FC2ブログ

多摩動物公園のオランウータンの子供だよ 【ファイルC62】2008.09.30  

【ファイルC62】2008.09.30 多摩動物公園のオランウータンの子供だよ

うーたんはかわいいねえ。


 それでもって、子供を先に紹介しますね。

 多摩動物公園に行ったらば、お母さんと子供がいました。

 へへんだ!元気いっぱいだよ。
 




でも、時々不安になって、お母さんのほうを見ます。うーたんの子供はかわいいねえ。
  




 お母さんもずっと子供を見守っています。
 




 別に『かい~の』をやっているわけではありません。背中の柱の鉄のわっかにつかまっているんだよ。
 




 丸太渡りに挑戦するよ。
 




 カメラ目線で自慢するよ。えっへん!
 




 金属のマグカップで遊んでいます。
 




 それに飽きたら、青竹で遊びます。
 




 これほしいの?あげないよ~だ!
 




 どっこいしょ。
 




 くちをとんがらせておどけているねえ。
 




 こんどはサトウキビを咥えています。
 




 この下唇が・・・。
 




 お母さんを乗り越えて下に降ります。
 




 地面にとーちゃーく!
 




 楽しいねえ。ぶ~らぶ~ら
 




 ふざけ過ぎだよ。うへえ、怒られたよお!
 




 お母さんに足をつかまれちゃいました。

 ということでうーたんの母子でした。

 うーたんは絶滅の危機にさらされているので、沢山育ってほしいですね。
スポンサーサイト



願いが、かなう日 【ファイルG61】 2008.09.27 


【ファイルG61】 2008.09.27 願いが、かなう日

 これは、以前実際にあった話です。
 ある日、私は私鉄の特急電車に乗っていました。

 夕方で、長いすの席は埋まっていて、つり革につかまって立っていたお客さんは、周囲に結構余裕があるといった按配です。私も立って、つり革に体の重心預けるようにして車窓を流れていく景色をぼんやりと眺めていました。

 日が沈んだ直後で、遠くの山ぎわに夕日の橙が微かに残り、紺色の夜の帳が辺りを包み、踏み切りの警報機の赤が窓に滲んでいます。

 次の駅が近づき、そろそろ列車が減速を始める頃だなって思ったその時、私と2人挟んだ右に立っていた、女子大生と思しき髪の長い女性の体がふらっと揺れたかと思うと、膝から崩れ落ちるようにその場に倒れこみました。

 貧血かな?って思った瞬間、横に立っていたおばちゃんがその娘さんの顔を覗き込むようにしゃがんで、声をかけました。

「どうしたの?大丈夫?しっかりして!」おばちゃんは心底心配した声でおろおろしています。他人に対して無関心な人間が多い世の中で、なかなかに偉いおばちゃんなのです。

 それはいいのですが、おばちゃんは娘さんを介抱しながら、まわりを眺め回し、やにわにこう叫びました。
「お医者さんはいませんか!?」

 なんか、こんなシーンをテレビで何回か見た覚えがあるなと私はぼんやりと思いました。
 山口百恵さんの赤い○○シリーズにも、飛行機の中でこんなシーンがあったような記憶があります。

 でも、もうすぐ電車は次の駅です。もし必要があれば、駅員さんにストレッチャーと救急車を頼めば良いのです。

 ところが、どういうわけか、おばちゃんは決然と立ち上がり、何の迷いも無く腕を窓のほうに伸ばしました。

 その指の先には禁断の赤いボタン。私が見るたびに手を伸ばしたくなる誘惑に駆られて困ったボタン。

『非常停止ボタン』がありました。

 おばちゃんはそのボタンを叩きつけるように押しました。

 私ははっと息を飲み込みました。
 その瞬間、急ブレーキの金属音が鳴り響き、大きなGがかかり、乗客全員の体が大きく傾きました。私も倒れないように吊革にしがみつきました。

 列車は次の停車駅まであと200メートルぐらいのところで緊急停止しました。

 あっという間の出来事でした。

 すかさず、車掌さんがアナウンスをしました。
「お急ぎのところまことに申し訳ありません。只今、非常停止ボタンが押されたため、緊急停止いたしました。しばらくお待ちください」

 まもなく、泳ぐようにして人を掻き分け、血相を変えた背が高くて若い車掌さんが、すっとんできました。どうやら、どの車両のどこのボタンが押されたか分かるような仕組みになっているようです。
「何があったんですか?」

 車掌さんの前に立ちはだかるようにして、おばちゃんが、娘さんを指差しながら、言い放ちました。
「急病人です。アナウンスでお医者さんを呼び出してください」


「わかりました。駅に連絡します。でも、次の駅はもうすぐそこなのですよ。非常停止ボタンはこういうときには絶対に押さないでください」
 怒りと苛立ちを押し殺した車掌さんの言葉の語尾はかすかに震えていました。

「お急ぎのところ、まことに申し訳ありません。非常停止ボタンが押され緊急停止いたしました。ただいま発車いたします。なお、非常停止ボタンはみだりに押さないでください」

 アナウンスの後電車は動き出し、すぐ駅に入構しました。ホームにはストレッチャーを用意した駅員さんと、それを取り囲むように野次馬の群れがびっしりと張り付いています。別のホームへ向かう連絡通路の階段にも人はあふれています。

 その輪の中に、駅員さんに付き添われて、真っ赤な顔をして、ぺこぺこ頭を下げている娘さんの姿がありました。

 やっぱり、ただの貧血だったのです。

 それにしても、娘さんはびっくりしたでしょうね。貧血で倒れて、気がついたら、大勢の好奇の視線に自分が晒されているのです。

 大騒ぎをしたおばちゃんの姿はそこには見えません。
『みだりに非常停止ボタンを押した善意のおばちゃん』は何処にばっくれたのでしょう?

 それは『小さな親切大きなお世話』という言葉を絵に描いたような椿事でした。

 私にとっては、電車の非常停止ボタンを押したら、いったいどうなるのだろうという長年の疑問がいっきに氷解した痛快事でした。

 よかったねえ。おばちゃんありがとう!

非常停止ボタンを押したら、こういう大騒ぎになるのです。みんな、気軽に押したらぜったいだめだよ!

お約束だよお!

上野動物園にいたゾウのインディラさんと吉田首相と麻生太郎さん。 【ファイルH18】2008.09.24 




【ファイルH18】2008.09.24 上野動物園にいたゾウのインディラさんと吉田首相と麻生太郎さん。

 自民党の麻生太郎総裁は本日24日、国会の首相指名選挙で第92代、59人目の首相に選ばれました。

 落語の三題噺みたいですが、何かの因縁を感じる話なので、今回はこのお話を書かせていただきます。

 上は秋葉で売ってた太郎のげんこつ飴とおまけカードの写真。

 大東亜戦争に敗戦して、日本は7年も占領されていました。
 ひどい話です。最高法規である憲法まで押し付けられました。有条件の降伏勧告文書であるポツダム宣言のどこにも、そんなことは書いていません。


 昭和27(1952)年、サンフランシスコ平和条約まで独立国じゃなかったので、外交ができず、大使館も公使館も無く、それに変わって、連合国はそれぞれ東京都に代表を置いていました。

 そんな時代の昭和24(1949)年9月23日午後、芝浦岸壁にゾウさんが到着しました。

 ゾウさんの名前はインディラさんです。

 ネール首相からの贈られたこのゾウさんは、令嬢の名前なのです。この令嬢こそ、後に首相になり、暗殺されたインディラ・ガンジー婦人です。

 大東亜戦争勃発当時、インドはイギリスの植民地として圧政にあえいでいました。

 日本はアジアに対する欧米列強の支配を打破するために大東亜戦争を戦いました。

 それでもって、インドの独立にも協力しました。インパール作戦という無謀な作戦を遂行しましたが、これは実は、大東亜会議でインドの独立運動に手を貸してほしいという要請に日本が応えたものです。

 ということで、インドと日本というのは親しい仲なのです。

 10月1日に、インド代表部の方が来られ、贈呈式が行われました。

 アジアの盟友インドのネール首相からの贈られたゾウさんなので、時の吉田総理大臣が上野動物園に現れました。
当時は下山・三鷹・松川事件と、日本の政情は騒然としており、その上吉田首相は大のマスコミ嫌いです。無作法に脚立で近寄るカメラマンに演説用のコップの水をかけたこともあったそうです。

 ところが現れた吉田首相は終始笑顔で、マスコミの注文に応じてゾウのインディラさんと並んでポーズをとったり、バナナを差し出したり大サービス。

 実は吉田首相は大の動物好きで、英国駐在大使の時も、暇さえあれば動物園を訪れていたのです。この贈呈式に出席したのも、一国の首相が日本の子供たちのためにゾウを贈ってくれるのだから、こちらも首相が出なければならないという外交感覚があったからだそうです。

 その後、昭和32(1957)年10月、ネール首相がインディラ・ガンジー夫人を伴っての訪日の折り一緒に上野動物園を訪問し、ゾウのインディラと対面しました。さらに、昭和34(1959)年秋、インディラ来園10周年記念の会を開いたとき、吉田茂さんは、令嬢の麻生和子さんを伴って出席され、その席上で「ネールさんがお嬢さんの名前をつけてきたので、お返しに日本からヒグマを贈るとき、和子とつけようと思ったが、これが(と麻生和子さんの方を向いて)クマでは嫌だというので・・・・」と呵々(かか)大笑いされたそうです。

 これだけの動物好きですから、東京動物園協会で昭和26(1951)年から会長を務めた元通産大臣の高碕達之助さんが昭和39(1964)年に亡くなった後、後任会長に吉田茂さんになって頂けないものか、古賀園長が大磯に伺うと、吉田さんは快諾されたそうです。
 吉田さんは、さまざまな団体から役員や名誉職を依頼されてもほとんど断っていたのですが、大好きな古賀動物園長の頼みならと二つ返事で引き受けられたそうです。
 吉田さんは、昭和42(1967)年に89歳で亡くなるまで協会会長に就任されました。

 このインドに贈られるヒグマに自分の名前をつけられそうになって断った、吉田茂首相の令嬢麻生和子さんのご子息が麻生太郎さんなのですね。

 血筋からいうと麻生太郎さんは、おじい様譲りで動物好きに違いありません。

 そのペディグリー(血統)の正当性を誇示なさるためにも、動物の保護育成のための施策を充実されることを望みます。

 全国の動物園・水族館関係者の方々、この際、いろいろと要望を陳情されてはいかがですか?

 麻生新首相に期待したいものです。


 参考:『もう一つの上野動物園史』小森 厚著 丸善ライブラリー

かわいそうなゾウの話の真実 【ファイルH17】2008.09.23 



【ファイルH17】2008.09.23 かわいそうなゾウの話の真実

 戦時猛獣処分の話をごぞんじですか?
 上野動物園のゾウ、オスのジョン、メスのワンジー、トンキーの3頭のゾウの話が有名です。
『かわいそうなゾウの話』は絵本や映画など、さまざまな媒体で紹介されました。私は漫画で読んだことがあります。

 お話はこうです。

 昭和18年(1943)8月16日のことです。当時の上野動物園の園長は、応召し、福田三郎さんが、園長代理を務められていました。

 福田園長代理は、古河忠道さんとともに、東京都庁に電話で呼び出されます。行ってみると、井上清公園課長から東京都長官からの命令を伝えられました。
 内容はこうです。
「戦局が悪化したわけではないが、万一に備えて、一か月以内にゾウと猛獣類を射殺せよ」
 さすがに射殺は付近の住民に不満を与えるからと、命令は毒殺に変更されます。
 動物園の人たちは、なんとか動物の命を救えないか、名古屋と仙台の動物園に相談しました。
 その間にも猛獣処分は連日続けられ、8月23日にはエチオピア皇帝から天皇陛下に贈られたライオンのオス・メスも毒殺されました。
 8月23に仙台の動物園から技術者1名が来園し、ゾウのメス『トンキー』と、生後間もないヒョウの子を受け取ることになり、田端駅の貨物係と鉄道輸送の打ち合わせも済みました。
 ところが、これを聞いた東京都長官(今の都知事にあたる。当時は公選ではなく、内務省の官僚が任命された)が激怒し、仙台への輸送中止を命じました。
 何故でしょう?理解ができません。

 9月1日のアメリカヤギュウのメス1頭の処分を最後に、猛獣処分はほぼ完了しました。
 でも、ゾウの処分はまだ済んでいません。
 オスのジョン、メスのワンジー、トンキーの3頭は敏感な嗅覚で毒殺用の餌を嗅ぎ分け、食べなかったのです。
 それで、絶食による餓死の処置がとられることになりました。
 性格が凶暴で、人に馴れなかったオスのジョンは餌と水を断たれて、17日目の8月29日に亡くなりました。
 でも、人になつき、芸も覚えていたメスのワンジーとトンキーはなかなか死に至りません。それは、2頭が芸をすれば餌がもらえると思い、飼育員さんの前で覚えている限りの芸を一生懸命に披露したからです。
 健気なゾウの姿を見て、さすがに担当の菅谷吉一郎さんと渋谷新吉さんは内緒で餌を与えないわけにはいきませんでした。
 それがばれて、飼料倉庫が施錠され、倉庫に近づくことを禁じられた2人は、家庭の食卓からイモをとっていったこともあったそうです。
 ゾウの殺処分が遅れ、戦時猛獣処分の事実が、公表前に世間に漏れることを嫌った東京都は、ほぼ処分の終わった9月2日に、この『時局に鑑みての非常処置』を報道機関に発表し、9月4日に動物慰霊碑の前で慰霊法要が行われました。
慰霊碑からほど近い象舎の周囲には鯨幕が張られ、中にはまだ生きている2頭のゾウが隠されていたのです。
 この7日後の9月11日、絶食18日後にワンジーが亡くなり、トンキーは9月23日、絶食30日後に天に召されました。
 この戦時猛獣処分の対象になったのは、ライオン、トラ、ヒョウ、クロヒョウ、チーター、ホッキョクグマ、ホクマンヒグマ、チョウセンクロクマ、ツキノワグマ、マレーグマ、ニシキヘビ、ガラガラヘビ、アメリカヤギュウ、そしてゾウの全27頭です。

 この話は、戦争の悲惨さを伝えるものとして、語り継がれています。

 それはそうなのですが、その際に、ほとんどの場合、この戦時猛獣処分は、『軍の命令』で行われたという話になっています。

 ところが、どの資料を探しても、『軍の命令』などみつからないのだそうです。
 当時、東京はまだ、空襲に対して切迫した状況にはありませんでした。昭和17年(1942)4月の、ドゥリットル少佐の率いるB-25爆撃機による冒険的な爆撃以降、米軍による空襲はなく、敗戦色濃厚になったB-29による大空襲が始まったのは、この一年以上先の昭和19年(1944)秋のことです。
 では、誰がこの命令を出したのでしょうか?
 後年、古河忠道園長はこういう趣旨の発言をされていました。この方は、福田園長代理とともに、東京都庁赴いて、井上清公園課長から東京都長官からの命令を聞いた人ですね。
「都長官になる前に沼南市(シンガポール)市長をしていた大達茂雄(おおだちしげお)さんは、内地に帰って、勝ち戦と思い戦争の怖さも知らないでいる国民に自覚させるために、動物園の猛獣を処分することによって警告を発したのでしょう。ゾウなどを田舎に疎開させる意見もあったのですが、動物を処分することが目的であったため、大達さんは頑としてそれを許さなかったのです」

 なんと、この処分は空襲で猛獣が逃げ、近隣住民が危険に晒されるのを避けるためやむをえなくなされたのではなく、『戦争の怖さも知らないでいる国民に自覚させる』という精神論のためになされたのです。せめて動物の疎開を許せなかったのでしょうか?本当にとんでもない話です。当時の日本の政府や軍部は、兵士や国民の勇敢さに胡坐をかいて、人の命を粗末にする傾向にあったことは、否定できません。
 この話も、実際に苦労され、悲しい思いをされたのは現場の方々です。私はこのことに大きな憤りを感じます。

 その被害が動物たちにも及んでいたのです。それは命を慈しまれた天皇陛下の御意に適うものでは決してありません。それどころが、陛下のライオンも無益に殺生したのです。とんでもない愚行を犯したものです。

 第一、上野動物園が空襲でやられるということは、首都の制空権を敵に掌握されているということで、その時点で戦争は負けです。軍としては、自らの面目が潰れるような命令は先延ばしにしたいに決まっています。

 この話は、『もう一つの上野動物園史』小森 厚著 丸善ライブラリーを参考にさせていただき、私の感想を加えました。
日本の動物園のパイオニアである上野動物園の歴史が、関係者の方々のご苦労が活写されている名著です。

 この話の章の最後に小森さんはこう締めくくられています。

※  ※  ※

上野動物園を所管していた東京市が、府と合併して都となったのは、昭和18年(1943)7月1日のことで、初代都長官に就任したのが内務官僚の大達茂雄さんであった。しかし、世間ではこの処分の命令は『軍』によるものとしたがるようだ。何もかも悪いことは『軍隊』のせいにして、己の口を拭い、戦後も羽をのばしてぬくぬくと生き延びようとした風潮のなせる業といえるであろう。

※  ※  ※

 今日はトンキーさんの命日です。亡くなった動物の皆さんのご冥福をお祈りします。

写真は今の上野のゾウさん。

 上野のゾウさんのシンクロナイズドスイミングの記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2007/10/24

 『かわいそうなゾウの話の真実・続編』に続きます。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/55075328.html

多摩動物公園のチーターさんのお子様たち(下) 【ファイルC61】2008.09.19 

【ファイルC61】2008.09.19 多摩動物公園のチーターさんのお子様たち(下)

走る姿もカッコいいよ!


 さて、前回の続きです。


 また子供の写真で始まります。
 




 横顔です。





 可愛いね!

 ぬいぐるみみたいです。でも可愛いだけじゃないんだよ。もう赤ちゃんじゃないからね。

 お母さんはやっぱりカッコいいよ!





 ヒョウ柄もいいけど、チーター柄もカッコいいね!

 お母さんと一緒だよ!うれしいねえ。





 やっぱりお母さんと一緒が一番安心だね。

 お母さんは周りにいつも目を配っています。





 子供も精悍なたくましさがあります。




 胸の筋肉の盛り上がり方が凄い!

 ハンターの素質がありますね。





 子供は時々かけっこします。





俊敏な身のこなし。ちょっと走ったら、むちゃくちゃ速いのです。これならトップスピードまであっという間です。脅威のスピードで、この世のものとも思えません。子供でも金メダリストよりずっと速いはずです。

 長い尻尾が急カーブするときのバランスをとってるんだよ。

 世界陸上見るよりもこっち見たほうがすごいのです。

 F1カーでもこの加速は無理です。

 地上の生物では世界一ですからね。最高時速112キロですからね。その子供だから当たり前だね。
 ライオンなどと違い、つめを出したまま走ります。これがスパイクの役目を果たしてるのです。

 でも、500mでばてちゃうんだよ。

 それから、せっかく獲物を捕らえても、ライオンやハイエナに威嚇されると譲り渡します。これは下手に争って、大切な足を痛めるのを怖れてのことみたいです。

 それにしても、皆さん。このシルエット見覚えがありません?

 世界的なスポーツシューズメーカーPUMAのロゴがチーターなのだそうです。

 PUMAってピューマじゃないの?事実、同社はアメリカライオンのピューマから命名されたそうですが、ロゴはチーターをあしらっています。ピューマはもっとトラの体型に近いので、シルエットが全く違います。

 チーターの方が速いからかな?


 子供はとにかく動き回ります。





 加速をつけてジャンプします。





 ものすごい運動神経、反射神経です。

 別に誰が教えて訓練したわけでもないでしょうに!

 これは単にじゃれて遊んでいるだけで、曲芸ではないのです。

 かえるの子はかえるならぬ、チーターの子はチーターなのです。

 パンダの不器用さの対極にありますね。どっちも可愛いけど。

 行動展示なら、広大な運動場でジープの後ろに紐つけて、その先に餌をつけて走ったら良いねえ!ジープの入るゲートは複数にして、チーターのいる場所から一番離れているゲートから出発しないと、加速前に追いつかれるねえ。

 もう帰っちゃの?





 子供達がさよならしてくれました。お母さんは警戒を解いてくれません。

 今度来るときは大人になってるねえ。

 元気でね。

多摩動物公園のチーターさんのお子様たち(上) 【ファイルC60】2008.09.18 

【ファイルC60】2008.09.18 多摩動物公園のチーターさんのお子様たち(上)

可愛くてカッコいいよ!


 今回は、予定の順番を大幅に入れ替えて、多摩動物公園(東京)のチーターさんです。
 2008年3月5日に赤ちゃんが4頭誕生しました。母親はキキョウさん(2003年4月23日生まれ、4歳)、父親はカエデさん(2002年8月1日生まれ、5歳)です。

 名前は公募の結果、オスは「カイ」「カケル」、 メスは「キララ」「キキ」になりました。多摩動物公園にチーターの赤ちゃんが生まれたことは知ってたのに、そのまま行けなくて、やっと行ったらば、生後6ヶ月で、成長して既に赤ちゃんじゃないよお!

 UPをぐずぐずしてると大人になっちゃうからね。

 今は、お母さんと子供たちで暮らしています。

 だけど、他の方々のブログで赤ちゃんの頃の可愛い姿を見ることができます。ブログはすごいねえ!

 幸せは、歩いてこないだから歩いていくんだね♪

 別にぬいぐるみの中に水前寺清子さんが入っているわけではありません。

 水前寺清子さんはチータで、本名が林田 民子(たみこ)さんで、子供の頃、小さかったので、「小さな民ちゃん」と呼ばれていて、「ちいた」ってあだ名がついたんだねえ。

 子供がお外を眺めています。名前なんか分かりません。オスかメスかも分かりません。





 それにしても大きくなったね!そりゃそうだね。サバンナでは早く成長しないと、生き残れないもの。

 チーターの目元には、泣いた時の和田アキ子さんのように下に向かって黒い筋が流れています。これば「涙状線」といってヒョウにもありますが、ヒョウのはずっと短いねえ。

 かわいいよお!連れて帰りたいぐらい。

 ライオンさんとか、トラさんとかと同様、怖い動物の子供ほどムクムクして可愛いねえ。

 でも、好奇心がいっぱいです。
 
 木にだって登っちゃうよ!





 赤ちゃんの頃はできなかったのにね。
 
 子供なのに、この足の長さです。びっくりだよお!
 




 多分、この子がお兄ちゃんだね。猫族のどの成獣より、足の長さの比率は大きいよ!


 じゃれっこして遊びます。猫の子供みたいだね。









 もうすっかり大人の風格です。





 でも仲良し兄弟で甘えん坊だね。





 お母さんの顔はやや面長です。
 




 足も細いし、他の猫の仲間よりずっとスマートです。
 
 速さを追求したスタイルですね。

 トラやライオンは、噛み砕く力が強く、腕っ節が強いので、あごが発達していて、足も太いのです。

 やはり子供のことが心配なのか、たいていは一番お客さんに近いところをうろうろ見張っています。えらいねえ!

 たまに牙を剥き出して威嚇します。





 当たり前だよ!お母さんだものね。こういうのを見ると親心っていうのは同じだなって思いますよ。

 
 こっちの子は白河夜船です。





 きっと大物だよ!

 むくっと起きてきょろきょろします。





 「あれ、なんか周りがうるさいねえ」おっとりしたいい子だね。

 とりあえず、写真が多くなったので、次に続きます。次回もカッコよくって可愛いよ!

去年の夏の沖縄旅行だよ。その11 琉球村の民俗芸能は楽しいねえ! 【ファイルT55】2008.09.16 

【ファイルT55】2008.09.16 去年の夏の沖縄旅行だよ。その11 琉球村の民俗芸能は楽しいねえ!

 

王様も見ているよ


 さて、さらに進んでいくと、なにやら人だかりがして賑やかです。

 民俗芸能を披露しているようです。

 わーい!早速見物するよお!

 派手な格好をしているのは、祭りの愛嬌者チョンダラーです。

 道化というか狂言回しの役割を担っているのかな?

 さすがは沖縄の獅子舞は色彩が鮮やかです。
 




 美しい民族衣装をまとったお姉さんたちが、お馬さんの首を身につけて、踊っています。
 




 ジュリ馬です。旧暦1月20日に行われた遊郭の祭りを再現しています。


 本日はお日柄もよろしく、琉球国王・王妃・三司官(王府の高官)の御臨席を賜っております。




 お姉さんがカメラの方を向いてポーズを決めてくれます。





 それで、王様の圧政に耐えかねて百姓一揆が・・・。





 ではなくて、これはマミドーマといって農具を持ち、にぎやかに踊る庶民舞踊です。

 
 チョンダラーさんが指笛を鳴らして囃し立て、お祭りは佳境に向かいます。大団円です。





そういえば、甲子園の沖縄代表の応援団も指笛を鳴らしますね。

エイサーです。旧盆に行われる行事で沖縄民俗芸能の一つです。





 お姉さんもいるねえ。

 カッコイイ!

 ということで、とっても楽しいかったねえ。

 次回も琉球村だよ。

大阪海遊館のピラルクーさん 【ファイルC60】2008.09.14 

【ファイルC59】2008.09.14 大阪海遊館のピラルクーさん

なんてったって、アマゾンの主だよ!


 この前、アロワナさんに出演していただいたのですが、今回はアマゾンの真打とも言うべきピラルクーさんです。
 
 ちなみに、しながわ水族館のアマゾンの展示は暗すぎだよ!アマゾンって熱帯でしょ?こんなに暗くしてどうするのさ?海遊館も大概暗いけど、何考えてるの?

 いろいろ事情があって、写真を写すための水族館じゃないことは分かるけど、皆さん写真撮って、友達に写メで自慢しているのです。宣伝して入館者の誘致を考えるなら、写真撮影者のことを考えても良いのではないかと思います。

 混んでいるときは、確かに写真撮影は迷惑だと思います。しかし、写メでデートの自慢をしているカップルもいます。写真見れば絶対行きたくなるに決まっています。それだけ水族館というのは魅力的な施設なのです。深海生物のような本当に明かりに弱い生き物以外は観やすさを第一にすべきだと思うのですが・・・。

 ついでに、大阪天王寺動物園のコアラ舎もどうなってるの?暗い上にストロボオフの写真撮影も禁止です。いくらコアラが20時間睡眠だからって、オーストラリアは一日中夜なの?

 まあ、大阪の人はマナーなんて観念が無いから、ストロボオフ許可にしたら、ストロボを平気で焚くから分からないことはないけれど・・・。

それは良いんですけど、ピラルクーさんったら、こんにちはってご挨拶に来ました。





 礼儀正しいねえ!

 ピラルクーさんは、ものすごく大きいのです。はっきり言って、こんな魚やピラニアがいる川では泳ぎたくありません。

 ということで、ついでにピラニア・ナッテリーさん。





 ピラニアさんも普通に泳いでいます。

 それで、ピラルクーさんの全身





 ピラルクー(学名:Arapaima gigas)は、アロワナ目アロワナ科ヘテロティス亜科に属する魚です。現存するアラパイマ属唯一の種です。

 成魚の体長は3mほどですが、最大のものは4.5mとも5.2mともいわれています。世界最大の淡水魚として有名で、進化において1億年間殆ど姿が変わっていないと考えられていて生きた化石とも言われているそうです。

 南米のアマゾン川流域に分布し、沼地や川の流れのゆるい所に生息しています。

 熱帯の淡水域では酸欠状態がおこりやすいのですが、ピラルクーはたまに水面に口を出して息継ぎをします。

 うきぶくろから肺のように空気呼吸ができるので、酸欠にならず生きていくことができるのです。

 食性は肉食性で、おもに小魚を捕食します。獲物にゆっくりと近づき、「ボン!」という音と共に、獲物をまわりの水ごと一瞬で吸い込みます。

 こんな感じで口をあけて周りを吸い込みます。





 地元アマゾンでは重要な食用魚として先住民により古来から漁が行われてきました。漁は大きなピラルクーが息継ぎのために水面に浮上してくるところを突きん棒(もり)で突いて漁獲するもので、大きなうろこは靴べらや爪やすりにも使われたそうです。
 うろこはこんな感じ。





 本当に爪とかのやすりになりそうですね。

 しかし近年は網で根こそぎ漁獲するようになって個体数が激減し、現在ではワシントン条約による保護動物に指定されているのですが、今でもアマゾン川流域の市場ではピラルクーの肉が食用として普通に売られているそうです。怪しからんことです。

 それで、横顔はこんな感じ。





 競争ピラルクーさん。





 すれ違いピラルクーさん。





 後ろから見たピラルクーさん。





 正面から見たピラルクーさん。





 それでもって、写真が溜まっています。記事が追いつきません。これからもよろしくね!
 

去年の夏の沖縄旅行だよ。その10 琉球村は民俗村 【ファイルT54】2008.09.13 

【ファイルT54】2008.09.13 去年の夏の沖縄旅行だよ。その10 琉球村は民俗村

 沖縄の伝統がわかるようにできる施設だよ
 
 琉球村の続きです。

 高床式倉庫だと思います。湿気があるし、ハブとかいるしねえ。水がめがおいてあるね。





 ここでは沖縄の民家を集約保存しています。愛知県犬山市の明治村みたいなものですね。

 こっちでは、お姉さんが琉球紬(つむぎ)を織っています。お願いして写真を撮らせてもらいました。




裏から見るとこんな感じです。





 このシーサーさん前足が長いねえ。スフィンクスみたいだねえ。
 




こちらのお姉さんは、三線(蛇皮線)を弾いていらっしゃいます。





 とても良いお顔をしていただきました。沖縄の女性は美人さんで長生きだから得だねえ。


 私は沖縄民謡が大好きです。アップテンポのにぎやかな歌も好きですけど、しみじみとした哀愁のある歌もいいですね。

 『てぃんさぐぬ花』という私の好きな沖縄民謡があります。 




 
 てぃんさぐぬ花(沖縄民謡)の歌詞 (上の画像の歌詞と異なりますが、参考ということで・・・)
 
1 
てぃんさぐぬ花や 

爪先(ちみざち)に染(す)みてぃ  

親(うや)ぬゆし事(ぐとぅ)や 

肝(ちむ)に染みり



天ぬぶり星(ぶし)や

ゆみばゆまりゆい

親(うや)ぬゆし言(ぐとぅ)や

ゆみやならん


夜はらす舟(ふに)や

にぬふぁ星(ぶし)見(み)あてぃ

我(わん)なちぇる親や

我(わん)どぅみあてぃ ぬ覚めて


宝玉(たからだま)やてぃん 

みがかにばさびす  

朝夕肝(あさゆちむ)みがち

浮世(うちゆ)渡ら


(訳)

ホウセンカの花は

爪先に染めなさい。

親の言うことは、

心に染めなさい。


天の群星は

数えようと思えば数えきれるけど、

親の言うことは、

数えられない。


夜、沖に出る舟は

北極星が目当て、

私を産んでくれた親は

私が目当て。


宝石も

磨かなくては錆びてしまう

朝晩心を磨いて、

世の中を生きていこう。 


しみじみするねえ。

それにしても、沖縄の言葉は独特で聞き取れないけど、紛れもない日本語ですね。日本の古語の響きをもっているんじゃないかな?

1967年、沖縄県島尻郡具志頭村港川(現在の八重瀬町字長毛)の海岸に近い石切場で骨が発見された港川人(みなとがわじん)は、およそ1万7000年前に存在していたとされており、日本人の源流です。

アイヌの言葉もそうですが、とっても美しいことばです。メロディーに乗ると輝きが増します。

だから、私はグローバルスタンダードなんて、だいっきらいです。

情報化時代というのは、世界を均質化させて、結局情報の単純化を招来します。

世界がのっぺらぼうになるのです。ローカリズムの棲み分けが豊穣な多様性をもたらすのです。

日本はそろそろ鎖国に戻ったほうがいいのです。


後ろ向きのクレヨンしんちゃんのブリブリシーサーさん。





 沖縄のおうちは石垣が良いですね。





 石垣と瓦と壁がとても美しく調和しています。
 




 こっちのシーサーさんは、たてがみがライオンみたいです。





 ということで、次回も琉球村です。

皆さん、ブログ掲載用写真の縮小はどうしてます? 【ファイルG60】 2008.09.11 



【ファイルG60】 2008.09.11 皆さん、ブログ掲載用写真の縮小はどうしてます?

 デジカメで撮った写真をそのまま使うわけにはいきません。
 そんなことしたら、重たくて開くのに時間がかかりすぎます。

 それで、サイズを縮小して載せるわけですが、私はデジカメの入門書で知った、こちらの縮小専用ソフトを利用しています。
http://i-section.net/software/shukusen/

これだと、写真のアイコンをそのままドラッグ&ドロップするだけで簡単に縮小できます。もちろん、元の写真はそのまま残り、縮小した写真は、名前に「s-」を自動的につけて保存することも、縮小専用フォルダーが自動的に作成され、そこに保存することもできます。

私は、最初は「s-」をつけてたんですけど、縮小専用フォルダーのほうが、ブログ掲載で、読み込むときに便利だって気づいて、そうしています。

 上が、その画面です。マルチウィンドウにして、ドラッグ&ドロップしやすいように、コンパクトなサイズです。

 私の場合だと、普通は400×400に縮小して、大きめにしたいものは500×500にカスタム設定。縦横長いほうの辺が画面いっぱいになるように縮小してくれます。

ちなみに、ひなちゃんの漫画は400×800にカスタム設定して縮小しています。

○画像くっきり(鮮鋭化)
○プログレッシブで保存する
○JPEG量子化率を指定で92%

にしています。

 とっても便利で楽なので縮小が面倒だっていう方は一度お試しください。


 追記

 話は変わるけれど、最近、フリーズしたり矢印が動かなくなったりして、再起動して治していたのですが、再起動しても症状が治らなくなって、パソコンの故障かな?って一瞬思いました。

 ふと、思いついて、試しに別のマウスに付け替えたら、直りました。
どうも、コードが断線していたみたいです。
それで、早速、電気屋さんでワイヤレスのレーザーマウスを買ったら、以前のマウスより、ずっと快適です。よかったねえ。


 追記その2

 他社のブログは製本サービスがあるのに、ヤフーはないねえ。エクスポートもできないし・・・。なんとかしてほしいものだねえ。

 なんかの拍子にブログが消えたらどうなるのさあ!

プロフィール

眼とろん星人

Author:眼とろん星人
FC2ブログへようこそ!

年別アーカイブ一覧

訪問者カウンダ―

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR