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大坂・大阪・大大阪を象徴する淀屋橋だよ(その1) 【ファイルT198】2013.09.30 

【ファイルT198】2013.09.30 大坂・大阪・大大阪を象徴する淀屋橋だよ(その1)

大阪のメインストリート御堂筋の伝統ある鉄筋コンコリート橋。

 中之島の南、土佐堀川に架かる『淀屋橋(よどやばし)』は、地下鉄の駅名にもなっていて、有名ですが、名前通りちゃんと橋が架かっています。

現在の『淀屋橋』は大正13(1935)年に中之島の北側に流れる堂島川にかかる『大江橋』とともに当時では全国でも珍しかったデザインコンペによって架橋されました。

 中之島西側から土佐堀川越しに石原ビルを望む(再掲)。





1等に選ばれたのは、南欧中世紀風と表された大谷龍雄氏の作品で、大阪市はこれに基づいて実施設計を行いました。

鉄筋コンクリート造りのアーチ橋ながら、パリのセーヌ川を参考に景観に配慮したデザインは、一部補修された以外は懸架された当時のままで、市の第1次都市計画事業の目指すところを後世に伝えているそうです。

 この淀屋橋が橋長53.5m幅員36.5m、大江橋が橋長81.5m幅員36.5mです。

このことが特に評価されて、2008年には『大江橋及び淀屋橋』として、コンクリートの橋としては珍しく重要文化財に指定されました。

なお、この大阪市第一次都市計画事業というのは、大正10(1921)年から始まり、これによって大阪市民に慣れ親しまれている大阪市中心部の橋梁景観は造られたと言って過言ではありません。

この事業では、およそ20年間に150を超える橋が耐震設計を取り入れた永久橋になるとともに都市景観を形成する重要な位置を占めるようになりました。

このことを讃え、この時期に架橋された橋梁遺産として『大川・中之島の橋梁群(桜宮橋,天満橋,天神橋,大江橋,淀屋橋)』が土木学会選奨土木遺産に指定されています。

つまり、いまの水都大阪のモダンな橋の風景は大正から昭和初期にかけて創出されたものなのです。先人の努力には本当に頭が下がります。


 ここは水都大阪似相応しい風景だねえ。
 
 淀屋橋西南、石原ビル側から日銀大阪支店を望む。





 以前、石原ビルについては、怪獣ゴジラとアンギラスの決闘で倒壊したという記事を書きましたね。↓
 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/54085473.html

 地下鉄淀屋橋ホーム(再掲)。





 歩道もゆったりとって幅が広いねえ。なんてったって、幅員が36.5mですからね。





 Googleの航空写真で見た淀屋橋。





ご覧の通り、8車線あって、全車線南行き一方通行です。

 これで、右左折の車線変更は大変だねえ。

 しかも、大阪の人の運転マナーは悪いから、ウィンカーを出して待っていても車線を譲ってくれないから、無理矢理鼻先を突っ込んで割り込むのだそうです。

 昔は二重駐車三重駐車が当たり前。今では駐車監視員の方々の活躍もあって、『違法駐車』そのものが激減しているようなので良かったねえ。

 それから、大阪では五十日(ごとび)という商習慣が残っていて、毎月5日・10日・15日・20日・25日と、30日または月末日に決済を行い【五十払い(ごとばらい)】、そのため営業の車で道が大混雑します。

 支払い、集金がもともとの目的だったので、今は銀行決済ですからおかしな習慣なのですが、大阪の商いは直接得意先に顔を出して、顔つなぎや情報収集を行うことがとても重要なのです。ですから、大阪の一般ドライバーは、五十日(ごとび)の運転を極力避けるそうです。

 慣れない人は大阪で自動車の運転はしない方が無難だねえ。

 淀屋橋から西の肥後橋側を望む。





 土佐堀川の左側(南側)が通称『住友村』です。

 住友村の記事はこちら。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53879203.html
 
 石燈が立派ですね。





 肥後橋側から見た淀屋橋全景。





 淀屋橋の北側。





 最後に淀屋橋越しに見た大阪市中央公会堂(旧中之島公会堂)。





 水都大阪に相応しい、とても美しい風景です。手前に大阪府立中之島図書館(旧大阪図書館)の三角青屋根が見えています。

 ということで、現代においても、大阪を象徴する橋である淀屋橋についての記事でした。

 次に続きますね。
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四谷から溜池山王までお散歩したよ。(その3) 【ファイルET86】2013.09.26 

【ファイルET86】2013.09.26 四谷から溜池山王までお散歩したよ。(その3)

清水谷を下る。

 (その1)から読まれる方はこちら。↓
 上智大学から紀尾井町方面に向かいます。

 今回のシリーズの散歩道が江戸時代にどんな具合だったか分かる古地図を見つけたので、御紹介しますね。

『増補改訂 麹町永田町 外櫻田繪圖【嘉永三戌(1850)年新刻 元治元(1864)年甲子歳改正 影山致恭図之 麹町六丁目 尾張屋清七板】』です。






 上を北にすると、こうなります。





 上智大学から細い坂を下ります。





 なんか良い雰囲気の坂だねえ。日本坂道学会副会長のタモリさんなんかが好きそうな坂です。

 それで、『タモリのTOKYO坂道美学入門』タモリ (著) 講談社 (2004/10/15)を見てみたらば、





 この坂を通らずに、外濠沿いの土手を南下して、『紀尾井坂』を推薦していました。タモリさんが紀尾井坂の近くにある料亭『ふくでん』で、憧れの吉永小百合さんと緊張の初対面をされたそうです。この本は、好評で後に新訂版も発行されたんだって。

 でも、『紀尾井坂』よりこの坂の方が私は好きです。

先程の外櫻田繪圖を見ると、上智大学は『尾張殿(紀伊徳川家中屋敷)』になっていて、この坂道に『シミズダニ』と書いてあります。






 今の地図だと、この坂を下りきった左側の坂。つまり紀尾井坂の反対側の文藝春秋の方に向かう坂が清水谷坂になっていて、この坂には名前が付いていません。

この附近は、外櫻田繪圖を見ると、『紀伊殿【紀伊徳川家】』、『尾張殿【尾張徳川家】』、『井伊掃部頭(いいかもんのかみ)殿【彦根井伊家】』のそれぞれ中屋敷があったので、それぞれのあたまの文字『紀』『尾』『井』を並べて紀尾井町(きおいちょう)と呼ばれているのですね。






 現在の地図です。





 現在の地図に外櫻田繪圖の位置関係を落としてみました。





 それぞれの中屋敷の位置を緑で、埋め立てられた外濠の位置を水色の線で示しています。

 それで、

 井伊直弼(いいなおすけ)さんが玄蕃頭(げんばのかみ)から掃部頭(かもんのかみ)に遷任(権少将如旧)されたのが嘉永3年(1846年)12月27日。

 桜田門外の変で暗殺されたのが安政7年3月3日(1860)年3月24日。
 『桜田門外の変』の記事はこちら。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/51518397.html

 上の地図が改正されたのが、『桜田門外の変』四年後の元治元(1864)年ですから、『井伊掃部頭(いいかもんのかみ)殿』となっているのですね。

 古地図に『シミズダニ』と書かれた坂を降りきると紀尾井通りに出ます。





 正面に伸びているのが紀尾井通りで、右に折れると紀尾井坂、左に折れると清水谷坂です。紀尾井通りの右ホテルニューオータニ側が彦根井伊家中屋敷跡で、左清水谷公園側が紀伊徳川家中屋敷跡です。

 それで、紀伊殿=紀伊徳川家跡にある清水谷公園です。





 井伊家との境目付近が谷だったことと、井伊家との境目付近の紀伊徳川家の中屋敷から清水が沸き出ていたことから、付近は『清水谷』と呼ばれたのです。

 しかしながら、今では紀伊徳川家中屋敷内の清水は涸れてしまって、上の写真の池は、人工的に泉を復元したものです。

和歌山の紀伊国と言えば、秋篠宮文仁親王妃(あきしののみやふみひとしんのうひ)である紀子親王妃殿下(きこしんのうひでんか)のご実家が紀伊国で、江戸時代から現在の和歌山市の本町8丁に居を構え、市内の府中、粟地区に広大な土地や田畑を所有し、多くの小作人を抱え庄屋等の役職を多年務めた旧家の川嶋家でしたね。

紀子親王妃殿下の御芳名の『紀』は、和歌山県の旧国名『紀伊国』に由来するという説と、父(川嶋辰彦氏)方の祖母・紀子(いとこ)さんに顔立ちが似ていたからという説があるそうです。

それで、『川嶋紀子』というキーワードをグーグル検索したらトップに出てきたのがこの『川嶋紀子(かわしまいとこ)』さんの方でした。

それで、紀子親王妃殿下のお祖母様の川嶋 紀子(かわしま いとこ、1907年 - 2002年12月10日)さんを調べてびっくり!

紀子(いとこ)お祖母様は、第6代大阪市長となる池上四郎さんと妻・浜さんの六女として大阪市で生まれた方なのです。

第6代池上四郎大阪市長というのは本ブログでも御紹介した会津出身の名市長でしたね。記事はこちら。↓

http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53514053.html

また紀子(いとこ)お祖母様は、1923年に大阪府立清水谷高等女学校(おおさかふりつ しみずだにこうとうがっこう=現在の大阪府立高津高等学校)を卒業。紀州徳川家の中屋敷が江戸の清水谷にあって、紀子(いとこ)お祖母様が大阪の清水谷高等女学校をご卒業されたというのも奇遇ですね。しかも、現大阪府立高津高等学校の南側にも清水谷公園があります。

 さらに、以前話題になった都市伝説で、こういうアナグラムがありました。

雅子皇太子妃殿下と紀子親王妃殿下のご成婚前の旧姓のお名前をジグザクに入れ替えても同じ名前になるのですよね。






雅子皇太子妃殿下のお印のハマナス色の矢印をたどっても、『おわだまさこ』様。

紀子親王妃殿下のお印の檜扇菖蒲(ヒオウギアヤメ)色の矢印をたどっても、『かわしまきこ』様。

 要は、2、4、6番目の平仮名文字が同じならこうなるのですが、確率的には低いのですよね。
 
 日本語は50音ですから単純に考えると50×50×50=125,000分の1の確率ですが、氏名に使われる字なんてけっこう限られているから(特に最後の『こ』)、控えめに見積もって半分の25音にしても。
 25×25×25=15,625分の1の確率です。

さらに氏名の平仮名の字の総数もちょうど同じじゃないといけないから、さらにこうなる確率は低くなって、かなり稀なことなんですよね。ですから、どんなに低く見積もっても、1万分の1以下の確率でしょうね。

 ご成婚前の『おわだ まさこ』様は名字が3文字、名前が3文字で合計6文字。『かわしま きこ』様は名字が4文字、名前が2文字で合計6文字ですからね。

 これを発見した人は凄いというか、余程ヒマだというか・・・。

偶然だと言ったらそれまでですが、私は、マスメディアを筆頭に、皇室と日本国と日本人、国体(国柄)を軽んじる日本人を叩き出して、それらを誹謗中傷してやまない在日外国人の方々に即刻母国にお帰りいただかないと、我が日本国にとてつもない祟りが起きると思いますよ。

そういえば、最近のマスコミは日本のことを『この国』と呼ぶことはあっても、『我が国』とは絶対に呼びません。

私は最初、マスコミには売国左翼が多いからと思っていたのですが、どうやらそれよりもマスコミの中に多くの在日外国人が紛れ込んでいて、自分の国でもない日本を『我が国』と呼んだら怒るからだということに気がつきました。

 いつものようについつい脱線してしまいましたが、いろいろと思いついたことを調べていくと、芋づる式に知識が繋がっていくのは楽しいものです。不愉快なことに気がつくことがあっても、それはそれで勉強になるのですが。

 ということで次回に続きますね。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/54538537.html

朝鮮人犯罪密造酒の象徴マッコリを朝鮮古来の酒と捏造宣伝販売したサントリーの売国行為(その2) 【ファイルBM2】2013.09.23 

【ファイルBM2】2013.09.23 朝鮮人犯罪密造酒の象徴マッコリを朝鮮古来の酒と捏造宣伝販売したサントリーの売国行為(その2)

またやらかしたサントリー。『ふ~んわいりわりい』日本海のことを数回東海と併記したあげく、開き直って日本人に喧嘩を売ったトンデモCM。

前回は、日本海を『東海』と併記し、何が何でも竹島を韓国に強奪させたいサントリーについての記事を書きました。↓

http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/54461334.html

 ↑2011年8月19日にサントリーがHPで謝罪文を書いたとき、すぐにその記事をUPしようとしたのですが、他の記事も溜まっていたので、一旦ボツにしたのですが、何故一体お蔵入りにした記事を2年後にUPしたかというと。

最近こんな不愉快なCMがテレビで流されているからです!

石原さとみ ふんわり鏡月 CM「きょう、きみと、ふーん。」篇15秒




 観られないときはこちら。↓
https://www.youtube.com/watch?v=KLcmh-Ep458

↑はいはい、案の定サントリーは動画を削除して、証拠の隠滅を図りました。さすがは卑怯な在日サントリーです。

CMなんだから、拡散して、みんなに見て貰う方が宣伝になるのに!なにが著作権ですか?

問題のCMは、下の動画にも含まれているので、そちらをご覧ください。↓

http://www.dailymotion.com/embed/video/xyy4n8

 石原さとみさんの台詞はこうです。
 
 ※    ※    ※

 はいはい、私がわりーございました。
 ふーん、わりぃわりぃ
 ふーん、わりぃわりぃ…
 ふんわり~。
(ふんわり鏡月、アセロラ出た:ナレーション)
 すんません。

 ※    ※    ※

これを最初観たとき、すごく感じが悪いふざけたCMだと思ったのですが、ナレーションで、これが問題の『鏡月』のCMだと判明して、すぐに分かりました。

何回も東海と併記して悪うございました。日本人はしつこいから一応謝ってやるからありがたく思え。でも東海は東海だから覚えておけ!日本人のくせに、もう苦情なんか言ってくるなよ!不買運動もするなよ!というCMなのです。

 それで、サントリーのHPを見てみましょう。
http://www.suntory.co.jp/news/2013/11738.html

 ※    ※    ※

― サントリー「ふんわり鏡月 アセロラ」新TV-CM ―

「ふーん、わりぃ、わりぃ…」 「ふんわり~」石原さとみさん、ダジャレで恋人と仲直り!?「きょう、きみと、ふーん。」篇
 4月6日(土)から東日本エリアおよび関西エリアでオンエア開始
ふんわり鏡月 アセロラ 新TV-CM
「きょう、きみと、ふーん。」篇より
________________________________________
 サントリー酒類(株)は、焼酎ベースのRTS※「ふんわり鏡月 アセロラ」の新TV-CMに、女優の石原さとみさんを起用し、「きょう、きみと、ふーん。」篇(15秒)を、4月6日(土)から東日本エリアおよび関西エリアでオンエアします。
 ※RTS(Ready To Serve):氷を入れた状態で飲むのに最適な味わいのバランスに仕上げたスピリッツやリキュール。
■TV-CMについて
 「ふんわり鏡月 アセロラ」は、氷を入れたグラスに注ぐだけで、気軽に“アセロラ割り”のような爽やかな風味をお楽しみいただける“RTS”タイプの商品です。2012年11月に北海道で先行発売以来、女性や20代の若者を中心とした幅広い層のお客様からご支持をいただいており、本年4月より販売エリアを全国に拡大しています。
 新CMは、ご好評いただいている「鏡月」CMシリーズの世界観を踏襲し、小さな一軒家を舞台にしています。ささいなことで喧嘩してしまった恋人と会話しながら、お詫び代わりに「ふんわり鏡月 アセロラ」のロックをつくる石原さんの様子を描いた作品です。「ふーん、わりぃわりぃ」と、不思議な言葉を使いながらしぶしぶ謝る石原さんが、最後は商品名にかけて「ふんわり~」と言いながら茶目っ気たっぷりに微笑むというストーリーで、ワンカット(長回し)で描いた石原さんの自然体で飾らない表情と仕草が見どころです。親しい人とお酒を飲んでいる時の楽しい気分と心地よさを表現した新CMにご注目ください。
■CMストーリー
「きょう、きみと、ふーん。」篇(15秒)
 こぢんまりとした一軒家で、午後のひと時を恋人と一緒にのんびり過ごしていた石原さん。ところが、ささいなことで喧嘩をしてしまったのか、石原さんが「ふんわり鏡月 アセロラ」のロックを2人分つくりながら、「はいはい、私がわりぃございました」と謝りはじめます。ちょっぴり拗ねたような甘えた声で、「ふーん、わりぃわりぃ」「ふーん、わりぃわりぃ…」と呟く石原さん。そして、「ふんわり鏡月 アセロラ」のボトルを置いてグラスを手に取ると、突然「ふんわり~」と言いながら、グラスを高く掲げます。ここで「ふんわり鏡月 アセロラ、出た」というナレーションとともに、昼の月をバックに商品ディスプレイがインサート。再び画面が切り替わると、石原さんがしおらしい表情で、「すいません」と謝ります。

■撮影エピソード

◇石原さんが自ら提案したアイデアが本篇で採用

 「ふーん、わりぃわりぃ…」と謝っていたかと思いきや、突然笑顔を浮かべて「ふんわり~」と言いながら、乾杯の仕草をする石原さん。

当初はこのシーンで「ふんわり~」という台詞はなく、石原さんが「このままの流れで、強引に『ふんわり~』と言った方がわかりやすいのでは」と監督に提案し、そのアイデアが採用されることになりました。

そのおかげで、石原さんの自然体で飾らない表情を存分に楽しめるCMになりました。この場面以外にも、さまざまな考えを制作サイドに伝え、積極的にコミュニケーションを図っていた石原さん。より良い作品にしたいという熱意が、現場のモチベーションを大いに高めていました。(後略)

 ※    ※    ※

↑この説明では、石原さとみさんが、『ふんわり~』という強引な駄洒落の台詞を現場で発案したという大嘘をついていますが、どうして『ふんわり鏡月』という製品のCMに石原さんが発案するまで『ふんわり~』という台詞が無かったのでしょう?

最初に『日本海』を『東海』と併記したことを何度も繰り返しそのたびに謝罪しても全然反省しないどころか、日本人に逆ギレ挑発するためにこの設定が先にありきで出来た企画に決まっているのです。どうしてこんな見え透いたウソがつけるのでしょうか?

この不自然で馬鹿な駄洒落が石原さとみさんの発案じゃない証拠の動画があるので、御紹介します。↓

 石原さとみ、CMの駄じゃれを熱演 「ふんわり鏡月 アセロラ」期間限定バーオープニングイベント


うまく観られないときはこちら。
http://dai.ly/xyy4n8

1:07頃から、やりとりを書き起こします。↓

 ※    ※    ※

司会者:今日これ、「きょう、きみと、ふーん。」篇というもののお話をいただいてるんですが、結構観たとき私、インパクトありました。
石原さとみ:あっ、ほんとですか?

司会者:石原さんがこの駄洒落って・・・。

石原さとみ:これは真剣にやったら、さむいので。だから、あの、ほんと照れ笑いというか、本当に仲が良くなったからゆえの喧嘩をして、こう、仲直りというか、はい、ごめんなさいっていうものを、かわいらしく、照れもありながら悪いなっていう気持ちも含めたシーンなんだって、やりながら思って・・・うふふ。

※    ※    ※

つまり石原さんには、寒い駄洒落のおかしな台詞の台本だという自覚があってそのために苦労したということです。それを石原さんが現場で発案しただなんて、もうこのしらじらいいウソのつき方は日本人の発想ではありません。

そういえば、孫社長がソフトバンクの日本人と白洲次郎氏を『犬』と貶めるCMは、『犬』を主人公にする案が最後の最後に決まったという大嘘をついていましたが、こういうメディアをつかったバレバレの大嘘言い訳をする手段が何回も通用すると思うワンパターン的思考が、彼の国の民族らしくて笑わせます。記事はこちら。↓

http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/54353040.html

今まで数回日本海の東海併記を繰り返し、全く反省しないこの売国企業のことだから、ほとぼりが冷めたら何かやってくるだろうと思っていたのですが、案の定です。

しかも、このCM、2020年の東京五輪招致運動の真っ最中に始まったことも、悪意を感じます。

韓国はずっと国家ぐるみで東京五輪招致の妨害工作をしていて、韓国に荷担しているマスメディアも汚染水汚染水と囃し立てました。


 汚染水は看過できない重大問題なのは勿論ですが、東京五輪招致とは関係有りません。

 挙げ句の果てには、こんな暴挙に出ました。

 ※    ※    ※

 朝日新聞デジタル 2013年9月6日16時45分
http://www.asahi.com/national/update/0906/TKY201309060193.html

「なぜ、今」 韓国の禁輸措置、被災地の漁業に衝撃

 韓国政府が6日、福島や宮城などの水産物の全面輸入禁止に踏み切った。理由は、東京電力福島第一原発からの汚染水流出事故。「なぜ今」。漁業や五輪招致関係者からは、影響を懸念する声があがった。

 韓国、8県の水産物輸入禁止
 「なぜこのタイミングなのかわからない。汚染水漏れの発覚から時間がたっている。東電が認めたのも1カ月以上前だ」。水産庁幹部は困惑する。(後略)

※    ※    ※

 2020年東京五輪が決定したら、したで。

※    ※    ※

釜山の五輪開催の夢、ますます遠く…東京五輪決定=韓国

 サーチナ2013/09/09(月) 19:29
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0909&f=national_0909_040.shtml

 8日に国際オリンピック連盟(IOC)で決まった2020年夏季五輪の「東京開催」は、24年五輪開催を希望していた韓国南部・釜山市にとって苦々しいものとなった。五輪が同じアジア地域で連続的に開催される可能性は低いため、釜山市は計画を変更。28年の五輪招致を目指す方針という。複数の韓国メディアが報じた。

 釜山市は当初、20年の五輪招致を目指していたが、18年の冬季五輪の開催地に同国の平昌(ピョンチャン)が決まったことを受けて計画を修正。24年大会の招致を目指したが、20年の東京五輪開催が決定したことから再び計画の見直しを余儀なくされた。(後略)

※    ※    ※

 ↑ですって・・・。釜山どころか、開催地の雪不足、資金不足で平昌冬季五輪の開催さえ危ぶまれているのに。

そんなに汚染水が心配なら、2020年東京五輪を断固ボイコットして、在日同胞は、安全のために全員帰国させるべきでしょ?

サントリーのことだから、そのうちまた何かやらかしますよ!

私は、反日が国是の特定アジア【中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国】に媚びへつらった売国企業のサントリー製品の不買を続けています。


 

(その3)に続きます。

東京上野動物園のシロフクロウさんだよ 【ファイルC270】2013.09.20 

【ファイルC270】2013.09.20 上野動物園のシロフクロウさんだよ

真っ白で綺麗なフクロウさんだねえ

 今回は上野動物園のフクロウさんです。

 フクロウさんは、ミネルヴァといって、知恵の神様だからねえ。上野動物園は東京大学にも近いし。





 シロフクロウさんは、一瞬見ただけではどっちを向いているのか分かりません。たぶん、これは写真向かって左を向いているのだと思われます。

 こんにちは。
 




 なんか、ごきげんが悪そうです。

シロフクロウさんは、フクロウ目フクロウ科ワシミミズク亜科ワシミミズク属シロフクロウで、英名は“Snowy Owl(雪フクロウ)”。英名のように、北極の白雪のように純白のフクロウさんです。

映画でも有名な『ハリー・ポッターシリーズ』で、主人公ハリーが飼うフクロウのヘドウィグが、このシロフクロウさんです。

 この影響で、特に舞台になったイギリスを中心にペットとしてフクロウを飼う人が増えたのですが、飼いきれずに無責任にリリースする人が続出して社会問題になり、イギリスでは6か月の刑もしくは罰金5000ポンドの罰則が課されるようになりました。

また、シロフクロウさんは、カナダのケベック州の州鳥でもあります。

 ちなみに、ケベック州の州都はケベック・シティーですが、州最大の都市で、オリンピックも開催されたモントリオールの方が有名ですね。

 ケベック州はフランス系住民が多くて、英語圏のカナダからの分離独立運動の火種がくすぶっているのですが、その州鳥のシロフクロウさんが、イギリスを舞台にしたハリーポッターで人気になるなんて、なんか皮肉だねえ。

シロフクロウさんは、くちばしの先から尾の先端まで:53~66cm、翼開長:140~165cm、体重:700~2,900g、寿命:野生:約9年半。鳥類でもっとも北に分布する大型のフクロウで、ツンドラ地帯の草原や湿地、岩場にお住まいです。

フクロウさんは、夜行性のイメージがあるのですが、この人達は、昼間も活動し、岩や切り株など見通しのきく場所に泊まって、ネズミやウサギ、鶏や魚などの獲物を捕えます。というより、北極圏の夏は、夜がない白夜なので、夜行性だと困るのですね。

 シロフクロウさんは北極圏にお住まいなので、上野動物園では、ホッキョクグマさんのプールのそばでお暮らしです。

 上野動物園の、改装されたホッキョクグマさんプールの記事はこちら。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53958001.html

 シロフクロウさんは地上を歩いて移動することも多く、巣は地面のくぼみにつくります。

 ツンドラで繁殖し、メスは3~11個の卵を産みます。

 巣の大きさは、餌がどれだけとれだけ取れるかで変わってきます。

 基本的に一夫一婦制なのですが、餌の状況がよいときはオスが複数のメスとつがうこともあります。

 繁殖成功率は餌のレミング(タビネズミ)の個体数によって大きく左右され、レミングが少ないと多くの雛が死ぬので、繁殖活動は抑制されます。

親鳥に縄張り意識が強くって、特に繁殖期にはオスの気が荒く、巣に向かってくるものは、たとえ狼や人間であっても攻撃する武闘派です。

 向かって右上を向いて、ふんぞり返っています。





 縄張りが荒らされないように、威嚇しているのかな?

 成熟したオスがほぼ純白なのに対し、メスと若鳥は黒や褐色の細かいしま模様があります。

 シロフクロウさん(特にオス)は、年を重ねるにつれて少しずつ白くなり、メスはオスより黒ずんでいて、暗色の斑点があり、完全に白くなることはないそうです。

 一部の年老いたオスは完全に白くなりますが、多くは暗色の小斑点を持ち続けます。

 この人は、真っ白だから、結構お年を召しているのかな?

 また、メスの方がオスより大きいので、シロフクロウさんは、フクロウ類にしては珍しく雌雄の判別がしやすいそうです。

シロフクロウさんは、厚い草木や雪の下の見えない獲物を見つけることができる鋭い視力と優れた聴力持っています。

 シロフクロウさんの好物はレミングさんです。

 レミングを捕える時は、他のフクロウのように直接飛びかからず、レミングの掘ったトンネルの上でピョンピョンと跳びまわり、驚いてトンネルから飛び出したところを襲います。

 頭が良いねえ。

 成鳥は一年間に1600匹以上、つまり毎日3~5匹のレミングを食べます。ネズミさんは、ネズミ算式に増えるので、こうやって生態系のバランスを取っているのでしょう。

 さらに、ウサギ、ほかのネズミ類や鳥類、魚などで食料を補い、栄養に気を配っています。 

シロフクロウさんは、繁殖期には北極圏に広く分布し、時として北の繁殖地に1年間留まることもあるのですが、通常冬は冬は多くの個体がユーラシア大陸や北アメリカ大陸などの亜寒帯まで南下します。

 日本でも、北海道でまれに発見されることがあって、鳥取県や広島県など、さらに南で記録されたこともあるのだそうです。

 日本への飛来記録はほとんど冬なのですが、北海道の大雪山系では夏に記録されたこともあります。

 開けた野原や低湿地、浜辺などを夏の滞在地とするときは、レミングの生息数に合わせて南への移動範囲が決定されるようです。

 やっと正面を向いてくれました。





 とにかく周囲を警戒しているのか、落ち着き無くあちこち向いて、ちゃんと写ってくれないのでやっと撮ることが出来ました。

 よかったねえ。さようなら、元気でね。

大阪中之島の日銀大阪支店だよ。 【ファイルT197】2013.09.15 

【ファイルT197】2013.09.15 大阪中之島の日銀大阪支店だよ。

東京駅を設計した辰野金吾博士の設計した歴史的建物

 以前、辰野金吾博士が設計した東京丸の内駅舎復元の記事を書きました。↓
 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53804685.html

大阪中之島の大阪市役所から御堂筋を挟んだ西側に、日本銀行大阪支店【BANK OF JAPAN OSAKA BRANCH】があります。










この建物は、明治36(1903)年にベルギーの国立銀行をモデルにしながら、細部はイギリスのネオクラシシズムに習ったといわれるデザインで建設されました。

設計には、あの東京駅舎や大阪中央公会堂を手掛けた辰野金吾博士が関わっています。

というよりも、辰野金吾博士の関西での活躍は、この日銀大阪支店から始まるのです。

辰野博士は設計にあたり、まず手始めに、自分の教え子の中から、特に優秀な人材を選抜して集めました。

 葛西万司さん、長野宇平治さん、そして後に中央公会堂のコンペで優勝する岡田信一郎さんなど蒼々たる顔ぶれです。

 さらに工事が始まってからは東大を卒業したばかりの細野安さんを呼び寄せます。

 細野安さんは、後に片岡と姓を変え、辰野博士と共同で大阪に辰野片岡建築事務所を設立することになります。

大阪中之島には、日銀大阪支店、大阪府立図書館(旧大阪図書館)、中之島公会堂と辰野金吾博士が直接間接に関わった建物が並んでいることは、以前御紹介しましたね。

  辰野博士が工事顧問をした大阪府立図書館(旧大阪図書館)(再掲)。






 辰野博士が建築顧問をした大阪市中央公会堂(旧中之島公会堂)(再掲)。






 豊国神社移転後の写真【昭和36(1961)年1月以降と思われる】です。(再掲)





 真上(西側)から日銀大阪支店、大阪市役所と大阪市役所の増築ビル(豊国神社跡地)、大阪府立中之島図書館、中之島公会堂が並んでいます。
 
 記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53392848.html
 
 辰野様式独特の緑青の色が美しいドーム屋根を持ち、レンガと石造りの2階建。重厚で本格的洋風建築です。

 正面玄関です。イオニア式のオーダーがとても立派です。





 正面玄関庇屋根の装飾。



 

 中央に『日』を図案化した、◎に棘4つの日銀マークが刻印されていますね。

 正面から見たドーム屋根のアップ。





北側堂島川越しに見たドーム屋根。





 参考に、同じく辰野金吾博士設計による東京駅舎ドームの写真を見て下さい。(再掲)





 どちらも風格がある辰野様式の特徴が良く出ていますね。

 正面玄関の小屋根。





 建物正面向かって右側(北側)の大窓





 三角形のペディメントが立派です。

 南側土佐堀川越しに望む。

  




 この日銀大阪支店は、業務空間拡大のため、一時は高層ビルへの全面建替えも計画されたのですが、近代日本の歴史的名建築のため、各方面から保存の声が上がり、昭和57(1982)年、外観を可能な限り保存・復元する形で改修し、3面の外部の壁面と内部の重要な部分を保存。西側敷地に高層棟を新築することになりました。

 南側淀屋橋越しに見ると背後に新築棟が写っています。





 南東角から写す。





 本当に保存して良かったと思います。当時の大阪の人達の熱意には頭が下がりますね。
 
 江戸時代、この地には肥前島原藩の大阪蔵屋敷があり、明治初期には関西財界の指導者五代友厚(ごだい ともあつ)の別邸があったということです。

 大坂蔵屋敷表(天保14年=1843年)のサイトを見つけました。↓
http://www.cwo.zaq.ne.jp/oshio-revolt-m/kurayasiki-itiran1.htm

 淀屋橋北詰西は、島原(肥前)藩の松平主殿頭忠誠(まつだいらとのものかみただなり)70万石の蔵屋敷になっています。

 元禄12年(1699年)新撰増補大坂絵図では、淀屋橋北詰西は『松平中?』と判読し辛いのですが、





 ちなみに、元禄12年の島原藩主は松平忠雄(まつだいら ただお)です。
 
 日本銀行大阪支店建築概要は以下の通りです。

住所:大阪府大阪市北区中之島2-1-45 敷地面積:47,934㎡

○旧館
設計:辰野金吾 葛西万司 長野宇平治
竣工:明治36(1903)年
規模:地下1層 地上2階

○新館および改修
設計:日建設計
竣工:1982年5月
規模:地下3層 地上6階

 復元・改修に際しては、残念ながらインテリアは大きく改変されてしまいました。
 
 しかしながら、内部に復元された空間と展示室を設け、見学希望日の3ヶ月に事前予約をすれば、無料の見学案内もしていただけるそうです。

 詳細は、日銀大阪支店のHPでご確認くださいね。↓
http://www3.boj.or.jp/osaka/

 ということで、辰野金吾博士設計の日銀大阪支店でした。

四谷から溜池山王までお散歩したよ。(その2) 【ファイルET85】2013.09.10 

【ファイルET85】2013.09.10 四谷から溜池山王までお散歩したよ。(その2)

靖國神社を救った、ローマ教皇庁代表で上智大学学長のブルーノー・ビッテル神父について。

 (その1から読まれる方はこちら。↓
 四谷見附橋を渡った右側にあるのが、上智大学です。





上智大学と言えば、以前、マッカーサーに、靖國神社の存続を諮問された当時上智大学学長のブルーノー・ビッテル(もしくは、ブルーノ・ビッテル:Bruno Bitter)神父が、絶対に存続させなければならないと答申したという記事を書きました。↓

http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52373031.html

 ブルーノー・ビッテル神父





再掲しますと。

※    ※    ※

 ところで、マッカーサーといえば、こんなエピソードがあります。

 昭和20(1945)年12月15日、GHQによる「神道指令」によって国からは離され同28日に宗教法人令が施行されて「別格官幣社(べっかくかんぺいしゃ)」の社格を失いました。

GHQ内部には「靖国敵視」といった靖国神社の本質を誤解した雰囲気もあって、靖国神社や伊勢神宮、明治神宮などを焼却処分にするといった野蛮な意見も飛び出しました。 そんな中、マッカーサー元帥から靖国神社の存続を諮問された当時上智大学学長のブルーノー・ビッテル神父はこのように答申しました。

《(前略)靖国神社が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根源というのなら、排すべきは国家神道という制度であり、靖国神社ではない。

われわれは、信仰の自由が完全に認められ、神道、仏教、キリスト教、ユダヤ教などいかなる宗教を信仰するものであろうと、国家のために死んだものは、すべて靖国神社にその霊を祭られるようにすることを進言する》

マッカーサー元帥は、この答申を受け入れ、靖国神社の存続を認めました。


※    ※    ※

この逸話は、上智大学名誉教授の渡部昇一(わたなべ しょういち)氏の著作によって知りました。


 渡部教授は、英語文法史専攻の英語学者です。

 しかしながら、専門以外にも日本史について造詣が深く、左翼によってでっちあげられた日本自虐史観に有効な論駁を加えていることでも有名です。

 というより、日本のプロの歴史学者は碌なものではないのです。その多くがウソ捏造でっち上げで日本国と日本人を誹謗中傷することが職業らしいのです。

そもそも、ビッテル神父がローマ教皇庁代表をしていたカトリック教会は、大東亜戦争におけるアメリカの日本人に対する、太平洋戦線の兵隊から記念品として日本兵の頭蓋骨やその他の骨を貰いうけるという冒涜行為を批判していました。

 記事はこちら。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/44070110.html

それで、上智大学のHPでビッテル神父について確認しました。ところが、歴代学長にビッテル神父の名前がないのです。

 初代学長 ヘルマン・ホフマン(1913~1937)
 第2代学長 ヘルマン・ホイヴェルス(1937~1940)
 第3代学長 土橋八千太(1940~1946)
 第4代学長 村上直次郎(1946~1953)
 第5代学長 大泉孝(1953~1968)

さらに調べると、『いかにして靖国神社は占領期を生き延びたのか──通俗的主張の批判的検討──マーク・R・マリンズ Mark R. Mullins(上智大学)、訳:齋藤公太(東京大学大学院) 補訳:柴田理愛(上智大学大学院)』という論文が出てきました。

http://21coe.kokugakuin.ac.jp/articlesintranslation/pdf/MULLINS.pdf

 この論文は結局のところ、こう結論づけています。

※   ※   ※

 この研究は、外国人のカトリック司祭が占領の初期数ヶ月に介入し、靖国神社を不可避の破壊から救った、という通説を批判的に考察することから始まった。我々が見てきたように、この興味深い通説は半分だけ真実だということが明らかになった。

ビッテルとバーンが 1945 年の後半に靖国神社のために懇願を行ったということは否定しえない。だが参照しうる記録によれば、この介入が取るに足らないものだったということも同程度に明らかである。

彼らの意図がいかなるものであったにせよ、現在靖国神社が存在していることに関して、彼らは「称賛」と「非難」のどちらも受けるに値しない。

 この時代の様々な記録からは、はるかに複雑な歴史が垣間見れる。占領期の大半において靖国神社の状態と地位は危ういままであり、その運命はまさに占領期の終わりまで討議されていた。その上、多種多様な組織と行為者──アメリカ人と日本人の双方──が、最終的な結論を決定する上で重要な役割を果たしていた。

※   ※   ※

 そしてP4の注記において、

※   ※   ※

 1945年、マッカーサー将軍と文通した際に、ビッテルは自らを「上智大学の主任司祭」と呼んでいたが、これは名声や権威を増すために誇張された肩書きであったのかもしれない。マレーラが不在の時にはビッテルがバチカンの代理人を務めたのだろうが、占領期に至るまでそのようなことはなかった。1945年 12月31日付の「総会長神父への手紙Letter to Father General」の中で、バーンは彼の上官にマレーラもまたマッカーサー将軍に会ったと言及している。よってビッテルは明らかにその時にはマレーラの代理を務めていなかったのである。Byrne Correspondence, Box 3.

様々な通俗的インターネット・サイトにおいては、ビッテルは「上智の学長」と描写されている。だが、彼がその地位に就いたことは一度もない。


※   ※   ※

 とあります。

それで、上智大学のサイト内で『ビッテル神父』についての記事を検索すると記事が2件ヒットしました。

レンガ募金による 1 号館 No.8

『1号館は世界の人びとの善意による寄付金で建てられた
 「今もなお、そのそばを通ると私の『煉瓦』もその中にあると思うときがある。」キリシタン研究で著名なドイツ人フーベルト・チースリク神父がこう懐古している。「そのそば」とは、1932年に竣工した1号館のことである。実は1号館は、赤煉瓦校舎のような「レンガ」造りの建物ではない。鉄筋コンクリート5階建て(地上4階、地下1階)の校舎である。では、なぜ私の『煉瓦』が1号館の中にあるのか。
 1928年、上智大学は念願叶って大学令による大学昇格した。多数の学生を収容できる校舎が必要となり、その建築資金の調達のために海外で寄付を募ることとなった。この募金活動に東奔西走したのは、ドイツ人ブルーノ・ビッテル神父。募金事務所をドイツのケルンに置き、ドイツ国内だけでなく、オランダ、フランス、アメリカなどのカトリック教会・学校あてに寄付を呼びかける用紙を送付した。
 (中略)関東大震災によって倒壊する前の赤煉瓦校舎が描かれ、その下に「ご援助いただけませんか?」で始まる文章と、1ライヒスマルクと書かれたレンガが25個、6段に積み重ねられている。用紙の文中には「1つでも2つでもあなたのお名前で埋めてください」と記されていて、各レンガには寄付を寄せてくれた人の署名がある。名もない人の善意に頼る寄付であり、同じ人の名前がいくつも見られたり、子供だとわかる筆跡で署名してあるもの、金額を1ライヒスマルク未満に書き直してあるものもある。この募金用紙は上智大学史資料室で大切に保管されていて、数えてみるとドイツからのレンガが最も多く19,375個、フランスからは400個、アメリカからは75個あった。(後略)』

戦艦ミズーリ号 No.14

 『1945年3月10日、アメリカ軍の戦略爆撃機B29による東京大空襲が行われた。上智大学でも、4月13日の空襲で赤レンガ校舎が焼失、1号館の講堂が焼けた。5月25日の空襲では大学近辺の日本家屋がほぼ全焼した。当時の模様をブルーノ・ビッテル神父は次のように伝えている。
 「ひとつの校舎は完全に焼け落ち、もうひとつの校舎も一部は破壊しましたが、資材が入手でき次第修復は可能です。大学の周辺は全くの焦土と化し、私どもだけが廃墟の真中にちょっとした平和の孤島のようにそびえたっております」』

↑じゃあ、上智大学にとって、ビッテル神父は一体何者?

Wikipediaの『上智大学』の項目では、ビッテル神父の名はなく、『1号館 1932(昭和7)年竣工。スイス人の建築家マックス・ヒンデルが設計。チェコ人の建築家ヤン・レッツェルが設計した旧1号館が1923年の関東大震災で崩壊し、その代わりの建物として世界中から募金を募り建てた。千代田区景観まちづくり重要物件に指定されている』と、募金活動に大きく貢献したビッテル神父の業績すら無視されています。

また、『1933年 上智大生靖国神社参拝拒否事件が発生』という記述はありますが、ビッテル神父が靖國存続に尽力されたことは、書かれていません。

少なくとも、上智大学は靖國神社が大嫌いで、徹底的にビッテル神父を冷遇していることは確かです。

上智大学名誉教授の渡部昇一氏が上智大学文学部英文学科に入学されたのは昭和24(1949)年ですから、当時の状況をご存じのはずですが、一体、これはどうしたことでしょう?

渡部昇一氏は『上智大学名誉教授』で、『様々な通俗的インターネット・サイト』ではないと思うのですが。

 次回に続きますね。↓

朝鮮人犯罪密造酒の象徴マッコリを朝鮮古来の酒と捏造宣伝販売したサントリーの売国行為(その1)。 【ファイルBM1】2013.09.06 

【ファイルBM1】2013.09.06 朝鮮人犯罪密造酒の象徴マッコリを朝鮮古来の酒と捏造宣伝販売したサントリーの売国行為(その1)。

日本海を『東海』と呼び、何が何でも竹島を韓国に強奪させたいサントリー

司法立法行政の三大権力とともに国家の命運を大きく左右する第四の権力と呼ばれる、『BM(売国マスコミ)』ナンバーの『マスメディアの部屋』を書庫に増設します。

というより、言語不明瞭、意味不明瞭、挙動不審な日本一の無責任男、小泉政権と、そのエピゴーネンの橋下大阪府政市政をでっち上げたのは、ほとんどマスメディアの力なので、今や第一権力と言っても過言ではありません。

 サントリーというのは、日本を代表する洋酒会社です。また、ずっと学生の就職したい人気企業ランキングの上位を占め続けてきた有名ブランドでもあります。

 途中からビール事業に参入し一定のシェアを確保するに至りましたが、これはCMの力に与るところが大きかったと思います。

CMで自社をPRして販売促進に役立てるのは、資本主義経済においてなんら問題はない行為です。

ところが、利潤の追求を目的とした企業が、株主や国民消費者に『この会社は売国ではないか?』と疑われるようなリスクを冒してまで、製品PRそっちのけで外国勢力の反日プロパガンダを主目的にするCMが氾濫している我が国の現状は異常と言えます。


たとえば、ソフトバンクの白洲次郎氏、日本国民、黒人を愚弄差別したCMについての記事を書きましたが、【記事はこちら】↓

https://metoronjr7.fc2.net/blog-entry-1070.html

 孫社長は、日本で金儲けをするために便宜的に日本に帰化した、韓国に忠誠を誓う韓国人なので、これは売国とは言えないのかも知れません。

売国というなら、『KBQバーガー』というアルファベットを一字ずつ前にずらしたら『JAPバーガー』。さらに、『KBQ』をグーグル翻訳したら『(キロベクレル)放射能バーガー』と出てくるという売国バーガーを売った『日本マクドナルド』の方がそれにふさわしいのでしょう。【記事はこちら】↓

https://metoronjr7.fc2.net/blog-entry-867.html
 

同様に、『マッコリ』という戦後闇市の不逞在日朝鮮人犯罪の象徴ともいえる、最後まで残った『まずくてもいいから飲みたいという口卑しい大酒飲みのための低品質朝鮮ドブロク=密造酒』だった代物を、さも伝統のある美味しい酒のように捏造宣伝を行ったサントリーについての記事を書きました。【記事はこちら】↓

https://metoronjr7.fc2.net/blog-entry-871.html

この『マッコリ』は存在自体が、最初からありもしない捏造韓流ブームに乗っかって、『ウリナラ・マンセー』という自国文化は世界最高だという朝鮮人の過大妄想に阿諛追従(あゆついしょう)し、戦後の不逞三国人の犯罪を隠蔽する目的で製造販売されたのですが、そのCMも、日本への領土侵略という国家犯罪を正当化するための反日プロパガンダCMなのです。

サントリーは、庶民の濁り酒マッコリじゃなくて、燒酒(ソジュ=소주)『サントリー鏡月』の広告でもって、どさくさに紛れて、日本海のことを『東海(とうかい=トンヘ)と呼んでいたのです。


問題の広告文。


 




 これは一時期ネットで大きな話題になりましたから、記憶されている方も多いことでしょう。上記のサントリー『鏡月グリーンサイト』から書き起こします。

 ※    ※    ※

 「鏡月グリーン」ネーミングのひみつ

「鏡月」というその名前は韓国/東海(日本海)に隣接した湖「鏡浦湖」(キョンポホ)ほとりにある古い楼閣「鏡浦台」(キョンポテ)で、恋人と酒を酌み交わしながら、そこから見える5つの月を愛でた詩に由来しています。


 空に浮かぶ月
 海に映る月
 湖に映る月
 杯に映る月
 恋人の目に映る月
 
 ※    ※    ※
 
 楼閣「鏡浦台」で酒を酌み交わすのは貴族階級の両班(ヤンバン)に決まっていますから、飲むのはソジュで、マッコリではないのですね。漢詩にしては形式がおかしいのですが、原文は一体どうなっているのでしょう?

 この問題は、当時、産経新聞でも取り上げられました。

 ※    ※    ※

「東海」と「日本海」併記 サントリーがHPに謝罪文

2011.8.19 18:06 産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110819/crm11081918100030-n1.htm

 サントリーホールディングス(本社・大阪市)のホームページの商品紹介で、「東海」と「日本海」の表記が併記されていたことが19日、分かった。文章は4月から4カ月にわたって公開されていたが、抗議が殺到したため、同社は19日午後、サイト上から削除。「広告上の表現で、地名に関する見解を表明するものでない」とする謝罪文を掲載した。

 同社広報部によると、東海と表記されていたのは、韓国焼酎「鏡月グリーン」のネーミング由来を紹介する文章。「韓国/東海(日本海)」と併記されていた。4月に鏡月のブランドサイトをリニューアルした際に、「東海」の表記が混入したという。同社広報部は「チェックが至らなかった点についてすべて弊社の責任。お客さまにご不快な思いをおかけし申し訳ない」と話している。

 ※    ※    ※

それで、サントリーの掲出した謝罪文。


 





↑上記謝罪文は既に削除されていますが、これを書き起こしますと。↓

 ※    ※    ※

 お詫び
            鏡月ブランドサイト内の表記について

                              2011年8月19日

韓国焼酎「鏡月」のブランドサイトにおきまして、製品のネーミング由来を紹介する文章中にございました地名表記につきましては、あくまで、商品を紹介するための広告上の表現で、地名に関する見解を表明するものではありませんでした。

お客様にご不快な思いをおかけしましたことに対して、深くお詫びいたします。

                             サントリー酒類株式会社

 ※    ※    ※

この謝罪文は大嘘です。何故ならサントリーは、これまで何度も東海表記を繰り返している確信犯だからです。

 それで、サントリーの東海問題で検索してみると、こんな記事がありました。

 ※    ※    ※

http://ameblo.jp/barrett-m82/day2-20110821.html
>175 名前:可愛い奥様 [sage] :2011/08/19(金) 17:30:41.55 ID:EehxSgxp0

>サントリーの東海表記での謝罪はわかってる限りで2002年から 5 回 目 です

>東海と表示し、言われたら謝るといった事を5回繰り返しています

>つまり全く謝罪などしていません。東海表記を改めるつもりもありません

>また数年経ったら平然と日本海を東海と表記するでしょう。次は韓国海と書くかもしれませんね

>408 名前:可愛い奥様[] 投稿日:2011/08/19(金) 11:43:42.40 ID:EI7ccs6x0 [3/3]
ここまでのまとめ
>2002年3月には既に東海表記
http://web.archive.org/web/20020209173131/http://www.suntory.co.jp/sho-chu/kgt/index.html
>2002年10月も東海表記確認
http://web.archive.org/web/20021202171651/http://www.suntory.co.jp/sho-chu/kgt/index.html
2005年5月都議会議員�@鹿あきひろ議員から抗議を受けて謝罪&訂正
(※管理人註 08/20:こちらは間違いだそうです。)
ttp://blog.livedoor.jp/mumur/archives/21132488.html
>2008年には訂正版になっていることが確認
http://web.archive.org/web/20080123163010/http://www.suntory.co.jp/sho-chu/kyougetsu/yurai.html
>2011年8月またもや東海表記していることが発覚:抗議を受けて削除して逃走
http://up3.viploader.net/news/src/vlnews042342.jpg (魚拓)←削除されている。

 ※    ※    ※

それで、どうしてこういうことが公然と起こるかというと、サントリーの広告幹部に朝鮮人とおぼしき人物が居座っているからです。

http://www.suntory.co.jp/news/2010/10959.html

(2)サントリー食品インターナショナル株式会社2011年1月1日付

サントリーホールディングス(株)国際戦略部長(旧職)から国際事業部事業開発推進部長(新職)朴 洪植


 




朴 洪植氏の部分を拡大します。


 




それにしても、サントリーの国際事業部事業開発推進部って、歴史を捏造する、韓国の政治工作機関なのですね。

そもそも、『鏡月GREEN』の製造元は、韓国財閥の『斗山』だったのですが、例の東アジア通貨危機もあって、2009年1月に斗山の酒類事業を『韓国ロッテ』に売却し現在は『鏡月グリーン』も『ロッテ酒類』が製造し、日本国内での販売元がサントリーなのです。

結局、行き詰まった韓国酒類事業のツケを日本に回しているだけじゃない!それで、感謝されるどころか、東海の売国表記までされて、たまったものではありません!

 サントリーの反日宣伝はこれだけではありません。次に続きます。↓

かつて、ミッシャ・エルマンという大ヴァイオリニストがいた 【ファイルMU9】2013.09.02 

【ファイルMU9】2013.09.02 かつて、ミッシャ・エルマンという大ヴァイオリニストがいた

とっても綺麗な音だねえ。エルマンの愛器ストラディヴァリウス『レカミエ』は今。

 ミハイル・サウロヴィチ・"ミッシャ"・エルマン(Mikhail Saulovich 'Mischa' Elman, 1891年1月20日:タリノエ-1967年4月5日:ニューヨーク)はウクライナ出身のヴァイオリニストです。

 この人の演奏の特徴は、何と言っても、ヴァイオリンの美しい音色です。

 エルマンさんが奏でる、甘くてつややかで粘り着くような美音は、『エルマン・トーン』と呼ばれ、一世を風靡しました。

 私は、この人のベートーヴェンの『スプリングソナタ』のLPを愛聴していたのですが、CD音源を見つけて改めて聴いて、本当に綺麗な音だなと感心しました。

 You-Tubeで、比較的彼の美音の特徴が出ている音源を見つけましたので、貼っておきますね。

フレデリック・ショパンの『ノクターン2番 作品42』のヴァイオリン版です。

 ヴァイオリン:ミッシャ・エルマン、ピアノ:ジョセフ・シーガル
 Mischa Elman plays Chopin Nocturne Op 42 No 2



 うまく観られないときはこちら。↓
http://www.youtube.com/watch?v=lW5MWLJzztw&feature=related

エルマン氏が、その甘く美しいエルマン・トーンを響かしているヴァイオリンは、ストラディヴァリウス『レカミエ』(1729年製)です。


 もちろん、エルマン氏独自の奏法とテクニックによってこの妙なる音色は奏でられていたのはいうまでもありませんが、愛器の音も大きくそれに資しているに違い有りません。

エルマン氏亡き今、このヴァイオリンは一体どうなったのか気になるところです。

実は、それがなんと、灯台もと暗しというか、今は日本人天才ヴァイオリニストが手にしているのでした。

昭和58(1983)年1月30日生まれの、有望な若手ヴァイオリニスト、庄司紗矢香(しょうじ さやか)さんです。

 庄司さんは、5歳からヴァイオリンを始め、1997年ヴィエニアフスキ国際コンクール <17歳までの部門>に日本人として初めて優勝したのを皮切りに、1999年6月ヴィオッティ・ヴァルセシア国際コンクールで優勝。
 同年10月第46回パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールにコンクール史上最年少、日本人として初めて優勝。

 2004年ケルン音楽大学卒業しますが、その輝かしい受賞歴と共に、2000年、巨匠指揮者ズービン・メータ氏に才能を認められ各地でオーケストラと協演、名門レコ―ド会社の『ドイツ・グラモフォン』と専属契約を結びました。

 以来、世界の楽団とヨーロッパを中心に、日本、アメリカ、南米、ロシア、イスラエルで定期的に活動しています。

 これまでにユーリ・テミルカーノフ、ロリン・マゼール、ウラディーミル・アシュケナージ、シャルル・デュトワ、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、ネヴィル・マリナー、リッカルド・シャイー、コリン・デイヴィス、チョン・ミュンフン、ピンカス・ズッカーマン、エリアフ・インバル、ガリー・ベルティーニ、ウラディーミル・スピヴァコフ、ルチアーノ・ベリオ、ユーリ・バシュメットら蒼々たる演奏家達と共演し、着実にそのキャリアを積み上げています。

 現在は、フランスに在住し、そこを拠点に活躍されています。

 庄司紗矢香さんが、かつてのエルマン氏の愛器、ストラディヴァリウス『レカミエ』(1729年製)で演奏をしている動画を見つけたので貼っておきますね。

メンデルスゾーン『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64』から第1楽章。

 庄司紗矢香(vn)クラウス・ワイゼ指揮、ビルケント交響楽団(2009年4月21日のトルコ、ビルケントエルズルムコンサートホール演奏会から)



 うまく観られないときはこちら。↓
http://www.youtube.com/watch?v=dskvPJdRDoE

 エルマン氏の時代を感じさせる大きくテンポを揺らしたロマンティックな演奏と違い、庄司さんの演奏は現代風のすっきりした素晴らしい演奏になっています。

 それでも、ストラディヴァリウス『レカミエ』の甘い美しい音色の中に、エルマン・トーンの片鱗を聴き取ることが出来ます。

 特に8:16頃からのカデンツァ【オーケストラが休止して、独奏者が一人で弾く聴かせどころ】の中音域の鼻にかかったような音が特徴的です。

 ヴァイオリンの名器は名演奏家に弾き続けられないと、その美音を保つことができないそうです。これから、庄司さんの音色が出来ていくのですね。

こうやって、時代を超えて18世紀初頭のイタリアはクレモナ地方のヴァイオリン職人の巨匠の技が、音となって21世紀の今、現役で鳴り響き続いているというのはとても素晴らしいことだと思いました。


 ヴァイオリンは鳴り響いてなんぼのものですからね。美術館に飾って客に見せて金儲けをしてもなんにもなりません。

 図書館として利用されてなんぼのものの図書館を廃止して、建物だけを観光施設に活用して金儲けしようという、どこかの愚かな市長には、こんな簡単なことも絶対分からないと思いますが…。

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