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生き仏になるのも楽じゃない。補陀洛渡海 【ファイルH7】2007.02.10

【ファイルH7】2007.02.10 生き仏になるのも楽じゃない。補陀洛渡海


最後は、お寺の宣伝のための生贄。限られた食料で小船に閉じ込められて、海に流されるんだよ!


 和歌山県は、那智の滝の程近く、補陀洛山寺(ふだらくさんじ)という天台宗のお寺があります。

 補陀洛山寺は、仁徳天皇の治世にインドから熊野の海岸に漂着した裸形上人(らぎょうしょうにん)によって開山されたと伝えられていて、平安時代から江戸時代にかけて人々が観音浄土である補陀洛山へと小船で那智の浜から旅立った宗教儀礼「補陀洛渡海(ふだらくとかい)」で知られています。

 補陀洛(ふだらく)とは、古代サンスクリット語の観音浄土を意味する「ポータラカ」の音訳だそうです。

 チベットのダライ・ラマの宮殿をポタラ宮と呼ぶのも同じ語源によっています。

 また、日光二荒山(ふたらさん)の『ふたら』も『補陀洛(ふだらく)』から来てるんだって。

 さてこの、観音浄土。『華厳経』ではインドの南端に位置するとされています。

 中世日本では、はるか南洋上に「補陀洛」が存在すると信じられ、これを目指して船出することを「補陀洛渡海(ふだらくとかい)」と称していました。

 記録に明らかなだけでも日本の各地(那珂湊・足摺岬・室戸岬など)から40件を超える補陀洛渡海が行われており、なんとそのうち25件がこの補陀洛山寺から出発しているのです。

 補陀洛山寺からの渡海が多かったのは、熊野から常世国に渡った神々などの信仰と観音浄土の信仰が習合したからではないかと思われます。
 
 このお話は、本で読んで、『へえー』って思って、覚えていて、那智方面に旅行に行った時、立ち寄りました。その時のお寺の写真を紹介します。





 いわば、『船の棺桶』である渡海船は、こんな様子だったそうです。

※  ※  ※

 渡海船船上に造られた屋形には扉が無い。屋形に人が入ると、出入り口に板が嵌め込まれ外から釘が打たれ固定されるためである。その屋形の四方に4つの鳥居が建っている。これは「発心門」「修行門」「菩薩門」「涅槃門」の死出の四門を表わしているとされる。

 渡海は北風が吹き出す旧暦の11月に行われた。渡海船は伴船に沖に曳航(えいこう)され、綱切島近くで綱を切られた後、朽ちて沈むまで漂流する。もちろん、その沈むさまを見た人も、渡海者たちの行く末を記した記録も存在しない。

 渡海者たちについて詳しく記した資料は残っていないが、初期は信仰心から来る儀礼として補陀洛渡海を行っていたと考えられている。平安・鎌倉時代を通じて6名が渡海したと、補陀洛山寺に建つ石碑に記されている。

 これが戦国時代になると60年間で9名もの渡海者が現れたという。このころになると、熊野三山への参詣者が減少したことから、補陀洛渡海という捨身行によって人々の願いを聞き届けるという形で宣伝され、勧進のための手段としての側面が現れたとされる。

 16世紀後半、金光坊という僧が渡海に出たものの、途中で屋形から脱出して付近の島に上陸してしまい、たちまち捕らえられて海に投げ込まれるという事件が起こった。後にその島は「金光坊島(こんこぶじま)」とよばれるようになり、またこの事件は井上靖の小説『補陀洛渡海記』の題材にもなっている。江戸時代には住職などの遺体を渡海船に載せて水葬するという形に変化したようである。

 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

※  ※  ※
 
 普通に考えれば、おかしいと分かりますよ。西方浄土っていって、極楽は西の方にあるのだし、第一インドの南って日本の西南なのに、南に連れて行かれて、そこから海流は明らかに、東北方面に流れているわけですから!

 井上靖さんの小説に『おろしや国酔夢譚』という難破漂流して、ロシアに渡り、エカチェリーナ女帝と謁見して、ロシアの使節団に加えられた大黒屋光太夫のお話がありますが、この人は和歌山沖から、カムチャツカの方に漂流したのですから。

 潮の流れを熟知したこの地方の人が、そんなことあるわけないって一番知っていたはずです。

 本当にみんながそれを信じていたら、この地方の人は全員、先を争って、渡海船にのるはずでしょ?

 第一、死後に極楽浄土が保証されていたら、だれがこんな住みにくい現世にしがみ付くものですか!

 仏教の四大苦痛は『生老病死苦』といって、一番最初に、『生きることそのもの』が苦痛だっていいますからね。

 最後には『勧進のための手段としての側面が現れた』ってあります。

『勧進』って早い話が、寺の建立・増築・修復等のための寄付集めのことですから、まあ、寺の宣伝のための一種の生贄ですよね。
 
 それとも、寺社内の権力争いに敗れたお坊さんに対して行われる、実質的な死刑だったりして・・・・。

 それにしても、現世との綱を切られるから『綱切島』って恐いなあ!

 逃げ出した金光坊さんの気持ちが良く分かります。

 渡海が本人の信仰から発した本意でなければ、陰謀ですよ!


 最後に補陀洛渡海を歌った御詠歌を紹介しましょう。

○ ふだらくや岸打つ波はみ熊野の那智のみ山にひびく滝つ瀬    


 金光坊さん他、渡海者の心からのご冥福をお祈りします。どうか成仏してください。


 最後に、補陀洛渡海に挑戦したピコリン上人様の勇姿。






付 記

 小松和彦著『日本魔界案内』には、もともと『水葬』の習慣があって、そのヴァリュエーションとして、この寺の住職たちが亡くなったとき、補陀洛山への往生を願って、遺体を棺に納めて船に乗せて流していたが、熱烈な観音信仰者の中から、『過激な補陀洛渡海者』があらわれ、生きながらに、補陀洛山へ渡ることを願い、釘を打ち込んで外へ出られなくした空舟(うつぼぶね=補陀洛船)の中に籠り海へ出て行くという信者たちが現れたと書いてあります。

 順序が逆だよお!

 ご丁寧に

 那智の浜に立って、澄み渡った水平線を眺めてみるがいい。きっと『南無阿弥陀仏』と書かれた白い帆をかけた補陀洛渡海船が、いまにも水平線の向こうから姿を現わすのではないかという思いになるはずである。

 って書いてあるよお!

 天台宗の補陀洛山寺の渡海船がどうして『南無阿弥陀仏』なのさあ!

 観音浄土にどうして阿弥陀仏がでてくんのさあ!

 釘を打ち込まれて乗組員(お坊さん)が閉じ込められているのに、どうして白い帆がかけてあるのさあ!

 小松先生の勇み足だよお!
  
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コメント

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補陀洛渡海は前に本で読んですさまじいものを感じました。船の中で苦しんで死んで行ったのか、それとも静かに死を迎えられたのか・・・永遠にわからないんでしょうが。何事も行き過ぎると恐ろしいです。

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あんさん、即身仏でミイラになる場合は、あとで皆に見取ってもらって、後世まで語り継がれるんでしょうけど、渡海船は行きっぱなしですからね。途中で気が変わって、苦しむ人もいたのではないかと私は思ってしまいます。こういうのも、ギネスに挑戦みたいにどんどんエスカレートしていくのでしょうかねえ。

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仏教や密教の世界は複雑怪奇。入門書などを読んでもわかりにくいです。キリスト教やイスラムなどの一神教には殉教という概念がありますが、宗教というより哲学ともいえる仏教で、なぜヘンな苦行や捨身行が行われるのかもわかりましぇん(^^ゞお寺の宣伝のためだとすれば酷い話ですね。

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悟りを開くというのは、生きていることの意味を知る(自らの存在を知る)ということなのだろうと思うのだけど、それを、悟りを開いた人と同じになる、と考えてしまうと死の行が普通になってしまうのかもしれません。その方が簡単だものね。宣伝にも使いやすいし。でも、それが幸せなことと思う人にとっては幸せだったのかも・・・と思ってあげることも必要なのかもです。金光坊とピコリン上人はそうではなかったみたいだけれど。。。ボクは那智の滝のすぐ近くの青岸渡寺で、この死への船出の話を聴いた憶えがあります

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ピコリンのまねして語尾にくま~ってつけようかな\(o ̄∇ ̄o)

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かずしさん、法隆寺の玉虫厨子には、飢えた虎のために、自ら餌になるという捨身の図が描かれていますが、自らが衆生の罪業を背負って、渡海するという意味もあったんでしょうね。戦乱・飢饉・疫病等、昔は今に較べて、人間の力が及ばないことが遥かに多かったわけですから。おっしゃるようにお釈迦様は、荒行を否定した後に悟ることができたわけですから、複雑だと思います。

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カンチョ先生、お釈迦様は生きながらにして悟りを開いたのですが、普通の人間には、特に末法思想以降、死後浄土に渡り往生するということになって、命のやりとりが生じたのでしょうね。青岸渡寺,那智大社、補陀洛山寺、熊野本宮大社、新宮市の徐福伝説や神倉神社のお燈祭り等、あの地域は神道、陰陽道、修験道の荒行、密教、浄土信仰等や、山、森、海(鯨)火等アニミズムの神が混交して、世界的にみても特異な霊場なのですね。

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(↑続き)おっしゃるとおり、捨身の業として暗い船の中で最後まで読経を続けた僧侶も、逃げ出した金光坊さんも、私にとって生きる意味を考えることに関して衝撃的な存在で、そのことに感謝し、意思は尊重されるべきだと思います。

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ミユキちゃん、スジャータは、時々ピコリンに釣られて、『・・・くま~』って言うことがあるよ。ノレンは笑うけど、結構楽しいくまぁ~☆

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仏の世界はおくが深いですよね!私は無宗教ですが、仏様大好き人間です!ところで、メトロンさん!この絵は1つ書くのにどのくらい時間がかかるのですか?いつも、素敵な配色で個性的な画法で世界に1つしかない絵だな~と感心しています!

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ミントグリーンさん、本当にそうですね。私も不信心者ですが、特に日本の仏教はいろいろ混ざっていて、面白いですね。絵についてはノレン君どうですか?

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ミントグリーンさん、本当にありがとうございます。この絵で、そうですね・・・。1時間くらいかな?まだタブレットや絵のソフトに馴れていないので、色を拾ったり、操作に戸惑っています。ただ、絵の具が乾く時間が関係ないのと、やり直しが効くところが便利ですね。

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のれん君の絵は、表情がとっても豊かで見ている人を楽しませてくれる絵だと思いますよ!どんなに美人な女性も無表情でいるよりも、ちょっと面白いパーツの女の子がニコニコしている方が素敵ですよね!私はどちらかといえば、後者の方ですが(^^ゞ・・・これからも、ノレン君頑張ってね~!

No title

ミントグリーンさんはご謙遜ですけど、確かに男性も女性も、内面から出てくる表情とか雰囲気とか、好奇心に満ちた眼とかが素敵ですね。ノレン君は、美人はスジャータお姉さん一人でこりごりだって言っていますよ☆ノレン君は絵を描いているときは機嫌がいいみたいです。

No title

ありがとう、観音の世界はありました・・・

No title

はははさん、今読み返してみると、否定的な書き方をしていますが、私はこの話はとても気になりますし、気に入っています。観音の世界ってあるんですね。

No title

ははは、わたしのじいさんです。

わたしのじいさんは守護霊で那智の坊さんといっています

日本一のお坊さんに千手観音にいれてもらいました

「名をこんこぶと申してます」

No title

はははさんのおじいさんがはははさんの守護霊なのですか?おじいさんの守護霊が那智のお坊さんなのですか?『こんこぶ』さんって由緒ありそうなお名前ですね。どういう漢字をあてるのかな?千手観音に霊をいれてもらったのですね。補陀洛浄土と行き来できるのですか?

No title

ははは、漢字は「金光坊」です。
わたしの 悩みのたねです・・・
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