2012/07/02
【ファイルMU7】2012.07.02 音痴のレコードで有名な『迷唱!絶唱!人間の声の栄光????』はフローレンス・フォスター・ジェンキンス女史のRCA赤盤レコ―ド アメリカ大金持ちのおばちゃんが金にあかして開いたカーネギー・ホールリサイタルのレコードだよ。 ここは音楽の部屋なので、ここでご紹介することが適当なのか分かりません。
音楽と言うよりも、『善意で社会に良質の音楽を提供するつもりが、不幸にも本人の意に相違して、騒音になってしまった』という方が正しいのかも知れないCDをご紹介します。
私のコレクションから、フローレンス・フォスター・ジェンキンス(Florence Foster Jenkins)女史の『迷唱!絶唱!人間の声の栄光????』CDジャケットの写真です。
オビ付き。
オビ無し表。
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『常識外れの音ハズシ!子供たちには聴かせられない。大人だけで楽しむ芸術品(ブラック・ユーモア) 迷唱!絶唱!人間の声の栄光????』
頃は第二次大戦中、アメリカにF.F.ジェンキンスという歌うことが大好きな大金持ちのおばさまが居りました。御年76才。彼女は“夢”のカーネギーホールでリサイタルを開いたのですが、畏くも彼女は生来の大音痴!その音のハズレを物ともせず堂々と歌う凄絶たるコンサートの実況録音盤がこのCDです。 ちなみにジェンキンス女史。この1ヵ月と1日後にお亡くなりになったとの事。典雅にして奔放なる彼女に...... 合掌。
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それでは、YOU―TUBEで第1曲目の音源を見つけたので、さっそくお聞きください。
フローレンス・フォスター・ジェンキンス女史歌唱
W.A.モーツァルト作曲:『魔笛』(まてき: Die Zauberfl??te)K. 620より
No.14: アリア(『夜の女王のアリア』の2曲目)『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え』 Arie - Der H??lle Rache kocht in meinem Herzenです。【←『?』はドイツ語のOのウムラウトですが表示されませんでした】
うへえ!
声は素人としては美しいのですが、音程の乱れは勿論の事、伴奏のピアノ奏者も我が儘勝手のジェンキンス嬢のテンポに合わすことができず、何回も空振りでずっこけてます。
お口直しと言ったら、ジェンキンスおばちゃまに悪いのですが、
一流のプロがまともに歌ったら、本来はこういう曲なのです。
フランスのリリック・ソプラノおよびコロラトゥーラ・ソプラノ歌手のナタリー・デセイ(Natalie Dessay )さんの名唱をお聞き下さい。
Dessay performs "Der H??lle Rache" from "Die Zauberfl??te"
VIDEO
うまく観られない時はこちら。
フランス人歌手がドイツ語で歌ったフランス語字幕表示の映像が英語でUPされています。
大体、これはもともと、今は存在しないカストラート【声変わり前に去勢した男性歌手。女性のソプラノ歌手より高音域が出る】のための超絶技巧の難曲で、プロの女性ソプラノ歌手にとってさえ骨が折れる代物なのです。特にクライマックスの高音域はどうごまかしてやり過ごすかが鍵なのです。
これを素人のおばちゃんが、まともに歌えるわけがないのです。こわいもの知らずにも程があります。
CDのリーフレットに書かれている和田則彦氏のライナーノートから引用します。
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世紀のプリマドンナ、ジェンキンス女史を讃える
そもそも石油産業が車の排気ガスやバイクの排気音で「諸悪の根源」呼ばわりされるようになったのは、たかだか20年前、つまり極く最近である。
しかし、半世紀以上も前からアメリカはペンシルヴァニアで1868年に生まれた大石油会社社長夫人が、国際的規模で、その大型ボディーから「怪排気音公害」?をタレ流しにしていた事実は余りにも有名なのである。
その人、フローレンス・フォスター・ジェンキンス女史は、生来の美声(?)の持ち主でありコロラトゥーラ・ソプラノ歌手として身を立てる決意を固めた。
ところが幸か不幸か、女史は史上稀に見る「音程・テンポ・リズム」と三拍子揃った、正に「三冠王」的大音痴だったのだ。
だから彼女の「演奏活動」が活溌の度を加え、雪ダルマのようにエスカレートするに至って、遂に自らの名誉や家名を慮(おもんぱか)った夫に離縁されてしまったのは理の当然であろう。
しかし離婚に慰謝料は付き物である。
そして、その莫大な慰謝料が、当然ジェンキンス女史の演奏活動資金となったことは言うまでもない。
しかも大金持ちの銀行家弁護士だった彼女の実父が折良く(?)死亡し、その遺産をも加えたのだから、断然「鬼に金棒」である。
ニューヨーク(リッツ・カールトン・ホテルのボール・ルーム)での年一度以上のリサイタルを始めとして、ワシントンやニューポートそしてパリなどの都市への演奏旅行は、ユーモアを解するアチラの批評家たちの『裏返しの讃辞』に援(たす)けられて人気を呼び、次第にジェンキンス女史はスターダムにのし上がって行った。
もっとも始めのうちは、お客に「入場料」を『くれた』ということだが……。
そして遂に、1944年10月25日、彼女はカーネギー・ホールの檜舞台に立ったのである。
当時、個人リサイタルでカーネギー・ホールを満員にできるのはハイフェッツくらいなものだったが、第二次大戦中で本格的娯楽(?)に飢えていた市民たちの人気を呼び、ジェンキンス女史の前売り券は数週間前に売り切れ、6千ドル(当時の貨幣価値でですぞ!)の純益をあげた。
満員の聴衆達は休憩時間のロビーやトイレで涙の出るほど笑い転げたのである。
そして、この歴史的音楽会の1ヵ月と1日後、芳紀?正に76才のジェンキンス女史が、「後世に遺すために」世紀のノドを78回転アセテート録音盤に記録しておいた(勿論当時テープなどの磁気録音は発明国のナチ・ドイツでしか実用化されていなかったから…)その貴重な遺産8曲を、RCAビクターが25糎(せんち)赤盤LPの両面に収めて売り出したが、人気沸騰で忽ち売り切れ!
そこで更に10年後、30糎赤盤LPの片面に7曲をリカッティングして、B面のフィルアップとして、「最新録音」の音痴版、しかも英語でピアノ伴奏という大珍品、「ファウスト」ハイライトを加えて再発売したのである。
こちらはソプラノのジェニー・ウィリアムス嬢と、テノール、バリトン兼任(!)のトーマス・バーンズ氏が競演(狂演?)している。(中略)
何(いず)れにしても「赤盤」はクラシック・アーティストたちが一流であることのステイタス・シンボルとして最高目標なのだから、きっとジェンキンス女史も、あの世で得意満面であろう。(後略)
※ ※ ※
RCAの赤盤というのは、SP時代のビクター(現RCA)のSP盤のレーベル面の色が赤い盤のことを指し、当時の名演奏家に限ってデラックス盤として通常の黒いレーベルではなく赤いレーベルに金文字のレコードを発売されたものです。
それが日本の音楽ファンの間では『赤盤』という呼称で親しまれました。
そこに既に故人となった稀代の大音痴素人歌手フローレンス・フォスター・ジェンキンス女史が『栄光の赤盤歌手』として彗星の如くデビューしたのですね。
音痴にも拘わらず、金にあかした端迷惑なリサイタル活動が嵩じて離縁され、夫の石油会社社長から莫大な慰謝料をせしめ、その上に大金持ち銀行家弁護士の実父からのこれまた莫大な相続金で、夢のカーネギー・ホールリサイタル!
これも一種のアメリカンドリームと言えば言えなくないでしょう。
喩えて言うなら、ドラえもんに出てくるジャイアンが大金持ちだったらこんな感じになるのでしょう。
このレコードは、本国アメリカでは知らない人はいなかったので、レコード店では「音痴のレコードください」と言ったら買えたそうです。
また、アメリカのレコードというのは売れ行きによって値段が違って、このレコードは大人気のため高値で売買されていたそうです。
それで、日本でもLPが発売され、CDでも復刻されて、現に今私のCDコレクションに加わっているのですが・・・。
1944(昭和19)年10月25日の音楽会。それは、第二次世界大戦(日本では大東亜戦争)中のアメリカでのできごとです。
1944年の10月14日にルーズベルトは日本の降伏を早めるために駐ソ大使W・アヴェレル・ハリマンを介してスターリンに対日参戦を促しています。
その他、昭和19(1944)年の10月前後の大東亜戦争の戦況というと。
8月2日 テニアン島の日本軍玉砕。(テニアンの戦い。広島長崎へ原爆を投下したB29はこの時に占領したテニアン島から出撃した) 8月11日 グアム島の日本軍玉砕。(グアムの戦い) 10月20日 米軍、フィリピン・レイテ島に上陸(レイテ島の戦い)。 10月23日 レイテ沖海戦 10月24日 戦艦武蔵沈没(シブヤン海)。 10月25日 神風特別攻撃隊、レイテで初出撃。 といった具合です。戦局は悪化し、日米双方で多くの戦死者を出しています。
いくら物資に恵まれていたアメリカといえども、当時は国を挙げての臨戦態勢でした。庶民の発想ではあり得ません。アメリカ社会が当時既に抱えていた、深刻な社会格差がほの見えるエピソードです。
石油の一滴は血の一滴というスローガンの下、金属も不足し、お寺の鐘、鍋釜や果ては子供のオモチャまで供出していた日本の側から観ると、何か割り切れない思いが湧いてきてなりません。
というか、日本向けの石油の輸出がストップされて、日米開戦にいたったのですから、ジェンキンス女史のご夫君の会社が日本に石油を売ってくれていればあの戦争は起きていないんだねえ。大いなる歴史の皮肉です。
これをユーモア感覚にあふれたアメリカ文化の懐の深さと感じるか、金さえ有れば何でもありの即物的成金国家アメリカの根深い病弊と見るか、人それぞれだと思います。