天保山が築山(人工の山)だから、「日本一低い山」ではないという意見もあるそうです。

「うちこそが日本一だ」って名乗りを上げている山が他にもあるのです。

 日本一低い自然の山は弁天山(徳島県徳島市)の6.1mで、日本一低い火山は笠山(山口県萩市)の112m(世界一低い火山でもある)だそうです。

 ちなみに、日本一高い山は富士山の標高は3,776mです。

 前掲載した富士山(新幹線の車窓から撮影)


 
 

 ただし、日本が台湾を領有していた時期の日本最高峰は、台湾島のほぼ中央部に位置する旧称新高山(にいたかやま)=モリソン山 (Mount Morrison) で、現在の玉山(ぎょくさん)の3,952mでした。明治天皇により「新しい日本最高峰」の意味で新高山と名づけられたそうです。

 新高山といえば1941年12月2日に発令された日米開戦の日時を告げる海軍の暗号電文「ニイタカヤマノボレ一二〇八」が有名ですが、当時の海軍の通信符号表には“ニイタカヤマ”は登載されておらず真偽のほどは分からないようです。

 富士山の横っちょにある江戸宝永山(ほうえいざん)は宝永四年(1707年)の噴火で誕生し、昭和新山は昭和18年(1943年)12月から昭和20年(1945年)9月までの2年間に17回の活発な火山活動によって形成された溶岩ドームですが、大阪天保山は天保2年(1831年)の噴火で誕生しました…?

 というのは嘘で、洪水防止と大坂への大型船の入港をしやすくするために安治川(あじがわ)の河口を浚渫(しゅんせつ)した際、その土砂を河口に積み上げて作られた人工の山なのです。

 早い話が、川底をさらったときに積み上げられた土砂の集まりです。

 当時は20mほどの高さがあり、大坂の町へ遡るため安治川に入ろうとする船にとって目印となっていました。

 海岸べりに高灯籠(灯台)が設けられ、山には松や桜の木が植えられて茶店なども置かれ、その当時から既に現在同様の観光スポットであったといいます。当時の舟遊びをする人々の姿は歌川広重などによって浮世絵に描かれています。

 当時の様子の絵


 
 

 その後、幕末に河口を守る砲台が天保山に建設されたため山土が削り取られ、さらに工業地帯化された大正から昭和にかけて、地下水のくみ上げ過ぎで一帯の地盤沈下が起こって標高が下がり、一時は地形図からも山名が消されていました。まったくもって情けない話です。


 これに対し、地元からの復活要望によって1996年に再掲載され、以来、日本一低い山を誇っています。
 
 ということで、物好きな私は天保山に登ることにしました。

 地下鉄大阪港駅から降りて海遊館の右にある大観覧車の更に右に小公園があって、天保山はその中にあります。

 公園内に小高い丘があって、そこが天保山だと思って登りました。


 
 

 あれえ?様子がおかしいねえ。山頂を示すものがないねえ。


 
 

 実は、これは地下鉄のトンネルを掘ったときの土で作られた丘だそうです。もちろん天保山ではありません。

 それで、公園内をぐるぐる探し回ったのに、肝心のお山が見つかりません。

 あきらめて帰りかけたとき、公園入り口に地図があるのに気がつきました。


 
 

 山頂は、さっきテキヤのオジサンが店開きの準備していたので、避けて通ったところにありました。

 そんなところで商売しちゃだめだよお!

 やっと場所が分かったので、いざ登山です。

 登山といえば、登山隊を編成して重装備で地元のシェルパを雇って、ベースキャンプを張って、最終キャンプでアタック隊を選抜して、酸素ボンベを背負って、行わなければなりません。

 ところが、わが隊のスジャータちゃんなんかハイヒールを履いています。緊張感がまったくありません。


 いよいよ山頂へアタックします。ブリザードに遭遇したら、ビバーグということも考えられます。いざとなったら『勇気ある撤退』も覚悟せねばなりません。

 雲間に霞む天保山頂。右のスロープ階段のほうがずっと高そうなのは何故?


 
 


 これが艱難辛苦の末、登頂に成功した天保山の山頂です。


 
 

 左下の四角い石の十字マークが山頂だよ。なんか有難みがないねえ。

 山頂の横にあるのは、明治天皇が慶応4年3月26日(1868年4月18日)15歳7ヶ月に電流丸(咸臨丸型)、万里丸、千歳丸、三邦丸、華陽丸、万年丸の六隻(合計2452トン) フランス艦1隻で日本初の観艦式を行った行幸記念碑です。


 
 

 明治時代、天保山付近に海に面した港(現在の大阪港)を建設しようと苦闘した西村捨三翁の銅像です。


 
 

 天保山より、海越しにユニバーサルスタジオジャパン方面を望む景色。


 
 

 なんかうら悲しい風景です。

 それで、天保山には登頂証明書を発行してくれる天保山山岳会事務所があります。

 天保山山岳会事務所の行き方は、山頂の写真の右真ん中の白い紙に地図入りで書いてあります。山頂で確認してくださいね。

 大阪市営地下鉄中央線の大阪港駅の反対側にあって、結構な距離を歩かなければいけません。天保山登山より余程困難な道のりです。

 天保山山岳会事務所は喫茶店内にあるので一服しようと思ったら、お店は休みで、事務所だけ開いていました。


 


 天保山山岳会事務所の看板です。


 


 登山証明の発行は受け付けてくれるみたいです。


 


 中に入ると会長さんらしきおじさんが座っていたので、『登頂証明書を下さい』と言って手数料10円也を募金箱のようなものの中に入れると、『ごくろうさま』とその場で発行してくれました。

 別に証拠写真とかは求められませんでした。第一、登頂するよりも、この事務所を捜し当てるほうが重労働なのです。

 これが、証明書です。


 
 

 文面を読むと、登頂証明書というよりも、むしろ『いちびり(うれしがり・目立ちたがりの意の大阪弁?)精神の持ち主』であることの証明書になっています。

 ということで、大阪海遊館に行ったついでに、時間があれば話の種に登山してくださいね。
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大阪・会津屋の元祖たこ焼き 【ファイルF17】2007.11.27 

【ファイルF17】2007.11.27 大阪・会津屋の元祖たこ焼き

たこ焼きの元祖は上品なお味だね


 大阪名物といえば、欠かしてはならないのが、たこ焼きです。

 大阪のたこ焼きは、昭和8年、ここ会津屋さんの初代遠藤留吉さんが肉、コンニャクなどを入れて焼いたラヂオ焼(又はラジューム焼)がはじまりだそうです。

 結構新しい食べ物なんだねえ。

 その後、改良を重ね、昭和10年、『明石のたこ』と『ころも』に味をつけて焼いた大阪のたこ焼が生まれました。

 明石鯛や明石たこってブランドだねえ。それにしても、たこ焼きの皮って『ころも』って言うんだねえ。知らなかったよ。

 戦後、ソースの普及により、ころもに味がなくなり、色々なものが入ったのが出まわって、庶民ほんらいの味からはなれたものが増えてきたということです。

 まあ、最近のたこ焼きは何でもありですからね。

 皆さんが抱く『たこ焼き』って、多分ソースたっぷりにマヨネーズがついた青海苔カツブシをまぶしたコテコテの食べ物ってイメージがおありでしょうが、もともとのたこ焼きはそういうんじゃないんですね。

 私はそういうのも好きですけどね。

 たこ焼とはソースをつけない、本来、手もよごさず、さめてもおいしいものを指すのだそうです。

 会津屋さんのHPはこちら、通信販売もやっています。
http://www.aiduya.com/


 それで難波の地下街にある『ナンバなんなん店』に行ってきました。





 時間が早いこともあって、結構空いているねえ。

 早速、元祖のたこ焼きさんがやってきました。





 外見は実にシンプルです。

 じゃあ、食べるよお!

 熱いので、はふはふ食べないと火傷をするねえ。

 ころもに醤油風味のカツオだしで味付けしてあるので、上品な醤油煎餅みたいなお味です。

 外がカリッと、軽くって、中がトローリ、蛸の歯ごたえが良いねえ。

 これならお腹にもたれないし、胸焼けもしないねえ。

 
 ということで、カツオだしの旨味が味わい深くって美味しかったよ。


 『ナンバなんなん店』があるのは難波高島屋がある地下です。小さいので少し見つけにくいかな?

 ここは大阪ミナミの繁華街で、人通りが多いのです。

 難波高島屋はこんな感じです。





 高いビルが多いので、屋上の観覧車もあんまり意味がないとは思うのですが、いまだに健在のようです。





 以前、笑福亭鶴瓶師匠とオセロの松島尚美師匠が、「凶悪犯罪者は、『高島屋の刑』に処すればいい」と提案していました。

 その処刑場の候補地がここ難波高島屋前なのです。東京なら、さしずめ渋谷のハチ公前ですね。





 こういう繁華街に罪状を書いた看板を首から吊るして立たせ、晒しものにして、みんなで罵倒したり指差して笑って自分のしたことを反省させるべきだっていうのです。江戸時代に日本でやっていた刑ですね。ここは前に紹介した、千日前の刑場跡のすぐ近くですし、場所としては最適です。

 私としては、何の落ち度もない被害者の苦痛・人権を考えれば、それぐらいのことをしても当然だと思うのですがねえ…。

 ついでに、以前紹介した肉吸いの『ちとせ』のそばにあった、お好み焼き・たこ焼きの材料屋さんと道具屋さんを紹介します。

 
 お好み焼き、たこ焼きの材料も、業務用は壮観ですね。









 脱サラで急に始めても良いように、『調合法無料指導致します』だって!親切だねえ。







 これが道具屋さんです。こんなので作ったら美味しいだろうねえ。





 ということで、今回は大阪名物のたこ焼きでした。

キングペンギン(オウサマペンギン)のヒナ鳥もキングサイズ 【ファイルC28】2007.11.24 

【ファイルC28】2007.11.24 キングペンギン(オウサマペンギン)のヒナ鳥もキングサイズ

なんか凄く大きいねえ


 ご無沙汰していた大阪海遊館で撮り溜めた写真を久しぶりにUPします。

 茶色いぽわぽわした羽毛で覆われている大きなペンギンさんがいるので、なんだろうと思いました。

 




 茶色いのはキングペンギン(オウサマペンギン=Aptenodytes patagonicus)のヒナ鳥だそうで、右にいる綺麗な色のペンギンさんが大人のキングペンギンで、真ん中の小さいのがジェンツーペンギンの大人です。

 大人より大きくない?


 キングペンギンはコウテイペンギンに次ぐ大型種です。

 繁殖地は南大西洋とインド洋の、南緯45度から55度にかけて位置する亜南極の島嶼(とうしょ)で、南極大陸では繁殖していないということです。

 イギリスVSアルゼンチンのフォークランド紛争で有名なフォークランド島にも住んでいるそうです。

 この写真を撮ってから、ずいぶん長い間不思議だな?って思っていたら、偶然テレビでキングペンギンのヒナ鳥の映像を放送していました。

 実はこのヒナ鳥はもう大人の羽毛が下に準備されていて、もうすぐ茶色い羽毛が抜けて大人になるらしいのです。これを換羽(かんう)と言うそうです。

 だから、成長した大きなヒナ鳥は大人の羽毛の上に、更に分厚いコートを羽織っているのと同じです。それで、モコモコとずんぐりむっくり大きいのです。

 テレビ番組では、茶色い羽毛が暑いので、ヒナ鳥だけ親鳥から離れて冷たい風が吹きつける河口に寄り集まって、涼んでいる映像が紹介されていました。 
 こういうのをヒナ同士で集まる「クレイシ」というそうです。

「クレイシ」は本来涼むためじゃなくて、大きな目的があります。冬、寒さが厳しくなると、親鳥は2週間に1回程度しかヒナに給餌しなくなります。ですから、ヒナは体に蓄えた脂肪を消費しながら寒さと飢えに耐えなければなりません。そこで、「クレイシ」を作り、身を寄せ合って寒さをしのぐのです。

 秋(6月頃)に一旦成鳥の8割ほどになったヒナの体重は、この厳しい冬のせいで、親鳥の給餌が再開する春(9月頃)には半分にまで減少するそうです。

 本当にサバイバルですね。

 ヒナが茶色の羽毛を換羽して巣立つのは、10月末から1月頃だそうです。

 換羽して、成鳥になるとき、茶色の羽毛は自然に抜け落ちるだけでなく、自らも嘴(くちばし)をつかって、毟り(むしり)取るみたいです。テレビでは、その映像が映し出されていました。

 茶色の羽毛をむいたら、下からきれいな大人の羽毛が現れてくるのです。

 まるでキウイフルーツの皮をむくみたいですね。

 ずうたいは大きいのに動作はよちよちヒナ鳥です。

 お姉さんが、餌を持ってきてみんながワーイ!って喜んでいるのに、ぼーっとしています。

 




 そこがまた、ぬーっとして可愛いのです。

 何か、周りが騒がしいねえ。とりあえず、羽ばたいてみようかな?

 ぱたぱた。

 




 あれえ?飛べないねえ。

 大人のジェンツーペンギンを見下ろしたりします。

 




「君はちっちゃくてかわいいねえ」

「見下ろさないでよ!あんた少し失礼だよ」

 大丈夫かねえ?餌がなくなっちゃうよ!

  




 そうこうしているうちに、やっと自分のお腹が空いていることに気がつきました。

 お姉さん、僕にもお魚ちょうだいよお!

  




 大人のキングペンギンはお腹がいっぱいになったので、腹ごなしに泳いでいます。

 かっこいいねえ。

 ヒナちゃんも早くこんな風に泳げるようになったら良いねえ。

  





  





  





  




 ということで、今回は大人になる前のキングペンギンのヒナちゃんでした。

京都祇園祭に行ってきたよ。その15 【ファイルT25】2007.11.21 

【ファイルT25】2007.11.21 京都祇園祭に行ってきたよ。その15

紫織庵は文化財の町屋(下)

 
 祇園祭について最初から読まれる方はこちら。

 ということで、前回の紫織庵の続きです、2階の洋間の途中からです。

 まず円筒形の和風のシャンデリアです。

 




 暖炉の上の鏡の前に置いてあった時計です。

 




 暖炉はこんな感じです。こんなところでゆっくり本を読んだら素敵でしょうね。

 




 カーテンも素敵ですね。

 




 豪華な刺繍の帯です。

 




 和服の模様も立派な美術品です。

 




 1階に下りたら、鶴の屏風がありました。雛が可愛いねえ。

 




 反物が並んでいるお部屋です。いかにも京の町屋といった雰囲気ですね。

 




 当然、立派な蔵もあります。

 




 庭石と緑のコントラストが素晴らしい。

 




 蔵の中には立派な箪笥が。

 




 天井の梁が立派です。頑丈にできていますね。

 




 蔵の窓です。まるで銀行の金庫みたい。火災からしっかりとお宝を守ります。

 




 これは、庭師が土足のまま外から庭に入れるように作られた地下道の出入り口です。

 




 広縁はこんな感じです。木の苔がいい感じです。

 




 こういう細工を見るだけでも楽しくなります。

 




 ということで、紫織庵でした。



 次回に続きます

 次回はこちら。

京都祇園祭に行ってきたよ。その14 【ファイルT24】2007.11.19 

【ファイルT24】2007.11.19 京都祇園祭に行ってきたよ。その14

紫織庵は文化財の町屋(上)


 祇園祭について最初から読まれる方はこちら。

http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/34800676.html

 前回は外から覗ける町屋の屏風祭りをご紹介いたしましたが、今回は紫織庵(川崎家住宅)をご案内します。HPはこちらです。
http://www.shiorian.gr.jp/

 紫織庵の建物は、大正15年、240坪の敷地に建てらた京の伝統的な「大塀造」建築の代表例だそうです。

 洋館部分は日本の近代建築の父と呼ばれる 京都帝国大学建築学科初代教授、武田五一氏が設計し、当時流行したF.L.ライト風意匠に仕上げられ、和室部分は同時代に活躍した数奇屋の名工 上坂浅次郎氏によって建築されています。

平成11年4月には、京都市指定有形文化財に指定を受け、また京都府医学史研究会史跡にも指定されている優れた建物です。


 さて写真を撮るよお!って張り切ってカメラを構えたら、着物を着た若いいかにも学生のアルバイトといった感じのお兄さんが、追っかけてきて『それは撮影禁止だ』って言うのです。

 屏風を撮っちゃいけないのかな?って思って、置時計を撮っていたら『それも撮っちゃだめ』って言われたから、『だったら、どれとどれとが撮影禁止なのか教えてもらえればそれを守りますから』って言ったら、分からないらしく、奥に聞きに行きました。

 それで、戻ってきたらば、ストロボさえ焚かなければすべて撮影OKとのことです。ストロボの光は金箔や顔料に悪影響があるんだって。

 但し、ここは襦袢や浴衣などを扱うお店でもあるので、売り物の商品は撮影禁止です。

 まず、素敵なランプシェードを撮るよお!細かい仕事だねえ。

 




 広縁のガラス戸はすべて建築当初の「波打ちガラス」で、一枚も破損していないということです。普通のガラスのように表面は均質ではありませんが、クリアさが違います。

 




 客間と仏間の境の欄間は日本画家・竹内栖鳳の作で東山三十六峰をモチーフに桐正目の一枚板で彫刻されています。これだけの正目の桐って凄いねえ。

 




 広縁から見た素晴らしいお庭です。「波打ちガラス」越しに撮影しています。

 




 廊下の向こうに緑が見えてとっても素敵です。

 




 竹林をあしらった屏風です。金箔に緑って合いますね。

 





 洛中洛外図屏風です。とっても見事です。

 




 屏風の細部を写しました。
 
 




 




 着物が掛けて飾ってありました。

 




 アンティークの置時計です。

 




 やはり祇園祭の鉾の模型は必需品ですね。

 




 いろいろな画家の絵が屏風に張ってありました。なんとなく気に入った牛の絵です。

 




 丸い照明はシルエットが美しいねえ。

 




 二階洋間サロンに上がります。
20帖の洋間で、大正時代の贅を尽くした造りになっています。

これはYAMAHAグランドピアノの最初期のもので大変に貴重なものだそうです。

 



 以前、関西の超有名人『浪花のモーツアルト』こと作曲家のキダ・タローさんが、地元京阪電鉄のコマーシャルの撮影をここで行ったんだって。

 ネットで見つけたCMの記事。
http://www.okeihan.net/okeifan/tvcm/butaiura_04.html


 ランプ越しにステンドグラスを写しました。

 




 ということで、写真はまだあるので、続きは次回をお楽しみに!

 次回はこちら。

大阪はワンダーランドの付録 【ファイル50】2007.11.17 アトモス部屋IN大阪(その12)

【ファイル50】2007.11.17 アトモス部屋IN大阪(その12)大阪はワンダーランドの付録

大阪で見つけた巨大ゴキブリさん


 今回は、ゴキブリ嫌いの人は見ないでね。

  ↓

  ↓

  ↓

  ↓

  ↓


 後悔するよ

  ↓

 ゴキブリさんが出てくるよ

  ↓


 本当にいいのかな?

  ↓

 とっても大きなゴキブリさんだよ。

  ↓


 やめるなら今のうちだよ

  ↓

  ↓

  ↓

  ↓

  ↓

 じゃあ見てね。

  ↓

  ↓

 西出さんちの台所に現れたゴキブリさん、


 


 大きいねえ。やっぱり大阪は凄いねえ。たこ焼きとかお好み焼きを食べたら大きくなるのかなあ?和田アキ子さんも大きいしねえ。


 実はこれ、大阪の自然史博物館で写したんだよ。


 でも展示の説明パネルや表示板が邪魔なので、レタッチで消しました。
 



 元の写真。


 


 この模型ゴキブリさんを作った人は、余程ゴキブリさんと人を驚かすのが好きなんだねえ。偉いひとだねえ。超精巧で一切の妥協がない良い仕事をしているものねえ。

 頭の照りや、羽のぬめり具合が本物そっくり!ゴキブリ嫌いの人にはたまらないだろうねえ。

「実物を10倍に拡大した」んだって…。

 大阪は日本が世界に誇る海洋堂の地元だしねえ(大阪府門真市)。
http://www.kaiyodo.co.jp/

 公立の科学博物館でこういう展示をするんだから、大阪はヘンな所だねえ。

 だって、ゴキブリさんの大きな模型を本物の台所セットに展示するなんて、いたずら心がないとできないものねえ。

 そうとう気合が入った展示だよ。

 ということで、大阪はまだまだ続くよ…。

大阪はワンダーランド 【ファイル49】2007.11.15アトモス部屋IN大阪(その11) 

【ファイル49】2007.11.15 アトモス部屋IN大阪(その11)大阪はワンダーランド

さすがに大阪は面白いねえ。


 先に大阪城を皆さんにご案内しましたが、
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2007/08/22

 極楽橋から北のOBP(大阪ビジネスパーク)の方を向くと、そこには恐ろしい光景が展開していました。

 わぁ~!飛行機がビルにぶつかるよお~!


 


 うへえ、ぶつかっちゃったよお!どっか~ん。



 


 私は、9.11テロの直後にこの光景をみて、腰が抜けるほど驚きました。

 大阪の伊丹空港へ着陸する飛行機が、この角度から見ると、ビルに激突するように見えるんだよ。怖いねえ。

 大阪城に行く機会があったら是非ご覧ください。大阪空港は着陸の頻度が高いから、少し待てば飛行機が降りてきます。

 ということで大阪の日本橋(にっぽんばし)という電化街で、東京の秋葉原(あきはばら)みたいなところに行きました。

 大阪の町には伊丹空港に着陸するはずだったのが航路をはずれビルに激突する飛行機が多いのです。ここの屋上にも飛行機がひっかかっています。


 


 
 ビルの上から餌を探しあたりを睥睨する巨大蜂。


 


 大阪は生物が巨大化する傾向があります。和田アキ子さんも大きいからねえ。体が大きくなる光線でも出ているのかなあ?


 日本橋(にっぽんばし)はこういう感じの街です。


 


 ここには「おたくの殿堂」という魔窟のショップがあります。


 


 中を覗くと、大怪獣ガメラが飼育されていました。399,000円です。
 
 値段も高いけど、こんな大きなものを置く場所があるお家って余程のお金持ちだねえ。



 


 そこから程近くに中古買取のリサイクルショップがありました。看板には
『けっこう安い』って書いてあります。


 



 これは横にある『高額買取』と書いてある手前、『激安』とか『大安売り』とは書けないのでしょう。正直なお店です。笑ってしまいました。


 本日のメイン・エベント。大怪獣ツクラ対正義の味方ヒナトラマンの対決です。


 


 ヒナトラマンは、怪獣ツクラが文化財だからと破壊をためらっていた大阪城を、無邪気に破壊しました。あきれたツクラは退散しましたが、ヒナトラマンは勝負に勝ったと思って、大はしゃぎです。

 ある意味凄いぞ!?!ヒナトラマン。

 
 シナモンちゃんは大きくなって可愛さアップだよお☆


 



 ということで、皆さんも大阪で面白いものを見たら教えてくださいね。

くまさんのじゃれっこは、バイオレンス  【ファイルC27】2007.11.13 

【ファイルC27】2007.11.13 くまさんのじゃれっこは、バイオレンス


少し恐いねえ


 くまさんちに行きました。なんかドタバタと音がします。

 2頭のくまさんが大喧嘩です。

 




 
 今日は現役くまさんの、ぴこりんさんをゲスト解説者にお招きしています。

「あのねえ、くまに現役もOBもないくま~。生涯くまだくま~」

「それは失礼いたしました。それにしても凄い喧嘩ですね」

「喧嘩じゃないくま~。じゃれっこしているだけくま~」

 でも、物凄い格闘ですよ。

 浴びせ倒し!

 




 裏拳でお返しだい!

 




 一本背負いだよ。どうりゃ~~~~。

 




 こんどはクロスカウンター!相討ちだねえ。痛いねえ。

 




 右ストレートだ!ぼすっ☆うげげっ!

 うへえ!こっちに倒れてこないでよお。

 




 咬みつき攻撃は反則だよお!

 




 ここは、狭くて危ないから広いとこでしようね☆

 




 さて、試合再開!組み手争いが始まります。

 




 がんばれがんばれ!

 




 うへえ、首を咬まれたよお。でも甘咬みだから大丈夫だい。痛そうじゃないねえ。

 




「ぽこりんさん、あの2頭、怪我は大丈夫ですか?」

「『ぽこりん』じゃないくま~。ぴこりんくま~。もちろん遊んでいるから大丈夫くま~。本気で戦ったら、大怪我するくま~」

「失礼いたしました。つい興奮してしまいまして…。それにしても、くまさんって乱暴な遊びをするんですね。ぴこりんさんも本当は恐いんでしょ?」

「元気なくまさんはこんなものくま~。でも、ぴこりんは大人しくて優しいくまだくま~。仲良くしてほしいくま~」

 ということで、元気に遊ぶくまさんでした。恐いよ~。


 お口直しに優しいぴこりんさんの絵

 


京都祇園祭に行ってきたよ。その13 【ファイルT23】2007.11.11 

【ファイルT23】2007.11.11 京都祇園祭に行ってきたよ。その13


屏風祭(びょうぶまつり)は豪華絢爛

 
 宵山には町屋で屏風祭があります。各山鉾の展示については、今までご紹介していましたが、今回は『屏風祭』です。

 自慢の屏風のお披露目なのです。

 それにしても、祇園祭を『概観しただけ』の記事がこれだけの量になるなんて予想もしていませんでした。それだけ奥が深くて見所が沢山あるということなのですね。京都の町衆文化は本当に凄いですね。

 それぞれの山鉾や懸装品にこめられた由来を知るだけでも日本の歴史、文化、教養と当時の世界観が俯瞰(ふかん)できるのです。

 まだまだあるので、なかなか沖縄に着きません。寒いときに沖縄の記事も暖かくていいかな?

 屏風祭は江戸中期から始まり、明治の頃から盛んになったと言われています。

 上村松園(うえむらしょうえん)画伯も京都府画学校に入った頃に毎年通い詰めて屏風絵のスケッチをしてまわったそうです。

 山鉾の懸装品だけでもインターナショナルで刺激的なのに、屏風祭りも京都の絵師にとって、生きた美術の勉強に活用されたのですね。

 やはり、文化というのは環境がなければ育ちません。

 有料で中に入ることができる町屋もありますが、外から窓越しに覗くところが多いようです。
 
今回はスナップ風に外から気軽に覗ける屏風祭ご紹介していきましょう。

 まず源平合戦から、『鵯越(ひよどりごえ)の坂落とし(さかおとし)』の屏風です。

 



 屏風はこんな感じで展示されています。

 




 松坂屋(町屋)には武者の鎧兜(よろいかぶと)が飾られています。

 




 鎧兜のアップです。

 




 鉾の模型と屏風です。

 




 こちらは団扇(うちわ)を飾っています。

 




 祇園祭に粽(ちまき)はかかせません。

 




 鷹の絵は縁起がいいのかな?

 




 四季花鳥図です。

 




 京都高島屋百貨店では、鉾の模型が正面入り口に鎮座しています。マネキンも浴衣を着て団扇を持っています。

 




 阪急地下通路でも屏風を展示しています。

 




 このとおり、京都は期間中、祇園祭一色で町全体が美術館で博物館で、かつ『厄払い』のテーマパークなのです。次回も町屋の記事を掲載しますね。

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