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池袋サンシャインの水族館のカエルさん達だよ 【ファイルC261】2013.02.28 

【ファイルC261】2013.02.28 池袋サンシャインの水族館のカエルさん達だよ

背中を突き破って子供が出てくるなんて嫌だねえ。

 連載第一回の池袋サンシャインの水族館のサンシャインラグーンでやっていた水中パフォーマンスから見られる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53714951.html

 今回は池袋サンシャインの水族館のカエルさんたちです。

まずは、コモリガエル(ピパピパ)さんから。






 薄っぺらい体が、まるで枯れ葉みたい。水槽の底にバンザイの格好で全く動こうとしません。

 アメリカのアニメーションで、キャラクターがロードローラーに轢き潰されてペラペラになって、空中をひらひら舞い落ちるシーンがありますが、そんな感じだねえ。

 また、『なとり』の“いかフライ”にも似ているねえ。


 このように体が薄っぺらくて枯れ葉や岩石によく似いてるのは、捕食者や獲物の目をあざむく擬態であると考えられています。

 だから、擬態してじっと動かずに獲物を狙うんですね。

 和名コモリガエルまたはピパピパ(学名:Pipa pipa、英名:Surinam toad)は、動物界脊索動物門脊椎動物亜門両生綱平滑両生亜綱無尾目無舌亜目ピパ科ピパ属のカエルさんです。

 お住まいは、アマゾン川流域を中心とした南米北部の熱帯域の川の中で、両生類のカエルさんなのに陸上に出ることはほとんどなく、一生を水中で過ごします。

 あまりにも動かないので、よそをぐるりと見て回って、戻ってきたらば、わずかに動いていました。





 ご覧のように前脚には水かきが無い代わりに、指先に小さな星形の器官があります。また目が小さすぎてどこにあるかわかりません。

 それから、舌がないのがピパ科のカエルの特徴で、それは同じ科のツメガエル類と共通した特徴でもあるそうです。

 舌が無いということは、味覚がないから、ご馳走を食べても美味しくないのかな?

 ところが、そこはうまくしたもので、この前脚の指先にある星型の器官が節足動物の触角のような役割を果たしているのです。

 つまりは指先で味見をするんだねえ。

 小魚や水生昆虫がここに触れると、瞬時に大きな口でぱっくんちょと捕食します。このとき、口を開けて水とともに獲物を吸い込みつつ、前脚で口の中に掻き込むような動作を行のです。

 このぱっくんちょと食べる様子から『パックマンガエル』としても知られているそうです。

 えさは、カエル、とかげ、マウス、大きめの昆虫です。

 移動する時は後脚の水かきを活かして移動し、前脚で障害物を掻き分けながら進みます。

 それで、この人が『小森のおばちゃまガエル』じゃなくて『子守蛙(コモリガエル)』と呼ばれているのは、その特徴的な育児方法に由来しているそうです。

 産卵前になると、メスの背中の皮膚がスポンジのようにやわらかく肥厚(ひこう)します。

 オスとメスは水中で抱接しながら後方に何度も宙返りし、背泳ぎの状態になったときに産卵した卵をオスの腹部で受け止めて受精させ、回転が終了したときに受精卵をメスの背中の肥厚した皮膚組織に押し付け、埋めこんでしまうのです。

 卵はメスの背中の組織内に埋められた状態で孵化し、幼生(オタマジャクシ)の時期もメスの背中の組織内で過ごすのです。

 それで、お母さんの背中で成長した子ガエルさんたちは、小さいながらも立派なカエルの姿になって、そのままお母さんの背中の皮膚を突き破って、わらわらと出てくるのです。

 また、同じピパ属のカエルの中には背中の皮膚内で孵化した幼生がカエルまで成長せず、オタマジャクシの状態で泳ぎだす種もあるそうです。

その模様の動画を見つけたので、貼り付けておきますね。

注意!!!心臓の弱い方は、絶対に見ないでください!




 上手く見られないときはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=jEtubSGlQV0

 コモリガエルの母さんたちは、背中の皮膚から一斉に子供達から『飛び出せ!青春』をやられて、大変だねえ。

 背中の穴の中でもぞもぞ動く夥しい数の子供が一斉に背中の皮を突き破って出てくるなんて、考えただけでも、背中が痒そうで痛そうで、おぞましいねえ。

 次に生まれ変わるときは、コモリガエルの母さんにだけはなりたくないねえ。


こちらは、サビトマトガエル(False tomato frog)さん。






 サビトマトガエルさんは、マダガスカル東部は森林の地表にお住まいの固有種です。

 体長6~9.5 cm。外敵に襲われると四肢を突っ張って体を膨らませて相手を威嚇し、皮膚から乳白色の粘着質を分泌すします。主に昆虫類や節足動物等を食べるそうです。

モウドクフキヤガエル(Golden poison frog)さん。






 いかにも、「みてのとおりハデハデな僕は毒があるから食べないでね」って鮮やかな黄色(警告色)をしていますね。

 モウドクフキヤガエルさんはコロンビアの固有種で、体長5~6㎝とフキヤガエル属では最大種です。

 1個体で、人間10人を死に至らしめるのに十分な毒を持ち、コロンビアの先住民エンベラ族は何世紀もの間、その強力な毒を吹き矢の先に塗って狩りに利用していたため、それが名前の由来になっているんだって。

 エサは、ハエやコオロギ、アリ、シロアリ、甲虫などで、猛毒はこれらが媒介した植物の毒に由来しているのではないかと考えられていて、サンシャインにいるような人工飼育されている個体は猛毒を持っていません。


あと、ふとっちょのベルツノガエル(Ornate horned frog)さんもいたよ。










 アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル(リオグランデ・ド・スル州)にお住まいのベルツノガエルさんは、背中の模様に似た地面を掘って隠れ、目の前を通る小動物を待ち伏せて、その大きな口でぱっくんちょって襲うのです。

 体長はオス10㎝、メス12.5㎝で、鳥やネズミ、それからヘビでさえ飲み込むヘビー級カエルさんなのに、泳げません。とほほ。

 おみやげもの屋さんで、世界の海洋堂制作サンシャイン水族館限定ガチャガチャ!全10種:1回300円(税込)をやったらば、出てきたのがベルツノガエル(グリーン)さんでした。





 サンシャインの子の方が、すこしおデブさんだねえ。
 でも、小さいのに精巧に出来ているねえ。

 私は結局3回ガチャガチャしました。





 出てきたのは先ほどのベルツノガエル(グリーン)さんとケープペンギンさん2体でした。





 このケープペンギンさんは、マクロレンズで接写したから大きく見えるけれど、実物は足の裏から嘴の先までたった5㎝しかありません。





 サンシャインにいた本物のケープペンギンの皆さんと見比べてみて下さい









 本当に精巧に出来ていますね。

 ガチャ玉の表面には“【製作総指揮】松村しのぶ【造形企画製作】株式会社海洋堂”と表記されています。





 ベルツノガエル(グリーン)さんもケープペンギンさんも、松村しのぶさんが作ったのですね。凄い!こうやって制作者の名前を表記するのは、社員に仕事に誇りとやりがいと責任をもってもらうため海洋堂の社長が決めたのだそうです。

 現代の名工の仕事だから、名前は絶対に残すべきですよね。

 この前、日本テレビの『人生が変わる1分間の深イイ話』に海洋堂の社長が出ていて、会社の経営危機の時に社員の皆さんが、「無給でも良いから会社を存続させましょう」と全社一丸となってがんばってくれたという美談の映像を流していました。

 そのあと社長が「実は、うちの社員は社会性が全く欠如しているから、ウチを辞めても他に勤め先が無いんですよ」とネタばらし。

 一緒に出ていたアニメ原画・玩具販売も行うマンガ専門古書店最大手の『まんだらけ』の社長も大いにうなづいていて、「うちの社員も全く社会性がない上に、作家になるほどの元気もない人達ばかり。せめて社長に会った時ぐらい挨拶ぐらいしよろ!」って意気投合していました。

 日本が世界に誇るサブカルチャーは、こういう社会性の欠如した芸術肌のオタクの皆さんに支えられているんだねえ。でも、そういう人達を雇って商売にするってさぞかし大変でしょうね。

 生き物好きで有名な中川翔子さんのしょこたんは、大好きなクリオネのバッカルコーンフィギュアをゲットしたようです。記事はこちら。
http://ameblo.jp/nakagawa-shoko/entry-11011198847.html

 それにしても、10種類もあるのに、中川さんったら、これを手に入れるまで、一体全体どれだけお金を突っ込んでガチャガチャやったんだろう?

 凄いねえ。執念だねえ。

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東京駅八重洲北口側にある都旧跡 北町奉行所跡 【ファイルET80】2013.02.22 

【ファイルET80】2013.02.22 東京駅八重洲北口側にある都旧跡 北町奉行所跡

こんな分かりにくい場所にあるなんて酷いねえ。

 東京駅の大丸ビルが改築され、北町奉行所跡の碑が一旦撤去されて、移築されました。

 それでもって、その場所を確認に行ったのですが、さっぱり見当たりません。

 確かこのあたりのはずなんだけれどねえ。





 結局この日はとうとう見つけられず、それから、いろいろ調べて補修再建された丸の内駅舎見学の折に再チャレンジ。

 丸の内駅舎見学の記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53804685.html

 とても分かりにくい場所にあるということが分かったので、細かくご案内しますね。

まず、JR東京駅八重洲北口改札を出ます。






そのまま直進します。






すると突き当たりに大丸があります。






大丸の左端に小さな通用口があります。


 あとから気づいたのですが、お相撲さんが二人写っていたよお!

 お相撲さん、いきなりカメラを向けられて、失礼な人だなあって思ったに違いないねえ。

 怒りの張り手をかまされなくて良かったねえ。

 それでもって、お相撲さんはいつもここに立っているわけではないので、目印にしないほうが良いと思うよ。気を付けてね。

通用口はこんな感じ。






通用口の脇の壁の下、パイロンの向こうに『都旧跡 北町奉行所跡 石碑』がありました。


 それにしても大東京駅の出入り口とは思えないような、小さな勝手口というか裏口です。

 近くで写しました。





 うへえ、こんな所にあったら気がつくわけがないよお!

 この通用口なら、この前来たとき何回も出入りしていたのに気がつかなかったよお!

 お姉さんが写っていますが、この通用口、こんなに狭いのに結構人通りが多いのです。だから、まず立ち止まるという発想が端から出てきません。

 しゃがまなければ、碑文を読めないし、写真も取れません。でも通行の邪魔になるので、人が通るたびに、立ち上がって、頭を下げます。

 なんで、超有名な全国区の史跡を見るのに、こんなにぺこぺこ謝らなきゃなんないのさあ!ひょっとして、ここで碑文を読んでいる人に通行人がぶつからないように、パイロンを置いたのかな?

 そう考えると、余計に腹がたって来るねえ。

 だって、誰だって知っている遠山の金さんがお裁きをした史跡なのですよ。もうちょっと考えてほしいものだねえ。

 これを移設したときの東京都知事石原慎太郎さんは、作家で文化人なのに、なにやってたのさ。

 それで、苦労して撮った写真を見たらば、自分が写りこんでしまっていたので、斜め上から撮影しました。





 そうこうしているうちに、お姉さん二人連れの片方の人が、『ここは、有名な奉行所跡の碑なんだよ』って指差して自慢しながら通りました。

 うへえ、存在を知っていることが、トリビアの泉級の自慢の史跡なんてなんなのさ!?

 本当に、予めこういう状態で設置されているって知らないと、見つけることは不可能です。

 攻略本がないと探し当てられないドラクエの隠しアイテムじゃあるまいし!

 それでもって、碑文にはこう刻まれています。

※   ※   ※

 都旧跡 北町奉行所跡

 所在 東京都千代田区丸の内一丁目一番地国鉄所有地内
 指定 大正7年4月

 江戸町奉行(えどまちぶぎょう)は徳川幕府の職制の一つで寺社奉行、勘定奉行とともに三奉行と呼ばれていた。

 江戸町奉行は老中の支配に属し配下の本所奉行、道役、小伝馬町牢屋、寄場奉行、町年寄を統括した。その職掌(しょくしょう)は江戸府内の行政司法警察の一切にわたっていた。

 定員は2名で南北両奉行に分かれ月番で交替に執務したが時に応じて増減された。原則として旗本が任命され、役料は三千石、芙蓉間詰(ふようのまづめ)で勘定奉行の上座、輩下に与力同心などがいた。

 「いれずみ奉行」として名高い遠山左衛門尉景元(とおやまさえもんのじょうかげもと:遠山金四郎)は天保十一年(一八四〇)三月から三年の間、北町奉行の職にあった。

                                    昭和四十三年十月一日

                                    東京都教育委員会


※   ※   ※

(カッコ内ふりがなは眼とろん星人による)

 碑文にも書いてある、遠山左衛門尉景元、即ち遠山の金さんは、とても有名ですが、北町奉行には3年しか在任していなかったのですね。

 それから、碑文中の『いれずみ奉行』というのは間違いです。

 『いれずみ』は『入れ墨』と書き、罪人の刑罰として入れるものです。

 巷間、遠山の金さんがしていたと言われているのは『刺青(しせい)』または『彫り物』です。といっても、例の右の片肌脱ぎで『この、金さんの桜吹雪がすべてお見通しよ』という名台詞は後年の創作のようですが・・・。

 青年期に侠客【きょうかく:弱きを助けて強きをくじく義侠・任侠を建て前として世渡りする人。町奴(まちやっこ)・博徒(ばくと)など。男伊達(おとこだて)】とつるんで遊び歩き、若気の至りで彫り物をしたものの後年後悔して隠していたという説もありますが、本当のところはどうかよく分かりません。

 その彫り物にしても、『右腕のみ』、『左腕に花模様』、「『桜の花びら1枚だけ』、『背中に女の生首』、『全身くまなく』と様々な説があるそうです。

 いろいろと虚実取り混ぜた金さん像が巷間流布していますが、名奉行だったのは事実で、天保12年8月18日の『公事上聴(歴代の徳川将軍が一代に一度は行った、三奉行の実際の裁判上覧)』において、時の将軍徳川家慶がその名裁きを激賞し、奉行の模範だと讃えたという史実があるそうです。

 また、庶民に絶大な人気があった名奉行だったのも事実のようです。

 遠山の金さんは、北町奉行だった天保12年11月、老中水野忠邦(みずのただくに)が芝居小屋を廃止しようとした際、これに反対して浅草猿若町(さるわかちょう・さるわかまち)への小屋移転だけに留めました。

 一介の町奉行が老中に逆らうなんて、江戸の身分制度下ではかなりの気骨と勇気の要ることですが、これには、将軍徳川家慶が金さんをとても評価していたというお墨付きもあってのことだったようです。

 なんたって、江戸庶民の娯楽を守ったわけですから、人気が出たのは当然ですよね。

 とりわけ金さんに守ってもらった芝居小屋は大感激。

 感謝の意味も込めて、『遠山の金さん』ものの芝居を上演しました。

 当然ながら、『遠山の金さん』が正義の味方で、悪役・敵役は、老中水野忠邦に芝居小屋の廃止を進言した目付の『鳥居耀蔵(とりい ようぞう)』という構図です。

 天保の改革における鳥居耀蔵の市中取締りは非常に厳しくて、おとり捜査を常套手段とし、出世のためなら簡単に寝返る世渡り上手で、権謀術数で出世したという一番嫌われるタイプだったため、当時の人々からは『蝮(マムシ)の耀蔵』、あるいは『妖怪【通称の耀蔵(“よう”ぞう)と官位である甲斐守(“かい”のかみ)による】』という仇名で呼ばれ、それ以前から評判が悪く、江戸の庶民から忌み嫌われていたようです。


 それにしても、こんな無茶苦茶な場所に石碑を移設したり、名奉行の遠山の金さんを『入れ墨者の罪人呼ばわり』したり、これに関わった東京都教育委員会職員は、なんか日本の歴史に恨みでもあるのでしょうか?

 日本の歴史を侮辱中傷したい半島系の息がかかった東京都の労組関係者なのでしょうか?

 本当に油断も隙もあったものじゃないねえ。


 南町奉行所跡の記事はこちら。

アメリカの定番スナック菓子、スナイダーズ(SNYDER’S)のプレッツェル(Pretzel)を食べたよ 【ファイルS34】2013.02.16 

【ファイルS34】2013.02.16 アメリカの定番スナック菓子、スナイダーズ(SNYDER’S)のプレッツェル(Pretzel)を食べたよ

息子ブッシュ大統領が喉に詰まらせたことでも有名だねえ。

 前回は、アンティ・アンズ(Auntie Anne's)のプレッツェルを御紹介しました。


 こちらは、パンのようなソフトタイプのプレッツェルで、そうなると理の当然として、私がブッシュ・ジュニア大統領が喉に詰まらせたアメリカで定番の“スナック菓子タイプ”の方も一度食べてみたいと思ったとしても、誰も責めることはできますまい。

 アメリカでポピュラーなスナック菓子なら、成城石井で売っているのではないかと思って行ったらば、ちゃんと売っていましたよ。

 それで買ってきたのが、じゃじゃ~ん!

アメリカの定番、“スナック菓子タイプ”のスナイダーズ(SNYDER’S)のプレッツェル(Pretzel)です。






 プレッツェルディップスミルクチョコレート(秋・冬限定商品)です。50g ¥189(税込)でした。

 ミルクチョコディップのものより、もっとプレーンなのが欲しかったんだけど、お店にはこれともう一種類しか売っていなかったのです。きっとこれが売れ筋なんだねえ。
 
 袋には、

SNYDER’S OF HANOVER 
America’s Pretzel Bakery Since 1909
Pretzel Dips
Milk Chocolate Covered Mini Pretzels

 って書いてあるよ。きっと創業者はドイツのハノーバーから来た移民の子孫だったんだねえ。

 これは、ミルクチョコレートのディップでコーティングされたミニプレッツェルなんだって。


 袋を開けたらこんな感じのスナックが出てきました。





 形が分かるように、マクロレンズを使って接写しました。





 小さいけれど、独特のねじれた形はアンティ・アンズ(Auntie Anne's)の大きなソフト・プレッツェルと同じだねえ。

 さっそく食べてみるよ。

 甘いミルクチョコレートでコーティングされたビスケットのような生地がさくっと香ばしいのです。

 感じとしては、金紙銀紙で1個ずつ包装されたカバヤ食品の『フィンガーチョコレート』に近いサクッと感とチョコのお味かな?
http://www.kabaya.co.jp/catalog/index.php?c=catalog_view&pk=315

 でも、スナイダーズのプレッツェルの方が、細くて複雑な形をしているので、チョコのお味が良く絡んで甘さが際立っているのです。

 それに、プレッツェルの塩味が思いのほか効いていて、それをミルクチョコの甘さという力業で押さえ込んだという感じなのです。

 それにしてもアメリカ人は甘いお菓子が好きなんだねえ。だからあんなに太った人が多いんだねえ。
 

でも、この軽いサクッとした食感は、ブッシュ・ジュニア大統領のように喉に詰まらせるような食べ物とは、とてもじゃないけれど思えないのです。


 ブッシュ・ジュニア大統領は、余程頬張って食べたのか、それよりも何等かの疾患で嚥下作用が衰弱していたのかな?

 それでもって、SNYDER’SのHPにはこう書かれています。
http://www.multifood.jp/snyders/

 ※    ※    ※

 1909年創業。ドイツ系移民の家族が立ち上げた小さな向上で生産されたプレッツェルは、今や米国市場で4割のシェアを占め、米国プレッツェル史上でダントツの№1ブランドに。

 原料にこだわった上質のブレッツェルは、米国のみならず世界中の人々を魅了。
世界49カ国に輸出され、今もファンの裾野を広げています。

 ※    ※    ※

 なんてったって、アメリカにおけるプレッツェル市場は1億8000万ドルを超える巨大な産業なのです。

 再三書いていますが、スナック菓子タイプのプレッツェルは、ブッシュ大統領【ブッシュ・ジュニアの方=ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ(George Herbert Walker Bush, 1924年6月12日 - )】が2002年1月NFLのゲーム観戦中に喉に詰まらせて大騒ぎになって、全世界にこのニュースが配信されたことで有名ですね。

 それでもって、ブッシュ大統領がどこのブランドのプレッツェルで喉を詰まらせたか、ネット検索で調べてみたら、同じ疑問を持った人がいたようで、アメリカの『知恵袋』のページにこういう質問がありました。
http://www.chacha.com/question/what-brand-of-pretzel-did-president-bush-choke-on

 What brand of pretzel did president bush choke on?

 【ブッシュ大統領が喉を詰まらせたプレッツェルは、どこのブランドのものですか?】

 その答えが、これです。

Bush did choke on pretzels that were sent by Jenna and Barbara for a snack while watching the Super Bowl. No mention of brand.


【ブッシュはジェナ(双子の娘で長女の方)とバーバラ(双子の娘で次女の方)からスーパーボウルの観戦用にと送られてきたスナック菓子のプレッツェルで喉を詰まらせました。でも、どこのブランドかは触れられていません】


 (以上、訳・注ともに眼とろん星人)
 
 結局どこのブランドのものか、報道されていないんだねえ。

 まあ、北米の巨大産業のプレッツェルだから、どこのブランドのものが喉を詰まらせる危険があるという報道するのは大きなイメージダウン繋がるので、配慮したんだねえ。

 そんなこと発表したら、そこの社員やプレッツェル業界全体の大きな票を失う畏れがありますからね。

 私なんかは、逆に宣伝になるような気もするけれど・・・。

パパ・ブッシュは日本での宮中晩餐会で食べた物を宮沢総理の膝に戻したことが、『もう若くない』と思われ致命傷になって結果的にビル・クリントンに敗れて再選が果たせなかったけれど、ブッシュ・ジュニアの方はプレッツェルを喉に詰まらせたんだねえ。


この親子にとって、食べ物は余程恐ろしい鬼門なのですね。


 それにしても、プロレスで喉を絞める反則を『チョーク攻撃』っていうけれど、プレッツェルやお餅で喉を詰まらせた時にも『チョーク(choke)』って言うんだねえ。


 スナイダーズは米国市場で4割のシェアを占めているから、ブッシュ・ジュニアがスナイダーズのプレッツェルで喉を詰まらせた(choke on)確率も4割だねえ。

 このスナックタイプのプレッツェルは、北米でビールを飲むときのおつまみとして食べられているのですが、特にスポーツ観戦時のスナックとして定番なので、ブッシュ大統領の災難はアメリカの一般的なライフスタイルのせいでもたらされたのですね。

 アメリカではそれほど、大人気で一般的なスナックなんだねえ。

 最近アメリカで、スポーツ観戦の友として日本の枝豆も人気が出てきたと聞いています。また、ビールに枝豆という組み合わせもアメリカ人に好まれるようです。

ブレッツェルがアメリカで大人気なら、日本の製菓メーカーでもブレッツェルを売ればいいのにと思ったらば、売っているんだよ。その代表的なものが、江崎グリコさんの『プリッツ』。






グリコさんの『プリッツ』は、スティックタイプのプレッツェル(Pretzel sticks)なんだって。


 だからプリッツ(PRETZ)なんだねえ。知らなかったよお!びっくり。

 灯台もと暗しだねえ。

 それで、箱を良く見たらば、





ちゃんと、左下に『2PACKS〈プレッツェル〉』って書いてあるよ!


 それで、プリッツを本当に久しぶりに食べました。





 プレーンな塩と旨味がきいた、さっぱり『サラダ味』。

 久しぶりに食べたら、とっても美味しいねえ。

 サクッとした軽い食感は本場のスナックタイプのプレッツェルに優るとも劣りません。

 それにスティックタイプの方がお洒落ですね。

 アメリカの人気スナックを、日本人向けに美味しく換骨奪胎した江崎グリコさんは偉いと思いました。


 それで、皆さんも、機会があれば、スナイダーズ(SNYDER’S)のプレッツェル(Pretzel)を一度お試し下さい。アメリカ人気質の一端に触れることができますよ。

 できれば、テレビでアメリカンフットボールやメジャーリーガー・ベースボールを観戦しながら食べると、なお良いねえ。


それにしても、ブッシュ・ジュニア大統は、どうしてこんな軽い食感のスナック菓子を喉に詰まらせたのでしょう?う~む。謎だねえ。

天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その12) 【ファイルT188】2013.02.11 

【ファイルT188】2013.02.11 天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その12)

日本を代表する設計事務所、日建設計と日本の建築小史について。

 住友家についての記事を最初から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53064436.html

 天王寺公園内の住友さんが寄贈した大阪市立美術館敷地と、住友家茶臼山本邸庭園だった慶沢園(その1)から読まれる方はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53462787.html

 前々回、大阪の旧称:住友ビルヂング、現三井住友銀行大阪本店営業部建築のための本店臨時建築部が日建設計の源流だという記事を書きました。


 それで、現三井住友銀行大阪本店営業部の南側を少し歩くと、同じ住友村の中に日建設計株式会社のビルがあります。









 とはいえ、ここは日建設計大阪事務所で、大阪を起源に持つ日建設計も、現在本店は東京都千代田区飯田橋となっています。

 それにしても、日本人にとって、設計事務所というのはどうも馴染みがなくて縁遠い存在です。

 普通、家やマンションを購入する際、○○工務店、○○建設、○○組、○○ハウス、○○ホーム等等にお願いすれば、設計も込みで建てられることになっているからです。

 そこで、設計事務所と、日建設計について分かりやすく端的に書いた文章があるので、ここに引用させていいただきます。

?H1>インテリア雑誌『室内』の編集長で舌鋒鋭い評論家としても活躍された、故山本夏彦さんの『建築事務所(S56・1)』という小論です【中公文庫『恋に似たもの』載録】。

 ※    ※    ※

 日建設計株式会社といっても知るまいが、社員千人を有する日本一の建築事務所である。

 日本一であるばかりでなく、世界でもユニークな事務所だという。アメリカにも千人を超える建築事務所は時々あるが、それは仕事次第で集まって、そのとき二千人契約しても、仕事が終われば解約してもとの四百人または五百人にもどるから、いつも千人いる事務所はないという。

 わが国の建築設計事務所の規模は二十年前も二十人か三十人だった。二十年たっても二十人か三十人である。千人を数えるのはひとり日建設計だけである。

 どうしてこんな差が生じたかというより、高度成長があったのになぜ他が旧のままでいるかと怪しむほうが本当である。

(中略)

 建築事務所のスターは多く大学の教授である。所員は大学出たての弟子だから、両者の仲は師弟の関係で雇用の関係ではない。弟子は師匠に学ぶのだから本当は無給でいいのだが、外聞もあるからすこしは小遣い銭をやる。

 それは有名な事務所で、有名でない事務所は正規の設計料はとれないからたいてい負ける。負けたぶんだけ材料屋からリベートをとって給料その他をまかなう。

建築事務所は設計し、構造計算し、見積もりをするが施工はしない。しないというよりしてはならない。建主のかわりになって施工業者を監督する。建築事務所は施工業者と対立する存在である。対立しなければ建主の利益は守れない。建主の利益を守って設計通りの施工をさせるのだから、設計料と監理料をとる。


ところが建主はこの金を惜しむ。なぜ惜しむかというと、戦前の例外をのぞいて、多く○○組に請け負わせた。○○組は今も昔も設計料をとらない。設計部員をやとって設計させているのだからその費用はむろんとっているのだが、べつの名目でとって表むきはとっていないことにしているのである。


 元来この設計事務所というものはわが国にはなかった。明治も末ごろ辰野葛西建築事務所曾禰中条建築事務所などが相次いで出来たが、それは遅々としてふえなかった。ちなみに辰野葛西のうちの辰野氏は辰野金吾で、東京駅帝国製麻を設計した人でフランス文学の辰野隆の父君である。また曾禰中条の中条氏は中条精一郎で宮本(旧姓中条)百合子の父君である。

建築事務所がこんなにふえたのは戦後のことである。設計と施工をアメリカでは分離している。設計したものが見はっていなければ、施工するものは何をするか分らないとアメリカ人は思っている。


 占領軍が設計を分離して注文したから、たちまち設計事務所はふえ、しばらくそれは占領軍の仕事でうるおったが、ひとたび彼らが去ってしまえば無名の建築事務所はつぶれ、有名だけが残った。

請負業者は旧にもどってまたぞろ設計施工を一貫して引きうけだした。


 そのころ高度成長がはじまったから、仕事は工務店に集まった。経営者はケチだから設計料をとらない工務店に設計施工させ、工務店はずいぶん儲かった。儲かったから設計部に大学の建築学科の出身者をいれ、これを充実させてたいがいの設計事務所に劣らないようにした。

 十年ひと昔といってたちまち優秀な学生が集まるようになった。○○組という土建屋のイメージは忘れられ、一流会社だと思われるようになった。初任給が高くてボーナスをたくさんだせば世間は一流だとみる。

「大工をふみ台の繁栄じゃないか」と十なん年前わが「室内」は書いたことがある。


?H1>ここでいう大工はひとり大工を意味しない。土方(どかた)鳶(とび)左官(さかん)などの諸職をふくむ。これらすべては竹中大成清水以下の社員ではない。下請のまた下請に集めさせたもので、まあ日雇いみたいなものである。日給で雇われ何の保障もないもので、大きな現場があれば事故で必ず二人や三人は死んだ。

 けれどもどういうわけか新聞には出ない。江戸時代の大きな普請は人柱(ひとばしら)を必要としたが、今も必要とするにきまっているから、新聞も書かないのかも知れない。

ただしいま死ぬのは出かせぎの農民である。その出かせぎ人によってわが建築業はなりたっている。大工をふみ台の繁栄じゃないかと書いたゆえんで、林昌二氏【「日建設計」を代表する当代一流の建築家】はこれを近代建築は農業の裏作かと書いている。


 右は大工工務店の繁栄の小史である。建築事務所も高度成長と共に大きくなるはずなのにひとり日建設計が昭和二十五年に百人だったのがいま千人になっただけで、他がならなかったのは設計事務所がアトリエにはじまってアトリエに終わったからである。

 工場のような実用本位の建物は建築家の仕事でないと、とんでもないことを思っていた建築家がいたからである。

 たぶんそれは彼らが芸術にあこがれ、芸術家を志したからだろう。大型建築に背を向け佳作は小品にあると、ひとり小さな美しさを追うようになっただろう。所員を徒弟扱いにしてまともな給金を出さないから、次第に人材は工務店に集まって、金持ちの子弟しか集まらなくなったせいだろう。

 その金持ちの子弟のうち優秀なものは、独立してアトリエを主宰するようになって、建築家はていよく弟子をやめさせたことを喜ぶと同時に、片腕を失う落胆を繰返してこの二十年次第に老いたのである。

つまり建築事務所の時代は終わったのである。


 建築家は自業自得と思いたくないから世間の無理解を嘆く。何より建主がケチで目先の損得しか分らないと嘆く。

 以上建築界の二十年を手短に語ったが、むろん例外はある。小さな建築事務所のなかにもいい事務所はある。ただそれに一々言及していては話がはかどらないから、しばらく日建設計を代表にしたのである。

 日建設計は設計と監理だけして施工しないこと他の建築事務所と同じである。

ただ他の事務所の多くがアトリエに終始したのにユニークな存在になったのは、進んで大工場の設計をしたからである。高層ビルを建てたからである。高速道路、港湾、空港の設計をしたからである。


(中略)

世間の社長族は自分の商売には辛いが、自社ビルの建築のような一世一代の巨大な買物には途方もなく甘い。


有名な工務店だから、ゴルフ場の友だからというだけで依頼する。重役たちも反対しない。反対できるだけ勉強していない。有名なら一議に及ばず信用してあの巨大なビルを坪当りいくらで見積もりさせて怪しまない。あとは担当の役員を決めて一任して、時々報告をうけて念頭から去っている。


※    ※    ※

 というのが、日建設計に仮託した日本の建築業界史のエッセンスです。

 日建設計のHPを覗いてみたら、2013年1月1日現在、役員・職員数は、1,724人、日建設計グループ全体では、2,387人となっていました。

 日建設計のHPはこちら。
http://www.nikken.co.jp/ja/

それにしても、設計会社と施工会社を別にして設計会社が施工会社を監督するってご存じでしたか?これが国際基準なのです。


裏を返せば、それだけ日本のゼネコンに信用があるからという言い方も出来るでしょう。


大企業の自社ビルですらこんな状態で、ろくに考えもせず優秀な日本のゼネコンに丸投げ発注しているのに、TPPを締結して、海外から海千山千のゼネコンが日本に大挙して押し寄せたら…。考えただけでも恐ろしい話です。完全に日本はカモです。


何がグローバルですか?


一番過保護でぬくぬくして頭が悪いのが、バブル期にイケイケドンドンと出世した今の日本のトップ経営者・官僚です。自分たちの無能を棚に上げて、やれ構造改革だ、リストラだと日本経済を真に支えてきた人達を露頭に迷わせて海外資本が喜ぶことばかりやっています。


 この人達、大損した金融ビッグバンやリーマンショックで懲りなかったのでしょうか?というかその責任を取らされそうになったから、自己保身のために売国に走ったのでしょうね。

TPPを締結すれば、きっと日本で仕事をする海外の企業は、日本の労働者の賃金が高いから移民を受け入れろと文句を言うでしょう。


そうすれば、移民の流入を妨げる日本の法律によって不利益を受けることはISD条項に違反するから、日本の法律を改正しろと難癖を付けてくるに決まっています。


これでTPPに基づき米国支配下世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴されれば、確実に日本は敗訴です。


 隣の大陸の国だけで、潜在的経済難民が軽く1億人以上います。

この大陸の某国は、長い間自国民を『農業戸籍』と『非農業戸籍』の二種に差別的に分け、自国の農村人口の都市への流入を厳しく制限しておきながら【80年代後半以降これが緩んで流入が進み『盲流問題(もうりゅうもんだい)』と呼ばれている】、一方で日本に経済難民も受け入れるべきだと言ってはばからない超ウルトラ級恥知らずの国民性を持っています。


1億2千万人の日本にこういう不良移民が千万単位、億単位で流入したら、日本の治安は崩壊します。日本の文化も崩壊します。


移民を大量に送り込めば、戦争なんてしなくてもその国は乗っ取れるのですよ。チベットの現状を見れば一目瞭然です。


どうしてこんな簡単なことに気がつかない人が多いのでしょうか?



 TPPについては私が過去に書いた記事をご覧下さい。

東京上野動物園のホッキョクグマさんだよ 【ファイルC260】2013.02.08 

【ファイルC260】2013.02.08 東京上野動物園のホッキョクグマさんだよ

水中の勇姿も見られるようになって良かったねえ。

 東京上野動物園のホッキョクグマさんについては以前も記事にしました。


 それでもって、今回やって来たのは、ホッキョクグマさんのお家が改装されて、水中の様子も見られるようになったからです。

 さっそく行ってみました。





 うへえ、すっかりリラックマさんになっているよお!

 それもそのはず、ホッキョクグマさんは、陸上に住んでいる肉食動物の中でいちばん大きくて、北極海の『生態ピラミッド』の頂点に君臨しているから、無防備な姿勢で寝転がれるのですね。





 その上に、動物園では餌探しにあくせくしなくて良いからねえ。

 上野にホッキョクグマさんに初めて来たのは、明治35年のことで、その時の写真が展示してあったよ。





 その時、ちょうど上野にはツキノワグマの真っ白なアルビノ個体がいて、そちらを『シロクマ』と呼んでいたので、北極から来たクマさんを『ホッキョクグマ』と呼ぶようになったというお話は、当ブログで御紹介しましたね。

 その時の記事はこちら。
 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/45763378.html

 それでもって、今上野にいるのは平成24(2012)年3月16日にイタリアのファザード・サファリからやって来た、メスのデアさんです。

 もう一人いたオスのユキオさんは平成24(2012)年4月10日に繁殖のために釧路市動物園へ婿入りしました。

 釧路のお友達はユキオさんと仲良くしてあげてね。

 それで、餌の時間が近づいてきたのか、デアさんはプールの中を泳ぎ回ります。





 やっぱりホッキョクグマさんは泳ぎが上手だねえ。ホッキョクグマさんは、陸上動物であると共に、10 日間で 687 km を泳いだという記録もあるそうですから、水棲動物でもあるのですね。

 だから、水中観察できる施設はこれからホッキョクグマ展示の常識になるのでしょう。

 デアさんは、水底の奧の岩の間が余程落ち着くのか、入ったら中々出てきません。長い間もぐりっぱなしなので、余程肺活量があるのですね。





 いよいよ、餌が投げ入れられましたよ。





 お芋さんだねえ。

 女性はお芋さんが好きだからねえ。

 こんどはお魚をナイスキャッチ。





 泳いで獲ったお魚は美味しいねえ。





 それにしても、水の中で餌を獲るホッキョクグマさんの姿をみてみんな大はしゃぎ!

 とくに小さい子が喜んでいて、パンダさんに劣らず大人気です。

 ホッキョクグマ舎の改造工事は大成功ですね。
 
 上野動物園では、ホッキョクグマさんの餌として、馬肉、鶏肉、卵、魚などの魚肉類のほか、リンゴ、サツマイモなどの果物や野菜を与えています。





 クマさんは雑食ですからね。

 一日に食べる量は、オスで15㎏、メスで10㎏だそうです。寒い地域に住んでいるから体温の保持にカロリーが沢山いるし、体が大きいから良く食べるんだねえ。

 水から頭を出して、





 ふるふる水を振り飛ばします。





 今日はお客さんが沢山入っているかな?





 陸に上がったら、さすがに貫禄だねえ。





 あたりをきょろきょろ見回したと思ったら。





 うへえ。またリラックマさんになったよお!





 ということで、最後にごあいさつ。





 さようなら、元気でね。

 もうすっかり日本に馴れている様子で、良かったねえ。

保存・復元工事が完成した東京駅新丸の内駅舎だよ(その4) 【ファイルET79】2013.02.03 

【ファイルET79】2013.02.03 保存・復元工事が完成した東京駅新丸の内駅舎だよ(その4)

当時から、安全安心のために目に見えないところで誠実な努力がはらわれていたんだねえ。

(その3)からの続きです。
 前回の(その3)はこちら。
 東京駅新丸の内駅舎(その1)から読まれる人はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53804685.html

 年末の東京駅はライトアップもされて、もの凄い人出でしたね。

 混雑している上にお金を取られるスカイツリーでも人気なのに、無料でこれだけ凄い建物を見ることが出来るのですから大人気なのは当然です。

このように東京駅舎は美しい様式美と華麗な装飾が観る人に感銘を与えるのですが、実は本当に凄いのは、その安全性なのです。


 東京駅及びその周辺は、『八重洲』という地名でも分かるように、もともと日比谷入り江の洲浜だった場所なので、とても軟弱な地盤で、基礎工事がとても重要だったのです。

 ですから、創建当時の人達はどうしたかというと、まず実験をした上で、基礎の工法を決定したのです。

?H1>高架工事に際しての実験の様子。





 レールを積み重ねて荷重による地盤の影響を調べています。

?H1>同基礎工事の模様。





 そうして、こういった工法が取られました。【『東京駅はこうして誕生した』林 章著:ウエッジ選書P172より】

  ※    ※    ※

 大林組の施工は、基礎コンクリートの最終打設工事から始まっている。敷地全体の地表は前工程によりすでに総掘りされていて、松材の食いがびっしり打ち込まれていた地下3.6メートルへ、すでに厚さ1.2メートルの基礎コンクリートが打たれていた。ベタ基礎と呼ばれる格別頑強なものである。
 
 この上に格子状に平鋼と丸鋼を組み敷いて配筋し、もう一度コンクリートを打って床盤の基礎とするのだ。現在の鉄筋とは異なる方式であるが、いずれにしても鉄筋コンクリートであることにかわりない。ここで当時最新の建設機械が採用されている。このコンクリート打設に、初期の蒸気動力によるコンクリート・ミキサーや工事用エレベータなどが投入されており、生コンクリートを打設場所へ運ぶためのレールが各所の床に敷いてあった。これらの利用は、本格工事としてはわが国最初の事例である。さらにその上面へ、人びとが歩くための床コンクリートが打たれていく。砂利や石炭滓(かす)が混入されたものである。頑丈の上に頑丈を重ねる基礎部の施工ぶりである。

 できあがった基礎の上に赤レンガの壁体が、平均厚さ60センチに手積みで積み上げられていった。躯体レンガの積み方は「オランダ積み」と呼ばれるものである。構造躯体であるレンガは、先行していた鉄骨をガイドラインとしながら、これを包むように一つ一つ積み上げていく。外壁部には、2メートル間隔に鉄骨の柱が配置されている。鉄骨筋違いの部分にもレンガを切り欠いて加工し、鉄骨に密着させて積む。地下部分は三枚、地上部分は二枚半を、一段ごとに交互にずらして、躯体外壁として積み上げていき、さらに入出口などの外壁表面には特別仕上げの化粧レンガを貼り付けていく。こちらは「ドイツ積み」と呼ばれる積み方であった。・・・・・・

※    ※    ※

当時としては最新の技術で建物の安全について細心の配慮が成されていたことが分かります。


今回の保存・復元工事の時に出土した、創業から90年以上地中で駅舎を支えてきた松の杭は、ほぼ傷みが無かったそうです。当時から凄い技術だったのですね。


そういう努力により、東京駅舎はあの関東大震災時にもびくともせず、無傷で残りました。


 震災時の惨状を観ると、いかに東京駅丸の内駅舎が巨大地震に対して強靱にできていたかわかります。

?H1>関東大震災時で罹災した東京駅ホームの惨状。





?H1>関東大震災時で罹災した上野駅はこんな被害を受けました。





 黒こげになった、入換え作業用のB20型小型タンク式蒸気機関車が被害のすさまじさを表しています。

?H1>これだけの規模の地震にも、丸の内駅舎は無傷で耐えたのです。

そのお陰で、無事だった東京駅丸の内駅舎は罹災者の避難所になり、多くの人を救いました。


 見えない部分で真に重要な仕事を誠実に行う、その姿勢に本当に頭が下がります。

?H1>ところが、これだけの災害を耐えた東京駅丸の内駅舎も、大東亜戦争時の残虐非道な非戦闘員の大量虐殺を目的とした米軍の精密爆撃で焼け落ちてしまいました。





 ドーム部分が無くなっていますね。日本の戦後復興にあたって、交通網の復旧は急務でしたから、その際にはドームの復元までには至りませんでした。

それが、今回の保存・復元工事でより安全になって甦ったのです。


?H1>このように、日本の建築は、ものづくり日本の土台を支えてきたのです。

 日本が地震、台風、戦災、火災といった困難に見舞われて来る度に、甦ってきた影には、こういった人々の地道で尊い努力があってこそです。
 

工事の質がどれほど大切かというと、下の写真をご覧下さい。





 
 2011年3月21日早朝、支那の広東省珠海市南屏鎮広昌村で、建設中のマンションの倒壊事故が起きました。

 養殖池を埋め立てた後に建てたにも関わらず、わずか1メートルしか基礎を打ち込まないという手抜き工事の違法建築だったのですが、なんの負荷もかかっていないにも関わらず、自重によって完成を待たずに倒壊したのです。

 建設費用は共産党幹部が中抜きしたのでしょうね。かの国において、こんな事例はほんの氷山の一角で枚挙に暇がないのです。

 耐震強度偽装問題を起こした姉歯のビルでさえ、こんなことはありえません。

日本にTPPなんかが導入したら、こういう連中が入札してその破格の安さで落札する可能性は大きいのです。


マスメディアは日本のゼネコンのことを談合だなんだって目の敵にしますが、それで日本の建設会社が手抜き工事をして無茶苦茶なことになっているのならともかく、日本の土木技術は世界一です。それはただゼネコンだけではなく下請や日雇いの建設作業員の質の高さにも負っているのです。


 先の東日本大震災においても、道路の奇跡的な復旧速度に世界中が驚嘆したのは記憶に新しいところです。

 その時でさえ、工事が激減したのでブルドーザー等の重機が海外に売り飛ばされていて絶対量が不足し、大変だったということです。

TPPで、こういう産業を潰して、安かろう悪かろうの海外ゼネコンや外資を入れようとしている政治家、財界人、日経を始めとするインチキマスメディアはなにを考えているのでしょう?


 海外のゼネコンが大災害の時、すぐにかけつけて不眠不休の復旧作業なんてやってくれると思っているのでしょうか?

 インチキマスメディアは、それまで、TPP参加を散々煽っておきながら、それがとんでもない愚策だということが国民に分かってくると、報道量を激減させ、影でこっそり参加を既成事実にしようと画策しています。これを売国と言わず何と言うのでしょう?

?H1>マスメディアは、何かとゼネコンを諸悪の根源のように報じますが、じゃあ、こういった工事を外国の質の低いゼネコンや外国人労働者に任せられるのでしょうか?

 労働の質以前に、支那、朝鮮半島の犯罪発生率は日本のそれとは比較にならないほど高く、今でさえ在日外国人犯罪や不法入国の多さ、凶悪さは問題になっているのに、マスコミは警察白書を見れば普通に載っているこういった情報を隠蔽し、日本国民の知る権利を妨害しています。

 そうして、小泉某とか、橋下某とか、自由競争が正義だって単細胞がいて、それを気持ち悪いぐらいにもてはやすマスコミや学者がいて・・・。

 スカイツリーにせよ、落札額が極端に低くてその安全性を懸念する声もあがっているのです。

 橋下某なんて、人気取りのために保守になりすましていながら、その裏で外国人の地方参政権導入や人権擁護法案を推進しています。この人本当に日本人なのでしょうか?

 この人達に言わせれば、ぶっ壊したら何かが生まれるそうです。これって、覆面にヘルメット被ってゲバ棒を振り回していた全共闘暴力学生の連中が言っていたことですけどね・・・。

 中高年オヤジがいい歳こいて反抗期って何?

?H1>一度、壊した物、失った物は二度と帰ってきません。

 覆水盆に返らず。英語ならIt's no use crying over spilt milk.【こぼれたミルクのことをなげいてもしょうがない】です。

 世界的に、破壊の跡に創造があるなんて思うのはバカだっていうことわざがあるのに。

 柿右衛門の壺は三歳児の子供にも破壊することが出来ますが、それをもう一度作ることがどれだけ大変か、この連中は、そんな簡単なことも分からないのでしょうか?

 国宝級のツボを次々と破壊して嬉嬉としている小泉某とか、橋下某とか、それを褒め称えるマスメディアや、それに乗っかって支持する人達は、三歳児にも劣る知能なんですよね。

 東京駅を観たとき、一度考えてみてはいがかでしょう。

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