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カタロニア民謡『聖母と御子』。【ファイルMU17】2017.12.24 

【ファイルMU17】2017.12.24 カタロニア民謡『聖母と御子』。


ということで、クリスマス・イヴがやってきました。


『音楽の部屋』も二年ぶりで、やはりクリスマスの記事でした。↓

【ファイルMU16】2015.12.24 聖夜のミサ曲。
https://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/55855152.html

例えば、西洋科学の発展を考える場合も、そのベースとなっている多神教で科学を包含するギリシャ哲学を発展させたイスラム教とキリスト教【あるいはユダヤ人科学者の活躍】といった一神教の存在を外すわけにはいきません。

人は神によって、神に似せて造りたもうた被造物である以上、創造主である神のように、森羅万象について、知ることができるという信念でもって『真理の追求』を行い、その執念の結実が、現代科学だという側面もあるわけです。


ニュートンにとっての物理学は、神の創った法則を解明することで、

アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言って、不確定性と“確率解釈”を統合する量子力学を反対したのは有名な話です。


神が世界を創造したとして、世界がその全貌を現してくれるかどうかは、保証の限りではありませんが、その偏執的ともいえる信念でもって、西洋科学が進歩していったこともまた事実なのです。


故笹井芳樹博士のお言葉も、世界的なライフサイエンスのトップリーダーだった博士が、当然のことながら真の科学者であったことを端的に示しています。


小保方晴子さんの『あの日』P135より。


 ※    ※    ※

「女神様は滅多に見せてくれないんだ」笹井先生の口癖だった。

「僕はね、科学者は神の使徒だと思ってるんだ。科学の神様はね、ときどきしか見せてくれないんだけど、チラッと扉の向こうを見せてくれる瞬間があってね、そこを捉えられる人間は神様に選ばれてるんだよ。だから真の科学者は神の使徒なんだ。その美しい神の世界を人間にわかる言葉に翻訳するのが科学者の仕事なんだよ。神に仕える身として日々を過ごすんだよ。

人間の考えつく範囲での発明は限界があってね。しょせんは人間の思いつくレベルでの議論になってしまうでしょ。だから僕は神の作った生命と向き合う発生学が好きなんだ」


「人類の歴史に積み重ねていくんだよ。積み重ねるものは泥では駄目なんだ。粗削りでもしっかり固い石を積み重ねていくんだ。それが人類の科学の世界なんだよ」

この話を聞くと私には見える世界があった。乾燥した台地の上に、無限の石の塔がある。空気は暑く乾燥して、空は青く高い。あるところには丸い石の土台に細長い石が載り不安定に空高くそびえたっている。小石がいびつな形で寄り集まって小山になっているものもある。しっかりした四角いレンガが低く積み重なったものもある。いびつながらも固い石が高く積み重なっているものもある。先端が風化して土台だけを残し、砂の残骸になってしまっているものもたくさん見える。崩れた石の塔もたくさん見える。この世界を思い浮かべるたび、科学の女神の神殿を永遠に造り続ける作業のように思えた。

「小さな石をちょんと載せるような仕事も、その小さな石は固くないといけないよ。上から新たな石が載った時に潰れるような石であってはいけないよ」


「STAP現象は新たな柱の土台になるよ」


こんなにも美しく崇高で永遠のもの。この世界で変わらな唯一のもの。変化のある不変のもの、科学。携われることは幸せだと思った。神戸の夜景が消えた後、言葉少なに走るタクシーの車窓から、私はいつも先生の言う女神の神殿を思った。疲れ切っていたが先生の言葉は心に響いた。私もいつかそんな世界を見てみたいと思った。


 ※   ※   ※【以上引用終わり】

今回はこれについてのコメントは差し控えます。


そのかわりに、独立運動が再燃したカタルーニャ【英語読みでカタロニア】の民謡から、クリスマスの曲をご紹介します。


荘村清志さんの演奏で、聖母と御子(カタロニア民謡)




 上手くみられないときはこちら。↓
https://www.youtube.com/watch?v=HbxWf4t3Mbw

科学の女神は、優しく真理を見守ってくれています。

そう遠くない日に、真理は、それを穢したものへの報いとともに、立ち現れてくると私は信じています。

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