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大坂(大阪)長堀【島之内、鰻谷(うなぎだに)】の住友本宅跡だよ(その5) 【ファイルT173】2012.04.27 

【ファイルT173】2012.04.27 大坂(大阪)長堀【島之内、鰻谷(うなぎだに)】の住友本宅跡だよ(その5)

別子銅山の様子。

 (その1)から読まれる方はこちら。
 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53064436.html

 ということで、

以前御紹介した、旧住友邸跡の三井住友銀行事務センターです(再掲)。





 ここの1階のショーウィンドウには、道路に面して住友の銅業のパネルが展示されています。

 そこに別子銅山等の資料が展示されていたので、今回御紹介しますね。


 それぞれ、パネルの横に記されていた説明文から引用します。

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 題字「大鈞鼓銅(たいきんこどう)」とは、「天が編み出した銅精錬」というほどの意味であり、揮毫(きごう)した蜀山人とは、江戸後期の幕臣で文人としても著名な大田南畝(一七四九~一八二三)の号である。「蜀山居士」とは銅の異称であり、享和元年(一八〇一)から翌年にかけて大坂銅座に勤務したことに由来するものであろう。文化元年(一八〇四)には長崎奉行所にも出役し、同年と翌二年長崎への行き帰りに大坂に立ち寄っている。

 有名な大田南畝【おおたなんぼ:蜀山人(しょくさんじん)】さんって、幕臣だったんだね。

 狂歌を読んだりしていたから、てっきり町人だと思っていたよ。

 それにしても、大坂の銅座で働いていて、そのうえに『蜀山』という名前が銅に由来するなんてびっくり!

 大田南畝さんの読んだ有名な狂歌としては、

 『恐れ入谷の鬼子母神 どうでも有馬の水天宮 志やれの内のお祖師様』

 というのがあります。

 入谷の鬼子母神といえば、以前朝顔市の記事をご紹介しましたね。
 
 入谷鬼子母神朝顔市の記事はこちら。
 また、時の老中松平定信の政治を皮肉った

 『世の中に 蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶといひて夜もねられず』

 というのは、日本史の教科書にも載っていたねえ。

 幕臣の大田さんが、老中を批判するなんて、面白いねえ。

というか、どうも大田さんは田沼時代に重用されて、松平になってから冷や飯を食わされたから恨み骨髄だったみたいです。

 それから、幕臣の中でも共感する人が多かったらしく、大田さんは処分を下されませんでした。

 それで、別子銅山の様子の絵が展示されています。

?H1>璞石(はく)を採(と)る図





↑ (別子銅山の採鉱図。以下は別子銅山の工程)
 別子銅山の坑口情景である。向かって右は背に鉱石搬出用の得歩(えふ)を背負い、手にはさざえの殻で作った照明の螺灯(らとう)と鎚(つち)を持った鉱夫が入坑し、左には鉱石を背負った鉱夫が、出坑しようとしている。

 当時の様子がよく分かる絵ですね。サザエさんの殻のろうそくって、なんとなく微笑ましいし。

 掘るのも大変だけど、休憩時間になったら重い鉱石を背負って運ぶなんて大変だねえ。


採鉱の図





↑ 向かって左に丸い尻敷(しりすけ)をつけた老練な役前(やくまえ)の鉱夫が、手に槌(つち)とのみを持ち採鉱に励んでおり、右に四角い尻敷をつけた若い平(ひら)鉱夫が、得歩(えふ)を背負い、手には螺灯(らとう)と鎚を持って、採鉱場到着の挨拶を老鉱夫に告げている。

 ベテランの鉱夫さんと新米さんの交代の図です。こうやって技は継承されていったのですね。挨拶もちゃんとしないとね。

 尻敷(しりすけ)って座布団を敷いて銅を掘るんですね。坑内の地面はごつごつして冷えるからねえ。それにしても『しりすけ』って可愛い呼び方だねえ。

 これから私も『おざぶ(座布団)』のことを『しりすけ』って呼ぼうかな?


?H1>璞石(はく)を揀(えら)む図(選鉱図)





 ↑ 採鉱された鉱石は、「砕女(かなめ)」と呼ばれる老人・婦女によって六、七センチ角に破砕され、善悪を見極め選鉱された。

 こうやって鉱石を選別するのは女の人の仕事なんだね。

 鉱山の仕事に女性が関わっていたなんて、知らなかったよ。

 こうやって選別した銅は純度90%の荒銅で、これを大坂の住友さんちの銅吹所で99%になるまで精錬するんですね。 


『し【※「石へん」の右は「同」】中水(しきすい)』を引き上げる図(排水図)






↑ 「箱樋(はこひ)」と呼ばれる木製ポンプ(長さ三メートル、内法一二センチ四方)と「水箱(にかい)」と呼ばれる水溜を深浅に応じて連結し、地下の漏水を地上に排水した。
 
 穴を掘っていくと、水が出てくるのです。現代の鉱山開発やトンネル工事でも、湧水(ゆうすい)の排水の問題って大きいからね。

 それから、鉱山はただ穴を掘りゃあ良いってもんじゃなくて、変な堀り方したら、落盤の危険があるから、かなり高度な掘削技術がいるのです。

 チリ鉱山の落盤事故の例を見ても分かりますよね。

 でも、桶で汲み出すんじゃなくて、ポンプで排水するなんてびっくり!

 江戸時代の人は頭が良いねえ。

 ということで、江戸当時の別子銅山の様子でした。

 とりあえず、大坂(大阪)長堀【島之内、鰻谷(うなぎだに)】の住友本宅跡の記事はこれで終わりです。さらに大阪の住友さん関係の記事は続きますね。

 次回、住友家が寄贈した大阪府立図書館に着いての記事はこちら。
http://x7.okoshi-yasu.com/bin/ll?10952280A
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防衛省市谷ツアーに参加したよ(その22) 【ファイルET62】2012.04. 22 

【ファイルET62】2012.04. 22 防衛省市谷ツアーに参加したよ(その22)

映画『地獄の黙示録』で有名な多用途ヘリUH-1『ひよどり』だよ。

 (その1)から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52534735.html
 
 ということで、慰霊碑から南に向かうとあるのが、

 訓練用トーチカです。





 トーチカというのは、鉄筋コンクリート製の防御陣地のことです。

 それで、さらに進んだ場所にある広場にはヘリコプターが展示されています。





 これは、陸上自衛隊で使用されていたアメリカのベル・エアクラフト社製の多用途ヘリUH-1イロコイ『ひよどり』です。

 正面から見たUH-1





 コクピットもカッコイイねえ。





UH-1は西側諸国のヘリコプターとしては最大の1万機以上の生産数を誇る汎用ヘリコプターです。

 後方スライド式大型ドアをキャビン両側に持ち、その後に燃料タンク、その真上にタービンエンジンというタービンヘリの標準形を作り上げた機体が特徴です。

 ローターはベル社伝統の安定棒付き2枚ブレード。

 UH-1の愛称の「ヒューイ」は部隊配備当初の型番HU-1の1を英文字のIと見做し「HUI=ヒューイ」と読んだことに由来しています。

 正式な愛称はイロコイ(Iroquois)でアメリカ先住民のイロコイ族に因んで名付けられました。

 アメリカの兵器って、巡航ミサイルのトマホーク(斧の意)といい、アメリカインディアンに因んでいるんだねえ。

 日本では富士重工業が1962年(昭和37)から陸上自衛隊向けにUH-1Bのライセンス生産を行い、1972年(昭和47)までに90機を納入ました。

 同年からは大型化したUH-1Hに切り替え、1991年(平成3)までに133機を納入、民間型のB204も販売しました。

 その後も装備のハイテク化がなされ、UH-1Hの最終生産8機は暗視ゴーグル(JAVN-V6)対応コックピットとなり、末期生産の少数はテレビ映像伝送装置または赤外線監視装置が搭載されました。

 1993年(平成5)からは、AH-1Sのエンジンを搭載し、ワイヤーカッターなどを装備した富士独自の改良型 UH-1Jの調達に切り替わりました。

 UH-1Jはベルとの共同開発をベースとしていますが、80パーセントを国産技術となっています。

 このように、UH-1は大量生産され、広く長期間にわたり世界中で使用された名機です。

 特に、ベトナム戦争では大活躍しました。

 だから、映画にもよく出てくるねえ。

 特に有名なのが、『地獄の黙示録』(1979年、映画)のシーンですね。

 『地獄の黙示録』のUH-1はこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=NIf0aWd9yJo

 UH-1に搭乗した米兵が、ワーグナーの楽劇 『ニーベルングの指輪』の第一夜(2日目)より第三幕の前奏曲『ワルキューレの騎行』の音楽を大音量で鳴らし威圧しながら、ベトコンを圧倒的な火力で攻撃しています。

 UH-1が活躍した主な映画だけでもこれだけあります。

『ディア・ハンター』(1978年、映画)
『地獄の黙示録』(1979年、映画)
『プラトーン』(1986年、映画)
『フルメタル・ジャケット』

 つまり、ベトナム戦争を象徴するヘリコプターだったのですね。

 また、この機体は、陸上自衛隊が登場する作品でも登場する頻度が非常に高いそうです。

 勿論、日本では災害救助に活躍しているのですが。

 見学の最後、偶然大型のヘリコプターが防衛省のビルの屋上のヘリポートに着陸したので、写真を撮りました。





 市ヶ谷防衛省でヘリコプターの離発着を見ることはとても珍しいんだって。

 わーい!ラッキーだったよ。

 これはタンデムローター式の大型輸送用ヘリコプターのCH-47チヌークといって、福島第一原子力発電所で冷却用の放水を行った機体と同種のものです。

 福島第一原子力発電所 CH-47放水。


 うまく観られないときはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=0EQn5nIG_rw&feature=related

 厳しい日々の訓練があったからこそ、こういう作戦が敢行できたのですね。

 なによりも、日本の自衛隊は優秀だということを世界に知らしめたということです。

 とくに日本の領土を狙っている国なんかは、『日本の自衛隊は強い』という認識をもったでしょうから、これは大きな戦争抑止力になります。

 いざという時に国を守るために軍隊はあるのですが、軍隊にはそれ以前に『戦争を抑止する』という大きな役割があって、日本の自衛隊の存在は日本の安全保障上大きな役割を担っているのです。

 ということで、市ヶ谷ツアーの記事は今回で終わりです。御拝読ありがとうございました。

 なお、東京裁判や三島由紀夫氏については、また稿を改めて書くこともあろうかと思います。今後ともアトモス部屋をよろしくお願いします。






多摩動物公園のユキヒョウさんだよ 【ファイルC242】2012.04.17 

【ファイルC242】2012.04.17 多摩動物公園のユキヒョウさんだよ

精悍な感じが素敵だねえ。

 今回もかなり以前に撮った写真です。

 でも、せっかく良いお顔が撮れたのに紹介しないことにはモデルの動物の人たちに申し訳ないので、記事にしますね。

 ユキヒョウさんだよ。

 




 こんにちは。

 なんか動作が完全に猫さんです。

 




 うへえ、睨まれたよお。

 




 ボールにじゃれてみたりもします。

 




 ユキヒョウ(Snow leopard)さんのお住まいは中央アジアの山岳地帯です。

 ユキヒョウさんはヒョウさんよりも体躯は小柄で、体長100-150センチメートル。尾長80-100センチメートル。肩高60センチメートル。体重オス45-55キログラム、メス35-40キログラムです。

 体は寒さを防ぐための厚い毛で覆われ、幅の広い足もスノーブーツのような保温機能をもっています。

 脚力が強く、なんと15メートルも跳躍することができます。

 肉食でチベットやヒマラヤ山脈に住むアオヒツジ(バーラル)さんや、ユキヒョウの生息域全域で見られるアイベックスさんを獲物としています。

 その他に、モルモットやノウサギ、キジ、ガンなどの小さな獲物も食べます。
 
 それから、家畜を襲うことがあるので、害獣とし殺される場合も多いそうです。
 
 また、毛皮や漢方薬の材料となる体の一部を目的とした密猟が原因で、現在ユキヒョウさんは絶滅危惧種になっていて、さらに数が激減しているそうです。


 60万年前アジアで氷河期が始まると、ヒョウは寒さを避けるため南へ向かいました。その中で、南下せず氷河の大地にとどまり環境に適応進化したヒョウがユキヒョウです。

 ユキヒョウは中央アジアの高地に生息し、岩穴や岩の割れ目に巣穴を作って暮らしています。

 夏季になると標高2,700~6,000mの間の花畑や岩場で生活し、冬季は獲物が山から降りるため、標高1,800m以下の森林に移り住みます。

 ユキヒョウとヒョウの大きな違いに、まず毛の色があげられますが、それだけではなく、ユキヒョウとヒョウは全く別の動物だといえるそうです。

 まず、ユキヒョウの体毛の長さが違います。長い部分(お腹)は12cmにもなり、1cm四方に約3万6000本生えています。ちなみヒョウは約1万5000本です。

 また足が長くて木登りが得意なヒョウに対して、断崖を歩くため重心を低く保てるよう太く短くなっています。

 足の裏はヒョウよりも1回り大きく、雪の上でも足が沈みにくくなっています。ユキヒョウは足の裏に長い毛が生えていて、その毛が雪の上での滑り止めになっています。レッサーパンダさんと一緒ですね。

 また、ユキヒョウの鼻は鼻腔が広くなっていて、冷たい空気をここで暖めてから肺に送り込めるようになっています。

 こうやって寒冷地に適応しているのですね。


 何か見つけたのかな?

 




 太い尻尾だねえ。

 




 この尻尾は、チーターさんのように疾走するときにバランスを保つ役割をするだけでなく、山岳地域の厳しい寒さからデリケートな体の各部分を守るためにも役にたっています。これもレッサーパンダさんの尻尾といっしょだねえ。

 横から見ると、かなり細長い胴体です。

 




 歩き回って喉が渇いたので、水を飲みます。

 




 ということで、最後に鼻についた水を舌でぺろり。

 




 さようなら、元気でね。

 多摩動物公園では、この後赤ちゃんが生まれたり、いろいろと出入りがあったようです。貴重な動物なので、生態を解明して保存の役にたてばいいですね。







大坂(大阪)長堀【島之内、鰻谷(うなぎだに)】の住友本宅跡だよ(その4) 【ファイルT172】2012.0412 

【ファイルT172】2012.0412 大坂(大阪)長堀【島之内、鰻谷(うなぎだに)】の住友本宅跡だよ(その4)

銅吹所で銅のできるまで。

 (その1)から読まれる方はこちら。
 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53064436.html

 ということで、

 銅山から荒銅が送られてきて、製品として出荷されるまでの精錬工程表です。





 国内用には丸銅(まるどう)・丁銅(ていどう)が造られ、海外輸出用には棹銅(さおどう)が造られて出荷されます。

 それぞれの工程については、大阪歴史博物館の常設展示案内の冊子から引用させていただきますね。

 銅山から送られてきた純度90%程度の荒銅(あらどう)は、そのまま銅を精錬する流れと、銀を含んだ荒銅から銀を抽出する流れに分かれれます。

 ● 銀を含まない荒銅

① 間吹(まぶき)





 ※ 番号は先の工程表に表記の番号に対応しています。

 荒銅を溶かし、かすを取り除きます。これで純度99%以上の精銅になります。


② 棹吹(さおぶき)・小吹(こふき)





 精銅を溶かして型に流し込み、国内用の丸銅(まるどう)・丁銅(ていどう)や海外輸出用の棹銅(さおどう)が出来ます。

 
 ● 銀を含む荒銅

③ 合吹(あわせふき)





 右の人は鞴差し(ふいごさし)です。

 荒銅を溶かし、鉛を加えて銅に含まれる銀と結合させます。これで、合銅(あわせどう)ができます。


④ 南蛮(なんばんしぼり)





 合吹でできた合銅を加熱し、銀を含んだ鉛を流出させます。

 残った精銅は、②棹吹(さおぶき)・小吹(こふき)をします。

 銀を含んだ鉛は、⑤に進みます。


⑤ 灰吹(はいふき)





 銀を含んだ鉛を灰の上で溶かし、銀と鉛を分離させます。

 これで銀がとれます。

 銅を作る工程で、銀もとれるなんて、儲かるねえ!

 鉛は③の合吹に戻し、再利用します。

 
 それにしても、それぞれの工程を人がするので、大変だったでしょうね。

 こうしてできた銅が世界中で使われたと思うと、改めて感心します。

 ということで、次に続きますね。

防衛省市谷ツアーに参加したよ(その21) 【ファイルET61】2012.04. 07 

【ファイルET61】2012.04. 07 防衛省市谷ツアーに参加したよ(その21)

自衛隊殉職隊員慰霊碑。

 (その1)から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52534735.html
 
 自衛隊員の殉職者のための慰霊碑です。





 慰霊碑には、殉職した隊員の氏名などを記した銘板が納められ、お祀りしています。

 平成15(2003)年にここ「慰霊碑地区」が完成しました。

 これは、庁内に点在していた自衛隊や旧日本軍の記念碑など16の碑を、国が約6億円を投じて防衛庁東側の6000㎡の一角に集め、再整備したもので、ご遺族のほか、防衛長官や外国要人らが参拝・献花し霊を弔う場所となっています。

 まず、防衛省・自衛隊は、毎年自衛隊記念日またはその前後に、自衛隊殉職隊員追悼式を行っていいます。

 この式は殉職隊員のご遺族をはじめ、内閣総理大臣と防衛大臣以下の防衛省・自衛隊高級幹部のほか、歴代の防衛庁長官などが参列して営まれ、内閣総理大臣および防衛大臣などによる追悼の辞、儀じょう隊による弔銃、参列者全員による拝礼などが行われます。

 この慰霊碑には、国防大臣などの外国要人が防衛省を表敬した際、献花が行われ、殉職隊員に対して敬意と哀悼の意が表わされていて、その数はこれまでに25か国、50人となっています。

 また、防衛大臣などの防衛省幹部が離着任する際にも、同様に敬意と哀悼の意が表わされているのです。

 このほか、自衛隊の各駐屯地および基地において、同様の追悼式などを行っているそうです。
 
 昭和25(1950)年、警察予備隊が創設され、保安隊・警備隊を経て昭和29(1954)年の自衛隊になって以来、殉職自衛官は1800人以上に及びますが、殉職者施設に国費を支出したのは初めてなのだそうです。

 この地区の整備には税金が投じられたものの、『慰霊碑』自体は昭和37(1962年)に建てられ、昭和55(1980)年に再建され、いずれも隊員や互助会の寄付でまかなったそうです。

 碑文のアップです。





 昭和55年再建当時の内閣総理大臣 鈴木善幸氏の揮毫(きごう)ですね。

 どうして、慰霊碑に税金が使えないのでしょうか?国のために命を失った人に対して、薄情ではありませんか。


 平成15年、慰霊碑地区創設の呼びかけ人として9月11日の披露式に出席した当時の森首相はこうあいさつしました。

  「(殉職自衛官の妻は)子供に『父さんは国のために死んだ』と教えるだろうか。それとも『こんな仕事についてはいけない』と教えるだろうか。国に命をかけた人の霊を国が慰めることが遺族の誇りになる」

 言うまでもなく、人の命はとても大事です。

 だからこそ自衛官の方々は仕事とは言え、人の命を守るために、自分の命を危険にさらしながら、懸命に働いておられるのです。

 本当に過酷な『公務』です。

 自衛隊員ですから、若い人が多いのです。


 自衛隊は今のところ戦争をしていないので、死亡された方は、災害救助や救急搬送、訓練中の事故等だということです。

 自衛隊の災害救助というのは、文字通り『災害』の『救助』ですから、出動先は、うららかな春の日和に蝶蝶が飛んでいる長閑な野原ということはまずありません。

 激しい風雨や濁流渦巻く洪水、余震が続く罹災地、放射線の中等、状況がとても悪い危険時に行われます。

 それは、先の東日本大震災や、それに伴って生じた福島第一原発事故での出動の状況を見てもおわかりでしょう。

 お巡りさん、消防士の方々もそうですが、自衛官の方々も自分の身の危険を顧みずに公務を遂行される局面が多いのです。

 それから、訓練中の事故というのもあります。

 戦闘機は安全性と快適性と経済性を追求した旅客用の民間飛行機とは違います。
 
 ドックファイトともなれば、意識を失いそうな急旋回や急降下をします。
 
 ですから訓練もそれだけ過酷になるし、機体にも負荷がかかります。ですから、普通の職業よりも危険が伴うのは当然でしょう。

 
 例えば、こんな例があります。

 平成11年(1999)年11月22日。埼玉県入間基地に帰還する際に着陸進入中だったT-33が故障墜落する事故がありました。

 T-33は米軍から供与された極めて古い機体で、この日、中川尋史二佐(当時)は、総隊飛行隊所属の門屋義広三佐(当時)と同乗して技量維持のための飛行訓練を実施して基地に着陸進入中エンジンが故障したのです。

 この時点で脱出レバーを引けば、二人は助かりました。

 しかしながら、二人は機体の墜落地点が安全な場所であることが確認できるまで脱出しませんでした。

 この機種はエンジンが停止すると操縦系統の油圧も低下して、相当な腕力がないと操縦できなくなるのですが、二人で力を合わせて操縦桿を操作し、高度が低下する中懸命に人家を避け安全な入間川方向へ機を誘導しようとしたのです。

 何とか被害が避けられそうだと判断し、レバーを引いて脱出を図ったのですが、時既に遅し。

 操縦不能のため機体が高圧線に接触し,しかも高度が極端に低下していたので,機から射出された二人の落下傘は開かず、そのまま身体を地面に叩きつけられて殉職されたのです。

 脱出しようとすればできたのに、自分の命を犠牲にして人々の安全が確信できるまで飛行機を誘導し続けその機会を逸してしまった。

 なんという冷静で勇敢な人たちなのでしょう。

 こんなことがあれば、日本以外なら、明らかに勇敢な英雄的軍人として国を挙げて賞賛され、叙勲されその栄誉が顕彰されたことでしょう。ところが、日本での報道はとても地味なものでした。

 それでいて、災害が起きたときやPKO等の時のみ、自衛隊任せというのは、本当に我が国はおかしいと思います。


 こういう立派な人たちの努力や尊い命の上に日本の平和は保たれているのです。

 私は日本の自衛隊は世界一だと思います。

 こういう事実を私たちは忘れてはいけないと思います。


 追記

 この記事をUPしようと思ったら、こんなニュースが飛び込んできました。

※   ※   ※


 米海軍機が住宅街に墜落 バージニア、7人負傷  2012.4.7 10:53 [米国]

【ワシントン=犬塚陽介】米東部バージニア州バージニアビーチの住宅街に6日正午ごろ、米海軍のFA18D戦闘攻撃機が墜落、アパートなど5棟が全焼した。メディアによると、墜落直前に脱出したパイロット2人を含む計7人が負傷したが、命に別条はない。他に死傷者がいないか、地元警察などが調べを進めている。

 事故機は訓練生が操縦、後部座席には教官が乗っていた。海軍によると、離陸直後に「致命的な故障」が発生した。救助されたパイロットの1人は、住人に「墜落してしまい、申し訳ない」と語ったという。FA18は在日米軍基地にも配備されている。

 現場はオセアナ基地から約4キロの住宅街。8棟のアパートが密集し、うち5棟が全焼した。米メディアは建物が跡形もなく崩れ、黒煙が噴き上がる現場の映像を伝えた。

 CNNテレビによると、基地では海軍機の空母発着訓練が頻繁に行われ、住民から低空飛行による騒音への苦情も出ていたという。

 バージニアビーチは首都ワシントンの南方約250キロの大西洋岸にあり、夏場には海水浴客も絶えないリゾート地。人口は約44万人で、世界最大規模のノーフォーク海軍基地に近い。

※   ※   ※

 これも何かの巡り合わせでしょうか?

 改めて中川尋史二佐(当時)と門屋義広三佐(当時)の偉さが分かります。

 謹んで殉職された自衛隊員の皆さんのご冥福をお祈り申し上げます。

 次回に続きます。

横浜・八景島シーパラダイスのスーパー イワシ イリュージョンだよ 【ファイルC241】2012.04.03 

【ファイルC241】2012.04.03 横浜・八景島シーパラダイスのスーパー イワシ イリュージョンだよ

『BOID』という集団運動のシステムだねえ。

 以前、名古屋港水族館のイワシトルネードの記事をご紹介しました。
 記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52086471.html

 今回は横浜・八景島シーパラダイスのイワシさんのイリュージョンをご紹介しますね。

 あいかわらず、こうやって一人一人見れば小さなイワシさんたちです。

 




 可愛いねえ。

 でも群れになったら、凄いのです。

 じゃーん!

 




 5万匹のイワシさんだよ。

 照明が銀色の体に反射して流星雨のようにキラキラと光っています。まさに自然の驚異です。

 




 群れの固まりが、まるで巨大生物のようにうごめき、猛烈なスピードで様々な模様を織りなしていきます。

 




 




 




 チューブトンネルのエスカレーターもこんな感じ。

 




 イワシさんがみっちりと身を寄せ合っています。





 群れがこちらに向かってくると大迫力!





 凄いねえ。

 別にイワシさん1人1人が群れを作ろうと考えているわけがないので、不思議だなと思ったら、たまたま、読んでいた【『進化しすぎた脳』池谷 裕二 著 ブルーバックス】という脳科学の本P247にイワシさんの群れ運動の原理のことが書いてありました。

 イワシさんたちは別に群れ全体のことを考えているわけではなく、単純な原理のもとに泳いでいるだけなんだって。

 この群れの原理は『BOID』という集団運動のシステムという考え方で、『複雑系』の典型的な例なのです。

 それで、このイワシの群れの動きは、たった3つのパターン原則によって説明できるんだよ。

1.仲間と衝突しない。
2.仲間に速度を合わせる
3.仲間の近くへ行く

 この3つの原則を元にコンピューターにプログラムして、シュミレーションするとイワシの群れの動きを再現することができるそうです。

 それで、ネット動画を検索したら、実際にそういうプログラムの動画を見つけましたよ。

mm35135 さんという方がプログラムを作成してアップロードした画像です。

 魚群(Boids)のシミュレーション

 

 うまく見られない人はこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=BtRpOG1VexU

 面白いねえ。

 それで、膨大な数の神経細胞が集まった脳もこの『複雑系』という原理でもって機能しているんだって!!!

 科学ではこんなことも分かってきているのですね。

 でもまだまだ分からないことも多いよ。

 分からないことだらけです。だから生き物は面白いんだね。









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