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アンティ・アンズ(Auntie Anne's)秋葉原メトロピア店のプレッツェル(Pretzel)を食べたよ 【ファイルS33】2013.01.28 

【ファイルS33】2013.01.28 アンティ・アンズ(Auntie Anne's)秋葉原メトロピア店のプレッツェル(Pretzel)を食べたよ

フワフワタイプの大きなソフトプレッツェルだねえ。

 こちらの方も記事が溜まってきて、少し前の話になってきます。

 プレッツェルといえば、昔ブッシュ・ジュニア大統領【ジョージ・ウォーカー・ブッシュ:来日の際に宮中晩餐会で嘔吐したパパ・ブッシュさんの方ではなく、その息子ブッシュさんの方】が、テレビでフットボール観戦中にのどに詰まらせて大騒ぎになったスナック菓子が有名です。

 でも今回ご紹介するのは、ブッシュ・ジュニア大統領がのどに詰まらせたスナック菓子タイプのプレッツェルではなくて、ソフトプレッツェルという、パンのようなプレッツェルです。

 アンティ・アンズ(Auntie Anne's)秋葉原メトロピア店に行きました。東京メトロ日比谷線秋葉原駅の1・2番出口側(北側)の改札を出てすぐのところにあります。





 お店の写真を撮っていると、店長とおぼしきお兄さんがお店から出てきて、どうぞどうぞどうぞと店内に招き入れられました。しっかりしいてるねえ。

 でも、わたしはダチョウ倶楽部さんじゃないねえ。

 最初からここで買うつもりだったので、店内で注文をします。

 それで、買ってきたのがこれです。





 この紙袋は、強烈な色合いが目立つから少々持ち歩くのがつらいねえ。

 それにしても、プレッツェルさんの頭の上に天使の輪っかが。





 なんか、うちのつくねちゃんみたい。

 そもそもプレッツェルの起源はよくわかっていないそうです。
 
 プレッツェルはブレーツェル Brezel、あるいはブレーツェ Brezeと呼ばれている南ドイツ(バーデン地方)の焼き菓子が広まったものだというのが一般的な説なのだそうです。

 それ以外にもドイツとの国境に近いフランス・アルザスの料理であるとする説もあります。

 フランスのアルザスとは言っても、第二次世界大戦以降の今でこそフランス領ですが、そもそもがアルザス=ロレーヌ地方っていうのは、ドイツとフランスとがその領有権を巡って血で血を洗う戦いをした場所ですね。

 ドイツ語でアルザス=ロレーヌはエルザス=ロートリンゲンといって、アレマン語ではエルゼス=ロートリンゲです。

 最初に作られたのも中世ヨーロッパ時代とする説もあれば、ローマ帝国時代だとする説、他にも古代ケルト人の菓子であったとする説もあります。

 また、プレッツェルの独特の形についてもいろいろな説があって窃盗の罪を犯したパン職人が、一つのパンから太陽を一つの角度から3度見ることができれば牢獄に入らなくても良いと領主に言われ、生地をプレッツェルの形にねじり上げて焼き上げたという伝承や、

 プレッツェルの形は祈りをささげている修道士をかたどったものだとする伝承があるそうです。

 結局よく分からないねえ。

 アンティ・アンズAuntie Anne'sのHPにはこういう説明がされています
http://www.auntieannes.jp/main.html

 ※   ※   ※

 プレッツェルって日本ではあまりなじみがありませんが、その歴史はとても長いのです。
 
 言い伝えによると、起源610年頃、イタリアの修道士が、お祈りの勉強をしていた子供たちのために、余った生地で焼いたのが始まりだそうです。

「プレッツェル」はラテン語の“pretiolas”が語源との説があり、その意味は「ちょっとしたご褒美」。

 そのカタチも、子どもがお祈りをしているポーズを表しているとも言われています。

 ほらよく見てください。ねじってある部分が、手を交差しているところ。

 それぞれの手を反対の方に置いているみたいでしょう。なんとも可愛らしい「ご褒美」です。

 ※   ※   ※

 ここのトレードマークが“プレッツェルに天使の輪っか”のデザインなのは、子どもがお祈りをしているポーズを表しているのですね。

 神に祈りを捧げる、聖ぴこりん少年。





 だったら、このトレードマークは天地がひっくり返っているねえ。





 本当はこうじゃなきゃいけないねえ。





 プレッツェルには柔らかく焼き上げた大きい種類と、固く焼いた小さい種類があって、このようにパンのように柔らかく焼き上げたプレッツェルは、焼きたてを食べ、長期の保存はできません。

 スナック菓子のように固く焼きしめた小さいプレッツェルは保存性があるそうです。

 柔らかく焼きあげたプレッツェルはドイツの伝統的なプレッツェルで、ドイツではプレッツェル売りが、パブなどビールを飲む場所を回ってビールを飲んでいる客に販売する光景が見られるそうです。

 北米アメリカのプレッツェル状況はどうかといえば、スナック菓子タイプのプレッツェルとパン・タイプのプレッツェルの両方が普及しているんだって。

 それで、いよいよ食べるよお。

 最初にプレッツェルドッグ(320円)です。





 なんか東宝の怪獣モスラの幼虫みたいな形です。





 割ったら中身がこんな感じ。





 これがとっても美味しいんだよ。

 やや堅めの香ばしいパン(プレッツェル生地)にくるまれたソーセージの皮がぱりっと弾けて、ぷりぷりの中身からジュワッと塩味肉汁が滲み出てくる正統派ソーセージのドッグだねえ。

 
 いよいよ本題のプレッツェルさん。

 基本中の基本のプレーンタイプのオリジナルプレッツェル(220円)から。





 大きいねえ。メジャーで測ったらば、17㎝×16㎝もあったよ。





 フランスパンとパイの中間ぐらいの硬さパンです。

 外側がカリッと香ばしくって、生地は歯ごたえがあります。

 スパゲッティのアルデンテみたいだねえ。

 塩味が効いていてスナック感覚で食べることが出来ます。

 フランスパンがもう少し柔らかければという人にお勧めかな。

 なるほど、お茶うけに、行楽に、スポーツ観戦に、お父さんのビールのお供にぴったりだねえ。


 お次は、お兄さんお勧めのメープルプレッツェル(280円)。
【(注)この商品はシーズンものみたいで、今HPを覗いたらメニューに載っていませんでした。もう少し早くUPしていれば良かったよ。秋限定なのかも知れません】








 
 袋から出したとたんに、お部屋がメイプルシロップの甘い香りで包まれます。生地はオリジナルプレッツェルなのですが、ザラメ砂糖とメイプルシロップの塩梅が丁度良いのです。

 油っぽくなくてしつこくないので、給食の揚げパンをアッサリ上品にしたような感じだねえ。

 午後の紅茶のお洒落なケーキ感覚です。

 外形は大きいのですけれど、穴の部分の空間もまた大きいから、そんな大した量じゃないと高をくくったのが悪かったのか、合計820円なりで結構な量でお腹がいっぱいだよお!


 上述のアンティ・アンズAuntie Anne'sのHPにお店の由来が書かれていました。

 ※   ※   ※

 はじまりは、おばあちゃんのレシピ。

 創業者のアン・F・ベイラーは、アメリカ・ペンシルバニア州のダウンタウンで開かれるマーケットでプレッツェルの味に対する評判はあまり芳しいものではありませんでした。

 そこで、夫のジョナスのおばあちゃんから教えてもらったレシピをもとに、試行錯誤を重ね、プレッツェルをつくりあげました。

 そのおいしさは、今までのどのプレッツェルとも違う、全く新しいものになりました。

 アンティ・アンズの誕生。またたくまに全米へ。

 「おいしい」という評判に後押しされ、「アンティ・アンズ」を設立。

お店の名前は、創業者のアンの名に、伯母さんの愛称である「アンティ」をつけて生まれました。

 ※   ※   ※

 おばあちゃんの知恵袋というか、おばあちゃんのぽたぽた焼きのアメリカ版なんだねえ。

 ということで、今回はふわふわさくさく噛み応えの美味しいプレッツェルでした。
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天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その11) 【ファイルT187】2013.01.24 

【ファイルT187】2013.01.24 天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その11)

大阪の三井住友銀行大阪本店営業部。東西南北でデザインが違うんだねえ。


 前回は旧住友ビルヂングの北側(土佐堀通側)のみ御紹介しました。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53879203.html

 住友家についての記事を最初から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53064436.html

 天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その1)から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53462787.html

 このビルの東西南北面で意匠は微妙に違っています。

 まず西面から、









 向かって左側の二つの窓だけ張り出した手すりがあります。





 後方(南)の壁には段差が付いています。





 雨水溝のグレーチングです。





 南側です





 こちらは模様の装飾が壁面を飾っています。









 電飾や鉄柵の装飾もモダンです。









 撤水栓のフタ。





 西側です。





 SMBC(SUMITOMO MITSUI BANKING CORPRATION=三井住友銀行)のロゴが目立ちますね。





 なお、三井住友銀行は、平成14(2002)年12月株式移転により完全親会社である株式会社三井住友フィナンシャルグループを設立し、その完全子会社となりました。

 株式会社三井住友フィナンシャルグループ(Sumitomo Mitsui Financial Group, Inc. )は、三井住友銀行、三井住友カード(クレジットカード会社)、三井住友ファイナンス&リース、日本総合研究所、SMBCフレンド証券を傘下に置く金融持株会社で、略称はSMFGです。

 本社は、東京都千代田区丸の内一丁目1番2号 三井住友銀行本店ビルディング。ということで大阪の地で生まれ育った住友銀行は、こうして東京の会社の子会社になってしまいました。

 首都機能移転といっても、こういった東京一極集中が他所に遷るだけだったらなんにもなりません。結局は政治家が人気取りのために派手なアドバルーンを上げているだけじゃないかと思うのですけれどね。

 西側玄関です。









 玄関扉の上部の明かり取り窓は北側の半円形と異なり、四角くなっています。

 南の方の壁は段々がついています。









 こちらの飾りには立派な鬣(たてがみ)が認められますから、オスのライオンさんなのですね。





 旧住友ビルヂングの東側敷地内には玄関の両脇に石碑が二つ建っています。

 向かって左(南)側にあるのが、

手形交換所発祥の地の碑






“手形交換所”とは 一定地域内の金融機関が 約束手形や小切手などを持ち寄って 決済交換を行う場所のことを指します。

 世界で最初の手形交換所は 1773年にロンドンで開設されたものですが、日本では明治12 (1887)年に、我が国最初の大阪手形交換所がこの地に開設されたことを嚆矢(こうし)とします。

 以来百年、手形取引の健全な育成を通して大阪経済の隆盛に貢献しました。

 なお、東京で最初の手形交換所開設は、これから遅れること8年後の 1887(明治20)年のことですから、まさに商都大阪の面目躍如たる顕彰碑です。


 玄関を挟んで右(北)側にあるのが、

松瀬青々生誕地の碑





 松瀬 青々【まつせ せいせい:明治2年4月4日(1869年5月15日) - 昭和12年(1937年)1月9日】さんは、は、俳人です。

 大阪の此の地に生まれました。

 通称は弥三郎。俳句は正岡子規に学びました。

 松瀬 青々さんは、明治32年(1899年)、それまで勤務していた第一銀行を辞め、9月から明治33年(1900年)5月まで『ホトトギス』の編集に携わり、明治34年(1901年)3月『宝船』を創刊し、のち『倦鳥』と改題し、その経営に当たりました。

 句集に『妻木』があり、書を能くしたことでも有名です。

 商都大阪を象徴する碑と、文化の高さを顕彰する碑が建っているなんて、ここは住友本店の立地としてもふさわしいのですね。

 ということで、三井住友銀行大阪本店営業部(旧住友ビルヂング)を御紹介しました。

 次に続きますね。

池袋サンシャインの水族館のルックダウンさんだよ 【ファイルC259】2013.01.19 

【ファイルC259】2013.01.19 池袋サンシャインの水族館のルックダウンさんだよ

こわもてのハンサムさんだねえ。

 池袋サンシャインの水族館の記事は続きます。

  連載第一回の池袋サンシャインの水族館のサンシャインラグーンでやっていた水中パフォーマンスから見られる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53714951.html


 今回はハンサムなルックダウンさん。





 スズキ目 アジ科、ヒラマナアジ属のお魚で、和名はシロガネアジさんです。

 アジと言われてみれば、ピカピカの光沢がそんな感じですね。

 でも、水族館や観賞魚の販売店などでは、ルックダウン(Look down)って呼ばれることが多いそうです。

 お目目の上側が出っ張っていて、下側が引っ込んでいるので、海底を見おろしているようなお顔だからそう呼ばれているのかな?





 この人がルックダウンさんなら、ヒラメさんやカレイさんはルックアップさんだねえ。

 銀色が美しいお魚なので、照明の具合で真っ青にも見えます。





 別に気分が悪くなった訳じゃないねえ。

 黄色い尻尾もかわいいねえ。

 でもルックダウンさんのお顔ってどこかでみたような・・・。





 思い出しました。

 民主党最高顧問の岡田克也さん。





 こわもての立派なお顔立ちが似ているねえ。

 でも、真正面から見たらこの通り。





 うへえ。平べったい体なんだねえ。

 お住まいはカナダ、ノヴァスコシア~ウルグアイまでの西大西洋、バミューダ、メキシコ湾。フロリダに多いそうです。

 水深1~53mの砂底または泥底の浅海に生息する肉食性の魚で、汽水域にもあらわれます。

 海底の餌が見つけやすいようにお目目が下を向いているんだねえ。

 体高が高く、体長は20~30センチほどになるそうです。

 アジさんだから、お友達と仲良く群れて泳いでいます。





 最後にごあいさつ。





 さようなら、元気でね。

 今回はこわもてハンサムさんの岡田克也さんじゃなくて、ルックダウン、和名シロガネアジさんでした。

 みなさんも機会があれば会ってあげてくださいね。

 次回はこちら。↓

秋葉原の『九州じゃんがら秋葉原本店』に行ったよ 【ファイルF56】2013.01.14 

【ファイルF56】2013.01.14 秋葉原の『九州じゃんがら秋葉原本店』に行ったよ

じゃんがらラーメンむぎちゃんは美味しいねえ。

 毎度ながらこちらも記事が溜まっていて、少し前の話になります。

 今回は、とんこつラーメン系有名チェーン店の九州じゃんがら秋葉原本店。
  
 東京の電気街で有名な秋葉原に行ったときは、前を通ると、いつも行列なのです。

 遅い時間で雨も降っているので、すいているのではないかと思って食べに行きました。

 傘をさしたメイド姿の女の子が、かじかむ手でお店のチラシを配っています。お仕事大変だねえ。

 8F に今やすっかりアキバ文化のメッカとなったAKB48劇場が入っているドン・キホーテ秋葉原ビル。





 このビルの前の道路を挟んだ正面向かいの路地を左を見ながら50mほど進んでいくと、『九州じゃんがら秋葉原本店』があります。





 すごく派手なお店だねえ。

 それでもって、じゃんがらラーメンむぎちゃん全部入りを注文しました。

 『むぎちゃん(Mugichan)九州味噌応援団:やさしい甘みの九州麦味噌を使用。新しいタイプの味噌味。上品で奥深く細やかな味が自慢です』というラーメンです。

 全部入りというのはトッピングが全種類麺の上に乗っかっているお得なセットです。

 ラーメンが来たよお。





 なんか、スープの中に沈んでいて、よく分からないねえ。

 麺を発掘しました。





 細麺のストレート麺です。

 麦味噌の香ばしい風味のスープが、シコシコで歯でスパッとかみ切れる細麺に良く絡みます。背脂が浮いていますが、コクがあって後味すっきりでくどさがありません。

 角肉を発掘。





 とろけるコラーゲンと繊維が口の中でほぐれていきます。

 味玉半熟(半熟にすると+20円)を発掘。





 味玉半熟を箸で半分に切りました。





 お醤油を身に纏ったおでん卵のような味玉のなかがとろり半熟の黄身で美味しいねえ。

 メンマ(支那竹)はしんなり繊維をさくさく囓ると胡麻の風味がじわっと出てきます。

 明太子ピリ辛で、きくらげシコシコも味にバラエティーを添えます。

 それにしても、いくら探してもトッピングにチャーシューが入っていません。角肉がチャーシューの代わりなのかな?

 麺とトッピングを食べ終わってほっと一息。

 カウンター前方には入店時から気になっていた薬味の紅ショウガとからし高菜の入った缶が。





 うーむ。この薬味でお替りをしたら、さぞかし美味しかろうねえ。

 こってりとんこつ九州ラーメンには、替え玉(かえだま)というシステムがあります。

 替え玉といっても、入試の時に、受験生と違う人が代わりにテストを受けるあれとは違います。

 手っ取り早く言えば、麺を食べ終わったスープそのまま再利用して、麺だけおかわりできるのですね。濃厚とんこつスープだからこそ出来る芸当です。

 それで、替え玉150円也を注文しました。

 お兄さんが湯切りの平べったい金網ざるの上に載った、ゆでたての熱いフレッシュ麺をスープの中に入れてくれます。

 替え玉は最初の麺の時よりスープが薄くあっさりしていますから、そこに紅ショウガとからし高菜をトッピングするよ。

 まあ、締めのお茶漬け感覚だねえ。





 私は紅ショウガも高菜も大好き。

 紅ショウガの食感と、酸味。からし高菜のピリ辛で、少し苦みのある香ばしいお味が、ゆでたてのさっぱりした麺に絡んで、とっても美味しいねえ。

 やっぱり替え玉にして良かったよ。

 でもお腹が一杯だから、帰り道がしんどいねえ。
 
 むぎちゃん全部入り1,100円、卵を半熟に変更+20円、追加の替え玉150円。

 しめてお会計が1,270円でした。

 うちに帰って、気にかかっていたチャーシュー問題を調べるため、じゃんがらラーメンHPを閲覧しました。


 そうしたらば、メニューの『むぎちゃんラーメン全部入り』には、ちゃんとチャーシュー【厳選した豚肉を特製タレでコトコト煮込んだ味は逸品】が入っているよお!





 ちなみに全部入りのトッピングは、①角肉②味玉子③めんたいこ④きくらげ⑤チャーシュー⑥上品めんま⑦ねぎの7種類です。

 うへえ。損したよお!

 お兄さん、『⑤チャーシュー』を入れ忘れたらダメだよお。『ちゃーしゅーりき』が足りないよお!

 それにしても、よりによってラーメン店の味を特徴付ける重要なファクター、AKB48でいえば、トッピング界総選挙でセンターの位置を獲ってもおかしくないチャーシューが入っていないなんて、私もつくづく運がないねえ。

 とっても美味しかったのに惜しいねえ。

 「チャーシューは入れ忘れても、じゃんがらラーメンのことは嫌いにならないで下さい」ということらしいので、日を改めて再挑戦しようっと。

 ごちそうさまでした。

保存・復元工事が完成した東京駅新丸の内駅舎だよ(その3) 【ファイルET78】2013.01.09 

【ファイルET78】2013.01.09 保存・復元工事が完成した東京駅新丸の内駅舎だよ(その3)

ドームの中身も立派だねえ。

(その2)からの続きです。
(その1)から読まれる人はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53804685.html

 今回は東京駅丸の内駅舎のドーム内を御紹介します。

皆さん立ち止まってドームの天井を見上げ、感にたえたような嘆声をあげていました。






多くの人が写真を撮っていて、やはり携帯が多かったのですが、ちゃんとカメラを用意して撮る気満々の人もかなりの部分を占めていました。


 私も、そっくり返って、天井を向いて一眼レフを構え、ぶれないように脇を締めると、背中と腕の筋肉がぷる
ぷるして、腰が痛くなったねえ。


それで撮ったのがドーム天井の写真。






 落下物防止の保護ネットが張られてあって、それが写真撮影に写り込むので、少し邪魔なのですが、これも安
全の為なのでご容赦下さいね。

これを、東京駅創建当時の写真と比べてみて下さい。






 どれほどオリジナルに忠実に復元されたか、良く分かりますよね。

 実はオリジナルの東京駅の写真はそれほど多く残っていなくて、今回のドーム部分の復元は多大な困難があっ
たそうです。

 それなのに、これだけのクオリティー!

 こんな仕事をした今の職人さんも、その元の仕事をした創建当時の職人さんも、とても立派ですね。改めてび
っくりしました。

ドームの最頂部には、八方向の角を取り巻くように鷲(ワシ)さんがあしらわれ、ドームを守護しています。






 これがとても目立つのです。

 この鷲(わし)さんは、遠いから小さく見えますが、全幅長が2.1mもあるので、部分欠落しないように漆
喰(しっくい)ではなく、丈夫なFRP樹脂で作られてしっかりと固定されています。

 足にはそれぞれ稲穂(いなほ)の束が文字通り“鷲づかみ”され、『富国強兵』が表現されています。富国が
稲穂で、強兵が鷲なのですね。

 肉眼で見たときは、てっきりハトさんかと思ったねえ。

 稲穂の束なんて分からないし、ノアの方舟の洪水後にハトが咥えて帰ってきたオリーブの葉っぱの話と間違う
ねえ。

 望遠レンズを覗いてびっくり仰天のワシさんでした。

 この時代は、西洋列強による侵略の危機が眼前に迫り日本を取り巻く環境が緊迫して時代ですから、平和ボケ
している現代とは国民の意識も全く異なっていたのです。

 事実、大東亜戦争開戦時に、アジアでまともな独立国だったのはタイと日本だけで、他は西洋列強に侵略され
ていたのです。平和の象徴ハトぽっぽなんて太平楽は許されなかったのです。


ドーム天井最頂上部分の木の装飾です。






高い位置にある二階・三階には、鋳鉄(ちゅうてつ)の手摺(てす)りで飾られた張り出し廊下が巡らされています。


これは三階部分。






両脇の柱に長細く一対写っているのが鏡と剣のレリーフ。






↑ その上の中央部にある旭日(きょくじつ)の光の輻(や)ようなデザインのレリーフは、

豊臣秀吉の馬藺後立付兜(ばりんうしろだてつきかぶと)を象(かたど)った意匠になっています。

馬藺後立付兜とはこんな形のカブトです。(大阪城天守閣HP試着体験のページよりレプリカ)

 http://www.osakacastle.net/exhibition/try.html




 
 大阪城ではこの兜が試着できるんだって。重そうだねえ。これをつけたままお辞儀なんてしたら首の骨が折れ
そう。

 この兜の現物は、天正15(1587)年の九州攻めのおり、秀吉公が蒲生氏郷(がもううじさと)の家臣、
西村重就(にしむらしげなり)に与えたものです。

 菖蒲(しょうぶ)の一種である馬藺(ばりん)の葉29枚を象(かたど)った後立を装飾としています。

 それにしても、どうして東京駅に大阪のシンボルである太閤秀吉さんの兜が?

徳川幕府と戦った新政府が、わざわざ大坂の陣で徳川家に滅亡させさせられた豊臣家を象徴するデザインを東京駅に用いたのは、あてつけとしか思えません。


蛇さん(巳)のレリーフです。






 今年は巳年だから明けましておめでたいねえ。

 これは十二支を題材にして、先ほどの8つの角にあるワシさんの下に設置された装飾のうちの一つのです。

 十二支といっても、東京丸の内駅舎は8角形なので、その角にあるレリーフも8種の丑(うし)・寅(とら)
・辰(たつ)・巳(み)・未(ひつじ)・申(さる)・戌(いぬ)・亥(い)が飾られています。

 これ以外の卯(う=東)・酉(とり=西)・午(うま=南)・子(ね=北)つまり東西南北を表す動物4種
は、丁度その方角に角が無いので、外されています。

 ヨーロッパの近代建築を取り入れながら、和風のテイストはちゃんと盛り込まれているのです。


八角形の壁の隅には、東宝映画『空の大怪獣ラドン』を彷彿(ほうふつ)とさせる『鳳凰(ほうおう)』のレリーフが配置されています。






 やはり鳳凰はお目出度いのですね。

露光を落として撮影しました。外光によって織りなされる陰影をお楽しみ下さい。





 設計者の辰野金吾博士は、これでも装飾を地味に押さえたと語っていたそうですが、今観てもこれだけ壮観な
駅舎なのですから、当時の人はさぞかし驚嘆したことでしょう。

 当時の東京駅は、南側のドーム棟が旅客の乗車専用口で、ここから乗車します。

南側のドーム棟(再掲)。






 南側ドーム棟には鋳鉄製の飾り格子を縦横にめぐらした切符売り場があって、一等、二等、三等が別々の窓口
になっていました。

 また、三等については、距離別に窓口が分かれていたといいます。

 待合室は一・二等と三等の二室に分かれていて、婦人専用の待合室もあって、ここには化粧室も備え付けられ
ていました。

 各種の売店や築地精養軒が経営する食堂、両替所なども揃っていました。

 手荷物取扱い所が正面に広いスペースを占めていたのは、当時の長距離旅客は、今ならさしずめ海外旅行並み
の大荷物を携えていたためで、ここで荷物をあずけ、降車駅で受け取るシステムになっていました。

 逆に東京駅に到着した旅客は、北のドーム棟へまわって改札を出ます。

北のドーム棟(再掲)






 こちらには、荷物の受取所がありました。なお、婦人専用の待合室は、やや規模が小さいながらも北側降車口
にもありました。蒸気機関車の煤で顔が汚れるから、ここでお化粧直ししたのかな?

 

開業当時の改札口です。






 乗車口、降車口が北南に分かれていて、一方通行のため、シンプルな造りになっています。
 

 それにしても、手荷物預かり受け取りが出来て、乗車口降車口が分かれているなんて、まるで空港のロビーみ
たいですね。

 大正3(1914)年に開業した駅が、こんなに人間工学的の見地からシステマティックに設計されていたことに
驚きを禁じ得ません。
 

新しく構内に設置された郵便ポストも東京駅だねえ。










 ということで次に続きますね。




 次回はこちら。

天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その10) 【ファイルT186】2013.01.05 

【ファイルT186】2013.01.05 天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その10)

大阪の三井住友銀行大阪本店営業部(旧住友ビルヂング)。このビルの設計のために組織された住友合資会社の本店臨時建築部が日建設計の源流だよ。

 ずっと大阪の住友家の記事を書いてきました。

 住友家についての記事を最初から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53064436.html

 天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その1)から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53462787.html

 それで今回は、大阪北浜は住友の拠点、旧住友ビルヂング、現三井住友銀行大阪本店営業部を御紹介します。

 大阪の淀屋橋から肥後橋にかけて、中之島から南を眺めると、土佐堀川を挟んで南岸に住友のビルが立ち並び、この一帯は住友村(すみともむら)と呼ばれています。





 左から 住友生命淀屋橋ビル、住友ビルディング本館、三井住友銀行大阪本店営業部(旧住友ビルヂング)です。

 もともとこの辺りは、江戸時代に各藩の蔵屋敷が甍(いらか)を並べていた、天下の台所、商都大坂の中心地です。

 この伝統が、こういった形で、今も連綿と続いているのですね。

 そのなかでも、黄土色の竜山石【りゅうざんせき:古墳時代には石棺として利用された古くあるから石材】)で鎧(よろ)った重厚な外観がひときわ偉容を誇るのが三井住友銀行大阪本店営業部のビル(土佐堀川に面した土佐堀通側=北側部分)。





 土佐堀川の水面に映えてとっても綺麗ですね。

 ぱっと見には地味なのですが、じっくり見ればとても良い建物なのです。

 『株式会社 三井住友銀行』の看板





 株式会社さくら銀行(太陽神戸三井銀行から改名)と株式会社住友銀行が合併し、資本金1兆2,767億円の『株式会社三井住友銀行』とになったのは平成13(2001)年4月のことですから、建物に較べて看板の新しさがアンバランスなのはいたしかたありません。

 
 それにしても、三井と住友といった昔の財閥同士が合併するなんて、とんもないことだと思いました。


旧称:住友ビルヂング

 建築年。
 1期 大正15(1926)年。
 2期 昭和5(1930)年。
 鉄筋コンクリート造り5階建て。地下一階(後年6階に増築)
 設計:住友合資会社工作部(日高胖・長谷部鋭吉・竹腰健造)
 施工:大林組
 建築主:住友合資会社
 
 このビルは住友財閥の総本店として建築され、財閥持株会社住友合資会社と傘下の住友銀行等の系列主要企業の事務所が入居しました。

 住友財閥解体後は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)第一軍司令部、住友銀行本店を経て現在は三井住友銀行大阪本店となっています。

 実は、この建物は当初7階建てにする予定が、関東大震災の影響で5階建てに変更されたのです。





 今の5階建て+6階部分増築だけでもこの貫禄なのに、最初から7階建てだったらどんなだろう?

 増築部分と屋上。





 ただし、増築部分はいかにもとってつけたようで、全体のバランスを崩しています。

 塔のように張り出した部分には窓にステンドグラスが嵌められているのかな?

 設計が、住友合資会社工作部とありますが、

このビルの竣工から遡る、明治33(1900)年のこと。住友はこの本店ビルを建設するために、わざわざ本店臨時建築部を組織しました。


 それで、多くの優れた才能が呼び寄せられます。
 
 辰野金吾(たつのきんご)博士を建築顧問に迎え、その教え子で第二世代にあたる野口孫市(のぐちまごいち)氏、日高胖(ひだかゆたか)氏、第三世代の長谷部鋭吉(はせべえいきち)氏、竹腰健造(たけこし けんぞう)氏という蒼々(そうそう)たる人材です。

 他にも室内装飾のデザイナー小川安一郎(おがわやすいちろう)氏、笹川慎一(ささがわしんいち)氏など、個人の仕事でも名作を残したり、独立して活躍した人も多いということです。

 まさに建築界の梁山泊(りょうざんぱく)といった感じだねえ。

 顧問の辰野金吾博士と、野口孫市氏、日高胖氏といえば、そっくりそのまま、以前御紹介した、住友家が大阪府に寄附した大阪府立図書館に関わったメンバーじゃないですか。

 大阪府立図書館の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/archive/2012/06/14


 ところが、住友本店ビル建設のために本店臨時建築部が組織されたのに、一向に設計がはじまる気配はありません。

 竹越健造さんなどは、地方支店の設計ばかりやらされて、いつまでたっても始まらない本店設計に業を煮やし、一時は本気で大学に移ることを考えたそうです。

 そりゃそうだねえ。

それで、本店臨時建築部結成から何と30年を経た昭和5(1930)年に、念願の本店住友ビルヂングの2期工事が完了しました。


 30年と言えば、旧制大学卒24歳で新卒入社した人が54歳になってますよ。55歳定年として、あと一年で定年じゃないですか。かかりすぎだよお!

 臨時の建築部が30年って、全然臨時じゃないよお。

 先の大阪府立図書館は本体が明治37(1904)年2月建物竣工・業務開始、両翼拡張部分完成が大正11 (1922) 年10月ですから、この仕事も本店臨時建築部が組織されてからその目的である本店住友ビルヂィングが完成するまでの間の仕事だったのですね。なるほど。

 それにしても、住友から寄附された大阪府立図書館を廃止して、観光施設にするという馬鹿なことを言っている大阪市長は、この建物が計画立案から30年もかけて建設され、いまだに現役の銀行のビルとして利用されていることを知っているのでしょうか?

 知るわけ無いよね。無知無教養だから。

 このビルの設計は、日高氏が全体統括をし、平面計画などの実務的な部分を竹腰氏が担当、長谷部氏が主として装飾的な細部に力を注ぎました。

 豪華な営業室の装飾については、長谷部氏を助けた笹川氏の力に負うところが大きかったそうです。

 といっても、銀行のビルだから、営業室なんて見学できないねえ。


 住友財閥の威信をかけた本店ビルの完成後、目的を達成した本店臨時建築部の組織は縮小され、昭和8(1933)年に住友合資から5万円の出資と29名の移籍を得て、長谷部氏と竹腰氏は独立。㈱長谷部竹腰建築事務所を設立します。

これが後の株式会社日建設計(にっけんせっけい)です。


 ですから、この建物は、日本の建築史上、とても重要な位置を占めるのでした。

 それでは、旧住友ビルヂングの細部について堂島側に面した建物北側から御紹介しましょう。

 北西角から旧住友ビルヂングを望む。





 左が北側土佐堀通り。

 正面玄関です。イオニア式(注1)オーダー(注2)と英文での社名看板が施されています。





 日本語表記では株式会社 『三井住友銀行』だけれど、英語表記だと『SUMITOMO MITSUI BANKING CORPRATION』と逆になって合併前の社名のバランスを取っているのですね。


(注1)【イオニア式】:古代ギリシア建築における建築様式(オーダー)のひとつであり、ドーリア式、コリント式と並ぶ3つの主要なオーダーに位置づけられる。

(注2)【オーダー】:古典主義建築の基本単位となる円柱と梁(はり)の構成法で、独立円柱(柱基、柱身、柱頭)と水平梁(エンタブラチュア)から成る

 玄関細部を見てみましょう。





 玄関扉上部の明かり取り窓は半円のアーチを描いています。





 イオニア式オーダーの装飾です。





 玄関細部の意匠にもこだわりが。









 門扉です。





 堅牢な玄関扉の装飾も凝っています。





 玄関扉脇の壁面にヘンテコなオーナメントが。





 以前、旧横浜正金銀行本店(現神奈川県立歴史博物館)を御紹介したときも、本物とは似ても似つかないイルカ(ドルフィン)さんの彫刻の写真を掲載しましたが、やはり神獣としての魚なのでしょうか。

 旧横浜正金銀行本店の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51820082.html


 辰野金吾博士、野口孫市氏から設計をバトンタッチした日高胖氏、長谷部鋭吉氏、竹腰健造氏の旧住友ビルヂングも、妻木頼黄【つまき よりなか:辰野金吾博士の後輩にあたる】氏の旧横浜正金銀行本店も源流がジョサイア・コンドル氏なので、似たようなコンセプトによる装飾なのでしょう、

 丸い照明の台座部です。





 壁面に幾条か張り巡らされている緑青の浮いた銅製の雨樋(あまどい)の天辺上部には、ライオン【たてがみが判別できないので雌ライオンもしくは豹?】の彫刻が据え付けられています【中之島から土佐堀川越しに望遠で撮影&拡大トリミング】。





 ということは、雨の時に屋上に溜まった雨水がこのライオンの口からほとばしり出て、雨樋で受けて下の雨水溝に流れていくのかな?

 口に穴が開いていないようにも見えるのですが、本当のところは雨の日に確認しないことには分かりません。

 ということで、長くなったので、西・南・東側については次に続きますね。


平成25年新年明けましておめでとうございます。 【ファイルG80】 2013.01.01 

【ファイルG80】 2013.01.01 平成25年新年明けましておめでとうございます。

今年は巳年だね

 新年明けましておめでとうございます。

 今年は平成25年。皇紀2673年です。

 今年の干支(えと)は『癸巳(みずのと み))で、
 十干(じゅっかん)が『癸(水の弟:みずのと)』
 十二支(じゅうにし)が『巳(み)』の
 へび年です。

 ちなみに本日は
 西暦だと2013年
 イスラム暦だと1434年
 ユダヤ暦だと5773年
 チベット暦だと2139年

 ということで、以前神戸の王子動物園で撮影した白いビルマニシキヘビさん。





 おめでとうございます。

 この頃はまだ、パンダのコウコウくんも、子ゾウのオウジ君も元気だったんだねえ。

 日本では蛇は神様の使い、特に白蛇は、弁財天の化身なので大変縁起の良い生き物とされています。

 ですから商売繁盛の神、金運の開ける神なのですね。

 特に商売をされている人は、蔵に白蛇様がお住まいになると、その家が栄えるというので、それは大切にしていたのですね。

 でも、このビルマニシキヘビさんは地球上で最大のヘビの一種で、体長は7メートル以上、体重は90㎏、胴まわりは電柱ほどの太さにまで成長して、ペットとして飼う場合、飼い主に攻撃をして、時には死に至らしめることさえあるらしいのです。
 
 いくら神様のおつかいでも、命あっての物種だねえ。

 なお、イリノイ州のサーペント・サファリパークで飼育されているビルマニシキヘビは、体長8.23メートル、体重は183キロで、現在生きている中で世界一重いヘビなのだそうです。
 
 ということで、またまた話は脱線しましたが、今年もこんな感じでのんびりやっていきたいと思います。


 本年もよろしくお願いいたします。

 本年が皆さんにとって幸多き年でありますように。

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