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防衛省市谷ツアーに参加したよ(その9) 【ファイルET50】2011.11.26 

【ファイルET50】2011.11.26 防衛省市谷ツアーに参加したよ(その9)

日本に難題をふっかけ、開戦に追い込んだハル・ノート(下)。

(上)からの続きです。
(上)はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52811305.html

 それで突きつけられたのが、最後通牒のハル・ノート(11月27日来電)。これはアメリカの日本に対する実質的な宣戦布告です。

 ハルノートはこちら、
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52689480.html

 ハル・ノートには、日本への石油輸出について全く触れず、一方的にアメリカ側に都合の良いことばかりを列挙しています。

 なかでも、日本が絶対に譲れなかったのは、以下の点です。

① 日本の陸海軍および、警察隊も含めて満州を含む支那全域と印度支那(インドシナ)から無条件に撤兵しろ。

 
 まず、満州は、女真族(満州族)の国なので、支那とは無関係です。

 当時の満州は、日本の保護によって、治安が保たれていました。もともとは馬賊匪賊(ばぞくひぞく)の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する無法地帯だったのです。ところが日本軍により安心して暮らせるようになったので、支那人も大量に流入していたのです。

 ここから陸海軍どころか、警察さえ撤退すると、満州は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄と化します。

 日本の敗戦前後、ソ連軍が進軍してきて、満州が阿鼻叫喚の地獄になったという歴史的事実はこれを証明しています。

それから、日本は印度支那に進駐していましたが、なぜかというと、英米が蒋介石に軍事物資を援助していたルート(援蒋ルート)を分断するためです。


 写真は、広西省と仏領印度支那との国境ドンダンに集結した援助物資満載のトラック。(昭和15年1月撮影)





  日本は支那の民間人を巻き込んだ対日テロが原因で起きた支那事変の収束を図るため進軍し、ついに、南京を占領しました。首都を占領した以上、支那事変は収束するはずでした。

 支那事変の収束は日本国民の悲願でした。

 普通、首都が占領されれば、降伏をして武力衝突は終わりです。

 南京を攻略した日本人はやっとさこれで支那事変は終わったと大喜びをして提灯行列をしました。心から大陸での紛争が終わって欲しいと願っていたのです。

 ところが、蒋介石は無責任にも首都の市民、軍隊を放り出し混乱に陥れ、逃げ出した上重慶に立て籠もり、反日テロ活動をやめません。

なぜ、これほどまでに敗軍の将である蒋介石が日本に対し抵抗できたかというと、英米が、中立を破り、軍事物資を支援したからです。英米は蒋介石テロの支援国家だったのです。


 日本は勝手に進駐したのではなくて、当時のフランス政府と条約を結び、平和的に駐兵しているのです。

 そもそも日本が交戦中の軍隊に支援物資を送り、日本の印度支那進駐の原因を作ったアメリカが、どの口で日本の即時撤兵を要求するのでしょうか? 


② 満州国を否認しろ


 その当時、満州国を承認している国がヨーロッパを含めて数十カ国に及んでいました。これをアメリカ一国の一存で否認しろと言うのです。
 
 それでは、日本が立てた皇帝はどうなるのでしょう。

 これにはアメリカは一切答えません。では、支那とは全く無関係な満州は支那に侵略されて良いのか、そうなると、満州族は滅亡していいのか、それについてアメリカは全く考慮に入れていません。

 事実、現在満州は中華人民共和国に侵略され、満州の文化・民族はほとんど滅亡されるに至っています。

③ 南京国民政府を否認しろ


 南京政府は日本軍に応じて、汪兆銘(おうちょうめい)が命がけで重慶を脱出して樹立した政権です。

 その動機は、日本占領下でも支那国民を代表する政府を樹立し、対日和平を実現することが支那の安定をもたらすという愛国心によるものであるということは明白でした。

 それを否認して、武力によるテロで支那全土を混乱に陥れている重慶政府のみを認めるということなど、信義にもとる行為ですし、蒋介石を増長させ、勢いづかせ、支那事変の終結収束は不可能となり支那全土が混乱に陥るので、できるわけがありません。

最後の三国同盟の死文化ですが、これについては、日本側は甲案において、日本が三国同盟を締結しているからといって、『我方に於て自衛権の解釈を濫(みだ)りに拡大する意図なきことを更に明瞭にする』と米国に理解を求め『帝国政府(日本)の自ら決定する所に依りて行動する』ものであるから、アメリカと敵対するものではないと名言しているので、これは解決済みです。


ところが、これだけ妥協を重ねた日本に対し、ハル・ノートでこれだけの無理難題をふっかけながら、アメリカは日本を兵糧攻めにして戦わずして敗戦に追い込む石油の禁輸について一切触れていないのです。


かくして、日本は開戦に追い込まれました。


石油がなければ、ゼロ戦も飛ばないし、戦艦大和も動きません。


戦うことなく日本はアメリカの植民地になり、日本人はアメリカ人の奴隷です。


 つまり、ハル・ノートを受け入れたなら、日本は丸裸になり、即時にアメリカ、中華民国、ソビエト連邦に侵略され、満州、朝鮮半島が阿鼻叫喚の地獄と化すのは必定だったのです。

 東条英機首相の自身の肉声による大東亜戦争開戦についての説明。



 うまく観られないときはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=2H63kaj_4ac&feature=related

 東条英機首相は、この記事に書いてあることをしっかりと主張しているではないですか。

 どうです?本当に日本人は、狂気にかられて侵略戦争をしたのですか?

 当時の日本人はそれを知っていたから、軍部の弱腰を批判し、日本が開戦すると大喝采だったのです。

 大東亜戦争 開戦臨時ニュース



 うまく観られないときはこちら。


 この画像の最後に「過去の不幸な過ちを忘れてはならない」というテロップが入っていますが、冗談じゃありません。この台詞は米英支蘭が自戒するためのものでしょう。

何も、当時の日本人が愚かだったので、軍人や政府にだまされて戦争に突入して分けではないのです。


 と言うことで、次に続きますね。

 次回はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/52859906.html






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コメント

No title

私達は小学校時代から常に「当時の日本人が何も知らされず、政府の言うことを頭から信じていたので、戦争に参戦することを承知したのだ」というように教えられていました。
それは高校時代まで続きました。
この話に疑問を持ち始めたのは、30代半ばで、密教の修行を始めた時でした。(8年間ある修行を続けました)
教祖は右翼ではありませんでした。ごく冷静に両国の当時の有り様を
解説してくれました。
しかしスジャータさんのブログを読みながら、開戦時のきっかけに付いて、ここまで詳しくは話してもらっていなかったなぁ・・・と思いました。
こういう事実を、今の人たちに知らせ、理解させる必要があると思います。
マスコミなどは、もう、すべて過去のこととして、余計なことに手をつけない方が良いと思っているのでしょうか。
また、日本の歴史に付いて学校で教えられるとき、現在どういう風に
語られているのでしょうね。
政府はもう、何も言わないつもりなんでしょうね。

No title

トマトさん、そうなんですよ。
ごく客観的に歴史を観てみれば、やっぱり欧米列強や支那の方がおかしいのです。
当時の日本人が知らなかったような資料もでてきています。特にソ連崩壊後には、旧ソ連の当時の資料が出てきてアメリカ政府に共産党員がまぎれこんでいたことも分かっています。
マスコミ・教育界は、まともなことを言っていた人は公職追放されて、あとに敗戦利得者といって、アメリカやソ連におべんちゃらを言っていた人が上に付いたので、いまだに東京裁判史観に逆らうと出世できないようです。
日本の政治家で国のあり方や歴史を曲がりなりにも意識していたのは、岸信介首相までで、岸首相が安保騒動で退陣した後は、自民党も経済以外のことは政策提言に盛り込まなくなったようです。
昭和17年生まれの小泉純一郎首相になると、もう滅茶苦茶ですね。
「極東国際軍事裁判を受諾し、A級戦犯は戦争犯罪人と認識している」と言ったり、女系天皇を容認したり。まあ、そういう空っぽの人だから、アメリカの操り人形として首相になったのでしょうが・・・。

No title

結局、日教組のおかしな教育を受けてしまうと、すべて日本が愚か、過ちをおかしたって思い込まされてしまうのよね・・・とんでもないわ!!凸

No title

むにゅさん、そうですね。今ちゃんとした歴史を学ぼうとすれば、一から学び直さないといけないから、二度手間なんですよ。
それで、日本のエリート官僚は、真面目に偏向教科書を覚えてエリートになってそのままですから、安易に他国に謝るのですね。
危なっかしいったらありゃしないのです。
ポチありがとうございます。
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