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聖夜のミサ曲。 【ファイルMU16】2015.12.24 

【ファイルMU16】2015.12.24 聖夜のミサ曲。

ということで、クリスマス・イヴです。

諸事に紛れて、記事のアップが滞っています。申し訳ありません。

日本の子供にとっては、クリスマスプレゼントで玩具をサンタさんからもらえるわ、お正月にはお年玉をもらえるわで、一番楽しい時期です。親御さんにとっては、お財布に厳しい時期でもありますが、年末商戦と並んで、このお年玉需要というのが結構馬鹿にならず、福袋人気と相俟って、デパートでさえ正月2日から営業を始めたりします。

営業は正月4日からというのは、昔の話で、コンビニエンスストアは年中無休ですし、世の中どんどんせちがらくなります。

それで、そもそもクリスマスとは何ぞやということについて、今回は考えてみましょう。

クリスマス(英: Christmas)は、イエス・キリストの降誕(誕生)を祝うミサを意味します。

つまり英語のChrist(クライスト=キリスト)の mass(ミサ)でクリスマス。

キリスト教に先立つユダヤ教の暦、ローマ帝国の暦、およびこれらを引き継いだ教会暦では日没を一日の境目としているので、クリスマス・イヴと呼ばれる12月24日夕刻から朝までも、教会暦上はクリスマスと同じ日に数えられるので、クリスマス・イヴにミサを行うわけですね。

クライストは、『ジーザスクライスト』つまり『イエス-キリスト』のことですが、ギリシア語で『キリストであるイエス』、または『イエスはキリストである』という意味になります。

“キリスト(ヘブライ語でメシア)”というのは、「膏(あぶら)をつけられた者」という意味の、救世主の称号のことで、膏をつけられるのは旧約聖書においては王・預言者・祭司を意味していたのですが、キリスト教においては「父(神)」と「子(キリスト)」と「聖霊(聖神)」が「一体(唯一の神)」であるとする教え、つまり三位一体説が主流になったこともあり、救世主という意味になっているようです。


すなわち、キリスト教においては、ナザレで大工さんをしていたヨセフ様の奥様である聖母マリア様から生まれたイエス様がキリスト=救世主になっていますから、イエス・キリストと呼ぶわけですね。

それで、クリスマス・イヴ(英: Christmas Eve)は、クリスマスの前夜、すなわち12月24日の夜を指す英語の音訳でなのですが、“イヴ(eve)”は「evening(イブニング=夜、晩)」と同義の古語「even」の語末音が消失したものなのだそうです。


ということで、クリスマス・イヴは、12月24日の夜を指すのですが、一般に、特に日本では12月24日全体を指すことが多いようですね。


“ミサ”では讃美歌が演奏されます。


例えば、クリスマスの音楽として、1734年に作曲されたヨハン・ゼバスティアン・バッハの『クリスマス・オラトリオ』より第2部 降誕節第2祝日用 (12月26日)第19曲『眠れよ、わが愛しきもの』をお聴きください。





 上手く聴けないときはこちら。↓
https://www.youtube.com/watch?v=tyUtONz6vb8

 演奏は、ミシェル・コルボ指揮 1984年 キャロライン・ワトキンソン(アルト)、ローザンヌ室内管弦楽団です。

それで、注意していただきたいのは、この曲の歌詞が“ドイツ語”で書かれていることです。

それは何故かというと、

バッハ家は16世紀後半から18世紀まで続いた音楽家の家系で、とりわけ音楽の父と呼ばれるJ.S(ヨハン・ゼバスティアン・).バッハ=“大バッハ”はその頂点に立っているわけなのですが、代々バッハ家の音楽家は、マルティン・ルターの宗教改革以降、ドイツ・プロテスタントのルター派(ルーテル教会)音楽の作曲家や演奏家としてその生涯を送ったからです。


もともと宗教改革以前のカトリック教会では、会衆が歌うことはありませんでした。しかし、ルターは、それまでラテン語で記されていた聖書をドイツ語に訳し、人々が自ら熟読し、キリストの御言葉(みことば)を心に宿すべきだと考えました。さらには、教会に集まる信徒が積極的に礼拝に参加できるように、信徒が歌う歌が必要と考え、ルターみずから讃美歌を30曲ほど作曲したと言われています。


先のヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した『クリスマス・オラトリオ』ですが、

オラトリオ(聖譚曲=せいたんきょく)というのは、宗教的(キリスト教的)なものを題材として独唱・重唱・合唱・管弦楽のために劇的に構成した叙事的宗教音楽で、バロック音楽を代表する楽曲形式です。オペラとは異なり、演技、舞台セット,衣装等は用いられません。

ドイツ語の歌詞による全6部(計64曲)から成るコラール・カンタータ集という様式をとっています。


コラール(独:Choral)は、もともとルター派教会にて全会衆によってドイツ語で歌われるための賛美歌を意味します。

それで、コラール・カンタータ(chorale cantata)はドイツにおける教会カンタータの一種で、コラールの歌詞と旋律を用いて作られたものを指します。

『クリスマス・オラトリオ』の演奏に際しては、教会暦に沿って、クリスマス(12月25日)から顕現節(1月6日)の内、日曜と祝日の計6日間に、全6部を、1日1部ずつ行うように配慮され、構成されているのですが、現代においては、コンサートなどでは、全6部を、休憩をはさみ、一度に演奏することが一般的となっています。(総演奏時間は約2時間30分)


バッハは、ドイツのザクセン州に属する都市ライプツィヒの聖トーマス教会の聖歌隊を率いて、同地の聖ニコライ教会と聖トーマス教会の2つの教会を往復しつつ、このオラトリオを演奏したといいます。


ライプツィヒ・聖ニコライ教会(wikipediaより)






ライプツィヒ・聖トーマス教会(同上)






それで、バッハのようなプロテスタントのミサ曲は、ドイツ語で書かれているのですが、

では、カトリックのミサ曲はどうなっているのでしょうか。


例えば、カトリックの作曲家として有名なのは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトです。

モーツアルトは宗教曲にラテン語を用いています。


例えば、最近、テレビCMにも使われている、『アヴェ・ヴェルム・コルプス(Ave Verum Corpus)』をお聴きください。




 上手く聴けないときはこちら。↓
https://www.youtube.com/watch?v=HXjn6srhAlY

 歌はケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団(The Choir Of King's College Cambridge)です。

モーツアルトは、お父さんと一緒に何度もウィーン、パリ、ロンドン、およびイタリア各地に大旅行を行いました。これは、よりよい就職先を求めたりするためなのですが、どこの宮廷に行っても職を得ることができませんでした。

そのためもあって、モーツァルトは母国語であるドイツ語以外に、イタリア語・フランス語・英語ができたようです。

モーツァルトの作曲したオペラは、全部で17作品あるのですが、内訳は、『フィガロの結婚 K.492』、『ドン・ジョヴァンニ K.527』、『コジ・ファン・トゥッテ K.588』等イタリア語12作品、『魔笛 K.620』、『後宮からの誘拐 K.416a』等ドイツ語4作品、『アポロとヒアチントゥス K.38』のラテン語1作品、となっていて、やはりオペラは、イタリア語と相性が良いようです。


それで、モーツァルトは、1756年1月27日生まれで1791年12月5日に逝去。35歳10ヶ月という余りに短い生涯だったのですが、1784年の12月14日にフリーメイソンに加入します。

翌1785年11月15日頃(または10日頃)には、ウィーンにおいて、

フリーメイソンのための葬送音楽(Maurerische Trauermusik)ハ短調 K.477(479a)

を作曲しています。↓




 上手く聴けないときはこちら。↓
https://www.youtube.com/watch?v=j5FCGh9AKoc

 演奏は、イシュトヴァン・ケルテス指揮、ロンドン交響楽団です。

あと、有名なところでは、ベートーヴェンがカトリックです。もっとも、あまり熱心な信者ではなかったようですが、それでもミサ・ソレムニス(Missa solemnis 盛儀ミサ、一般には『荘厳ミサ曲(そうごんみさきょく)』の訳語で知られる)という大曲をものしています。


よく、学校の音楽室に飾ってあるベートーヴェンの肖像画ですが、これはミサ・ソレムニスを作曲中の姿です。楽譜の表紙に“Missa solemnis”と書いてあります。






ただし、この肖像画は、楽聖ベートーヴェンに相応しい風貌にかなり理想化したものだとされているようです。


ベートーヴェン作曲 ミサ・ソレムニス ニ長調 作品123【1823年作曲】よりキリエ(Kyrie)



 上手く聴けないときはこちら。↓
https://www.youtube.com/watch?v=MU50_2nVC0I

ラテン語の『Kyrie, eleison.:主よ、あわれみたまえ。』という歌詞から始まります。

 2015.3.23第785回定期演奏会 Bシリーズ サントリーホール
 演奏は、指揮:小泉和裕、ソプラノ:吉原圭子、アルト:山下牧子、テノール:小原啓楼、バス:河野克典、合唱:栗友会合唱団、武蔵野音楽大学室内合唱団、合唱指揮:栗山文昭、東京都交響楽団です。

指揮者の小泉和裕さんは、第3回カラヤン国際指揮者コンクールに第1位受賞し、カラヤンさんからその才能を大きく評価されていた逸材です。


ということで、聖書と言えば、ラテン語というイメージが強いのですが、世界最古の聖書の写本についてのAFPの記事がネットで見つかりました。


 ※    ※    ※(引用開始)

現存する最古の聖書写本、ネットで公開

 2009年07月07日 10:18 発信地:ロンドン/英国 AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/2618752

 現存する最古の聖書写本、ネットで公開





 ロンドン(London)のウェストミンスター大聖堂(Westminster Cathedral)に置かれた、「シナイ写本(Codex Sinaiticus)」を表示するラップトップパソコン(2009年7月6日撮影)。(c)AFP/Leon Neal

【7月7日 AFP】1600年以上前に書かれ、現存する最古の聖書写本の1つとされる「シナイ写本(Codex Sinaiticus)」が6日、インターネット上で初めて公開された。ロンドン(London)の大英図書館(British Library)が同日明らかにした。


 写本を分散して所蔵する英、独、エジプト、ロシア4か国の機関による共同事業で、4年がかりで、現存する約800ページ分のデジタル写真を1冊にまとめた。中心となった大英図書館は、ネットにより世界中の研究者による共同研究の機会が創出される、と期待を寄せる。

写本は全1460ページで、コンスタンティヌス大帝(Constantine the Great)時代の4世紀ごろ、複数の人物により羊皮紙に

ギリシャ語で手書きされたもの。

 その後に修正や訂正が加えられたことも判明している。同図書館は、「聖書の文言が世代から世代へどのように受け継がれたかを探る貴重な手掛かり」だとしている。
 写本は19世紀半ばにエジプト・シナイ半島(Sinai)の修道院で、ドイツ人研究者によって発見された。これらはロシア帝国の皇帝アレクサンダー2世(Alexander II)に献上されたが、1930年代に英国政府がその大半を当時のソ連から買い取った。一方、同修道院では1975年に新たなページが多数発見され、エジプト政府がこれを保管している。(c)AFP

写本の公式サイト(英語)

http://www.codexsinaiticus.org/en/

 ※    ※    ※(以上引用終わり)

写本の公式サイトの写本の画像(全体)。






写本の公式サイトの写本の画像(拡大)。






ということで、世界最古の聖書の写本は意外にもギリシャ語で書かれているのでした。

主イエス・キリスト様は、ユダヤの王ですから、ヘブライ語で書かれているとばかり思っていました。


それで、主イエス・キリスト様は、一体何語で喋っていたのかという疑問が湧いてきます。


調べてみると、イエス・キリストと弟子たちによって用いられていた言葉はアラム語だったという説と、ヘブライ語という説があるようです。

しかし上述のAFPの『新約聖書』写本のように、ほとんどの書は『コイネー』と呼ばれる1世紀のローマ帝国内で広く用いられた口語的なギリシャ語で書かれているのだそうです。しかも『アチケー(アッティカ擬古文体)』と呼ばれたエリートや学者たちが使った古典ギリシャ語は用いられていないとのことです。

その後、早い時期にラテン語、シリア語、コプト語などに翻訳されて多くの人々の間へと広まっていたといいます。


 少数説として、『マタイ福音書』のオリジナルはアラム語で、ヘブライ書もヘブライ語版がオリジナルであったとするというのがあるそうです。

イエス・キリスト様も、お釈迦様も、ソクラテス様も、自分で本を書いておらず、後年、弟子や、信徒・教団がその言葉をまとめているのですから、こういうことになるのですね。

それで、新約聖書の場合、ルカ以外の3書はいずれもユダヤ戦争中のエルサレム陥落への言及があり、これが西暦70年の出来事であることから、3書の完成はこれを遡らないことが分かるということです。またルカ書は更に年代が降(くだ)ってエルサレム陥落の後のエルサレム神殿の破壊後の完成であることが知られているそうです。

またイエスの奇蹟とされる事象には当時の新皇帝ウェスパシアヌスを称揚するために流布された奇蹟譚と類似するものが多いということです。

それで、これらの書が『新約聖書』としてまとめられたのは西暦150年から225年ごろの間であると推定されているそうです。


ところで、カトリックとプロテスタントだけではなく、現代のキリスト教に落ち着くまで、異説がかなりあって、そのたびに異端審問だ魔女裁判だと、多くの人の血が流され、命が失われているのです。


さらに、ユダヤ教、イスラム教になってくると、民族問題も絡んでくるので、はっきり言って私の手には負えません。


よく、日本の知識人に、『日本こそ第三者的な立場にあるのだから、イスラム国等の中東問題で、積極的に紛争の調停役を演じるべきだ』などと、偉そうに能天気なことをいう人がいます。

無知な人が、まあまあと、喧嘩の仲裁をすると、紛争が収まるどころか、余計に問題が複雑にこじれて、敵対する両者から、逆恨みをされるのが落ちです。


そんなことをするくらいなら、クリスマスパーティーと称して、どんちゃん騒ぎをやる方が、賢明なのではないかと、私はそう思う次第なのでした。

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