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マッコリは戦後闇市犯罪密造酒の象徴  【ファイルE6】2011.11.30 

【ファイルE6】2011.11.30 マッコリは戦後闇市犯罪密造酒の象徴

なんで今更捏造ブーム?

終戦直後の日本。当時は在日朝鮮人が工業用のメチルアルコールで製造した劣悪な密造酒が出回り、多くの人が文字通り『目散るアルコール』で失明したり、亡くなったりしたという話を聞いたことがあります。

焼け野原になった終戦直後の日本。在日朝鮮人は、日本に併合されていて本来は敗戦国民であるはずなのに、『自分たちは戦勝国民だ』と威張りだし、傍若無人で、日本人のことを人とも思わず、乱暴狼藉を働きました。


日本の警察は占領軍によって骨抜きにされ、拳銃の携行さすら許されずに、全く取り締まることができません。


貧しかった当時の日本で、朝鮮人は闇市でも幅を利かせ、密造酒も大きな収入源でした。

GHQは、占領当初は日本人に差別抑圧された民族ということにして、アメリカ軍の進駐は解放軍だという宣伝のために朝鮮人を増長させます。


その結果、やはり敗戦利得で大威張りを始めた日本の左翼勢力と結託した在日の人達は暴動・騒乱事件を引き起こし日本の治安は大いに乱れます。

さすがに彼らの無軌道ぶりは目に余り、ついにGHQは『戦勝国民でもなければ、敗戦国民でもない』、日本の敗戦まで日本に併合されていた朝鮮人と日本の植民地だった台湾人を『第三国人(third nationals)』と定義し、その治安対策を講じました。


以前、石原慎太郎氏が『三国人』という言葉を使用したとき、メディアは大いにこれを『民族差別だ』と叩きましたが、『三国人』は差別語でも何でもない行政用語なのです。

在日の人達は自分たちの犯した犯罪行為を歴史から隠蔽し、「差別だ差別だ」とことあるごとに大騒ぎするのです。


それで、マッコリの日本における歴史的な流れを御紹介しましょう。

 【『ザ・在日特権』野村旗守・宮島理・李策・呉智英・浅川晃広ほか著 宝島社 宝島社文庫 P203より】

 ※  ※  ※

「終戦直後の空白時を利用して、主として第三国人の手によって活溌に製造され、恐るべき『殺人焼酎』の出現を醸(かも)し、メチールによる死亡事件を随所に齎(もたら)した」


 一九五五年、警視庁防犯課経済係の田中秀一警部は、同庁外郭団体発行の『自警』八月号に「恐るべき密造酒はかく流れている」と題したレポートを寄せて、こう指摘している。彼の言う、「殺人焼酎」とは、工業用アルコールを薄めただけの危険な密造酒で、俗に「ばくだん」と呼ばれていたものだ。

 (中略)

 明治三十二年に自家用酒の製造が法律で禁じられて以降、地方の農家で「どぶろく」や焼酎が細々と造られる以外、日本には酒を密造する習慣はなかった。戦時中にも、配給酒の横流しはあっても密造はほとんど行われていない。

ところが、敗戦後の混乱期に密造の弊風が全国的に蔓延。都市や炭鉱地などで失職した朝鮮人を中心に集団密造部落が形成され、もっぱら販売用の酒を、白昼公然と大規模に製造。五〇年代初めまでは、密造酒の生産高が正規酒のそれを倍近く上回った――――――。


 上野コリアンタウンの来歴

 具体的な例を見てみよう。たとえば『朝日新聞』五七年十一月十日付夕刊に、次のような記事が載っている。

 〈【御徒町で密造酒手入れ】 東京上野署は東京国税局と協力して十日朝八時、台東区御徒町三―三十二通称「親善マーケット」内の飲食店など二十二ヶ所を酒税法違反の疑いで捜索、密造酒九升二合、ドブロク八斗一升、密輸洋酒四十六本、コウジ九合などを押収「百万両食堂」の経営者李東満(四十八)「大門食堂」の経営者林貴葉(四十二)を同容疑で捕えた〉

 ここでいう「御徒町三丁目」は、現在では東上野二丁目に改められている。焼肉店や韓国食材店が軒を連ねる「キムチ横町」の名で知られる一角だが、地元には今でも、戦後の朝鮮人闇市「親善マーケット」の名で呼ぶ人がいる。

 当時、上野駅前には都内の主要な闇市のひとつである“青空市場(のちのアメ横)”が広がっていた。

 (中略)

  当時、販売用の密造酒の約四割は、ニス原料に使う工業用アルコールからベンゾールを除去して造った焼酎だった。ほかにも、これに調味料、香料などを適当に加えた合成清酒、合成ウイスキー、さらには液化炭酸ガスを加えた「偽ビール」もあった。

しかし当然のことながら、正規の酒の生産が回復するにつれて、これら『まがいもの』は市場から淘汰されていく。


そんななかでも根強く生き残った“最後の密造酒”が、「安くて早く酔えて腹持ちがいい」として日本人にも好まれた朝鮮風のドブロク「マッコリ」だった。


 ほんのひと昔前まで、キムチ横町は旨い“自家製”マッコリが飲めることで有名だった。

今ではさすがに“自家製”は姿を消したが、韓国製のメーカー品なら、焼肉屋や韓国料理屋に行けばどこでも手軽に飲むことができる。


 ※  ※  ※

つまり、『“最後の密造酒”=「安くて早く酔えて腹持ちがいい」として日本人にも好まれた朝鮮風のドブロク「マッコリ」』がマッコリなのです。


密造酒と言えば思い出すのが、アメリカの禁酒法時代に密造酒で大もうけしたアメリカギャングの大ボス、アル・カポネ。

密造酒って儲かって闇社会の大きな資金源になるので、日本でも法律で厳しく取り締まっているのですね。


ところで、電通が捏造した韓流ブームに便乗したサントリー酒類(株)は、微炭酸タイプの缶入りマッコリ「ソウルマッコリ 350ml缶」を今年3月22日(火)から全国で新発売しました。


 テレビCMでは、女性にもお勧めのお洒落な酒として猛烈な販売促進を展開しているのは皆さんご承知の通りです。

 電通が作った、サントリーのHPでのソウルマッコリの歌い文句だと、ほらこの通り。


 ※  ※  ※

 ふって、すっきり、マシッソヨ。
 やわらか微炭酸が、新しい。

 マッコリは、やさしい甘みとすっきりした飲みやすい味わいが特長の、韓国伝統のお酒です。マッコリの特長である乳酸由来のやさしい甘みとともに、独自技術を活用し、日本人の嗜好にも合う、“生マッコリ”※のような微炭酸のすっきりとした爽快な口当たりを実現しました。
マッコリを初めて飲む方にも、親しみやすい口当たりです。

 ※生マッコリ:発酵由来の炭酸含有による爽快な味わいで韓国では主流のマッコリです。
 賞味期限が短く品質管理が難しいことから、日本ではあまり流通していないのが現状です。

 ※  ※  ※

『賞味期限が短く品質管理が難しいことから、日本ではあまり流通していないのが現状です』ってねえ。かつて日本では犯罪密造酒として沢山流通してたんだよ。とにかく物が手に入らない時代に、安くて早く酔えて腹持ちが良いから、アルコールなら何でも良かった口卑しい酒飲みが好んだ、犯罪密造酒『朝鮮風ドブロク』が『マッコリ』じゃないですか!


敗戦後焼け野原になり、食うや食わずの状態の日本に居座り、戦後闇市で盗品や、密造酒を売り私腹を肥やした在日朝鮮人の不法の象徴が『マッコリ』なのです。


 それで、こうやって、電通によって捏造された韓流ブーム、マッコリブームの最中、こういう記事が掲載されました。

 ※  ※  ※

マッコリ密造おばさん摘発 コリアタウンで評判の味、売り上げ1千万円超

2011.7.21 14:19 産経ニュース

 韓国の伝統酒で、日本でも近年ブームになっている「マッコリ」を自宅で密造し、飲食店などに販売していたとして、大阪国税局が酒税法違反(酒類の無免許製造)の疑いで、大阪市生野区在住の60代の主婦を摘発していたことが21日、分かった。主婦の密造したマッコリは「おいしい」と評判を呼び、在日韓国・朝鮮人らが多く暮らす生野区内の「コリアタウン」の飲食店を中心に、多くの取引があったとみられる。

 マッコリは終戦後、一部の在日韓国・朝鮮人の間で製法が受け継がれていたとされるが、密造の摘発は最近では珍しいという。

関係者によると、主婦は長年にわたって自宅で税務署長の製造許可を受けずにマッコリを密造。生野区内の焼き肉店や韓国料理店を中心に過去数年で十数キロリットル販売し、1千万円以上の売り上げがあったとされる。主婦と取引した店側は、主婦が無免許だったことを認識していなかったという。


 国税局は、主婦の自宅の様子などから、マッコリを密造している疑いが強いと判断。平成22年11月に家宅捜索に踏み切り、主婦は密造を認めた。

 酒税法に基づき、国税局は罰金約80万円を支払うよう主婦に通告。さらに、密造酒の販売に伴う所得も申告していなかったため、酒税や所得税など計百数十万円を追徴課税したもようだ。主婦は今年1月に罰金を納付し、納税も済ませたとしている。

 産経新聞の取材に対し、主婦は「すでに罰金の支払いも納税も済ませて解決した話。現在は(密造は)やめて、静かに主婦をしている」と答えた。

 【用語解説】マッコリ

 朝鮮半島伝統の醸造酒。コメを主原料とするにごり酒で、日本のどぶろくと製法が似ており、小麦などを添加することもある。アルコール度数は6~8%程度で、乳酸菌が多く含まれており、甘みとほのかな酸味がある。韓国では人気が一時低迷したが、近年は日本でのブームが逆輸入される形で注目を集め、人気が回復している。 

 ※  ※  ※

マッコリ密造おばさんの一家は、戦後マッコリの密造で一儲けして、その後密造酒の取り締まり強化で表向きの販売は自粛して、細々と隠れて売っていたのが、折からのマッコリブームで評判になったため、目立つほど売り上げてしまったものだから、税務署に目をつけられて御用になったというのが本当のところなのでしょうね。


ところが、大手メディアにおいて、この事件に対するこういうごく当たり前の文脈による解説は、私の知る限りではまったく見られませんでした。


日本のマスメディアは本当に愚劣です。


それにしても、この記事でのマッコリブームの火付け役『電通』と深い仲の産経の腰の引け方が笑えます。

マッコリが戦後闇市で在日によって大々的に売られていた密造酒だったという歴史を覆い隠して、『マッコリは終戦後、一部の在日韓国・朝鮮人の間で製法が受け継がれていたとされる』という文章は、一体何なのでしょう?


また、『密造の摘発は最近では珍しいという』って、敗戦直後は在日による密造の摘発が多かったことは隠蔽ですか。


 『韓国では人気が一時低迷したが、近年は日本でのブームが逆輸入される形で注目を集め、人気が回復している』というのが、興味深いですね。

マッコリは、不味いので日本どころか、韓国でも「麹臭い安酒」として見捨てられていたのです。それを電通が韓流ブームを捏造して、日本で流行り、それが韓国人の愛国心に火を付け、逆輸入の形で本国でもブームになったのですね。


 ということで、マッコリについてでした。


【ファイルBM1】2013.09.06 朝鮮人犯罪密造酒の象徴マッコリを朝鮮古来の酒と捏造宣伝販売したサントリーの売国行為(その1)。はこちら ↓

https://metoronjr7.fc2.net/blog-entry-1087.html







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防衛省市谷ツアーに参加したよ(その9) 【ファイルET50】2011.11.26 

【ファイルET50】2011.11.26 防衛省市谷ツアーに参加したよ(その9)

日本に難題をふっかけ、開戦に追い込んだハル・ノート(下)。

(上)からの続きです。
(上)はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52811305.html

 それで突きつけられたのが、最後通牒のハル・ノート(11月27日来電)。これはアメリカの日本に対する実質的な宣戦布告です。

 ハルノートはこちら、
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52689480.html

 ハル・ノートには、日本への石油輸出について全く触れず、一方的にアメリカ側に都合の良いことばかりを列挙しています。

 なかでも、日本が絶対に譲れなかったのは、以下の点です。

① 日本の陸海軍および、警察隊も含めて満州を含む支那全域と印度支那(インドシナ)から無条件に撤兵しろ。

 
 まず、満州は、女真族(満州族)の国なので、支那とは無関係です。

 当時の満州は、日本の保護によって、治安が保たれていました。もともとは馬賊匪賊(ばぞくひぞく)の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する無法地帯だったのです。ところが日本軍により安心して暮らせるようになったので、支那人も大量に流入していたのです。

 ここから陸海軍どころか、警察さえ撤退すると、満州は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄と化します。

 日本の敗戦前後、ソ連軍が進軍してきて、満州が阿鼻叫喚の地獄になったという歴史的事実はこれを証明しています。

それから、日本は印度支那に進駐していましたが、なぜかというと、英米が蒋介石に軍事物資を援助していたルート(援蒋ルート)を分断するためです。


 写真は、広西省と仏領印度支那との国境ドンダンに集結した援助物資満載のトラック。(昭和15年1月撮影)





  日本は支那の民間人を巻き込んだ対日テロが原因で起きた支那事変の収束を図るため進軍し、ついに、南京を占領しました。首都を占領した以上、支那事変は収束するはずでした。

 支那事変の収束は日本国民の悲願でした。

 普通、首都が占領されれば、降伏をして武力衝突は終わりです。

 南京を攻略した日本人はやっとさこれで支那事変は終わったと大喜びをして提灯行列をしました。心から大陸での紛争が終わって欲しいと願っていたのです。

 ところが、蒋介石は無責任にも首都の市民、軍隊を放り出し混乱に陥れ、逃げ出した上重慶に立て籠もり、反日テロ活動をやめません。

なぜ、これほどまでに敗軍の将である蒋介石が日本に対し抵抗できたかというと、英米が、中立を破り、軍事物資を支援したからです。英米は蒋介石テロの支援国家だったのです。


 日本は勝手に進駐したのではなくて、当時のフランス政府と条約を結び、平和的に駐兵しているのです。

 そもそも日本が交戦中の軍隊に支援物資を送り、日本の印度支那進駐の原因を作ったアメリカが、どの口で日本の即時撤兵を要求するのでしょうか? 


② 満州国を否認しろ


 その当時、満州国を承認している国がヨーロッパを含めて数十カ国に及んでいました。これをアメリカ一国の一存で否認しろと言うのです。
 
 それでは、日本が立てた皇帝はどうなるのでしょう。

 これにはアメリカは一切答えません。では、支那とは全く無関係な満州は支那に侵略されて良いのか、そうなると、満州族は滅亡していいのか、それについてアメリカは全く考慮に入れていません。

 事実、現在満州は中華人民共和国に侵略され、満州の文化・民族はほとんど滅亡されるに至っています。

③ 南京国民政府を否認しろ


 南京政府は日本軍に応じて、汪兆銘(おうちょうめい)が命がけで重慶を脱出して樹立した政権です。

 その動機は、日本占領下でも支那国民を代表する政府を樹立し、対日和平を実現することが支那の安定をもたらすという愛国心によるものであるということは明白でした。

 それを否認して、武力によるテロで支那全土を混乱に陥れている重慶政府のみを認めるということなど、信義にもとる行為ですし、蒋介石を増長させ、勢いづかせ、支那事変の終結収束は不可能となり支那全土が混乱に陥るので、できるわけがありません。

最後の三国同盟の死文化ですが、これについては、日本側は甲案において、日本が三国同盟を締結しているからといって、『我方に於て自衛権の解釈を濫(みだ)りに拡大する意図なきことを更に明瞭にする』と米国に理解を求め『帝国政府(日本)の自ら決定する所に依りて行動する』ものであるから、アメリカと敵対するものではないと名言しているので、これは解決済みです。


ところが、これだけ妥協を重ねた日本に対し、ハル・ノートでこれだけの無理難題をふっかけながら、アメリカは日本を兵糧攻めにして戦わずして敗戦に追い込む石油の禁輸について一切触れていないのです。


かくして、日本は開戦に追い込まれました。


石油がなければ、ゼロ戦も飛ばないし、戦艦大和も動きません。


戦うことなく日本はアメリカの植民地になり、日本人はアメリカ人の奴隷です。


 つまり、ハル・ノートを受け入れたなら、日本は丸裸になり、即時にアメリカ、中華民国、ソビエト連邦に侵略され、満州、朝鮮半島が阿鼻叫喚の地獄と化すのは必定だったのです。

 東条英機首相の自身の肉声による大東亜戦争開戦についての説明。



 うまく観られないときはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=2H63kaj_4ac&feature=related

 東条英機首相は、この記事に書いてあることをしっかりと主張しているではないですか。

 どうです?本当に日本人は、狂気にかられて侵略戦争をしたのですか?

 当時の日本人はそれを知っていたから、軍部の弱腰を批判し、日本が開戦すると大喝采だったのです。

 大東亜戦争 開戦臨時ニュース



 うまく観られないときはこちら。


 この画像の最後に「過去の不幸な過ちを忘れてはならない」というテロップが入っていますが、冗談じゃありません。この台詞は米英支蘭が自戒するためのものでしょう。

何も、当時の日本人が愚かだったので、軍人や政府にだまされて戦争に突入して分けではないのです。


 と言うことで、次に続きますね。

 次回はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52859906.html






防衛省市谷ツアーに参加したよ(その8) 【ファイルET49】2011.11.26 

【ファイルET49】2011.11.26 防衛省市谷ツアーに参加したよ(その8)

日本に難題をふっかけ、開戦に追い込んだハル・ノート。(上)

 防衛省ツアーの市ヶ谷記念館大講堂の記事の続きです。

 その1から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52534735.html

 前回は『日米交渉・日本側最終提案 甲案・乙案全文』を紹介しました。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52723172.html

 前々回は『ハル・ノート』全文を紹介しました。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52689480.html

  今回は、これらの資料の持つ意味を解説しましょう。

 『甲案の右説明』にはこうあります。

 『案三題中二問題に関しては全面的に米側主張を受諾せるものにて最後の一点たる駐兵及撤兵問題に付ても最大限の譲歩を為せる次第なり右は四年に亙(わた)る事変に依り帝国の甘受せる甚大なる犠牲に徴し決して過大の要求にあらず寧(むし)ろ甚だ小に過ぎたるものにして此の点は国内政治上も我方としては此の上の譲歩は到底不可能なり依て米側をして右を諒解せしめ本案に依り速(すみや)かに交渉妥結に導く様切望す』

つまり、日本側の認識ではそれまでの交渉で、最大限の譲歩をし、アメリカ側の主張を全面的に受け入れ、あとは支那に駐留していた日本軍の撤兵問題だけということだったのです。


 ところが、さらに日本は乙案で、

 『一、必要に応じ本に取極(とりきめ)成立せば日支間和平成立するか又は太平洋地域に於ける公正なる平和確立する上は日本軍隊を撤退すべき旨を約束し差支(さしつかえ)なし』

 と日米交渉が妥結し、『日支間和平成立する』か、『太平洋地域に於ける公正なる平和確立』すれば、日本軍隊を撤退すると言っているのです。

 つまり、日本側の認識では、日本の石油備蓄が僅かになり、このまま石油の禁輸が続くと12月初旬までに開戦しなければ、日本は戦うことなく敗戦を迎えるというぎりぎりの状況で、ここまで妥協をしていたのです。

 乙案の

『三、日米両国政府は相互に通商関係を資産凍結前の状態に復帰すべし米国政府は所要の石油の対日供給を約す』というのは、日本の悲願だったのです。

 この条件をアメリカが飲まなければ、日本は戦うことなく滅亡し、欧米列強の植民地になり、日本人は奴隷労働を強いられるのです。

 その時の心境を首相だった東条英機氏は東京裁判の宣誓供述書でこう述べています。

 【東条英機 歴史の証言 ―東京裁判宣誓供述書を読み解く― 渡辺昇一 祥伝社文庫P332より】

 ※  ※  ※

一〇五、   これより先、我国では同年十一月二十二日政府統帥部の連絡会議を開催し、日米交渉等につき審議を行いました。

 そして日米交渉のその後の経過よりその成立は極めて困難なる雲行であるとの印象を受けましたが、しかし、政府としては、なお希望を捨てず、次の二つの場合を予想して之に対応するの研究を遂げて居ったのであります。

 その一つは米国が日本の要求を全面的に拒否してきた場合、その二つは米国が日本の要求、殊に石油の取得につき緩和して来た場合であります。

 第一の場合には十一月五日の御前会議の決定に基き行動する外(ほか)はない。

 第二の場合については日本としては直ちに之に応ずる具体的の要求を提出すべきである。
此の場合石油を米国より合計六百万噸(トン)を要求しようと決定したと記憶します。


 ※  ※  ※

 『第一の場合』の『十一月五日の御前会議の決定』というのは、交渉が決裂して石油が入らなければ、石油の備蓄量から見て日本がぎりぎり戦争の遂行が行えるタイムリミットである12月初旬に対米開戦をするという決定です。

日本政府は、やはり石油がのどから手が出るほど欲しかったのです。アメリカが600万トンの石油を売ってくれれば、とりあえず開戦は回避できたのです。

 
 アメリカは最初から日本を開戦に追い詰めるつもりだったので、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)。兵糧攻めで日本が干上がれば戦うことなく勝ちですから、悠然と時間稼ぎをして、妥協に妥協を重ねた日本政府の交渉要請から逃げ回ります。

 そもそもアメリカはドイツに敗戦一歩手前だったイギリスを救うようにチャーチルからせっつかれており、また、アメリカの金融を牛耳っているユダヤ人からも、強い圧力があったので、早く対独開戦をしたかったのです。

 ところが、ルーズベルトは選挙公約で「みなさんのご子息が戦場で血を流すようなことはしない」と明言していたのです。

 それで、アメリカ大統領で禁じられていた三選を果たし、大統領になったわけです。

 公約違反をしても何とも思わない日本の政治家と違い、アメリカでは公約違反は許されないのです。

 ですから日本を開戦に追い込んで先に手を出させ、アメリカ世論を動かし、対日戦争を行い、それに乗じて対独戦争をしようとしていたのです。

 ハル・ノートの原案を見たルーズベルト大統領はこうメモしています。

『日本がこれを受け入れる可能性は殆どないだろう。すぐにでも起きるだろう災いに備えなければならない』


 スチムソン陸軍長官はハル・ノートを提示する前日の会話を日記にこう記しています。

『大統領は、日本は無警告攻撃で悪名高い。アメリカは来週月曜にも攻撃を受ける可能性があると注意を促した。問題は大きすぎる危険を避けながら日本をどう誘導していくかだ。最初の一発を撃たせるように・・・』


 スチムソン陸軍長官は、『日本の先制攻撃がアメリカ世論をまとめるために望ましかった』と証言しています。

 ルーズベルトのメモに関する画像はこちら。


 うまく観られないときはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=YR4zXcwrGlY&feature=related


葛西臨海水族園のウミガラスさんは日本にお住まいのペンギンさん? 【ファイルC231】2011.11.22 

【ファイルC231】2011.11.22 葛西臨海水族園のウミガラスさんは日本にお住まいのペンギンさん?

オロロン鳥とも呼ばれているねえ。

 今回はウミガラスさんです。
 
 こんにちは。





 波にちゃっぷちゃっぷ浮かんでいるねえ。
 
 陸に上がったらば、ほら、この通り。





 うへえ、ペンギンさんみたいだよお。

 でもウミガラスさんはペンギンではありません。ペンギンさんとちがって、空を飛べるからです。

 北半球には基本的には野生のペンギンさんはいません(ガラパゴスペンギンさんの生息地が、一部わずかに北半球にもはみ出しているようですが)。

 ウミガラスさんは、チドリ目・ウミスズメ科に分類される海鳥の一種で、現生のウミスズメ類の中では大型の種です。

 体長40cm,体重1160gでカナダ西海岸から日本沿岸にかけてお住まいです。

 得意げに羽根をパタパタ。





 ここの人達は、飛んだらガラスに激突するので、風切羽は切ってあって飛べないはずです。

 でも、天敵がいないからのんびり暮らせるねえ。





 羽繕いをしてあげています。





 羽繕いより餌ちょうだいよお。お腹空いたよお。





 だったら、はい。





 仲良しさんだねえ。

 右の人はひな鳥なのか、卵を温めている奥様なのかよく分かりません。

 水中では翼で羽ばたいて泳ぎ、水深50m(最深記録180m)を3分間ほど潜水できるんだよ。

 潜水してイカ、シシャモら稚魚,イカナゴ、カジカ、ギンポなどを獲って食べます。

 雛に給餌する時は、半分のどに入れた状態で繁殖地へ戻って与えます。

 泳ぐのは得意なのですが、ペンギンさん同様陸上を歩くは苦手なんだねえ。


 繁殖期には無人島や陸生の捕食者が近づけないような崖や崖の上に集団でコロニー(集団繁殖地)を作ります。

 巣を作らず岩や土の上に直接1個産卵し、卵が失われた場合1度だけ産み直すことがあるそうです。

 卵は「洋ナシ型」をしているため、たとえ転がっても断崖から落ちにくくなっています。

 平均抱卵日数は33日。

 ヒナは、生後平均21日間は繁殖地にとどまり、親鳥の半分くらいの大きさでまだ飛べないうちに繁殖地から飛び降り巣立ちしますが、その後引き続き2ヶ月、海上で親鳥の世話を受けます。

 卵や雛の捕食者は大型カモメ類、カラス類で、親鳥の天敵は猛禽類、海獣、陸生ほ乳類なので、とても厳しい環境に晒されています。

 日本周辺では樺太の海豹島(かいひょうとう)に16-18万羽、海馬島(かいばとう)に520羽、ハバロフスク周辺に600-700つがい、北方領土の歯舞群島(はぼまいぐんとう)に1484羽が分布し、冬期には本州の北部まで南下します。

 かつては北海道羽幌町天売島(てうりとう)、松前町渡島小島(おしまこじま)、ユルリ島、モユルリ島で繁殖し、オロローン オロローン、ウルルーンなどと鳴くので『オロロン鳥』と呼ばれていました。

 しかしながら、漁網による混獲、観光による影響、捕食者の増加、エサ資源の減少などにより数が減少したと考えられているそうです。

 2004年から2010年で繁殖の成功は2008年の3羽のみで、国内の繁殖地が失われる危機に瀕しています。

 2010年には天売島で19羽が飛来し、数つがいが繁殖するのみでした。


 数が増えない原因の一つは、ハシブトウミガラスやオオセグロカモメによる卵や雛の捕食によるものです。

 ハシブトウミガラスさんやオオセグロカモメさんたちは、近年漁業や人間の廃棄物を餌にして数を増加していているんだって。

 ハシブトウミガラスさんやオオセグロカモメさんが増えるのはいいけど、そのおかげでウミガラスさんが増えないんだねえ。

 やはり自然はバランスが大事なのですね。

 海鳥さんらしい泳ぎっぷりです。





 湯加減はどうだい?良い湯加減だよ。





 うへえ、温泉じゃないよお。

 最後にお澄まし。





 さようなら、元気でね。





マクドナルドKBQバーガーは日本差別の売国バーガー 【ファイルE6】2011.11.19 

【ファイルE5】2011.11.19 マクドナルドKBQバーガーは日本差別の売国バーガー

誰が食べるかあんなもの!

 マクドナルドHPにはこうあります。







KBQバーガーは“韓国を代表する肉料理『プルコギ』とマクドナルドのおいしさが出会ったオリジナル韓国風バーガー”だって。


それにしても、韓国の人や在日の人に「焼き肉はバーベキュー(BBQ)と何処が違うの?」って聞くと怒り出します。


なんと『焼き肉』は韓国が世界に誇る肉料理なのだそうです。


別にフライパンで焼こうが、網で焼こうが、串に刺して焚き火で焼こうが、あれは『料理』と言うより、『肉の調理法』です。


『はじめ人間ギャートルズ』に出てくる原始人のゴン君ですらマンモスの『焼き肉』くらい食べているんですから。


そもそも、今ある『焼き肉』のスタイルは、戦後大阪の在日朝鮮人の方が日本で食べたジンギスカン料理からヒントを得て作ったもので(食道園)、肉を前日から漬け込んでおき、鉄なべで野菜などと焼いてから客席に運ぶという、それまでの『韓国の焼肉』とは別物です。


以前、テレビで、ユンソナさんが、「本場韓国の焼き肉は野菜が中心で豚肉を焼くもので、日本では牛肉を焼くのが不思議だった」と『自慢げ』に言っていました。


韓国の人はもともと牛肉なんて食べなかったのです。


韓国における肉食文化は、日韓併合前は、赤犬を食する程度で、味付けも簡素なものでした。


日本人が韓国料理と称する『プルコギ』食べるとすき焼きに似た料理と感じますが、あたりまえです。あれは日韓併合時のすき焼きの影響でできた料理なのですから。


韓国における牛肉消費量は1980年代までわずかな量でしたが、

1988年のソウルオリンピック開催に伴って経済が発展したことで大きく増加しました。


韓国の牛肉輸入自由化は2001年なのです。


だから、ユンソナさんが、日本の牛の焼き肉をみて驚いたのもうなずけます。


現在の韓国における牛肉の7割はアメリカ産牛で、自国で、牛肉品種改良が進んでいない事からも、韓国=牛の焼肉が全くの歴史の捏造ということが分かります。


あれは牛という素材が美味しければ、美味しいわけで、焼くのはズブの素人の客です。


人件費が安く上がり、客の回転が良いので、勝手に客に焼かせているだけの料理です。


ですから、牛肉が美味しい日本で出される『焼き肉』のほうが『本場(?)韓国』のものより美味しいに決まっているのです。


韓国のポップ・グループ『少女時代』のジェシカさんが、NHK音楽番組『ミュージックジャパン』で好きな日本の食べ物について尋ねられ「焼き肉」と答えたので、本国の韓国人が怒ったこと怒ったこと!


『焼き肉は、日帝強制占領期間に日本に渡った在日同胞から生まれた日本式プルコギだ』そうで、「日本の芸能人が『好きな韓国料理は寿司』と言うのと同じ」「日本料理は多いのに、なぜよりによって焼き肉なのか」・・・。


本当に面倒臭い人達なのです。


せっかく歴史を捏造してまででっちあげた『韓国の代表的な肉料理』である『焼き肉』や『プルコギ』を韓国(在日)の人がわざわざ『韓国風バーベキュー』などというはずがないのです。


そもそも韓国風バーベキューバーガーなら、“KBQバーガー”でなくて、“KBBQバーガー”です。


“韓国を代表する肉料理『プルコギ』とマクドナルドのおいしさが出会ったオリジナル韓国風バーガー”なのだったら、『プルコギバーガー』にするはずです。


『プルコギ』は韓国人の誇りなのですから。


【参考】過去のメニューでの類似商品名を並べると

かるびマック、マック牛鍋パン、ビーフ味つけバーガー、イタリアンチキンフィレオ、アジアンダブルマック、マックイタリアーノ、マックトーキョー、 テキサスバーガー、ニューヨークバーガー、カリフォルニアバーガー、ハワイアンバーガー

これを見ても、『プルコギバーガー』か『ソウルバーガー』、『コリアバーガー』はありえても、『KBQバーガー』なんてありえません。



そうこう不思議に思っていたら、その理由が分かりました。


KBQの文字をそれぞれアルファベット順で前に一字ずつずらすと“JAP”






 これは既にインターネットで話題になっています。

韓国の人は考えすぎだと言っているようですが、それは真っ赤な嘘です。


スタンリー・キューブリック監督のSF映画の金字塔『2001年宇宙の旅』では、

“HAL”という宇宙船を制御するコンピューターが出てきますが、あれはコンピューター会社“IBM”のアルフェベットを一字ずつ前にずらしたものだということはあまりにも有名です。


H←I

A←B

L←M


こんなの普通の映画好きなら常識中の常識なのです。


これは初歩的なアナグラム (anagram)です。

在日の人たちが、わざわざ日本人に分かりにくい表現でもって、日本を差別、嘲笑するのは、ソフトバンクの馬鹿犬CMを見ても明白です。↓


【ファイルMR1】2013.07.22 日本の主権回復に吉田茂首相の右腕として活躍した偉人、白洲次郎氏ご夫妻と日本国民を侮辱するソフトバンクCM
 これが公共の電波を使った日本国と黒人、日本国民へのヘイトスピーチでなくて何だっていうの?
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/54353040.html

そもそも、韓国の人は、『本当は韓国の英名“KOREA”は本来“COREA”なのに、“COREA”にするとアルフェベット順で入場するオリンピックなどで、日本(JAPAN)より先に韓国が入場することになるため、日本の陰謀により“KOREA”の表記にしたのだ』という妄想によるイチャモンをしつこくストーカーのように言い募っているのです。


本当に面倒臭いのです。COREAだとCHOLERA(コレラ)を連想してしまうのですが。


それを、わざわざ“KOREA”の“K”なんて使うものですか!


 
 それから、もう一つ、インターネットでは有名な話。

「KBQ Burger」をGoogle翻訳で英文和訳すると『放射能バーガー』と翻訳されるのです。






そういえば、KBQ=キロベクレル!


こちらで一度お試し下さい↓。

http://translate.google.co.jp/?hl=ja&tab=wT

 

そもそも、KBQバーガーは『韓国を代表』する肉料理であるプルコギを、マクドナルドのバーガースタイルに仕上げた、『日本オリジナルメニュー』なんですよ!在日の方が命名したんでしょうね。


どこまで性根が腐っているのでしょう。

 

それでもなお、(在日)韓国人がそれは誤解というなら、私は『焼き肉』や『プルコギ』のことを『韓国風バーベキュー』もしくは単に『バーベキュー』と呼びます。


こう呼ぶと、アメリカのバーベキューを韓国人がパクッたみたいですが・・・。


まさか文句はありませんよね!


英語圏のbarbecue(B.B.Q.、Bar-B-Cue、Bar-B-Q)は、語源は「丸焼き」を意味するスペイン語のbarbacoaなのですから、『焼き肉』なんてどこの国の料理でもないのですけど。









大阪中之島の大阪市立東洋陶磁美術館に行ったよ(その4) 【ファイルA14】2011.11.18 

【ファイルA14】2011.11.18 大阪中之島の大阪市立東洋陶磁美術館に行ったよ(その4)

支那の青磁も美しいねえ。。

 ということで、支那陶磁器の名品の続きです。

 最初から見られる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52667628.html

【重要文化財】 青磁 鳳凰耳花生 (せいじ ほうおうみみはないけ)










 南宋時代 12世紀 高:28.8cm

 砧(きぬた)形の器形に、鳳凰をかたどった耳がつく青磁で、俗に鳳凰耳の花生と呼ばれている。鎌倉・室町時代以降、中国陶磁は日本にさかんに運びこまれ、伝世している例が多いが、この瓶も何時のころからか丹波青山家に伝えられたものという。

 鳳凰耳花生には、「萬声(ばんせい)」「千声」という名高いものがあるが、この瓶はその比類ない釉色の美しさから、これらの花生に勝るとも劣らない。浙江省龍泉窯の最盛期の製作になるものと思われる。


 とろけるような釉薬は絶品だねえ。

 私はどちらかというと、素朴な感じの陶器が好きなのですが、これを見ると、青磁もいいなって納得してしまいます。

 やはり、支那の陶磁器は宋の時代が最盛期だったようですね。

 高麗青磁と比較しても楽しいですね。

 高麗青磁の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52667628.html


青磁 管耳瓶(せいじ かんじへい)






 哥窯・南宋~元時代・13~14世紀

 これについては、館内でもHPでも説明がありませんでした。

 これも青磁ということですが、落ち着いた色合いにクッキリとひびの模様が入っていて、渋い感じが素敵です。
 

【重要文化財】 青花 蓮池魚藻文 壺 (せいか れんちぎょそうもん つぼ)














 元時代 14世紀 高:28.2cm

 元時代に入って作られるようになった大振りの壺で、日本では俗に「酒会壺(しゅかいこ)」と呼ばれる。青花だけでなく青白磁、釉裏紅、青磁などでも作られており、本来は蓋を伴う。本作品では器表をいくつかの文様帯に区切り、胴部中央に蓮池を泳ぐけつ魚、草魚などを描いている。

 魚藻文は元時代の青花にしばしば見られるテーマであり、当時の江南地方で流行した民間絵画との類似性が指摘されている。また、魚の中国語音が「余」に通じ、財産が余るという吉祥の意味をもつともいわれている。裾部にはラマ式蓮弁を廻らし、内部に犀角、法螺貝、珊瑚などの六つの宝文が火焔宝珠と交互に描かれている。

  大ぶりの魚の図柄がとても楽しいねえ。この作品の展示は下がろくろのようになって、ぐるぐる回っているので、表も裏も全部見ることができました。

 藍色というのはとても難しい色なのに、とても上品な感じに仕上がっていますね。


【重要文化財】 青花 牡丹唐草文 盤 (せいか ぼたんからくさもん ばん)










 元時代 14世紀 径:44.5cm

 元青花の大形盤においては、見込み中央の平面に、絵画的な文様を描くか、幾何学的な図案を同心円状に描くものが多い。そうした中でこの盤では、主文様に四輪の牡丹文を取り上げ、それも上面、側面、裏面からと描きわけている点が珍しい。

 主文様の外周には宝相華(ほうそうげ)唐草文を配している。この宝相華唐草文は、外側面にも同じように廻らされている。文様表現が大胆かつ新鮮な上に、青花の発色が格別に鮮麗なことから、元青花の大盤の代表作の一つとして名高い。


 図柄がなんとなくヨーロッパ調です。

 というより、ヨーロッパの方がこっちから影響を受けたのですが。

 大きいお皿ですが、模様のバランスが絶妙で、とてもクールです。

 本物の気品というものが備わった堂々とした大皿ですね。


 ということで、次に続きますね。




TPP交渉参加絶対反対!(その2) 【ファイルE4】2011.11.14 

【ファイルE4】2011.11.14 TPP交渉参加絶対反対!(その2)

野田総理ってTPPの内容を知らずに参加表明したんだ?!

 前回はTPPの問題点について書かせていただきました。
 前回の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52725220.html

 この時の記事で、私は、

【ところが、この米韓FTAは『毒素条項』という韓国が一方的に損する条項が含まれ韓国が大損することが分かって大騒ぎ!『毒素条項』の内容については、この場ではスペースの都合で具体的に書きませんが、興味がある方はネットで検索して下さいね】

 と書きました。

 今回、野田首相が自分で勝手に参加表明したTPPでも、米韓FTAの『毒素条項』の中に入っていた『ISD条項』が入ることが確実視されているのです。

 それでは、『ISD条項』とは一体何でしょう? 

ISD条項:Investor-State Dispute Settlement〔投資家と国(州政府含む)の紛争解決手続のための条項〕では、例えば日本に投資したアメリカ企業が、日本の政策によって損害を被った場合、日本の裁判所ではなく、いきなりアメリカ・ワシントンを本拠地とする世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できるというものです。


 つまりアメリカ企業は、日本の政策によって損をしたと思ったら、日本の裁判権という国家主権をすっとばして、いきなり世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに対して、日本国を訴えることが出来るのです。

これって、治外法権じゃないですか!国家主権の侵害じゃないですか!


世界銀行傘下ってねえ・・・。世界銀行は、思いっきりアメリカの金融資本の家来じゃないのさ!


 そもそも世界銀行の「President(総裁)」には米国出身者が選出されるのです。

 現在の世界銀行総裁はロバート・ブルース・ゼーリック(Robert Bruce Zoellick)。

 前職はアメリカ合衆国国務副長官(2006年7月7日に辞職)で、ジョージ・W・ブッシュ大統領の1期目、事務総局の米通商代表部代表として2001年2月7日から2005年2月22日まで活躍しました。また、2006年6月19日にゴールドマン・サックス証券の国際戦略部のマネージング・ディレクター兼代表として加わっています。

 それで、国際投資紛争解決センターは、

・ 訴えられた国の国民の利害は全く考慮せずに、投資家の被害がどれだけだったかという観点のみで審議します。

・ 審議内容は、非公開です。

・ 判決は、判例(過去の裁判判決の前例)に拘束されないので、国際投資紛争解決センター(=アメリカの金融資本)の全くのやり放題です。

・ 裁判結果に不服があっても上訴できません(一審のみ)。

・ 明らかな法解釈の間違いがあっても、当事国の法機関は正すことができません。

 これは大問題です。

ところが、野田総理はこの『ISD条項』について全く知らなかったのです!


参議院予算委員会「環太平洋パートナーシップ協定等」集中審議H23.11.11において、野田首相が佐藤ゆかり議員の質問でTPPにおけるISD条項について全く無知だったことが露呈した証拠画像。



 
 上手く観られないときはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=NL97kik6S_4&feature=related

 『佐藤ゆかり議員質疑の全編34分』はこちらです。
http://www.youtube.com/watch?v=XJtWmYBNKck

 繰り返しますが、『ISD条項』とは、例えば日本に投資したアメリカ企業が、日本の政策によって損害を被った場合、日本の裁判所ではなく、いきなり世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できるというものです。

佐藤ゆかり議員:「国内法が条約によって曲げられるという認識について、TPPのからみでどう思いますか」


野田総理:「基本的には我が国の守ってきたその法律で対応できるように交渉していきたいというように思います」


(ヤジ):「条約が優先するんだよ国内法に!」


(中断)

 野田総理:「国内法よりも条約の方が上位にあって、それに対応しなければいけないというその現実の中でどう対応するかということを考えるということであります」

(ヤジ):「条約が上だから対応できないんだよ国内法では」


(ヤジ):「とんでもないことをいったよ今」

(中断)

 野田総理:「これですね、投資協定、ええ、あっ、裁判加圧の問題を、国際仲裁判断にゆだねる、そういうような場合ですね、仲裁人が入ってきて仲裁人によって決めていくということなんで、というプロセスがあるということなんで、◎△※」

 その後、野田総理は『ISD条項を寡聞にして知らなかった』と白状するのですが、それについては、『佐藤ゆかり議員質疑の全編34分』の方をご覧下さいね。


 それにしても、速記を中止して音声も切る中継って何?

 ちょっとネットで検索すれば知ることの出来る『ISD条項』なのですが、なんと!野田首相は『ISD条項』を知らなかったのです。

 平成23年11月11日時点で『ISD条項』も知らなかった首相が、自分の判断で、12日昼(日本時間13日朝)のオバマ米大統領との首脳会談で、TPP交渉への参加方針を伝達。

 13日午前(日本時間14日朝)から米ハワイで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議で、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に参加する方針を表明したのです。

 これって、大スキャンダルですよ。

 ある意味「尖閣内部告発ビデオ」より国民が知るべき画像で、テレビは繰り返し流すべき画像なのに、皆さん、テレビでこの画像をご覧になられましたか?

 そもそも、メディアもISD条項についてろくに報道しなかったので、この画像についてもシカトをきめこんでいます。

 電波は国民の財産です。国民に対して、国民の権利に関わる重大な事実を隠蔽するテレビ局は、放送許可を取り消すべきです。


ISD条項では、既にカナダ政府がアメリカの企業によって酷い目にあっています。


 カナダは、それまで使用禁止されていなかった有害物質MMT含有の石油の輸入を、国民保護のため輸入禁止する旨の立法を行いました。

 しかし、MMT含有の石油をカナダに輸出していたアメリカの石油会社Ethylは、MMTは有害性が立証されていないので、カナダ政府の輸入規制によって損害を被ったとカナダ政府に難癖をつけ国際投資紛争解決センターに提訴。

 国際投資紛争解決センターは「カナダ政府は投資家に対して損失を与えた」と認め、カナダ政府に対して、有害物質を規制する法律の撤廃とカナダ政府がアメリカに石油会社に推定1000万ドルの賠償の支払いを求めたのです。

国際投資紛争解決センターはカナダの国民の健康なんて、知ったこっちゃ無いのです。


 カナダ国民が、カナダ国民の健康のために法律を作ったのに、アメリカの息がかかった世界銀行の一機関である国際投資紛争解決センターによって一方的に裁かれるというのはどうみても異常です。

 例えば、日本は公的医療保険が充実していて、薬価基準によって薬価が決められ、国民皆保険が実施されています。

 現在でさえ、アメリカは日本における混合診療を認めろと圧力をかけているのです。

 アメリカの薬品メーカー、医療機器メーカー、医療保険会社が日本の保健医療政策にケチをつけ、日本政府を相手取って訴訟を乱発したら、日本の公的医療保険はこのまま維持できるのでしょうか?

 実は、日本の平均関税率は、アメリカ、韓国、EUより低いので、関税の撤廃などアメリカにとってあまり意味がないのです。

アメリカは、結局、TPPで何をやろうとしているかというと、日本の非関税障壁を撤廃し、制度システムを変えることによって、日本の富を奪い去ろうとしているのです。



 現在、韓国は米韓FTAを守るために、25の法律を変えようとしています。

 そもそも、法律を変えるのは国会議員の仕事で(立法権)、その国会議員を選ぶのは国民だから国民主権の問題です。

 どうして条約を締結すると国内法を変えなければならないのでしょう?本末転倒じゃないですか。

 例えば、TPPを推進している民主党の仙石氏、枝野氏、輿石氏、は親米派でも何でもありません。

 仙石氏なんて、学生時代は極左暴力集団に属し、反アメリカ帝国主義、安保反対と叫んでいたではありませんか。

 結局普天間問題でミソをつけてアメリカを怒らせ、TPPという貢ぎ物を差し出して何とか政権を延命したいだけじゃないですか。

 彼等は、自分たちの政権維持のために日本という国を売り飛ばしているのです。


 最後にTPP反対論の急先鋒、中野剛志氏(京都大学准教授)の発言をまとめた画像を紹介しましょう。



 上手く観られないときはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=PrRjoR0dkcg&feature=related

 この動画は、中野氏がテレビ番組中に怒り心頭に発した事に関する経緯の説明から始まります。

それで、その問題のテレビ番組の場面については、この動画の最後に出てきます。

 モーニング番組で、TPPに関する説明の余りのデタラメさに中野剛志氏は立腹します。
 
 『東北の被災地の一次産業は犠牲にするんですね。日本人は最低だな!』と。

 これは誰だって怒りますよ。

 この画像の多くは、『日本文化チャンネル桜』というテレビ局(スカパー!217ch)の番組からのものみたいです。

 日本文化チャンネル桜のHPはこちら。
http://www.ch-sakura.jp/

 日本文化チャンネル桜の番組はyoutubeでも続々UPされています。
http://www.youtube.com/user/SakuraSoTV?gl=JP&hl=ja



※ 追 記 )

 ISD条項の内容説明及び、ISD条項について野田首相が知らなかったことについては、この記事UPの後に放映された
テレビ朝日『ビートたけしのTVタックル』
2011年11月14日(月) 21時00分~21時54分
で、やっとこ放送していました。

 (その1)で御紹介した三橋貴明氏(作家、経済評論家、中小企業診断士)が、断固反対派で奮闘されていました。

今更参加してもルール作りにもう間に合わないのに、推進派は交渉で日本の有利なものにすれば良いと言っていました。

 あげくのはてには、TPPは外圧を利用して改革するきっかけになるって・・・。無茶苦茶です。

 ※追記

 2013.04.12に日本が一方的に敗北するというTPP日米事前協議合意が行われました。

江戸時代の災害対策について 【ファイルE3】2011.11.12 

【ファイルE3】2011.11.12 江戸時代の災害対策について

勝海舟さんの談話だよ

 今回は、明治二十九年に、東北で津波が起きたときに、勝海舟さんが明治政府と江戸時代の対応の比較を述べた文章をご紹介しましょう。

 いくら天下太平の江戸時代とはいえ、地震・津波・台風・洪水・飢饉・火事・疫病は頻繁にやってきていたので、徳川幕府という軍事政権の対応や考え方が分かって興味深いものがあるのです。

 【『氷川清話(ひかわせいわ)』 勝海舟著 講談社学術文庫P175より】

 ※  ※  ※

難民の救済


 天災とは言ひながら、東北の津浪(つなみ)は酷(ひど)いではないか。

 政府の役人は、どんなことをして手宛(てあて)をして居るか、法律でござい、規則でございと、平生やまかしく言ひ立て居る癖に、この様な時に口で言ふ程に、何事も出来ないのを、おれは実に歯痒(はがゆ)く思ふよ。

 全体人間は幾(いく)ら死んで居るか、生き残りたる者はまた幾らあるか、おれは当局で無いから知らないけれども、兎(と)にも角(かく)にも怪我(けが)人と飢渇(きかつ)者とは、随分沢山あるに相違はない。

 この様な場合に手温(てぬ)るい寄附金などと言うて、少し計(ばか)りの紙ぎれを遣(や)つた処が、何にもならないよ。

昔、徳川時代の遣り口と、今の政府の遣り口とは、丸で違ふよ。


 今では騒ぎ計(ばか)りいらくつて、愚頭(ぐず)々々して居る内には、死ななくてもよい怪我人も死ぬし、飢渇者もみんな死んでしまふよ。ツマリ遣り口が手温るいからの事だ。何と酷(む)ごたらしいぢやないか。

徳川時代にはチヤント手が揃って居るから、イザと言ふこの様な場合になると、直(す)ぐにお代官が被害地に駆け附(つ)けて、村々の役人を集め、村番を使うて手宛をするのだ。


先づ相応な場所を選んで小屋掛けをするのだ、此処で大炊(おおた)き出しをして、誰れでも空腹で堪(た)まらない者にはドン/\惜気(おしげ)もなく喰(く)はせるのだ、さうすると、この様な時には、少し位、身体の痛む者も、みんな元気が附(つい)て来るものだよ。


炊き出しの米は、平生やかましく責立(せめた)てなくとも、チヤンと天災時の用意がしてあつて、何処(どこ)へ行きてもお蔵米がかこつてある。それだからイザ天災といふ時でも、苦労せずに、窮民を救ふことが出来るのだ。


窮民に飯を喰はせなければ、みんな何処(どこ)かへ逃げて行つてしまふよ。逃げられては困るヂヤないか、どこまでも住み慣れたる土地に居た者を、その土地より逃がさずにチヤンと住まはしておくのが仁政と言ふものだよ。


それから怪我人は、矢張り急場の間に合はせに幾らも大小屋を建て、みんな一緒に入れて置くのよ。さうして、村々のお医者はここへ集つて夜の目も眠らずに、急場の療治をするのだ。


 何でもこの様な時は素早いのが勝ちだから、ぐづ/\せずに療治していつたものだ。

 それゆゑ、大怪我人も容易に死な>かつたよ。

 徳川時代は、イクラお医者が開けないと言うても、急場になつてマゴ/\する様な者はなかつたよ。それに、なか/\手ばしつこい事をして療治するから、ドンナ者でも手遅れの為(ため)に殺す様な事はなかつたものだよ。

左様(さよう)の風にやつて行くと津浪のために無惨なる者も憂き目を見る様な事が無くなつて来る。それから、三ヶ年も五ヶ年も、ツマリ被害の具合次第で納税を年賦にして、ごく寛(ゆ)るくしてやるのだ。


 一方では怪我人や飢渇者を助け、他方では年貢を寛るめるから、被害の窮民は悦(よろこ)んで業につく様になるものだよ。

 かうなれば、モーしめたもので、安心さ。

 ※  ※  ※

 姫路藩の備蓄倉庫の固寧倉(こねいそう)(再掲)





 固寧倉の記事はこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51212476.html

 当たり前のことですが、江戸時代は武士が民百姓に虐げられていたのが、明治維新になって世の中すべて良くなったということは無かったのですね。

 時代劇では、江戸時代は日本中が悪代官だらけだったことになっているのですが、大名もこういうときに対応が悪いと転封されたり、家が取りつぶされたりするし、領民の被害が大きいと年貢も入らなくなるから、対応は迅速だったわけですね。

 この頃はトラックも重機も無いし、医療技術も医薬品も限られていてやれることは知れていたでしょうが、本質的な問題意識において、やはり考えるべきことはあると思います。

 そういえば、民主党は震災前に蓮舫氏をはじめとした仕分け人達が、災害対策を軽視した結果、

● 石油と塩の備蓄 (仕分けパフォーマンスの生贄)
● 防衛費 ( 自衛隊災害救出活動の縮小 )
● スーパー堤防 (100年に1度の大災害対策は不要)
● 災害対策予備費 (生活保護枠拡大《母子家庭》の財源化)
● 学校耐震化予算 (「緊急性が無い」。麻生政権による推進政策)
● 地震再保険特別会計 (子ども手当の財源化。麻生政権による推進政策)
● 耐震補強工事費 ( 高校無償化の財源化。麻生政権による推進政策)
● 除雪費用 (東北地方整備局を目の敵に)
● 八ッ場ダム (やんばだむ:「河川は自然堤防のままが環境にやさしい」、胆沢ダム《小沢ダムは》続行)

 等等を削減していましたね。これに喝采の声を上げていたメディア・国民は一体何だったのでしょう?


 先の東日本大震災の被害は千年に一度の地震・津波と原発事故が重なっていて単純な比較にはなりませんが、それにしても緊急事態に対する心構えは江戸時代より優れていると言えるのでしょうか?

 今回の震災において、自己完結型の救援が行える実質上の軍隊である自衛隊が活躍しましたし、自治体も自ら罹災した中で精一杯のことをやったと思います。度重なる人員削減で、余剰人員など無い状態の他自治体からも多数応援に駆けつけました。

 それから日頃から利権だ談合だと国民の目の仇にされている建設業の方々の応急工事や道路復旧のスピード、罹災者の方々の沈着冷静な態度は世界の賞賛を浴びましたし、運行中の鉄道は非常停止し、死亡者を出しませんでした。これは評価すべき事です。

 津波警報が過小評価だったという反省は成されていますが、それでも事前の緊急警報があるとないとでは被害の規模は大違いだったでしょう。

 原発事故についてはこの記事では少し次元が違った大きな問題なので、ここでは触れませんが、それにしても政府の対応がよく分かりません。

 『それから、三ヶ年も五ヶ年も、ツマリ被害の具合次第で納税を年賦にして、ごく寛(ゆ)るくしてやるのだ。一方では怪我人や飢渇者を助け、他方では年貢を寛るめるから、被害の窮民は悦(よろこ)んで業につく様になるものだよ』

 という江戸時代の災害対策の方針を知ると、今の政府の対応と比較して頭を抱えざるを得ません。

 このデフレの上の大災害という非常時に、野田首相は、一言も国民に相談せずにカンヌで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で『2010年代半ばまでに消費税を段階的に10%まで引き上げるための法案を今年度内に提出する』旨を国際公約しました。

 しかも、復興事業は後世代にも受益をもたらすインフラ整備なので、堂々と償還期間が60年の建設国債の対応をすべきなのに、今の世代が負担するなどと言いだし、結局償還期間が25年になるようです。これは、あきらかに増税のための環境作りです。

 本当に信じられません。

ところが、消費税率を上げたからと言って、必ず税収が上がるということは何等保証されていないのです。


 橋本内閣時代の平成9年(1997)年に消費税増税が3%から5%へと2%引き上げられました。
 そして、この時は同時に社会保険料引き上げや所得税特別減税の廃止も行われ、合わせて「9兆円の負担増」と呼ばれました。

 それで税収は増加したのでしょうか?

 財務省のHPに一般会計税収の推移のグラフがあります。
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/010.htm





 平成9年以降、増税したのに、景気の悪化で肝心の税収は大きく落ち込み、それ以降、平成9年の水準を回復した年がありません。

 消費税を上げたはずなのに!

 さらに、主要税目の税収(一般会計分)の推移を見てみましょう。
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/011.htm





 このグラフを見て一目瞭然。いくら消費税収が上がっても、景気の悪化でそれ以上に所得税や法人税の落ち込みが大きくなっているからです。

 今は平成9年以上のデフレです。物をいくら安くしても、消費者の財布の紐が固くて売れないのです。

デフレ下の大災害時には、むしろ景気浮揚のための減税を考えるべきなのに、これ以上景気を冷え込ませるなんて何を考えているのでしょう?


 第一、増税言い出しっぺの財務省HPの資料が、増税=増収とならないことを証明しているのですから、大笑いです。

 しかも年金支給時期を引き延ばすとか言っているのですから、狂気の沙汰です。

 みんな、物を買うことよりも、老後が不安で預貯金にお金を回すという選択するに決まっています。

 その上に日本をアメリカに売り飛ばすTPPへの参加表明だなんて信じられません。

 今の日本政府は、破滅のための努力を一生懸命する狂気の政府なのですね。





横浜市立金沢動物園のインドゾウさんご夫妻だよ  【ファイルC230】2011.11.07 

【ファイルC230】2011.11.07 横浜市立金沢動物園のインドゾウさんご夫妻だよ

仲良しで良かったねえ。

 ここ横浜市立金沢動物園のゾウさんを見に行ったのも随分と以前の話です。

 ゾウさんご夫妻がお住まいでした。

 まず、奥様のヨーコさんです。
 




 お名前は横浜市立金沢動物園のゾウさんなので、ダウンタウンブギウギバンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(1975年4月20日リリース)から来ています。 

 動物園のヨーコさんについて説明板にこう書いてありました。

 32才(撮影当時。今は33才かな?)インド生まれ

 ヨーコさんは1985年4月27日に御主人のボンさんと共に、金沢動物園へやってきました。気位が高く頑固な性格だそうですが、飼育係員さんにはとても従順なんだって。

 食べた物がすぐ身になってしまうので、動物園では、体重の維持に気を付けているそうです。


 食べた物がすぐ身になるというのに、ヨーコさんったら、小学生のお友達からちゃっかりビスケットのおやつをもらっていました。





 早くビスケちょうだいよお!のおねだりぱおんをしています。

 なが~いお鼻でビスケをもらっています。  





 器用だねえ。

 それが終わるとヨーコさんのトレーニングが始まりました。





 最近は動物愛護の見地から、動物のショーとか、芸とか言わなくなってきているみたいです。

 動物のトレーニングという言い方をしているんだねえ。

 どうしてゾウさんにトレーニングをさせるかというと、日々の健康診断に必要だからです。

 動物というのは、病気や怪我で辛かったり痛かったりしても、我慢して、最後まで顔に出しません。

 どうしてかというと、そういう弱みを見せれば、たちまち天敵に狙われ、それは即ち死を意味するからです。

 だから、飼っている人間が気をつけて体調を診てあげないといけないのですが、超重量級のゾウさんは、ワンちゃんやニャーちゃんとちがって、人間が抱え上げて調べることができません。

 特にゾウさんにとっては足の怪我は致命傷です。足が痛いからといって、横になると体重が内臓を圧迫して命に危険が及ぶからです。

 それで、こうやってお兄さんに足の裏を見せて異常がないか診てもらうんだねえ。





 あらよっと!
 
 後ろ足も診てもらいます。





 背中は大丈夫かな?





 お兄さんを乗っけてぱおんのご挨拶。





 良いお顔だねえ。

 ヨーコさんはレディーなので、可愛いスズを付けてもらっていますね。

 とっても嬉しそう。

 お兄さんが背中に登り降りするときは、そうしやすいように前足を曲げて、ステップにするのです。





 賢いねえ。

 余程の信頼関係がないとここまで言うことはききません。

 以前ご紹介した神戸市立王子動物園の日本最長寿だったゾウの故諏訪子さんも、新米の飼育員さんが来ると、舐めてしまって意地悪したっていう話だし。

 ゾウさんは頭が良くてプライドが高いから、その分信頼関係を築くのが難しいのですね。

  『頭が良い=馴れる』という単純な公式は成り立たなくて、頭が良いからこそ、相手を馬鹿にするということもあるんだねえ。

 だから、動物と接するときは愛情と共に躾(しつけ)が大切なのですね。


 今度は違うお兄さんが乗ります。





 お兄さんだってデートでお休みすることもあるから、複数の飼育員さんに馴れてもらって、みんなでお世話しないといけないんだねえ。
 

 ここでやっとこさ、餌の干し草とサツマイモのごはんを食べるために、御主人のボンさんが檻から出してもらいます。





 さすがに気の優しいインドゾウとはいえ、雄のゾウはとても危険なので、直接の調教はできません。

 ボンさんは、すねて頭に干し草を被っています。ぷんぷん。
 




 ボンさんは、33才(現在34才?)のインド生まれ。

 インドのムンバイ市(旧 ボンベイ市)から横浜市へ寄贈され、1985年4月27日に金沢動物園へやって来ました。
 
 ボンという名前はボンベイ市に因んで名付けられました。

 漫才師の若井ぼん・はやとのぼん師匠や、ボンカレーや盆踊りとは関係ないようです。

 ボンさんは、オスらしく気が荒い反面、慎重なところも持ち合わせているそうです。

 立派な牙だねえ。





 だけれど、牙の先をよおく見てみると。

 うへえ!折れているよお。


 何故かというと、ボンさんが、ヨーコさんのお尻をつんつく突いて悪戯していたらば、牙が1m程、ポキリと折れたんだって。

 説明板に載っていた証拠写真。





 1999年5月19日に左牙が、2001年5月30日に右牙が折れてしまいました。
 上の写真は、牙が折れる瞬間を写したものです。

 自業自得だねえ。とほほ・・・。

 それにしても、左牙を折ってから2年して今度は右牙を折ってしまうなんて、ボンさんも懲りない人だねえ。

 今は折れた長さの分、ちゃんと元通りの長さになっているようです。良かったねえ。

 最後にボンさんがご挨拶。
 




 さようなら、元気でね。

 もう牙を折らないでね。

 ということで、ゾウさんはいつみても楽しいねえ。









大阪中之島の大阪市立東洋陶磁美術館に行ったよ(その3) 【ファイルA13】2011.11.04 

【ファイルA13】2011.11.04 大阪中之島の大阪市立東洋陶磁美術館に行ったよ(その3)

国宝『油滴天目 茶碗 (ゆてきてんもく ちゃわん)』は素晴らしいねえ。

 ということで、支那陶磁器の名品の続きです。

 最初から見られる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52667628.html

紫紅釉 盆 (しこうゆう ぼん)





 
 




 色の渋さが何とも言えないし、形や質感も、空飛ぶ円盤みたいでカッコイイねえ。





 金時代 12~13世紀 径:24.0cm

 鈞窯特有の失透性青色釉の上に酸化銅を加え、還元焼成して鮮やかな紅色を発色させている。底部と三足は全面施釉され、高台内に15個の目跡と数字の「二」の刻銘が認められる。

 底裏に番号のある鈞窯の盆や植木鉢は、その丁寧な作行から特殊な用途をもった器物と考えられている。数字は「一」から「十」まであり、番号順に器形は逆に小さくなる。

 中国では、それらを徽宗(きそう)皇帝が特別に作らせた宮廷用の品であるとして製作時期を北宋末期とする傾向にあるが、日本や欧米では器形や装飾など全体の作風から、金から元時代を想定しており、現時点では定説を見ない。


 東洋陶磁美術館のHP解説では年代表記では『金時代 12~13世紀』としながら、『日本や欧米では器形や装飾など全体の作風から、金から元時代を想定しており、現時点では定説を見ない』というように共産党一党独裁支那政府に遠慮して日和っています。

 金(きん1115年 - 1234年)は、支那の北半を支配した女真(ジョシン)族の王朝です。

 金の国姓は完顔(ワンヤン)氏。完顔阿骨打(ワンヤンアクダ)なんて名前は漢民族にはありません。

 『中国では、それらを徽宗(きそう)皇帝が特別に作らせた宮廷用の品であるとして製作時期を北宋末期とする傾向にあるが』ということですが、支那の人にとっては漢民族の王朝だったとされる北宋時代の物としたいらしいのですけれど、世界的な定説では金朝のものなのですね。


【重要文化財】木葉天目 茶碗 (このはてんもく ちゃわん)






 縁が油膜のように七色に輝いています。





 葉脈まで表現された木の葉がとても綺麗です。





 南宋時代 12世紀 径:14.7cm

 建窯で作られた天目茶碗とは違い、吉州窯の天目茶碗は胎土が白く、土が緻密であるため、薄作りで、碗形も直線的にひろがっている。

 高台が小さいのも特徴の一つである。吉州窯では黄褐釉と黒釉の二重がけで、べっこうに似た釉調のものを作っているが、この木葉天目も、その手法を応用したものであろう。

 しかし、実際の木の葉を使用して、その葉脈まで残して焼きあげる技法については、まだ定説を見ない。加賀前田家に伝来したものである。


 加賀百万石に伝えられた名器だけのことはありますね。さすがは重要文化財ですね。

 それにしても、実際の木の葉を使用して、その葉脈まで残して焼きあげる技法は現代の科学をもってしても、まだ解明されていなのですね。

 凄いねえ!


【国宝】 油滴天目 茶碗 (ゆてきてんもく ちゃわん)






 器の中の青いグラデーションも素晴らしいし。





 良い形だねえ。





 油滴をアップで写したら、こんな感じ。





 南宋時代 12~13世紀 径:12.2cm

 「油滴」の名のとおり油の滴のように金、銀、紺に輝く斑文が、内外にびっしりと現れている。これらの斑文は、焼成時に釉中で破裂した無数の気泡のあとに、酸化第二鉄の粒子が結晶となって生じたものである。

 釉の流れに従って斑文は、口縁部で小さく、胴中央で大きく、裾部で細長く現れている。

 天目茶碗は、日本に多く請来され、特に曜変(ようへん)天目と油滴天目は優品が伝わる。

 本器は添書きなどから、関白秀次、西本願寺、京都三井家、若狭酒井家などに伝わってきたことが知られる。

 窯址は福建省建陽県水吉鎮で確認されている。

 
 なんせ室内でストロボ・三脚使用不可ですから、感度を上げても手持ちで開放絞りの接写となるとピントの合う範囲がせまい(被写界深度が浅い)のです。でも、これはこれで、綺麗だねえ。

 さすがは国宝だけのことはある名品です。

  『これらの斑文は、焼成時に釉中で破裂した無数の気泡のあとに、酸化第二鉄の粒子が結晶となって生じたもの』ということですが、偶然にこんな模様ができるなんて、奇跡ですよね。

 関白の豊臣秀次さんの持ち物だったというのが凄いねえ。

 名器を所有するのが戦国武将のステイタスだったのですが、こんな作品をみると戦国武将が夢中になって買い求めた気持ちが分かるような気がしますよね。

 
 大阪市立東洋陶磁美術館は、
この『油滴天目 茶碗』と『飛青磁 花生』の国宝二点を所蔵しています。

 国宝については上記二点のうち、どちらか一点のみを展示し、定期的に入れ替えています。

 この二点はとても人気なので、他館への貸し出しも多いみたい。

 以前、ここに来館したとき、この『油滴天目 茶碗』が見たかったのに、展示されていなかったのでがっかりしたことがあります。

 現在、どちらが展示されているかは、こちらで確認してくださいね。
http://www.moco.or.jp/exhibition/sche2009_04.html

 左の欄の調べたい月をクリックして下さい。





 グレイの網がかかっている日が休館日ですから、注意して下さいね。

 上の例のようにHPの右覧の「国宝」と書いてある右の作品が展示中の国宝です。 

 上の例では、平成23年9月10日(土) -12月24日(日)の国宝展示は『国宝 油滴天目茶碗』になっていますので、この期間は『国宝 油滴天目茶碗』を見ることが出来ます。

 
※)注意! 調べていたら、こんな表示がありました。ご注意下さい。
 
 休館のお知らせ

 当館は2011年12月26日(月)~2012年4月6日(金)の間、改修工事のため休館いたします。 長期間にわたりご迷惑をおかけしますが、なにとぞご理解、ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。


 ということで、次に続きますね。








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