2009/07/30
京都の大豊神社(おおとよじんじゃ)には狛鼠(こまねずみ)さんがいるよ。 【ファイルT100】2009.07.30
ここは、社伝によると、仁和三年(887)宇多天皇の病気平癒のため、尚侍藤原淑子(ないしのかみふじわらのよしこ)勅命を奉じた勅願社で、朝野の信仰が篤かったそうです。
建武の内乱・応仁の兵火などに遭って焼失しましたが、本殿・末社・拝殿・絵馬堂が再建され、鹿ヶ谷、法然院、南禅寺一帯の産土神(うぶすながみ:土地を領有、守護する神様)として信仰を集めています。
特に、末社の大国社の狛鼠(こまねずみ)、日吉社の狛猿(こまざる)、愛宕社の狛鳶(こまとび)は、それぞれの神のお使いとして有名です。
特に、末社の大国社の狛鼠(こまねずみ)、日吉社の狛猿(こまざる)、愛宕社の狛鳶(こまとび)は、それぞれの神のお使いとして有名です。
それでさっそく大国社の狛鼠(こまねずみ)さん。
こちらは、学問を表す巻物を持っています。
口を開けているから阿形(あぎょう)です。
後ろには絵馬ならぬ絵鼠がかかっていますね。
後ろには絵馬ならぬ絵鼠がかかっていますね。
もう一人鼠さんがいます。
この鼠さんは、長寿を表す水玉(酒)を抱いています。
口を閉じた吽形(うんぎょう)ですね。
それにしても、前回の法然院は『不許葷辛酒肉入山門』でお酒飲んじゃいけないけど、ここの神様はお神酒を抱えています。
口を閉じた吽形(うんぎょう)ですね。
それにしても、前回の法然院は『不許葷辛酒肉入山門』でお酒飲んじゃいけないけど、ここの神様はお神酒を抱えています。
大国社に狛鼠がいるのは、由来があるそうです。
大国主命(おおくにのぬしのみこと)は出雲大社の主祭神で因幡の白兎の話にも登場しますが、大変美形の神様でたくさんいた兄弟神(総称して八十神といいます)からうとまれ、いじめられていました。
それを察した母神は須佐之男尊(すさのおのみこと)のいる根の堅州国(出雲国)に行くように勧めます。
出雲に行った大国主命は美形ですから須佐之男尊の娘須勢理比売命(すせりひめのみこと)と意気投合します。
出雲に行った大国主命は美形ですから須佐之男尊の娘須勢理比売命(すせりひめのみこと)と意気投合します。
それを見た須佐之男尊は大国主命を色々と試そうとします。蛇の部屋や蜂とムカデの部屋へ寝かされましたが須勢理比売命の知恵で難を逃れます。
感心した須佐之男尊ですが更に難しい課題を与えます。広い野原に鏑矢(かぶらや)を打ち込んで「取ってこい」と命じ、大国主命が鏑矢を探しに行ったところで四方から火をつけます。
火に囲まれた大国主命はもはやこれまでと覚悟をきめると、一匹の鼠があらわれ、「内は洞洞、外はスブスブ(内側は空洞、外側はすぼんでいる)」と言います。
大国主命は地面を踏み込むと大きな穴が空きました。その穴に入って火から逃れました。そこへ鼠が鏑矢を加えてきました。
火に囲まれた大国主命はもはやこれまでと覚悟をきめると、一匹の鼠があらわれ、「内は洞洞、外はスブスブ(内側は空洞、外側はすぼんでいる)」と言います。
大国主命は地面を踏み込むと大きな穴が空きました。その穴に入って火から逃れました。そこへ鼠が鏑矢を加えてきました。
それで、大国社に狛鼠さんがいるんですね。縁結びのご利益があるそうです。
独楽鼠(こまねずみ)のように働くというコマネズミさんはこの狛鼠さんとは違うみたいです。
そういえば、ルーマニアの体操選手にコマネチさんっていたねえ。
美田稲荷社には狛狐さんが鎮座しています。
お稲荷さんだから、狐さんだねえ。五穀豊穣・商売繁盛のご利益があるそうです。
日吉社の狛猿(こまざる)さん。
日吉社の狛猿(こまざる)さん。
猿は、日吉の神使いで、鬼門除けや災難除けのご利益があるそうです。
豊臣秀吉さんは幼名が日吉丸で、猿と呼ばれていたという話があるのですが、山王信仰(猿は日吉大社の使い)を利用して豊臣秀吉さんを神格化するため「猿」という呼び名を捏造したんじゃないかという説があるそうです。私もこの説は正しいのではないかと思っています。
豊臣秀吉さんは幼名が日吉丸で、猿と呼ばれていたという話があるのですが、山王信仰(猿は日吉大社の使い)を利用して豊臣秀吉さんを神格化するため「猿」という呼び名を捏造したんじゃないかという説があるそうです。私もこの説は正しいのではないかと思っています。
愛宕社の狛鳶(こまとび)さん。
火伏せの神だそうです。
そういえば、町火消しは、鳶(とび)の人がするからねえ。
普通の狛犬さんもいました。
ということで、いろんな狛犬(?)さんがいる大豊神社でした。
小さいけど、賑やかな神社だねえ。