FC2ブログ

上野のパンダのリンリン君  【ファイルC34】2008.01.28 

【ファイルC34】2008.01.28 上野のパンダのリンリン君

お食事中をお邪魔しました

 
 アトモス部屋は、神戸のパンダばかり贔屓していると、上野のリンリン君から苦情の手紙が届きました。

 でも、リンリン君はこの前遊びに行ったのに、ずっと寝ていたじゃないのさあ!

 それで、9時30分の開園直後のお食事時をお邪魔しましたよ。





 上野のリンリン君はすこおし、熊のプーさんに似ています。

 耳が立ってて、つぶらなお目目が可愛いねえ。

 この前はずっと向こうを向いていて寝ていたから分かんなかったよ。

 そのとき撮った写真。





 今は竹を食べかけた手を止めて、みんなにごあいさつしてくれています。こんにちは☆
 
 やっぱりなんと言ってもパンダは凄い人気です。特に子供の人気は根強いものがあります。そりゃあそうでしょう。おっきくてむくむくしてますからねえ。






 それにしても、上野のパンダさんはお天気でもずっと室内にいます。それもとっても暗いので、ISO1600でも、少し動くとぶれてしまいます。

 こんな感じでぶれるよお!でも、これは良い感じに撮れました。





 ストロボ禁止なので、発光して写す人がいるたびに、停止設定するように係りの人が呼びかけています。

 上野は今リンリン君の一頭だけなので、とっても寂しいねえ。

 王子動物園のパンダは、雨の日以外はずっと外にいて、お昼寝も気持ちよさそうだもの。それに、ずっと隣にいる異性のパンダのことを意識して遊んでいるみたいだし。

 お友達が来ればいいのにねえ。


 でも、かなりのご高齢みたいなんだよ。それで室内にいるのかな?

 でも、高齢な分、貫禄があって味のあるお顔です。

 若かった頃のリンリン君の写真が展示されていました。
 
 さすがに若いねえ。





 若い頃は木登りとかでんぐりがえりとか沢山したんだろうねえ。

 生れたのが1985年、来日が1992年ですから、このころちびっ子だった子供はもう大人です。こういうのって嬉しいですね。

 リンリン君は、1988年6月にフェイフェイ(飛飛=日本国籍)とホアンホアン(歓歓=日本国籍)の間に生まれたオスのユウユウ(悠悠=日本国籍)を中国に送る代わりとして、1992年11月に北京動物園からやって来ました。

 これは、同じくフェイフェイとホアンホアンの間に生れたメスの姉弟のトントン(童童)との近交劣化を防止するためです。

 ところが、そのトントンちゃんが子供を生むことなく2000年に亡くなりました。

 そこで、メキシコ国籍のメスのシュアンシュアンちゃんとのブリーディングローンで子孫を増やして、日本国籍のパンダを継承しようと試みたのですが、だめでした。

 リンリン君は、日本で唯一日本国籍のパンダです。日本で天寿を全うできるパンダはリンリン君が最後になるのでしょう。

 残念なことです。
 
 動物園って、赤ちゃんも生まれれば、お年寄りの動物もいます。人間と同じですね。いろんな世代の動物がバランスよく暮らしている動物園が、本当に良い動物園かもしれません。


 この角度だと少しコアラちゃんにも似ています。優しいお顔立ちです。ずっと日本のお友達に愛され続けてきたんだね。上野は外国のお客さんも多いよね。





 今日はなかなか気分が良いみたいです。





 ニンジンをむしゃむしゃ食べました。





 また遊びに来るからね。長生きしてね☆

 みんなも会いに行ってあげてね☆


 日本には現在、9頭のジャイアントパンダが暮らしています。
 
 アトモス部屋では、神戸の王子動物園2頭、東京の上野動物園1頭と計3頭のパンダを紹介してきましたが、あと、日本でパンダを見ることが出来るのは和歌山のアドベンチャーワールドの6頭です。

 アドベンチャーワールドには双子のパンダちゃんがいるんだね。

 でも、アドベンチャーワールドは遠いからねえ。

 いつか会いに行きたいな。
スポンサーサイト



パンダの身分 【ファイルC34】2008.01.28 

【ファイルC34】2008.01.28 パンダの身分

前回記事の訂正とお詫び

 前回、王子動物園パンダが、『ブリーディング・ローン』だと記載しましたが、これは誤りで、『レンタル』のようです。お詫びの上、訂正いたします。

前回の記事
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2008/01/26

 詳細情報については保留いたします。

 大体こんな経緯のようです。

 実は、上野にランラン・カンカンが来た頃は贈与だったのですが、今では中華人民共和国外のパンダは、レンタルのみです。

 現在、日本にいる日本国籍のパンダは、上野のリンリン君ただ一頭だけで、あとはすべて中華人民共和国籍のレンタルだそうです。

 レンタル料は『つがい』で年間約1億円と言われていて、中華人民共和国から来る飼育担当者の費用も負担します。

 しかも!

 生まれた子供も、たとえ片方が中華人民共和国籍でなくても『中華人民共和国籍』となり、レンタル料の課金対象になってしまうそうです。

 ですから、アドベンチャーワールドで双子が生れましたが、両方とも『中華人民共和国籍』で、生れた瞬間から2頭分、きっちりレンタル料をとられていることになります。

 その上、いつか本国に返還しなければなりません。

 研究して繁殖に成功すればするほど、損するよお!

 そして繁殖技術が他国で進めば中華人民共和国籍のパンダが増えて、ますます中華人民共和国は儲かるよお。

 韓国の動物園は、その法外なレンタル料が払えなくなり、パンダを本国に返還したそうです。

 
 本当に中華人民共和国って、パンダ保護の研究をする気があるのかねえ?

 これって、動物の保護研究のためというよりも、単なる商売じゃないの?

 動物でこんな商売をしている国は他にあるのかな?

 この国にも動物園はあると思いますが、ライオンやカバやシマウマやキリンは他国から高額なレンタル用を払って借り入れているのでしょうか?

 この法外なレンタル料がパンダを初めとした自然環境保護に役立てられていればいいのですが、怪しいものです。党幹部のポケットに入ってるんじゃないの?

 神戸市立王子動物園のHPでは、初代コウコウとタンタンは2000年に来日、その時の市長挨拶が、

『パンダの繁殖研究を日中共同で10年間行うにあたり、素晴らしい成果を期待しています』

 となっていて、日中共同繁殖研究だって聞いてたから、私はてっきり『ブリーディング・ローン』って勘違いしていたのです。

 言い訳がましいけど、普通、そう思うよね。

 日中共同繁殖研究って、レンタル料はどうなってるのかなあ?

 更に初代コウコウとタンタンが来日した当時の神戸市長の挨拶…。

『キンシコウの繁殖研究が成功したように、2~3年後にはパンダの繁殖も成功することを祈っています。』

ってなってるけど、日中共同繁殖研究が成功したはずのキンシコウって、本国に帰って今王子動物園にいないよねえ。

 これの何処が日中共同繁殖研究なのかな?

 それこそ、繁殖が成功したなら、その何匹かを王子動物園でも飼育し続けて研究を進めて、ブリーディングローン (Breeding Loan) で、移動を活発に行って、新しい血統を取り入れ、近交劣化を防止すれば良いと思うけどねえ。

 良くわかんないねえ。
 
 それから、初代コウコウ君は、オスだったはずなのに実はメスだと判明して、2002年に帰国しました。この子は昨年、彼の地でメスとして無事双子を出産しています。

 この間のレンタル料っていったいどうなるの?メス2頭で日中共同繁殖研究はできないと思うけど。それから、10年契約って、この2年間は除算されないの?

 2000年に来日したのなら、10年の繁殖共同研究っていうと、そろそろ期限が来ます。

 神戸市立王子動物園の『パンダ館』は動物園入口の正面に建設され、 鉄筋一階建て約1250平方メートル、庭付き・プール付きの3億円の豪邸です。

 これなら600円の入園料でも、大人50万人の入場増でモトが取れます。
 
 これで、共同研究だっていうから、エサと諸経費でいいかな?って思っていましたが、更に年間1億円のレンタル料って一体どうなんでしょう。


 アメリカのワシントン、アトランタ、メンフィス、サンディエゴの4動物園では、パンダの「保護研究」と称した 10年契約を中華人民共和国と交わしていますが、年間のレンタル料が110万米ドルと高額なため、これまでも再三値下げ要求をしてきているそうです。

 これに対し中華人民共和国側は「交渉の門戸を閉ざしているつもりはなく、アメリカ側が契約の続行を望むなら、更新の際に交渉する用意はある」と表明、契約途中での値下げには応じないと暗に示唆したようです。

 保護研究のための10年契約って、王子動物園と同じだねえ。

 これが本当だとしたら、日本はアメリカの動物園と共同戦線をはるべきだと思うのですが…。

 このあたりの事情の正確なことをご存知の方はご教示くださいね。
 
 それにしても、なんか釈然としない不愉快な話ですね。


 それでも、可愛いパンダは無邪気に遊び続けます。パンダ本人にとっては関係ないことですからね。

パンダの木登り 【ファイルC33】2008.01.28 

【ファイルC33】2008.01.28 パンダの木登り

パンダも木から落ちちゃうよお!

 
 前回は、神戸市立王子動物園にお住まいのメスパンダの旦旦(タンタン)ちゃん(当ブログでは、さゆりちゃん)のでんぐりがえりを紹介しましたが、今回はご主人のササニシキ君=興興(コウコウ)君が再登場です。

 前回のさゆりちゃんの記事はこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2008/01/26
 前回のササニシキ君の記事はこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2006/10/31
 
 ササニシキ君は元気に木登りをしていました。か~っこい~い!





 隣で立派なカメラを持った年輩のおじさんが、ここには3日を置かず撮影に来ているが、この木に登るのは年に一度あるかないかだっておっしゃっていました。

 ラッキーだねえ。

 その横では、アメリカ人らしい青年が、やはり一眼レフで一生懸命に写真を撮っています。

 どうです。すごいでしょう。えっへん!どんなもんだい。





 『絶景くま~』って、ぴこりんさんみたいですね。





 木の上で立ってるから、レッサーパンダの風太(ふうた)君より凄いでしょ?えっ?手をついてるからダメだって?

 だったら、手を放すよ!よっこらしょ。おっとっと…。





 あ~~~~~~~~~~~~っ!





 落ちるよお☆うへえ!おたすけえ!





 う~、死ぬかと思ったよお!くわばらくわばら。





 水を飲んで気持ちを落ち着かせて…。





 やっぱり地上は落ち着くねえ。
 
 お散歩するよ。





 草むらにかくれんぼ。





 挨拶に来たササニシキ君。なんだい、君、また来たのかい?ごあいさつだねえ。





 このシルエットがいかにもパンダ君だね。





 のっしのっしとカッコイイですね。





 いつものように笹の葉を食べます。





 う~。喉がつまったよお!とんとん。慌てて食べるからだよ。気をつけてね。





 横顔がハンサムさんだねえ。





 ピンナップポーズだよ。





 最後にこの写真をみてください。





 同じ向きに並んだ爪が5本見えているでしょう。

 爪と向かい合わせになった親指の代わりの灰色の肉球と、爪5本の指とで笹をつかんでいるのが良く分かります。

 この肉球がいわゆる『パンダの親指』で、『撓側種子骨(とうそくしゅしこつ=6本目の指)』です。

 『パンダの親指』については、以前当ブログで記事にしましたね。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2006/11/04

 ところで、パンダには小指側にも副手根骨に指状の突起があって(いわば第7の指)、物を掴むときには、これも使っているという説があって、実はパンダの親指の記事を書いたとき、私はこの説も知っていたのですが、実物を見た限りでは、どうもそんな感じがしなかったので、敢えてその説は紹介しませんでした。

 それで、この写真を見ると、やっぱり『第7の指』は本来の小指のかなり下のほうについていて、使っているようには見えません。
 
 どうなのかな?

 それにしても、この『パンダの親指』の他にも、パンダって本当に不思議な動物です。

 今回は木登りの失敗の記事をご紹介しましたが、前回のさゆりちゃんのでんぐりがえしも、とっても不器用なのです。

 パンダというのは、ものを掴むということも含め、他の動物に比べて、動きのバリエーションが異様に多いのですが、それがすべて不器用だというとても珍しい動物です。

 なんでもこなすけど、すべて不器用!

 陸上では不器用でも、水中の泳ぎは完璧なペンギンとは大きな違いです。

 イルカなんか、スタイルは良いし、頭はいいし、泳ぎもジャンプも完璧だし、デキスギ君で少し嫌味ですよね。

 パンダは平均点が30点という不思議なユーティリティー・プレーヤーです。

 その人間の幼児のような不器用さが、却ってパンダが可愛くてみんなから愛される一つの要因となっています。

 現在パンダは絶滅危惧種に指定されていますが、逆に、こんな動物が存在しているということが実に不思議です。

 それから、パンダは、食べてるか寝てるか、遊んでるかですね。

 巨体にもかかわらず、子供のようにちょこまか遊ぶのが大好きです。好奇心の固まりで、マイペースで実に楽しそうに生きています。

 それが見ていてとっても気持ちがいいのです。


 それに、第一パンダって名前がいかにもパンダらしいですね。

 ライオン、ジャガー、タイガー、ジャッカルなんていかにも精悍で堂々としています。

 ホエール、ドルフィンも、マーリン(カジキ)、シーバス(スズキ)もいい名前ですけど、パンダは、いかにも『名は体を表す』名前です。

 ヒポポタマス(カバ)と双璧で、とっても可愛くて親しみやすい名前です。

 
 それからいつもいわれる、縫いぐるみそのもののグッドデザインの白黒のツートンカラー。

 これは人間のデザイナーには絶対思いつかない卓抜なデザインです。

 パンダはその可愛さから人気は絶大で、『どうしてパンダだけ特別扱いされるんだ』って逆にやっかみの対象になったりもします。

 しかしながら、パンダはその生態も珍獣に相応しい動物です。大切に保護したいものですね。

王子動物園のパンダのタンタンちゃんのでんぐり返りはかっこいいねえ! 【ファイルC32】2008.01.26 

【ファイルC32】2008.01.26 王子動物園のパンダのタンタンちゃんのでんぐり返りはかっこいいねえ!

今度は元気な赤ちゃんが生まれそうだよ☆

 
 神戸市立王子動物園に行ったのは、赤ちゃんゾウのオウジ君に会うためもあったのですが、http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2007/12/20
 メスパンダの旦旦(タンタン)ちゃん(当ブログでは、さゆりちゃん)が夏に死産をしたので、様子を見に来たのです。

 さぞかし気を落としているんだろうと心配だったんだよ。

 そして、覗いてみたらば、元気いっぱい。

 でんぐりがえりをして遊んでいました。





 心配して損したよお!

 さゆりちゃん(タンタンちゃんのこと)は、仕切り越しにご主人のササニシキ君(興興=コウコウ君のこと)に聞いています。

(さゆりちゃんとササニシキ君の記事はこちらhttp://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2006/11/05 )





『いまの私のでんぐり返り、ちゃんと見た。森光子さんより上手でしょ?えっ。見てない?だったらもう一回するから、ちゃんと見ててね』





 あれえ?途中でつぶれちゃったねえ。

 でんぐり返りのし過ぎで、さゆりちゃんは泥んこです。

 頭の上にくっついた葉っぱが化けるときの狸さんみたいですね。





 さゆりちゃんは、足を揃えてきちんと挨拶するよお!こんにちは☆





 こんどは餌を入れる麻袋を一生懸命池でお洗濯しています。

 家事頑張ってるねえ。





 丸めた背中が可愛いねえ。





 家事が終わったら、木登りを始めました。ぜんぜん落ち着きがありません。





 うへえ!元気すぎるねえ!落っこちたら大変だあ。





 危ないから落ちないでね。

 もう元気だね。

 皆さんのために特別サービス。

 良いお顔のさゆりちゃん。





 美人さんだねえ。

 疲れたから失礼してお昼寝するね。って寝ちゃったよお!

 目をつぶって、お休みなさーい。






 それにしても、今回旦旦ちゃんが初めて受胎したことは一歩前進です。これだけ元気だし、きっと今回の経験で体も慣れたでしょうからね。
 
 赤ちゃんゾウのオウジ君が生まれる前は、お母さんのズゼちゃんも死産していましたから、次はきっと元気な赤ちゃんが生まれるよ。頑張ってね!

※ ※ ※

【以下、『ブリーディング・ローン』というのは、事実誤認で、どうやら『レンタル』のようです。次回、にその辺の経緯を掲載いたしますhttp://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/39892119.html】

 神戸市立王子動物園のササニシキ君=興興(コウコウ)君もさゆりちゃん=旦旦(タンタン)ちゃんも中華人民共和国大熊猫研究中心からブリーディングローンで来ているから、沢山子どもが生まれればいいね。

 ブリーディングローン (Breeding Loan) というのは、動物園同士が相互に動物を貸し出したり、あるいは借り入れする契約をいいます。動物の所有権は残したままで、生まれた子どもは貸し手と借り手で分配するのです。

 動物の購入費がかからないので、希少動物の移動も活発に行えるし、新しい血統を取り入れ、近交劣化を防止するメリットもあります。

 それから、いろんな場所で育てた方が、いろんな知恵が出てきますしね。

 アドベンチャーワールドの双子のパンダちゃんなんか、野生では、強い方がお乳を独占するから、1頭しか育たないけど、人工飼育で2頭とも育ったんだよ。

 人工飼育に使うミルクは日本が独自に開発したもので、このハイテクミルクで、人工飼育の生存率が格段に向上したそうです。

 一方、ジャイアントパンダの生息数は1000頭をきっているんだって。

 だから、動物園で沢山繁殖させて、世界中のいろんな動物園で育てて、交換して、その知恵が野生のパンダ保護に役立てばいいね。

 例えば、日本には野生のペンギンは一匹もいないけど、日本人はペンギンが大好きで、飼育数が世界一で、繁殖技術が優れているので、ペンギンの世界的な保護会議には必ず日本からも代表が呼ばれるそうです。

 凄いねえ。

 みんな動物園や水族館にどんどん遊びに来てね。

 特に私みたいに家でペットが飼えない人は、プロの飼育員さんが苦労して一生懸命育てた動物を見るのは、『良いとこ取り』でとってもお得だよ。

 動物園の動物はみんなの動物だからね。

 今度はササニシキ君=興興(コウコウ)君が再登場するよ!

 前回のササニシキ君の記事はこちらhttp://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2006/10/31 

 お楽しみにね!

京都祇園祭に行ってきたよ。その19(長刀鉾の辻まわし) 【ファイルT29】2008.01.22 

【ファイルT29】2008.01.22 京都祇園祭に行ってきたよ。その19

長刀鉾の辻まわし


 祇園祭について最初から読まれる方はこちら。

 先頭(鬮取らず) 長刀鉾(なぎなたほこ:四条通東洞院西入=宵山の時の位置)

 いよいよ山鉾巡行のクライマックスの辻廻しです。

 記事を読んでもらうだけでも、きっとご利益があるよ☆

 そのためにわざわざ京都まで行って、朝早くから場所を取ったんだからね。

 先頭の長刀鉾が来ます。

 以下、鬮取式(くじとりしき)で決まった順に巡行がありますが、その時の順番と、巡行コース、宵山の時に配置されている山鉾の位置、各山鉾の簡単な解説を書いた両面オフセットのチラシを、宵山の時にいろんな場所で配布していますし、巡行当日は、おまわりさんが配ってくれます。

 さすがは国際観光都市京都だけあって、ぬかりはありません。

 以下、そのチラシを参考にしてご案内しましょう。

 曳子(ひきこ)の人達が、長刀鉾が交差点の中心に来るように引っ張ってきます。

 




 大勢いますね。

 山鉾は2本の車軸の両端にそれぞれ2つの車輪が付いているだけです。

 だから、曲がるのに苦労します。

 どうやって曲がるかというと、車輪の下に竹を敷いて、水を撒いてすべるようにして、前輪にも縄をかけて、梃子(てこ)を差し入れて、車輪を押したり、縄で引っ張ったり、車体を曳いたりして車輪を横に強引に挽き摺り、大騒ぎで方向を変えるのです。

 まず、せっせと青竹を敷いて、車輪の下に並べます。

 




 水をまくバケツと車止めが見えます。





 鉾の前には音頭取りの人が乗っています。

 かーっこいーい!
 
 普段は2人ですが、辻回しの時は4人に増えます。





 掛け声を合わすのと、下の重さを増して安定性をよくするためのようです。これだけ背が高いから、重心が高そうだからねえ。

 縄をかけ、竹を敷き、水をかけて準備をします。

 安全第一で各箇所の確認はとても念入りに行われます。

 これがお稚児さんにとって初の辻回しです。

 緊張するねえ。しっかりやってよ!少し不安…。





 多分一番怖いのは屋根の上のこの人たち(屋根方=やねかた)です。この人たちは、電線などの障害物が鉾に当たらないように除ける人たちです。とっても高いし、揺れるので怖いねえ。





 さあ、覚悟を決めて。






 音頭取りの掛け声「そーれ、ヨイトセ、ヨイトセ、エンヤラヤー!」で曳子は思いっきり綱を引き、車方(くるまかた)が車体を押します。

「そーれ、ヨイトセ、ヨイトセ」で準備をして、





「エンヤラヤー!」メキメキ、ゴリゴリゴリ。





 もっと押せ!もっとひけ!


メキメキ、ゴリゴリゴリ。


 見ている方も力が入ります。

 まるで相撲の立会いみたいです。


 12トンの重い鉾が巨体を揺すりながら動き、メキメキと竹が悲鳴を上げ、大魔神がゴリゴリと巨大な石臼を挽くような地響きがします。

 凄い迫力です。この音響と映像が神聖な祝祭空間を創出するのです。

 観客から拍手が沸きます。

 一回で90°回転させるのは無理だし危ないので、一回引くたびに同様の作業が繰り返されます。

 もっと回さないとね。広角で全景を撮るとこんな感じです。時刻は9時46分です。





 辻回しの間、後ろの山鉾は待機しています。
 




 車輪にかかった縄が迫力ですね。





 横から見た長刀鉾もついでに写しておきます。





 最後の一押し。「エンヤラヤー!」。





 裃を着た役員の人が見守っています。





 最初の辻回しが無事完了しました。やれやれ、一安心です。





 きらびやかな『見送(みおくり)=後ろの大きな織物』を見送ります。囃子方(はやしかた)がコンコンチキチン・コンチキチンの祇園囃子(ぎおんばやし)を残して去っていきます。カッコイイ!





 いかがでしたか?

 次からはぼちぼち他の山鉾の巡行の記事をUPしますね。

 次回はこちら。

京都祇園祭に行ってきたよ。その18 【ファイルT28】2008.01.22 

【ファイルT28】2008.01.22 京都祇園祭に行ってきたよ。その18

山鉾巡行(やまぼこじゅんこう)


 祇園祭について最初から読まれる方はこちら。

 年が明けて、やっとこさ山鉾巡行の記事のUPです。

 祇園祭もやっとクライマックスの山鉾巡行の記事に入ることになりました。
そもそも、祇園祭の由来が、疫病が流行ったときに矛をたて、神泉苑に運んで流してお祓いをしたということに端を発したわけです。

 矛(ほこ=鉾)がゴキブリホイホイならぬ邪気ホイホイの役割を果たしているです。

 ところが、山鉾もこれだけ立派なものになると、さすがに毎年神泉苑に流して使い捨てにするわけにはいきません。

 それで、邪気は巡行で山鉾に集めてから、解体することによって、滅却することになっています。雛祭りの『流し雛』が『飾り雛』になったのと同じですね。


 山鉾巡行の順番は鬮(くじ)で引いて決めますが(鬮取式=くじとりしき)、これには例外があります。

 いわゆる『鬮取らず』というもので、鬮取らずの山鉾は8基あります(長刀鉾=なぎなたぼこ、先祭の函谷鉾=かんこぼこ、放下鉾=ほうかぼこ、岩戸山=いわとやま、船鉾=ふねぼこ。後祭の先頭の北観音山=きたかんのんやま、2番目の橋弁慶山=はしべんけいやま、しんがりの南観音山=みなみかんのんやま)。

 特に毎年常に先頭を務める長刀鉾(なぎなたほこ)は現在の祇園祭では唯一『生き稚児(人形ではなく生きた子どものお稚児さん)』をのせた重要な鉾です。

 船鉾以外の他の鉾にも本物のお稚児さんはさんが乗っていたのですが、今は長刀鉾以外人形に変わっています。

 鉾のお稚児さん(鉾稚児:ほこちご)は、八坂神社で位を受けた瞬間から神の使い=化身です。祇園祭の主役中の主役です。

 位は五位少将、十万石大名の格式を与えられるのです。

 子供なのに大名だなんて、すごいねえ!

 禿(かむろ)2人と町内会役員を従え、立烏帽子(たてえぼし)、水干(すいかん)姿で八坂神社に昇殿(しょうでん)して「お位(くらい)」を戴くのが稚児社参(ちごしゃさん)です。

 神の化身になった瞬間から、食事や着替えなどの一切の身の回りの世話は、女人禁制の旧習から女性がしてはならないので、お母さんじゃなく、お父さんがしますし、地面を踏んではならないので、家の外や、鉾に乗り込むときは強力(ごうりき)さんに担いで運んでもらいます。結構面倒くさいのです。

 平成19年の鉾稚児はマスコミ報道された下京区のノートルダム学院小3年の岡諄三郎(じゅんざぶろう)君(8つ)。3年前の兄慶治郎さん(12)に続いて大役に挑みます)。
 禿は、ともに左京区の立命館小3年の浅見幸悠紀(こうき)君(9つ)、ノートルダム学院小3年の森田圭一郎君(8つ)です(京都新聞電子版2007.06.05より)。

 




 大きな鉾が角を曲がる勇壮な『辻廻し』は巡行の一つの見せ場になっています。

 ですから、辻廻しを見ることができる場所は一番人気があって、場所取りが大変です。山鉾巡行の開始時刻は朝の9時で、最初の四条河原町の辻回しが9時40分ぐらいですが、私は7時を回ったぐらいにJR京都駅前の宿をチエックアウトして、四条河原町の交差点の場所をとることにしました。

 この場所の光景がよくテレビ・新聞で報道されるので、皆さんもご覧になったことがあるでしょう。

 辻廻しは、あと、河原町御池、御池新町でも見られるようです。

 四条河原町交差点東の横断歩道が辻廻しの正面になって、特等席らしいのですが、この時点で巡行の交通規制はまだかかっておらず、車がびゅんびゅん走っているので場所取りができません。

 横断歩道の場所をとる人は、歩道に並んで待って、警察が車両通行止めの道路規制をかけるその瞬間の壮絶な場所の争奪戦に参加しなければならないそうです。

 横断歩道の場所を取ろうか迷ったので、規制解除の時間を警備のおまわりさんに聞いたら、規制は交通の方がするので、正確なことはわからないけど、あと一時間近くあるということでした。

 『ここの場所取りは毎年とっても熱いですよ』っておっしゃっていました。
 
 私はそういう争いごとは不得手だし嫌いだし、今なら歩道上の場所が開いているのに、わざわざそういう賭けはしたくないので、歩道角の前から二列目の場所をとることにしました。

 四条河原町交差点の位置図

 




 私が座っていた場所で、阪急百貨店前の歩道。車道側に降りると危ないので、おまわりさんに排除されますから気をつけてくださいね。
  




 さっそく、折りたたみのいすを出して、巡行に備えます。周りの雰囲気を楽しむだけで、けっこう時間が経っていきます。

 そうこうしているうちに交通規制がかかる時間になりました。歩道上では、いい場所をとろうとしている人が待ち構えています。

 車の通行が止められて、笛の合図で車道の場所取りが許可されると、歩道に並んでいた人がいっせいに車道にあふれます。

 




 おまわりさんがロープをはって身を挺して整理して混乱を防いでいるのですが、みんな少しでも良い場所をとるのに必死ですから、我勝ちに押し合ってあちこちで怒号と悲鳴があがります。

 




 結構年輩の人達があつかましくてマナーが悪いのです。

 場所取りに参加しなくて正解でした。

 そういえば、源氏物語でも、六条御息所が光源氏が供奉する加茂川での斎院御禊見物の折に、つわり中の源氏の正妻葵の上の牛車と鉢合わせになり、場所の争いから恥辱を受けたことを発端に、生霊となって葵の上を悩ませるという話が出てきますね。

 京都では平安時代から、1000年以上、お祭りの際の場所取りの争いが繰り広げられているのです。ご苦労様なことです。

 若いおまわりさんが、巡行見物の注意をしてくれます。テレビの公開番組の前説みたいです。手際よく見物客を整理して、できるだけ見やすいように並ばせてくれます。救急車が待機しているので、気分が悪くなったら、申し出てくださいということでした。

 とてもやわらかい京都弁で感じの良いおまわりさんでした。

『皆さん、一歩下がって、前の人が座るスペースを作ってください。最前列は座って、次の列の人はすこしかがんでくださいね。できるだけ皆さんが見やすいように譲り合って楽しく見物しましょうね。それから、前の人は写真を撮りおえたら、なるべく座ってあげてくださいね』っておっしゃっていました。

 
 そうこうしていると、巡行の障害になるので、信号機がくるっと回されて歩道側に片付けられます。
  




 みんなそれを見て、『ほぉ~』って感心しています。凄いねえ。

 毎年のように見物に来ているというおばちゃんが、有料観覧席でみたことがあるけど、あそこは窮屈だし、暑くても日傘もさせないから場所取りは大変だけど、こちらの方がずっと良いと言っていました。

 遠くの方に長刀鉾が小さく見えます。

 肉眼では何が行われているのか見えません。

 適当に写真を撮って、モニターで見てみると、お稚児さんが鉾に乗り込んでいます。

 時間が来て少しずつこっちに近づいてきています。


 注連縄切り(しめなわきり)が行われていました。

 




 注連縄は四条麩屋町(しじょうふやまち)に建つ斎竹(いみだけ)に張られています。

 この注連縄は、現世と神域との結界を成していて、これを断ち切ることによって、鉾は宇宙船のように神域を進んでいくのです。

 神の化身であるお稚児さんが乗る長刀鉾のコクピットの天井裏には星辰図が描かれていて小宇宙を構成し、鉾は神域の大宇宙を進みながら、ブラックホールのように邪気を吸収するのです。

 長刀鉾の星辰図の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2007/08/04

 現実に見える山鉾は、神域を進む実態の幻影なのです。

 実に壮大なコスモロジーです。SFの世界です。我々の祖先の想像力のスケールの大きさに感心します。日本は小さな島国といいますが、想像力の射程は広く、空間感覚はとても大きいのです。

 一方、途中四条堺町の「鬮改め(くじあらため)」では京都市長が奉行になって、今年の山一番・芦刈山から順次、巡行順が確認されます。

 長刀鉾が近づいてくるにつれ、見物客が殺気立ってきます。

 あれえ?報道の腕章を巻いたテレビカメラマンや、新聞のカメラマンが移動してきて、カメラのフレームに入ってきます。

 その瞬間、そこここから『こらあ!そこのテレビカメラ!邪魔だどけ!こっちは何時間前から場所取りしてると思ってるんだ!』という怒声があがります。

 とっても柄が悪いのです。

 おまわりさんが、『報道の方はここに見物に来ることができない全国の人のために撮影してくれているのですから、怒らないでやって下さい。病院のテレビで見物している人もいるのだから、そういう人のためにも譲る気持ちをもってください。今年のカメラマンの方はこんなに身をかがめて皆さんに気を使っているのですから・・・』ってソフトで懸命に宥めています。

 長い間待ってやっと山鉾巡行を撮影できると思ったら、邪魔をされて報道を怒鳴りつける気持ちも分からなくはないのですが、おまわりさんの言うことは正論なんですよね。

 こっちは趣味道楽で撮っている素人写真で、報道は公のメディアです。社会的な重要性はまったく異なります。

 一度構えた場所に長刀鉾の曳き手が迫ってきて、大慌てで避難するスチルカメラマンとテレビカメラマン。

 




 それにしても、報道という仕事もプロとはいえ人から怒鳴られて大変な商売ですね。

 屋根の上に上がっている報道カメラマンが、おまわりさんに怒られています。


『どこの社の人?そんなところからの撮影は許可していないはずだ!危ないから下りなさい!』

 喧嘩して、おまわりさんに連行されて行くおじさんとか、貧血で倒れてストレッチャーで救急車の方に運ばれていくおじいさんとかいて、祇園祭の舞台裏はとても大変です。こういうのも含めてお祭りは進んでいきます。

 




 次回は辻廻しを紹介します。お楽しみに。

東大饅頭は美味しいねえ 【ファイルS19】 2008.01.20 

【ファイルS19】 2008.01.20 東大饅頭は美味しいねえ


東大自慢の銘菓だよ


 安田講堂の裏側から食堂に入るところに生協がありますが、そこに青く色鮮やかな幟(のぼり)が翩翻(へんぽん)と翻(ひるがえ)っていました。

 白抜きで『東大銘菓 東京大學饅頭』って書いてあります。





 この淡青(ライトブルー)は、東大の色で、東大漕艇部(ボート部)50周年史によると

『世界的大競漕として知らるゝ剣牛(ケンブリッジ・オックスフォード)両大学に習い、東西両帝大(東京帝国大學・京都帝国大學)の対抗競漕(対抗レガッタ)を行うことになり、第一回を大正9年の秋季皇霊祭の日(現在の秋分の日)を卜(ぼく)として瀬田川に於て挙行した。この時、抽選により校色を決定したが、本學は淡青、京大は濃青となったので、爾来淡青をもって本學の代表色とした』とあるそうです。


 天下の東大がこれだけ力を入れて売り込んでいるからには、きっと美味しいに違いありません。

 ゴーフルや、チョコもあったのですが、やはり質実剛健でバンカラな感じがする、お饅頭を購入することにしました。

 東大生が故郷に錦を飾ったときにご近所に配ってまわるお饅頭です。ひょっとして、お寺の舞台からまく人もいるかもしれません。

 包装紙には三四郎池越しの安田講堂と、赤門があしらってあります。おめでたいではありませんか!





 スジャータちゃんは、お土産の東大饅頭を見ておおはしゃぎです。

『わーい!東大饅頭!東大のお饅頭学部で作っているんだね。
スジャータ、お饅頭学部で、おいしいお饅頭の作り方、研究したいよお☆』

『お饅頭学部って何ですか!スジャータちゃん、ひょっとして、東大のこと馬鹿にしてません?』シルベさんが怪訝な顔をして聞きます。

『してないよお!尊敬しているよお!東大は日本の大学だから、和の伝統を研究するのは当たり前だよお!』

『スジャータちゃん、東大はもともと、教育・研究機関というより日本の近代化にあたって西洋的な官僚制度を導入するために、有能な官僚育成を目的として設立されたわけです。ですから、日本の伝統なんか関係ありません。逆に東大を卒業して官僚になってから国費でハーバードとかに留学して、箔をつけたりするんですよ。だから、東大にはチョコレート学部はあってもお饅頭学部なんかありません』

『なんだ、つまんないねえ。だったら、スジャータ、いまさら東大なんか行くことないよお』

 みんな、わいわい言いながらお饅頭を食べます。

 実際に作っているのは、東京大学お饅頭学部ではなくて明治10年創業の三原堂本店が東京大学のために特別謹製しているそうです。

 包み紙を開けると、中には2種類のお饅頭が入っていました。
 右の東饅頭(あずままんじゅう)と左の桃山饅頭(ももやままんじゅう)です。いずれも東大の銀杏の校章があしらってあります。





 東大の銀杏の落葉。





 中が分かるように断面を撮りました。





 東饅頭(あずままんじゅう)

 東饅頭は、京都祇園の都おどりに対抗して、戦前新橋演舞場が始めた東おどりの初演の時に配られた焼き菓子です。
 香ばしいパリッとした表面の皮は歯ごたえがあって卵が効いた味、中に北海道十勝産の小豆がたっぷり入ったボリュームのある甘いお饅頭です。


 桃山饅頭(ももやままんじゅう)
 
 桃山饅頭は、安土桃山時代に端を発する日本の伝統あるお菓子ですが、これをオリジナル菓子に仕上げられています。
 全体的にしっとりとしたやわらかい歯ごたえで、上品に裏ごしされた甘い黄身餡と半小豆餡がまざりラム酒付けレーズンのほんのりとした味わいがワンポイントになっています。

 いずれもお茶請けにぴったりですね。

冬の日比谷公園 【ファイルPho6】 2008.01.19 

【ファイルPho6】2008.01.19 冬の日比谷公園


とっても寒かったよお


 わざわざこんな寒いときに日比谷公園もないんだけど、写真でも撮らないとことには行かないからねえ。

 まず、お約束の噴水です。背景に茶色い建物の帝国ホテルが借景になって写っています。都心の公園ならではの風景ですね。

 




 気の早い梅の花が咲いていました。

 




 葉っぱもまばらです。

 




 フラワーポットがぶら下がっていました。

 




 空のひびのように枯れ枝が走っています。

 




 かつての音楽の殿堂、日比谷公会堂は健在です。貫禄がありますねえ。

 




 山茶花(さざんか)の白い花が一層寒さを引き立たせます。山茶花だよね、多分…。

 




 東京都立日比谷図書館はとても老朽化しています。コンクリートのモダンな建物で味があってとっても素敵だけど、耐震強度は大丈夫かねえ。

 




 池の水も凍りそうです。

 




 異人さんの子供連れが遊んでいます。寒いのにねえ。奥のコートではテニスをしています。皆さん元気だねえ。

 




 冬の景色は色彩が淡くて、とても良い感じです。

特集『がんばれ受験生!』 東京大学安田講堂内学生食堂『ピラフセット』は美味しいよ 【ファイルF21】2008.01.18 

【ファイルF21】2008.01.18 特集『がんばれ受験生!』 東京大学安田講堂内学生食堂『ピラフセット』は美味しいよ

昔はこの建物で火炎瓶とか投石とか放水・催涙弾が飛び交っていたなんて信じられないねえ


 今回のお食事の部屋は、趣向を変えて東大の学食です。

 上野動物園横の不忍池(しのばずのいけ)の池之端(いけのはた)旧岩崎家別邸(三菱さんの岩崎さん)脇の無縁坂(むえんざか)をえっちらおっちら登って東大病院を抜けて安田講堂に向かいます。東大病院は東大の裏にあるので、いわば裏口入学です。

 しのぶ忍ばず無縁坂♪かみしめるような~ささや~かな~ぼ~くの母の人生♫

 ってさだまさしさんの歌を思い出して、病院の脇を通るとても悲しい気持ちになります。

 無縁坂の写真

 




 貫禄のある東大病院

 




 三四郎池の脇を通ります。東大の敷地はもともと加賀藩邸だった場所なので、美しい庭園の池です。本来は『育徳園心字池』だったのですが、夏目漱石の小説『三四郎』以降、『三四郎池』と呼ばれています。

 




 安田講堂は傾斜地に建っているので、正面から見た地下が、裏から見たら地上階になっているへんてこな構造です。

 表から見たら、地上1階・2階の大講堂が裏から見た地上3階・4階です。

 裏側の写真を見るとわかりますが、時計台の下は半円柱の建物になっていて、入ると丸いカーブで縁取られた天井のデザインがとてもかっこいいのです。

 裏から見た安田講堂

 




 表から見たおなじみの安田講堂【ジョン・レノンの奥さんだったオノ・ヨーコさんの母方の曽祖父安田善次郎さんが東大に寄付した講堂で国の重要文化財。東京大学建築学科の建築家、内田祥三(のちの総長)が基本設計を行い、弟子の岸田日出刀が担当した。1921年(大正10年)に起工、関東大震災による工事中断を経て1925年(大正14年)7月6日に竣工】

 




 私は裏口から入ったので、裏側の生協の脇から建物に進入します。床が食堂の上をまたぐ陸橋のようになっていて、メニューの見本が並んでいます。
 
 




 美味しそうで、ボリュームがあって、栄養のバランスのよさそうな定食が何種類もあって、迷います。日曜日なのに結構混んでいます。カメラを持った家族連れの姿も見られます。

 




 メニューにはそれぞれLとMとSがあって、受け取る窓口の番号が書いてあります。

 私はピラフセット550円也のMサイズに決めました。③窓口です。

 




 食券の自動販売機でピラフセットのボタンを押したら、切符が出てきます。このへんは普通の学食のシステムですね。

 




 階段で食堂の階に降りて、③窓口の列に並びます。写真左が食券を握り締めたはらぺこの人達の行列です。

 




 学生風の人も教授風の紳士も平等に並びます。
 
 トレイを取って、食券を学食のおばちゃんに渡してピラフセットをもらいます。『サラダとみそしるもついてます』っておばちゃんがトレイに乗っけてくれました。わ~い!

 ナイフとフォークとお箸とお茶を更に取って、空いているテーブルに腰掛けます。

 




 さあ、食べるよお!

 




 味噌汁は熱いのですが、食事は少し冷めています。

 鮭ピラフは細かくほぐれた鮭の身が、ぱらぱらと良く炒めたお米と混ざっていて、コンソメのだしが効いた塩味で美味しいのです。学食でこの味ならとっても良いと思います。

 ケチャップのとんかつも衣がさくっと揚がっていて、肉も程よく脂があって、美味しいねえ。

 鶏唐もかりっとして、肉が柔らかくて、私はこれが一番気に入りました。

 お味噌汁も辛すぎず甘すぎず、いいお味です。

 サラダも野菜がしゃきっとしていて、しなびた野菜サラダという学食のイメージを覆してくれます。

 さすがは、帝都一流大学の食堂です。それにしても、これが550円とはうらやましいねえ!

 食いしん坊の受験生の諸君、がんばってくださいね。

西出さんの童話 かちかち山 【ファイルN1】2008.01.16 


【ファイルN1】2008.01.16 西出さんの童話 かちかち山

 僕は、かちかち山の話を最初から最後まで通して真面目に聞いたことがない。
どういう童話だったか、断片的にしかしらないのだ。
しかしながら今更絵本を探して読むのも面倒だ。
ということで、僕の記憶にある断片を、僕のでっちあげたストーリーで適当に再構成してみよう。
創作の訓練にもなるし。

 かちかちやま(西出 満寿男 改訂版)

 むかしむかし、かちかちやまという、かちかちいうお山がありました。
そこにはうさぎさんとたぬきさんが住んでいました。
うさぎさんとたぬきさんは大の仲良しなのですが、少々困った問題があります。
 うさぎさんがいじわるで、たぬきさんはお人よしなのです。
 よく世間では、すっとぼけている振りをしているくせに、裏では権謀術数を張り巡らせている人をたぬきといいます。
 しかし、かちかちやまのたぬきさんは、げんこつやまのたぬきさん同様本物のお人よしなのです。あれ、この場合、『おたぬきよし』というのが正しいのでしょうか。
 童話というのは、どうぶつを擬人化することでなりたつので、やはり『お人よし』が正解なのでしょう。
 もっとも、かちかちやまのたぬきさんは、げんこつやまのたぬきさんほど、マザコンではありませんけどね。

 かちかちやまのたぬきさんには、親友がいます。彼の名前は、みどりのたぬきさんといいます。みどりのたぬきさんは、毎朝、はやおきをして、横断歩道で子供の安全なおうだんを確保します。
 そして、あかいきつねさんとはライバル関係にあります。

 ところで、花のお江戸では、天かすの乗ったうどんを『たぬきうどん』、天かすの乗ったそばを『たぬきそば』といいます。
 天かすは、天麩羅のタネ(具)を抜いているから、『タネ抜き』で『たぬき』です。
 そして、お揚げの乗ったうどんを、『きつねうどん』。お揚げの乗ったそばを、『きつねそば』といいます。

 一方、上方では、天かすの乗ったうどん・そばには特に名前はついていません。すうどんや、かけそばにサービスで天かすを乗っけてくれることさえあります。

 そして、お揚げの乗ったうどんを、『きつね』、『きつねうどん』。『けつねうろん』、または『しのだ』といいます。これは、信太(しのだ)の森の葛の葉狐(くずのはぎつね)に由来します。葛の葉狐は、陰陽師の安倍清明の母親ともいわれていますね。

 恋しくば 訪ね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉

 という歌をみなさん、聞いたことがあるでしょう。無い人は、この機会におぼえましょうね。

 一方、お揚げの乗ったそばを、『たぬき』といいます。このばあい単に『たぬき』言いますよ。『たぬきそば』とは絶対言いませんよ。気をつけてね。ここ試験に出るよ。

 ややこしいので、旅に出たときは注意しようね。
なにしろ、そばあれるぎーの江戸っ子が、上方で、『たぬきうどん』のつもりで、『たぬき』を頼んだらたいへんですからね。
『たぬきうどん』と注文しても、全く言葉が通じないか、当然のように、揚げののった、おそばがでてきますよ。

 僕なんか、一度上方で、『きつねそば』くださいと言ったら、お店の人は混乱して5分ほど固まっていましたから。彼にとって、『きつね』は『うどん』に決まっているんですね。これを『きつねそば』と言われても、困ってしまいますものね。

 閑話休題(それはさておき)。

 あるひ、うさぎさんは、たぬきさんに、とっても素敵な提案をしました。
明日、湖にクルージングにでかけようよ。
 でも、ぼくクルーザーなんてもっていないよ。
 そんなことぼくに任せなよ。用意するから。
 細工は隆隆仕上げをごろうじろってね。大船に乗ったつもりで、ぜひ安心してくれたまえ。
 大船って、いったいどれぐらいの大きさの船だい。
 そりゃあ、タイタニック号ぐらいの巨大豪華客船だよ。
 たぬきさんは、不思議な胸騒ぎがしました。

 あくるひ二人が湖畔にいってみると、ボートが2艘並んでいます。
 たぬきさんは言いました。これクルーザーじゃないよ、ボートだよ。
 ごめんごめん。クルーザーが調達できなかったんだ。そのかわり2艘あるから、これで舟遊びとしゃれこもうじゃないか。
 そりゃあ豪気な話だね。

 一艘は木のボートで、もう一艘はどろのボートです。
 うさぎさんはいいました。
 あっちのは、木のボートで、オールでこがなきゃだめだ。そして、こっちのボートは、粘土、すなわちセラミックでできた最新式だ。船外機もついているから、漕がなくていいよ。
 たぬきさんは、最新式のに乗りなよ。ぼくは木のボートで十分さ。

 わるいねえ。うさぎさんは、いい人だねえ。じゃあお言葉にあまえるとしよう。

 友達ならあたりまえさ。

 そう言いながら、うさぎさんはたぬきさんにヘッドロックを掛け、たぬきさんのあたまのてっぺんに、げんこつをぐりぐりとねじ込みました。

 うさぎさん、やめておくれよ。ぼくはげんこつやまのたぬきさんじゃないよ。痛いじゃないか。

 かわいそうに、たぬきさんの頭のてっぺんにはおおきなおおきな『じゃりっぱげ』ができました。

 ぶうぶういいながら、たぬきさんがボートに乗り込むと、うさぎさんがスターターを引きました。勢いよくエンジンがかかりました。

 ボートは、ずんずん岸をはなれていきます。
 案の定、ボートは水を含んで溶けだし、ぶくぶくと沈みはじめました。

 うさぎさんは、くわえ煙草で目を細めながら、そのようすを楽しそうに眺めると、のんびりとボートを漕ぎ寄せました。

 そして、たぬきさんがおぼれる寸前を見計らってオールをさしのべ、助けました。

 これでぼくは君の命の恩人だ。ぼくは君の『いのちの父B』だ。

 だからこれから家来になるんだよ。それが、ものの道理というものだよ。自然の摂理というものだねえ。

 次の日、うさぎさんは、早速家来の『たぬき』に用事を言いつけました。

 たぬき君、君は僕の家来だから、さっそく、そこの『まき』を運んでくれたまえ。

 へえ、実はぼくは、二宮金次郎さんに憧れていたんだ。うれしいなあ。

 じゃあ、僕が背負わせてあげよう。これはスペイン製の高級な『まき』でね、『カルメン・マキ』というんだ。

 そう言ってから、うさぎさんは、たぬきさんに『カルメン・マキ』をしょわせ、火打石を元気よく打ち鳴らしました。

 なんだか、背中でかちかちいうね。
 そりゃあそうだよ。ここはかちかちやまだもん。
 でも、今は、ぼーぼーいっているね。
 そりゃあ、なんだあ。かちかちやまは別名ぼーぼーやまともいうんだよ。
 へえ、うさぎさんは物知りなんだね。『物知り館(やかた)』なんだね。

 その言葉が言い終わらぬうちに、たぬきさんは、突然、『あちょー』と叫びながら、全力疾走で駆け出しました。

 世界新記録です。

 この事態を重く見た世界陸連は、短距離走において『火のついたまきを背負って走ると失格になる』というルールを作りました。中・長距離走において、そのルールが適応除外になったのは、それだけの距離を走る前に焼死するとことが実験で証明されたからです。

 うさぎさんは、火をついたまきを下ろせば簡単なのに、どうして背負ったまま走るのだろう。たぬきさんのすることは理解できないなあと頭を掻きました。

 たぬきさんの背中が火脹れになって、焼け爛れました。

 うさぎさんは、親切にたぬきさんを介抱しました。
 そして、いいお薬があるよといいながら、薬を患部に擦り込みました。

 すると、たぬきさんは、また、先程のように、まるで背中に火がついたかのように駆け出しました。
 あれっ。まちがえた。これくすりじゃなかった。からしだよ。
 ひどいなあ、たぬきさん。
 ごめんごめん。それじゃあ、からしを水風呂で落としなよ。

 しんせつどうもありがとう。でも、『ともだちなら当たり前』は、もうしないでおくれよ。

 いやだなあ、たぬきさん。僕は同じ手は使わないよ。きみの頭にハゲを作ると言う当初の目的はすでに達成したからね。

 そういうとうさぎさんは、なべに蓋をし、南京錠を掛けました。
 
 うさぎさんはせっせせっせと、どんどんどんどんまきをくべ、なべを紅蓮(ぐれん)の炎がつつみました。

 しばらくたつと、なべがぐらぐらとにえ、そのうち、とてもおいしそうな匂いが漂ってきました。うさぎさんは、にこにこと舌なめずりをしました。

 おいしいおいしいたぬきなべができました。うさぎさんはかちかちやまのみんなに、なべをふるまいました。みんなあまりのおいしさに大喜びです。

 みんな、かっぽんかっぽんと舌鼓、腹鼓を打ちました。それに味をしめたうさぎさんは、たぬきなべのお店を開業しました。

 みどりのたぬきさんもげんこつやまのたぬきさんも、いつの間にか行方しれずになりました。

 うさぎさんの開店した、たぬきなべ屋はたいそう流行って、一大チェーン店になりました。うさぎさんは、ライセンス料で思う存分、おなかいっぱい私腹を肥やしました。

 大金持ちになった、うさぎさんは、遊びほうけて暮らせる結構な身分になりました。本当にうらやましい限りです。

 でもねえ、いくら金持ちでも、娯楽施設に乏しいかちかちやまでは、お金の使いようがありませんよ。

 あまりにたいくつなので、うさぎさんは『なにか面白いことは無いかなあ』と鵜の目鷹の目で来る日も来る日も、日がな一日、きょろきょろと当たりを見回して暮らしていたのでした。
 いや、うさぎさんだから、『兎』の目鷹の目が正しいのかなあ。

 そこに、お誂え向きに、かめさんが通りがかりました。
さて、ひまつぶしに、かめさんと競争でもをするか。
 うさぎさんは、あくびをしながら、伸びをすると、ニンマリとほくそ笑みました。
 すたーたーはかえるさんです。

 ぴすとるが、ぱーんとなりました。
 青い空に鮮やかな白煙がまいあがりました。

 競争がはじまりました。

 めでたしめでたし。

プロフィール

眼とろん星人

Author:眼とろん星人
FC2ブログへようこそ!

年別アーカイブ一覧

訪問者カウンダ―

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR