FC2ブログ

横浜港の散策だよ(その3) 【ファイルT149】2011.03.20 

【ファイルT149】2011.03.20 横浜港の散策だよ(その3)

横浜第二合同庁舎はお蚕(かいこ)さんのマークだよ。

 横浜港の散策の続きです。

 その1からご覧になられる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51882527.html

 さらにぶらぶら歩きます。

 それで、横浜第二合同庁舎(よこはまだいにごうどうちょうしゃ)=旧横浜生糸検査所(きゅうよこはまきいとけんさしょ)です。
 
 




 正面玄関の車寄せです。

 




 装飾も凝っています。

 




 元々、この建物は、大正15(1926)年に再建された横浜生糸検査所でした。

 平成2 (1990)年に横浜市認定歴史的建造物として認定されました。

 平成7 (1995)年に高層棟の建設を含む大改築が行われ、その際に旧生糸検査所の外観を復元した造りになっています。

 名称に「第二」とついているのは、すでに山下町に合同庁舎が存在したためなのだそうです。

 横浜生糸検査所は、日本から輸出される生糸の品質向上を目的として、明治29(1896)年に現在の中区本町5丁目付近に建てられました。

 関東大震災で被害を受けましたが、大正15(1926)年に北仲通(現在地)に遠藤於莵(えんどう おと)の設計により再建。

 約3万1,700m²の敷地に倉庫を含む22棟の建物を有しました。

 鉄筋コンクリート造地上4階地下1階で屋上には噴水庭園が設けられ、市民からは「キーケン」の愛称で親しまれました。

 正面上部には蚕の成虫(蛾)をモチーフにした紋章が設けられています。


 




 おかいこ様のマークなんだねえ。立派だねえ。

 明治維新で開国当初の日本の主要な輸出品は絹(シルク)とお茶でしたからね。


 昭和2(1927)年の輸出生糸検査法改正により、輸出生糸の全量の検査が義務づけられ、同年に神戸市に神戸市立生糸検査所、昭和7(1932)年には神戸市に国立生糸検査所が開設されました。

 その後、横浜生糸検査所は昭和55(1980)年に農林規格検査所に統合、平成3(1991)年には農林水産消費技術センターに改組されました。


 日本郵船歴史博物館(旧日本郵船横浜支店ビル)です。
 




 柱頭も、アカンサスの葉があしらっている、コリント式です。

 




 日本郵船歴史博物館は、日本郵船歴史博物館運会社日本郵船(株)の企業博物館です。

 社内外に残る資料の散逸防止、海運知識の普及、社内教育などを目的に1993年12月に開館しました。

 昭和11年(1936)に建てられた日本郵船横浜支店ビルの1階部分を博物館に改装し、日本郵船の社史を中心に海運の歴史を展示しています。

 船とともに歴史を刻んできた大理石のカウンターや柱に囲まれる展示室で、飛行機が登場する以前から、人・物・文化を運び続け、今日もなお重要な役割を果す海運の歴史と今について、学び親しむことができます。


 旧安田銀行(後の富士銀行)横浜支店の建物です。

  




 昭和4(1929)年に竣工しました

 大オーダー(円柱)と半円窓が特徴的な石積みの古典的なデザインが特徴です。

 安田銀行というは旧安田財閥系の銀行ですね。

 東大安田講堂を寄付した安田善次郎さんが有名です。

 東大安田講堂の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/39658356.html


 現在、この建物は東京藝術大学大学院映像研究科(横浜キャンパス)として利用されています。

 この近くに来たとき、カメラを持った学生さんの集団が通ったのですが、おそらく東京藝術大の学生さん達だったでしょう。


 右側の綺麗な石積みの部分は、昭和29(1954)年に増築されたそうです。

  




 旧安田銀行横浜支店に隣接するのは馬車道大津ビル(旧東京海上火災保険ビル)です。

  




 写真一番手前(右)が馬車道大津ビル(旧東京海上火災保険ビル)で、左が旧安田銀行横浜支店です。

  




 馬車道大津ビル(旧東京海上火災保険ビル)は、シンプルな外観ですが、壁面を覆うタイルの多様な張り方を主たる意匠とするアール・デコ特有のスタイルを示しています。

 特に壁面頂部の表現は典型的なものである。現在も民間のオフィス・ビルとして使用され、馬車道の歴史的景観を構成する貴重な建物です。

RC造4階、地下1階
建築年代:昭和11(1936)年
指定・認定:横浜市認定歴史的建造物【平成12(2000)年11月】
設計:不明
施工:大林組

 地下には写真展や絵画展、コンサートなどが開催できる「馬車道大津ギャラリー」があります。

 この馬車道大津ビルは、以前ご紹介した旧横浜正金銀行本店(現神奈川県立歴史博物館)の斜め向かいに位置します。

 横浜正金銀行本店の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51820082.html


 ということで、長くなったので、次に続きますね。




スポンサーサイト



豪徳寺(ごうとくじ)は彦根藩の井伊さんと招き猫さんのお寺だよ(その4) 【ファイルET25】2011.03.28 

【ファイルET25】2011.03.28 豪徳寺(ごうとくじ)は彦根藩の井伊さんと招き猫さんのお寺だよ(その4)

井伊直弼さんのお墓と豪徳寺の町だよ。

 その1からご覧になられる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51840808.html

 豪徳寺は、彦根藩井伊家の菩提寺なので、お寺の境内には井伊家代々の墓所があります。

井伊直弼(いいなおすけ)さんのお墓です。






 じつは、井伊直弼さんのお墓はちょうどこの時周辺整備の工事をやっていて、遠くから望遠で撮りました。

 井伊直弼さんについては、桜田門の記事でご紹介しましたね。
 
 桜田門の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51518397.html

江戸時代の豪徳寺です。






 田んぼの中にぽつんと建っていたのですね。


 お地蔵さんが並んでいます





 石のお釈迦様です。





 豪徳寺のお参りが済んで小田急豪徳寺駅に戻ります。

この辺は、農地がそのまま住宅地に、農道がそのまま道になったので、街路がとても狭いのです。






 これはこれで区画整理は済んでいるのかな?

 これ以上、街区を動かしようがないんでしょうね。

 すぐ近くに新宿がある便利な町なのですが、下町情緒がたっぷりです。


 彦根藩井伊家の所領だった世田谷は、江戸時代は御府内(江戸の市域)には含まれず、明治時代の旧東京市15区にも含まれない地域でしたが、元々農地や空き地が多かったこの地域に、上京した人たち等が大勢流入して、現在では都内有数の住宅密集地域となっています。

 特に、大正12(1923)年9月1日関東大震災が発生した時に、寺社仏閣や罹災者難民の疎開地として下町から多くの人が避難して住み着いたそうです。

 東京郊外という立地から、多くの私立学校・大学などが移設・開設されたため、現在に至るまで上京する学生や若者たちを多く受け入れている街でもあります。

 東急世田谷線は、都電荒川線同様、路面電車です。





 焼き鳥屋さんです。
 




世田谷区豪徳寺は、招福猫児(まねぎねこ)さんの「たまにゃん」をマスコットに、町おこしをしています。

 

店先にたまにゃんが。






 お店のシャッターにもたまにゃんが。





 電柱にもたまにゃんが。





 綺麗なお花だねえ。





 銭湯もあるよ。





 鶴の湯さんです。ここのお湯につかると長生きしそうだねえ。つるかめつるかめ。

 お風呂のない学生さん用の下宿とかも多そうだからねえ。

ということで、楽しい豪徳寺でした。


 それにしても、今、彦根のひこにゃんは、キャラのグッズ製造・販売で市の商標権を巡って裁判をしています。丸くおさまってくれれば良いですね。

「ひこにゃん音頭」だよ。




 画像がうまく見られないときはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=wJ7IUXnHQfc

 ひこにゃん、ひこにゃん、ひこにゃんにゃん♪

 何か、童謡『グッドバイ』のお唄に似ているねえ。

 国宝彦根城にも行ってみたいねえ。









恩賜上野動物園のハシビロコウさんは動かないことで有名な鳥 【ファイルC219】2011.03.25 

【ファイルC219】2011.03.25 恩賜上野動物園のハシビロコウさんは動かないことで有名な鳥

なのに動いてくれたよ!

 恩賜上野動物園は珍しい動物がいます。

 ハシビロコウさんもその一つ。





 こんにちは。

 ハシビロコウさん顔が怖くて、長時間じっと動かないことが特徴の人気がある鳥なんだって。

 顔が怖いだなんて、失礼だねえ。でも、噂どおり動かずじっとしています。

 以前、テレビで動物好きで有名なココリコ田中さんが上野動物園のハシビロコウさんを紹介していました。

 田中さんは、上野動物園に行くときはその日観る動物を決めて、その動物をずっと眺めるのだそうです。

 ハシビロコウさんが動かないのは、じっと動かずに川面にとどまり、気がつかずに警戒心を解いて下を通る魚をぱくりって獲って食べるからなのだそうです。

 野生では、魚やカエル、ヘビ、トカゲなどを食べます。特に大型のハイギョ等を好み、ハイギョが空気を吸いに水面に浮かび上がる隙を見て素早く嘴で捉え丸呑みするのだそうです。

 上野動物園では、コイとアジを給餌しています。

 ギャングのような貫禄のあるお顔です。





 この子は右足のリングが青一本なので、メスのサーナさんです。

 和名の「ハシビロコウ(嘴広鸛)」とは、「嘴(くちばし)の広いコウノトリ」のことで、英名の「Shoebill」は「靴のような嘴」を意味しています。

 また、学名の「Balaeniceps rex」はラテン語で「クジラ頭の王様」という意味だそうです。確かに頭の形がシロナガスクジラみたいですよね。

 首をカイカイしているのが可愛いねえ。





 お庭には黄色い足輪2本の雄のハトゥーエ君。





 大きくて立派だねえ。

 やっぱり人気があって、特に望遠レンズの付いた一眼レフを構えた女性が熱心に写真を撮っていました。

 少しは動いてくれるのですが、アクションは小さいのです。

 羽繕いをするハトゥーエ君。





 これでも、動物園などで飼育されているハシビロコウは、野生のものよりも比較的活発なんだって。

 まあ、動物園では餌がちゃんと保証されているから、省エネにそれほど気を遣わなくても良いからねえ。


 ハシビロコウさんは、コウノトリ目、ハシビロコウ科 の鳥です。

 実は、ハシビロコウの分類には諸説あって、コウノトリ目の下位に分類されることが多いのですが、近年のDNA分析による分類ではペリカン類に近いことが分かってきたそうです。

 その他、サギ類に近いという説もあるんだって。

 確かにコウノトリにも、ペリカンにもサギにも似ているねえ。


 お住まいはアフリカ中央部の湿地帯。主としてエチオピア区で、ウガンダ共和国のビクトリア湖周辺でも観ることができます。
 ワシントン条約で国際取引が規制されている希少種です。

 でも、上野にはメス3羽、オス2羽がお住まいなのです。

 全長約1.2m、体重約5kgでかなりの大きさで、迫力があります。


 基本的には単独行動を好み、近種のコウノトリと同じく滅多に鳴かず、クラッタリングという行為をします。

 これは、カタカタと嘴を叩き合わせるように激しく開閉して音を出す行動でディスプレイや仲間との合図に用いられます。

また、首を振りお辞儀をする様は相手に対し親愛を意味しているのだそうです。

寿命については良く分かっていませんが、高齢になるに従い瞳の色が金から青に変化するそうです。


 あんまり動かないので、キツネザルさんたちを観るためにその場を離れました。


 お猿さんを見終わって、再度ハシビロコウさんを見に来たら、まだ一眼レフの女性がいました。

 凄いねえ。動くのをじっと待っているんですね。

 先ほどのメスのサーナさんがお庭にでてじっとしています。





 何やら、水面を一生懸命凝視しています。





 ゆっくり観察していたらば、

 わ~い!動いてくれたよ!





 コイを咥えています。





 咥えられたコイはパタパタと尻尾をばたつかせています。よかったねえ。じっと動かずに辛抱強くお魚を待っていた甲斐があったねえ。

 じっと動くのを長い時間待っていた人もいるのに、通りかかって、ちょうど良いタイミングで動いている写真を撮れたなんて、待っていた人に、なんか申し訳ないねえ。


 目をシロクロさせて、喉を膨らませて丸呑みしようとしています。コイも飲まれまいと必死です。





 とうとう、コイをゴックンと丸呑みしました。





 丸呑みした獲物を消化するのには数時間ほどかかり、しかも、その作業消化のために1日に消費するエネルギーの30%を費やすのだそうです。

 せっかく餌を食べても、消化の過程で大量のエネルギーを消費するなんて、割に合わない話だねえ。

 よほどコイが捕れたのが嬉しいのか、サーナさんは羽を広げてくれましたよ。





 えっへん!と満足げです。





 もう一回羽を広げてくれないかなあ?

 そう言ったらば、こちらを怖い顔で睨んでいます。





 あれ?怒ったのかな?うへえ、ごめんね。

 でも、高いところに上がってもう一度、大サービスで大きく羽を広げてくれました。





 翼を広げた時の長さは約2mです。野生では、この大きな羽で悠然と飛び回るそうです。
 
 ただ単に、顔が怖いだけで、実は喜んでいるみたい。





 得意げなサーナさん。





 さようなら、元気でね。

 それにしても、動く姿を見ることができてラッキーだったよ。

 上野動物園にお越しの際は、パンダさんだけじゃなくて、ハシビロコウさんにも会ってあげてくださいね。









横浜港の散策だよ(その2) 【ファイルT148】2011.03.22 

【ファイルT148】2011.03.22 横浜港の散策だよ(その2)

横浜赤レンガ倉庫は味わいがあるねえ。

 横浜港の散策の続きです。

 その1からご覧になられる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51882527.html


 横浜みなとみらい地区、新港地区に位置するショッピングモールの横浜ワールドポーターズです。

  




 横浜ワールドポーターズは、延床面積10万m²を誇る大型商業施設として1999年にオープンしました。


 横浜赤レンガ倉庫に向かいます。

 横浜赤レンガ倉庫(よこはまあかレンガそうこ)の正式名称は『新港埠頭保税倉庫(しんこうふとうほぜいそうこ)』です。

 貨物を輸出入しようとする場合、法定の手続き(申告-検査-関税等納付)を経て、税関長の許可を受け税関を通過しなければならず、この手続きのことを『通関(つうかん)』と言います。

 それで、通関のためには、一時、税関の監督下に『保税蔵置場(ほぜいぞうちじょう)』という場所に輸入貨物を搬入、保管しなくてはなりません。

 同時に『保税蔵置場』では、外国貨物を課税保留、輸出入手続未済のまま蔵置することができます。

 輸入商は商機をみて貨物を引き取り,その際に関税を支払います。また、『保税蔵置場』は中継貿易にも利用することができます。

 それから、違法な輸出入を水際で防ぐ役割も果たしています。

 元々は、この『保税蔵置場』の施設として横浜に作られたのが、『保税倉庫=横浜赤レンガ倉庫』なのですね。


 赤レンガ倉庫2号館の背面です。

  




 鉄骨造ベランダが味わい深いねえ。

 
 避雷針と瓦屋根が特徴的です。

  




 日本初のエレベーターや避雷針、消火栓を備える赤レンガ倉庫は、国営保税倉庫建築の模範的存在でした。


 向かって左が2号館、右が1号館です。

  




 2号館は明治44(1911)年、1号館は大正2(1913)年に竣工しました。


 明治38(1905)年に始められた第2期築港後期工事は、埠頭の拡張と陸上設備(上屋、倉庫、鉄道、道路)の整備を目指しました。

 後期工事は、日清戦争後に急伸し東洋最大の港となっていた神戸港や大阪港に対抗する目的とするものでした。

 横浜市は約270万円の費用を負担しましたが、築港の完成を急ぐため国にも働きかけて整備を進めました。

 これは、我が国において、国と地方が行った共同事業の嚆矢(こうし)となりました。


 その中で、後期工事の中で、国営保税倉庫(赤レンガ倉庫)は建設されたのです。

 赤レンガ倉庫の設計は、妻木頼黄(つまき よりなか)部長率いる大蔵省臨時建築部。妻木頼黄は、馬車道にある横浜正金銀行本店(現、神奈川県立歴史博物館)の設計もした、明治建築界三巨頭の一人です。

 横浜正金銀行本店の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51820082.html


 赤レンガ倉庫は、組積造技術の最高段階を示す建築とされていて、レンガとレンガの間に鉄を入れる補強が施されています。

 そのため大正12(1923)年に発生した関東大震災に際しても、被害は1号倉庫の約30%損壊にとどまりました。

 その後、赤レンガ倉庫を含む新港埠頭は、大東亜戦争で敗戦した昭和20(1945)年に、連合国軍に接収され、横浜税関に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が置かれました(後にGHQは東京日比谷第一生命ビルへ移転)。

 新港埠頭のほかにも、横浜港は大部分が連合国軍に接収されて使用不能となり、横浜の復興を遅らせる原因となります。

 新港埠頭は、昭和29(1954)年に商船の臨時使用が許可され、昭和31(1956)年に1号から6号岸壁と赤レンガ倉庫を含む上屋の接収が解除されます。

 接収の解除とともに、貿易の急増によって入港船舶トン数、取扱貨物量など、すべての数値が戦前の記録を更新しました。

 しかしながら、貨物のコンテナ化が進展して他の埠頭に主役が移り、昭和51(1976)年には取扱貨物量が激減します。

 昭和61年(1986)年から翌年にかけて放送されたテレビドラマ『あぶない刑事』のエンディングで、赤レンガ倉庫がロケ地とされた事により注目を浴びますが、保税倉庫としての役割は平成元(1989)年までに終え、しばらく放置されていました。

 その後、ウォーターフロント再開発の機運が高まり、そのシンボル的な建物として整備されることになりました。

 平成14(2002)年に、1号館は展示スペース、ホールなどの文化施設、2号館は商業施設となり、付近一帯は広場と公園を備える赤レンガパークとして整備され、今や横浜みなとみらい21地区の代表的な観光施設となっています。



 2号館です。

  




 全長約150メートルとは、大きいですね。

  




  




 1号館です。

  




 異国情緒が満点ですね。

  




 やっぱり海の青さが似合うねえ。

  




 ということで、日本の最先端の港湾設備だった、横浜赤レンガ倉庫でした。


(注意)横浜赤レンガ倉庫の施設は、現在、東北地方太平洋沖地震に伴う電力不足への配慮から、営業時間を短縮しているようです。

 くわしくは、こちらをご覧下さい。
http://www.yokohama-akarenga.jp/index.html


 一旦、ナビオス横浜まで戻って、北上します。

  




 横浜散歩は、次に続きますね。

豪徳寺(ごうとくじ)は彦根藩の井伊さんと招き猫さんのお寺だよ(その3)【ファイルET24】2011.03.18

【ファイルET24】2011.03.18 豪徳寺(ごうとくじ)は彦根藩の井伊さんと招き猫さんのお寺だよ(その3)

招猫観音は招き猫の観音様。

 その1からご覧になられる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51840808.html

 東北関東大震災で罹災された方に心よりお見舞い申し上げます。
 でも、今私に出来ることは、ささやかな募金。それと一人でも多くの方が助かり、一刻も早い復興を祈るしか有りません。

 そこで、震災で先送りにしていた、ありがたい御利益のある豪徳寺の福を招く記事をUPさせて下さいね。

『招猫殿』と書かれた門の奥にお堂があります。






 前回、ここ大谿山豪徳寺(だいけいざんごうとくじ)の仏殿には、釈迦如来、弥勒菩薩、阿弥陀如来の『三世佛』が安置されていると書きましたが、仏殿の中に入って三世佛を観ることはできませんでした。

でも、ここには他にもご本尊様がいらっしゃいます。


それがここ招猫殿に安置されている招猫観音(招福観世音菩薩、招福猫児はその眷属)なのです。


それで、「招き猫(まねきねこ)発祥の地はここ豪徳寺だという説もあるのです。


 もともと豪徳寺は、世田谷城主吉良政忠(きらまさただ)公が、文明12年(1480)に亡くなった伯母の菩提のために建立したと伝える弘徳院(こうとくいん)が前身なのですが、その後天正18(1590)年、小田原城落城と運命をともにした吉良氏は、所領没収され、世田谷城は廃城となり、弘徳院も荒れ寺になっていました。

 それが、井伊家世田谷領の成立後、井伊直孝(いいなおたか)公が鷹狩りの折、このお寺の前を通りかかった際に、猫の手招きに導かれて寺に入ったところ、一天にわかにかき曇り、猛烈な雷雨となりました。

 すんでのとことで雷雨を避けることができた上に和尚の法談を聞くことができた井伊直孝は、それを大いに喜び、後に井伊家御菩提所としたということです。

 豪徳寺の伝承はこのようになっています。

 * * * * *

招福猫児の由来(まねぎねこのゆらい)


 東京都世田谷区豪徳寺一丁目所在の豪徳寺は幕末の大老井伊掃部頭直弼公の墓所として世に名高く寺域広く老樹欝蒼として堂宇荘厳を極め賽者日に多く誠に東京西郊の名刹なり、

 されど昔時は至って貧寺にして二三の雲水修行して漸く暮しを立つる計りなりき、

 時の和尚殊に猫を愛しよく飼いならし自分の食を割て猫に与へ吾子のように愛育せしが、

 ある日和尚猫に向い、「汝我が愛育の恩を知らば何か果報を招来せよ」と言い聞かせたるが其後幾月日が過ぎし夏の日の午さがり俄かに門のあたり騒がしければ和尚何事ならんと出て見れば、

 鷹狩の帰りと覚しき武士五六騎、門前に馬乗捨てゝ入り来り和尚に向い謂えるよう『我等今当寺の前を通行せんとするに

 門前に猫一疋うずくまり居て我等を見て手をあげ頻りに招くさまのあまりに不審ければ訪ね入るなり暫らく休息致させよ』とありけれぱ

 和尚いそぎ奥へ招じ渋茶など差出しける内天忽ち雲り夕立降り出し雷鳴り加りしが和尚は心静かに三世因果の説法したりしかば武士は大喜びいよいよ帰依の念発起しけむ

 やがて『我こそは江州彦根の城主井伊掃部頭直孝なり猫に招き 入れられ雨をしのぎ貴僧の法談に預ること是れ偏へに仏の因縁ならん以来更に心安く頼み参らす』とて立帰られけるが、

 是れぞ豪徳寺が吉運を開く初めにしてやがて井伊家御菩提所となり田畑多く寄進せられ一大加藍となりしも全く猫の恩に報い福を招き寄篤の霊験によるものにして此寺一に猫寺とも呼ぶに至れり。

 和尚後にこの猫の墓を建ていと懇に其冥福を祈り後世この猫の姿形をつくり招福猫児と称へて崇め祀れば吉運立ち所に来り家内安全、営業繁昌、心願成就すとて其の霊験を祈念する事は世に知らぬ人はなかりけり。

          東京都世田谷区豪徳寺一丁目二四番六号
           豪 徳 寺

 * * * * *

 それにしても、和尚さんが、日頃から猫に向って、「かわいがって育ててやっているのだから、恩返しをしろ」と言い聞かせいたというのが、なんとなく現金で恩着せがましくてほほえましいねえ。

 猫さんにとってみれば、恩返ししないと、和尚さんから恩知らずと罵られるかもしれないというプレッシャーは相当なものだったと思うし。

 
 やっぱり恩返しというのは日々地道に教えなければいけないんだねえ。

 日本の昔話は、「恩返し」「親孝行」「敵討ち」「主君への忠義」の話が多いけれど、戦後日本では、これらを教えなくなりました。

 寛永10(1633)年、彦根藩主井伊直孝公が井伊氏の菩提寺として伽藍を創建し整備しました。

それで、寺号の『豪徳』は井伊直孝公の戒名である『久昌院殿豪徳天英居士』に由来するのです。

 なお、由緒書きには、『猫』としか書かれていませんが、毎年門前の豪徳寺商店街で『豪徳寺たまにゃん祭り』が開かれているので、どうも開運猫さんの名前は『たま』だったらしいのです。

 そういえば、世田谷区内に住んでいた長谷川町子さんの漫画『サザエさん』に出てくる猫も『たま』だったねえ。・・・というか、昔は猫の名前は『たま』で、犬は『しろ・ぽち』って相場が決まっていたし。


 豪徳寺が招き猫の発祥のお寺かどうかは諸説あって確かなことはわかりませんが、豪徳寺の『たまにゃん』が彦根城の『ひこにゃん』のご先祖様であることは確かです。

 彦根藩井伊家の菩提寺が猫の『たま』を祀ったお寺なので、それをモデルにゆるキャラナンバーワンの『ひこにゃん』が生まれたのは間違いありませんからね。

 ひょっとしたら、豪徳寺のお猫様の『たま』の名前から、縁起の良い猫の名前として、全国で『たま』という猫の名が広がったのかも知れませんね。

 ちなみに、平成22(2010)年3月28日(日)に、ここ井伊直弼公のお墓のある豪徳寺で、井伊直弼公150回忌の法要が執り行われましたが、法要後に彦根からお里帰りで駆けつけたひこにゃんが、「井伊直弼と開国150年祭」の閉幕報告をしたそうです。


 豪徳寺では『招き猫(まねきねこ)』のことを『招福猫児』と書き、『まね“ぎ”ねこ』読みます。

大きな提灯に『招猫観音』と書かれています。






招猫殿の格子窓の隙間から中をのぞくと、いらっしゃいました。






 招猫観音様です。位牌には『招福猫児霊位』と書かれています。“招福猫児”が“たま”の戒名なのかな?

 招猫観音様は、『崇め祀れば吉運立ち所に来り家内安全、営業繁昌、心願成就す』という御利益があるからねえ。

社務所には、招福猫児やお札やお守り、さらには、招福猫児と牛とお寺の名物の牡丹の花があしらわれている絵馬が売っていました。






ここの招福猫児は右手を上げていて、前掛けもしていないし、小判も持たず、三毛の模様も入っていない全身白のシンプルな招き猫さんです。


 苔むしたお庭も風情があって素敵です。













 頭に馬がついている三面のお地蔵さんです。馬頭観音さんかな?





招猫殿の横には、願が成就したとき招福猫児が奉納する奉納所があります。






招福猫児さんも、これだけ沢山並んでいると、異様な迫力があります。






 これだけ大勢の人の願い事が叶ったんだねえ。

 ありがたや、ありがたや。皆さんにも福が来ると良いねえ。

 奉納所の横に石の半跏思惟像がありました。





 如是畜生(にょぜちくしょう) 発菩提心(ほつぼだいしん)と刻んであります。

 読み下せば、「是(か)くの如く畜生、菩提心を発(おこ)す」。
 猫さんのような畜生でも、菩提心をおこすことができるんだねえ。

 こうやって、猫さんを供養しているのですね。
 
『如是畜生 発菩提心』は滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』や歌舞伎の演目『鳴神』にも登場する言葉だそうです。

 徳川綱吉が『魚鳥類食料禁止(鶏と亀と貝類も含む)』を嚆矢とする『生類憐れみの令(しょうるいあわれみのれい)』を発したのは、貞享4(1687年)年からですが、それに半世紀先駆けて彦根藩主井伊直孝公が井伊氏の菩提寺として伽藍を創建し整備したのが寛永10(1633)年で、そのころから招猫観音様は大切に祀られていたのです。

 後に天下の悪法と評判の悪い『生類憐れみの令』ですが、これに限らず、過酷な戦国の世から天下太平の世になった江戸時代には、仏道の教えに基づいて生類を憐れむという観念が人々に広く根付いていたのですね。

 ちなみに、5代将軍徳川綱吉の母である桂昌院(けいしょういん)も、名前は『玉(たま)』で『お玉の方』だったのですね。


ということで、次回【その4】に続きます。↓

https://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51948326.html








東京電力、東北電力以外の地区の各電力会社の震災対応について。 【ファイルG76】 2011.03.16 

【ファイルG76】 2011.03.16 東京電力、東北電力以外の地区の各電力会社の震災対応について。

 東京電力、東北電力につきましては直接の被害を受けたため、計画停電を実施していることは皆さんご承知だと思います。

 しかしながら、それ以外の地区の電力会社は罹災地区に対して、人員派遣、資機材支援や電気の融通等の協力を行っているのですが、それぞれ節電等に関する対応が違います。

 それは、例えば、日本の電力は、静岡県の富士川から新潟県の糸魚川あたりを境にして、東側の周波数が50 Hz(ヘルツ)の地区、西側が60 Hzの地区になっているからです。

 発電機は日本では明治時代に輸入されましたが、当初、関東にはドイツから50 Hzの発電機が、関西にはアメリカから60 Hzの発電機が輸入されたのが原因なのだそうです。

 それで、中部電力の富士川以西から、罹災地区に電力融通をする際には、60Hzから 50Hzへの周波数変換を行わなければならず、周波数変換設備の規模や送電設備に限りがあるため、その範囲内で最大限の融通になるのですね。

 ですから現在省エネが国是で、無駄な電力使用は避けた方が良いのですが、他地区においては、罹災地区のバックアップが出来るように電気を使って経済的な体力をつけることも大切なのです(電力会社も企業ですから、余裕のある電力については、なるべくなら使ってほしいという事情もありますからね。それで、節電に関する偽チェーンメールに各社、頭を悩ませているようです)。

 あうんの呼吸でお願いします。


 東京電力、東北電力以外の地区の電力会社HPの震災対応の部分を以下に書きましたので、参考にして下さいね。



北海道電力HP


 当社では今回の震災復旧に際して、東北電力株式会社ならびに東京電力株式会社へ応援要員の派遣を実施しております。
また、3月13日(日)より被災地での電力不足を支援するため、北海道と本州を結ぶ送電線(北本連系設備、設備容量:60万kW)を通じて電力融通を開始しております。
 詳細につきましては、プレスリリースをご覧ください。
 なお、北海道内においては電力供給量には十分余裕がございますので、現在のところ、特別な節電をお願いする状況にはございません。

※ 今回の震災復旧に際して、当社名にてお客さまへ節電に関するチェーンメール等を送付することはございません。
※ 泊発電所につきましては正常に運転しております。


中部電力HP


 当社は地震発生後から、50Hz方面への電力融通について、お客さまへの安定供給を確保したうえで、最大限の支援をおこなっております。

 また、人員派遣、資機材支援など、災害復旧応援に取り組んでおります。

 従来から電気の効率的使用についてお願いをさせていただいておりますが、今後も引き続き、不要不急の電気の使用をお控えいただきますようお願いいたします。
なお、当社名でお客さまに節電に関するチェーンメールをお送りすることはありませんので、ご注意ください。


北陸電力HP


 当社では管内のお客様へ安定して電気をお届けしたうえで、電力各社と協力しながら最大限可能な範囲で東日本地域に電気を融通しております。(※)
 日頃から皆さまには省エネにご協力をいただいておりますが、管内のお客様に今回の震災に関連した計画停電や節電をお願いする状況にはございません。

 なお、当社名でお客さまに節電に関するチェーンメールを送ることはございませんのでご注意下さい。

 ※東日本と西日本では電気の周波数が異なるため、当社の電気を東日本に送るには周波数を変換することが必要ですが、この周波数変換施設の容量には限界があります。



関西電力HP


 当社は、被災地域に対して、電力の応援融通や復旧支援を通じ、総力を挙げて最大限の取組みを行ってまいります。
 当社からの応援融通については、周波数変換設備(合計容量:約100万kW)を通して融通する必要がありますが、電力各社と協力しながら最大限の電力融通を行ってまいります。
 復旧支援については、原子力部門・ネットワーク部門の人員の派遣や、化学消防車・発電機車などの資機材の支援を通じて、行ってまいります。

 また、当社原子力発電所につきましては、今回の事象を踏まえ、引き続き、安全・安定運転ならびに設備の安全確保に万全を期すとともに、今回の事態の推移を注視しつつ、必要な対応をすみやかに行い、全社を挙げて最大限の努力を続けていきたいと思います。


中国電力HP


 当社は東日本地域の被害状況等に関する情報収集を行うとともに,電気事業者としてできる限りの支援をしていきます。
具体的には,お客さまへの電気の安定供給を維持した上で,地震が発生した11日夕方から,東日本地域に可能な範囲で電気の融通を行っております。[注] また,引き続き人員の派遣や資機材の支援等を通じて,最大限の協力を行ってまいります。

[注]東日本と西日本では,電気の周波数が異なることから,当社が東日本地域に送電するには周波数を変換する必要があります。この周波数変換施設の設備容量から送電には限界があります。つきましては,現時点で震災に関連してお客さまに節電に関するお願いをすることはございません。


四国電力HP


 また、当社は四国のお客さまへの安定供給を維持した上で、可能な範囲[※]で最大限の電気の融通を行っているほか、人員の派遣や資機材、発電機車等の提供を行うなど、できる限りの支援を実施しております。

※西日本と東日本では電気の周波数が異なります。従って、四国電力の電気を東日本に送るには、周波数を変換しなければなりません。
 この周波数変換施設の容量には上限がありますことをご理解ください。

 資源の少ない日本にとって、こうした事態の有無にかかわらず節電はとても大切なことですが、チェーンメールにて当社がお客さまに節電をお願いすることはございません。



九州電力HP


 当社としても出来る限りの支援をしていくとともに、復旧が一日も早くなされることを祈念しております。
 現在、当社は被災地域に向けて電力の応援融通をいたしております。当社として、電源供給力は今後も十分確保できておりますが、一方、わが国全体をみた場合、エネルギー需給が逼迫する事態も考えられますので、お客さまには、これまで以上の省エネルギー・節電をお願い申し上げます。


沖縄電力HP


 当社は、電力系統が他電力会社と連系していない単独系統であるため、県外への電力融通が行えない状況にありますが、現在、災害復旧のための要員派遣等の応援体制を整えております。
 なお、今回の震災に関連して当社名でお客さまにチェーンメールを送ることは一切ございませんので、ご注意ください。







原発の風評被害のせいで、近隣地区に必要な物資が入って来なくて困っています。 【ファイルG75】 2011.03.16 

【ファイルG75】 2011.03.16 原発の風評被害のせいで、近隣地区に必要な物資が入って来なくて困っています。

 いわき市長は、「いわき市は待避地区がごく一部なのに原発被害で危険だという風評被害のせいで、物資を輸送してくれる人が入ってきてくれない。実際の放射線の測定値は他の地区と同じか、場合によってうちより他所の方が高い場合もあるのに、医薬品を初め、生活物資が入って来なくて大変困っている」と電話で悲痛な訴えをしていました。

 近隣地区はどこも同じ状況だと思われます。

 同じ罹災者なのに、家は無事だった人も原発事故報道に不安を募らせる中での不自由な避難所生活。もう元の場所に住めないのではないかと心配されている方もいます。

 その原発は主として東京圏の電力需要を賄うために建設されているのです。

 直接の被害を受けていない、専門知識がない人が、無責任な風評を流すのはやめていただけないでしょうか。

 もちろん、福島原発の状況は、まだ予断が許されない状況であることは確かです。

 しかしながら、東北電力関係者、自衛隊等の方々が必死の作業を続けておられます。


 これは、罹災した人達の命に関わる問題です。

 よろしくお願いします。












東京電力の計画停電について 【ファイルG74】 2011.03.14 

【ファイルG74】 2011.03.14 東京電力の計画停電について

 記者会見、まるで吊し上げみたいですね。

 電気というのは、基本的には貯めることができません。

「電池・バッテリーがあるのではないか」と言われるかも知れませんが、それで蓄電できる電気の量はごく僅かです。

 原子力発電所では、深夜電気の消費量が少ないときでも、いちいち発電を停止すると、温度変化が激しくなり、原子炉に悪影響が生じるので、発電を続けていて、その分電気が余ります。

 それで揚水発電(ようすいはつでん)といって、そういった余った電気でもって、ポンプを動かして、下部貯水池に落ちた水をくみ上げて上部貯水池に戻したりしています。

 電気の需要が多い時に、そうやって汲み上げた水を下に落として発電するわけです。

 巨大な電力量を蓄電できるのなら、揚水発電なんて面倒くさいことをせず、それこそ巨大バッテリーでもって電気を備蓄し、電気の消費が多かったり、今回の地震のように電力が不足すれば、備蓄した電気を使えば良いのですが、そんな巨大バッテリーが発明されたら、ノーベル賞確実です。

 それで、今はどういう風に発電所を作っているかというと、真夏のクーラーをガンガンかける時のような消費電力量のピークの電力需要に合わせて、発電所を作っているわけです。

 電力消費には、その時使う分だけの発電が必要なのです。文字通り自転車操業です。

 当然、電力需要が多くなりすぎて、発電量が足りなくなったら停電することになります。

 昔なら、停電はしょっちゅうあって、世界的には現在も停電が珍しくない国なんてざらにあります。

 ところが、今の日本ではパソコンや医療機器、公共輸送機関、工場は電気で動き、マンションの水道の水もポンプで汲み上げています。

 停電になったら、少し考えただけでも生活に及ぼす影響がどれだけ大きいか分かります。

 電力の安定供給を前提とした今の日本は、「停電にとても弱い国」だといえそうです。

 今回の地震で、福島第一原発をはじめとして多くの発電所が大きな被害を受け停止しました。

 私は思うのですが、供給側の電力量の総量が把握できたとして、電力量の需要がどの程度になるかは、不確定要素が大きすぎるのですね。今回の地震の被害によって、送電した電気がロス無く消費地に届くかということもあるでしょうし。

 ですから、東京電力もなるべく停電の被害を最小限に食い止めるために、計画停電によって、あらかじめ停電の用意をしてほしいということなのだと思います。

 今回の災害については、東京電力も罹災者なのです。福島第一原子力発電所の対応も含め最大限の努力をされているのだと思います。


 メディアはもう少し、落ち着いた対応をすべきではないでしょうか。

 地震による直接的な被害を受けられた方は、停電どころではないのですから。

 それより、まず私たちに出来ることは、節電です。それから、不要不急の電話を控えることなど・・・。



 また、私たちは普段の生活で、原子力発電所で発電された電気によって大きな恩恵を被っています。

 福島第一原発の事故については、今なお予断を許しませんが、現在のところ格納容器は無傷で、検出される放射線量も落ち着いているようです。現場では海水注入等により、炉心の冷却に最大限の努力が成されています。

 不安な中、避難されている方、体の状態によって十分な避難ができない方もいらっしゃいます。

 無責任な風説の流布はやめて欲しいものです。




【参考】東京電力HPより
http://www.tepco.co.jp/index-j.html

東北地方太平洋沖地震における当社設備への影響について
【午後3時現在】
                            平成23年3月13日
                            東京電力株式会社

 平成23年3月11日午後2時46分頃に東北地方太平洋沖で発生した地震による、
当社設備への主な影響を以下の通りお知らせいたします。
 ※下線部が新規事項

【原子力発電所】
・福島第一原子力発電所 1~3号機 地震により停止中
 (4~6号機は定期検査中)
※福島第一原子力発電所の半径20km以内の地域住民に対して、国より避難指示
 が出されております。
※モニタリングカーによる発電所構内(屋外)の放射性物質(ヨウ素等)の測定
 の値が通常値を上回っております。
※3月12日午後3時29分、敷地境界の放射線量の値が制限値を超えたため、同日
 午後4時17分に、原子力災害対策特別措置法第15条第1項の規定に基づく特定
 事象(敷地境界放射線異常上昇)が発生したと判断し、午後5時に通報しまし
 た。
 当該モニタリングカーの測定値は一時的に下がりましたが、再度測定値が上昇
 し、敷地境界の放射線量の値が制限値を超えたため、同日午前8時56分に再度、
 原子力災害対策特別措置法第15条第1項の規定に基づく特定事象(敷地境界放
 射線異常上昇)が発生したと判断し、午前9時01分に通報いたしました。
 その後、当該モニタリングカーの測定値は一時的に下がりましたが、再度測定
 値が上昇し、敷地境界の放射線量の値が制限値を超えたため、同日午後2時15
 分に再度、原子力災害対策特別措置法第15条第1項の規定に基づく特定事象
 (敷地境界放射線異常上昇)が発生したと判断し、午後2時23分に通報いたし
 ました。
※(1号機)3月12日午後3時36分頃、直下型の大きな揺れが発生し、1号機付
 近で大きな音があり、白煙が発生しました。
 午後8時20分に海水の注水を開始し、その後、中性子を吸収するホウ酸の注入
 もしております。
 現在、使用済燃料プールの水の冷却方法について、関係箇所と調整しています。

※(2号機)原子炉隔離時冷却系で原子炉に注水しております。原子炉水位は通
 常より低いものの安定しております。なお、国の指示により、安全を十分に確
 認した上で、原子炉格納容器内の圧力を降下させる措置を行うため、ベント弁
 の操作を行い、本日午前11時に完了しました。

※(3号機)高圧注水系が自動停止し、原子炉隔離時冷却系の再起動を試みたも
 のの、起動ができず、非常用炉心冷却装置についても注水流量が確認できない
 ため、本日午前5時10分に、原子力災害対策特別措置法第15条第1項の規定に
 基づく特定事象(非常用炉心冷却装置注入不能)が発生したと判断し、午前5
 時58分に通報しました。
 また、安全の確保を目的に、原子炉格納容器内の圧力を降下させる措置(放射
 性物質を含む空気の一部外部への放出)を行うため、ベント弁の操作を行い、
 本日午前8時41分に完了しました(9時20分にベントが成功)。
 その後、午前9時25分に、中性子を吸収するホウ酸を含んだ水を、消火ポンプ
 により原子炉に注入しました。
 また、長時間にわたり、圧力容器の水位が上昇していない状況や、建屋内の線
 量が上昇している状況などをふまえると、3月12日に1号機で発生した事象と
 同じことが起こる可能性も否定できず、それを未然に防ぐ施策の検討を重ねて
 おります。
※今後、安全の確保に全力を尽くしてまいるとともに、引き続き周辺環境のモニ
 タリングを継続・監視してまいります。


・福島第二原子力発電所 1~4 号機 地震により停止中

※福島第二原子力発電所の半径10km以内の地域住民に対して、国より避難指示
 が出されております。
※安全を確保するため、原子炉格納容器内の圧力を降下させる措置(放射性物質
 を含む空気の一部外部への放出)の準備を行うことといたしました。
 この措置は、1号機、2号機、4号機において実施することを検討しており、
 関係行政機関へもその旨を通報、連絡しております。
※3号機については、午後0時15分に「原子炉冷温停止」状態となっております。


・柏崎刈羽原子力発電所 1、5、6、7号機は通常運転中
 (2~4号機は定期検査中)


【火力発電所】
・広野火力発電所 2、4号機 地震により停止中
・常陸那珂火力発電所 1号機 地震により停止中
・鹿島火力発電所 2、3、5、6号機 地震により停止中
・大井火力発電所 2号機 地震により停止中(3号機は復旧済み)
・東扇島火力発電所 1号機 地震により停止中

【水力発電所】
・すべて復旧済み

【流通設備等への影響】
地震により、当社の変電所は4カ所が停止中
・那珂変電所 地震により停止中
・新茂木変電所 地震により停止中
・常磐変電所 地震により停止中
・水戸北部変電所 地震により停止中

【当社サービスエリアにおける停電状況】
・合計 約26万軒が停電中
  東京都 :    0軒
  神奈川県:    0軒
  栃木県 :  7,366軒
  千葉県 :   301軒
  埼玉県 :    0軒
  群馬県 :    0軒
  茨城県 : 247,853軒
  山梨県 :    0軒
  静岡県 :    0軒(富士川以東)

【当社サービスエリアにおける電気の安定供給確保にむけた取り組み需給状況】
・新信濃変換所からの応援受電 60万kW
・佐久間変換所からの応援受電 30万kW
・東清水変換所からの応援受電 10万kW
・北本連系設備からの応援受電 60万kW
・電気の復旧については全力を挙げて取り組んでおりますが、本日につきまして
 も、極めて厳しい電気の需給状況が予想されます。何とぞ、広く皆さまの節電
 へのご協力をいただきたく、お願い申しあげます。

【その他】
・切れた電線には絶対にさわらないでください。
・また、漏電による火災防止のため、自宅を離れる際には、分電盤のブレーカー
 を下げて外出してください。
・自家発をお持ちのお客さまにつきましては、燃料の確保等をお願いいたします。

                                 以 上








東北地方太平洋沖地震の発生により生じた東北関東大震災について 【ファイルG73】 2011.03.13 

【ファイルG73】 2011.03.13 東北地方太平洋沖地震の発生により生じた東北関東大震災について

 今回の東北地方太平洋沖地震の発生により生じた東北関東大震災において、犠牲となられた方に対しまして、衷心よりお悔やみ申し上げますとともに、罹災された方には心よりお見舞い申し上げます。

 また、いまだに孤立し救援を待たれておられる方もいらっしゃるかと思いますが、一刻も早い救助をお祈りいたします。

 寒くて不自由な避難所生活、大変でしょうが健康にはくれぐれもご留意下さい。

 懸命に救助に当たられている自衛隊、レスキュー、警察、医療関係者の方々、避難所等で救援業務に当たられている行政・関係者の方々、復旧に当たられている工事関係者の方々、物資の輸送に当たられている方々、今回の地震の関わる業務に当たられている全ての方々のご努力に敬意を表しますとともに、くれぐれも事故の無いようにお祈りいたします。

 マスメディアの方々におかれましては、情報が錯綜し、危険な現場での取材大変だと思いますが、正確な報道をよろしくお願いいたします。

 地震発生後ネット上において、罹災地の方々の不安を煽るような、心ない書き込みが散見されます。

 このようなデマに惑わされないよう、注意しましょう。

 今回、地震発生と同時に、津波の危険について報道、公報がなされ、これによって高台に避難することによって救われた命も多かったと思います。

 ただ、低地部が広がり、適当な避難場所が近くに無いような地域での被害が多かったと推測され、これについては、何らかの対策が立てられたのではないかと悔やまれて成りません。

 奥尻島での津波の教訓をもっと生かせなかったのでしょうか。

 今回の地震は、関東東北北海道樺太地方が乗っている北アメリカプレートと、太平洋プレートとの境界で発生しました。

 下の地図は、静岡県地震防災センターHPより





 他方、近年大きな懸念となっている東海・東南海・南海地震は、北アメリカプレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートと太平洋プレートの4つのプレートの違った場所の境界に溜まったエネルギーで発生します。

 ですから、今回の東北地方太平洋沖地震の発生によっては、東海・東南海・南海地震の発生する可能性については、何等減じていないのです。

 まず、今回の地震における救援・復興について国を挙げて最優先に行うということについては論を待ちませんが、東海・東南海・南海地震の対策についても、早急な再検討が必要だと思います。

 今回の地震は決して対岸の火事ではないのです。









恩賜上野動物園にいたクロシロエリマキキツネザルさん 【ファイルC218】2011.03.10 

【ファイルC218】2011.03.10 恩賜上野動物園にいたクロシロエリマキキツネザルさん

大声で吠えていたねえ。

 上野動物園の記事もまだあります。
 上野はパンダさんが来たので、公開が待ち遠しいのですが、他にも観ていて楽しい動物が沢山います。

 さすがは日本一の老舗(しにせ)動物園です。

 今回はクロシロエリマキキツネザルさんです。

 お猿さんはチンパンさんやウータンさんも見ていてとても楽しいのですが、人間に似ている分、群れの序列なんか少し身につまされる部分があります。

 その点、逆に人間から離れている原猿類の方が心安らかに見ることができるのですね。

 それで、クロシロエリマキキツネザルさんです。





 こんにちは。

 なんか、こういうお顔を見たことがあるねえ。人間にもいそうなお顔です。

 ムーミンに出てくるヘムレンさんにも似ているし・・・。

 この角度からだと可愛いねえ。





 キツネザルはマダガスカル島だけにしかいない原始的なサルの仲間です。鼻先からくちびるにかけて毛がなく、イヌのように鼻先が湿っているのが特徴で、その名のとおりキツネに似た顔をしています。





 眠そうなお顔でこっくりこっくり。





 目が大きすぎて、完全に瞼(まぶた)を閉じることができないのかな?

 漆黒と純白の毛並みがとても綺麗です。

 金色のお目目が真ん丸だねえ。





 エリマキキツネザルは、キツネザルのなかで最も大きい種で、白と黒のほかに何種類かの毛色の組み合わせがあります。サルの仲間の声とは思えないほど大きな鳴き声を出します。

 本当にうるさいくらい大きな声で吠えています。





 大きなお目目が飛び出しそうだねえ。

 クロシロエリマキキツネザルさんは、マダガスカル島東部の森林にお住まいです。

 霊長目 キツネザル科で、体長55~60cm、尾長57~65cm、体重3.3~4.5kgのお猿さんです。

 主に早朝や夕方に活動します。マダガスカル島のお昼は暑いからねえ。

 果実や花の蜜が主食で、少量の葉や種子も食べます。

 上野動物園では、バナナやりんごなどの果実、さつまいも、ゆで卵などをあたえています。

 ゆで卵が好きだなんて、板東英二さんみたいだねえ。

 群れの大きさは季節により2~16頭で、大きな鳴き声とおしりにある臭腺のにおいで仲間とコミュニケーションをとります。他のほとんどのキツネザルと違いしっかりした巣を作り、出産します。

 最後にご挨拶。





 さようなら、元気でね。

 少しうるさいけれど、皆さんに「会いにきてね」ってアピールしているのかもしれませんね。







プロフィール

眼とろん星人

Author:眼とろん星人
FC2ブログへようこそ!

年別アーカイブ一覧

訪問者カウンダ―

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR